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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第8章 帰る場所がある
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第62話 余韻

 昨日の手合わせの熱がまだ残っていそうな、安洛通運の中庭。

 シルリネアはその隅で、紅嵐(ホンラン)黒嵐(ヘイラン)と談笑している。

 メイランは岩嵐(ガンラン)に呼ばれて工房へ行っていた。頼んでいた武具が完成間近らしい。

 シルリネアの体調は、かなり回復していた。完全回復とまではいかないが、日常生活には差し障らない。体が少し重く感じるぐらいだ。

「俺は影兄の影響が強くて、紅嵐は梅兄の影響が強いんだよね」

 黒嵐の言葉にシルリネアは首を傾げる。

「どうして?」

「贔屓と相性、かなぁ」

 紅嵐が答え、黒嵐も頷いた。

「俺は影兄に助けられて、紅嵐は梅兄に助けてもらって、ここに来たから。二人とも尊敬してるけど、どっちがいいかって言われると、どうしてもね」

「……そうなんだ」

 紅嵐と黒嵐が同時に頷く。

「そう。命の恩人」

「でもさぁ、影兄と梅兄がここに来た理由、私たち知らないんだよね。湖姐、梅兄の知らない?」

 紅嵐が好奇心で瞳を輝かせ、シルリネアに尋ねた。

「うーん……知ってる、けど……」

 シルリネアが言葉を濁す。メイランが言っていないことを告げるのは、さすがに良くない。

「えー、少しだけ、ね、少しだけ教えてよ」

 食い下がる紅嵐を見かねて、黒嵐が制止させようとすると。

「下衆の勘繰りすんな、みっともねぇ」

 影嵐(エイラン)がふらりとやってきて、紅嵐の頭を軽くはたいた。

「影兄、珍しい。どうしたの」

 はたかれた頭を押さえながら、紅嵐が言う。

「挨拶してねぇと思ってな」

 影嵐はシルリネアに向き直り、折り目正しく一礼した。

青嵐(せいらん)の次子、影嵐と申します。ご挨拶が遅れました」

「あ、あの、シルリネアです。すみません、こちらこそ……お世話になってます……」

 シルリネアも慌てて一礼した。

 紅嵐と黒嵐は顔を見合わせ、笑う。

「影兄、順序おかしくない?」

「今更すぎる」

「うるせぇ……ではごゆっくり」

 影嵐は軽く会釈して立ち去ろうとするが。

「あのっ、影嵐さんっ」

 シルリネアが声をかけた。影嵐はいぶかしげに振り返る。

「お話、聞かせてもらえませんか? メイランと……ザフィルについて」

 影嵐の足が止まった。


 ******


 影嵐は少し考え、紅嵐と黒嵐を残すことにした。

 ふたりを追い払おうかとも思ったが、ザフィルについては知っておいた方がいいだろう。彼らも被害者だ。

「その話をするんなら、こっから先は客人扱いしねぇからな」

 影嵐はシルリネアにそう前置きした。シルリネアが少し緊張しながら頷く。

「よし」

 物わかりがいい。影嵐はシルリネアの素直さに好感を覚えつつ、壁に寄りかかって腕を組み、足を交差させた。

「で? 何が知りたい」

「ええと、どこがメイランと似てると思ったんですか?」

 影嵐はひとつ嘆息した。

「顔の輪郭、骨格、声。あと、ガキの頃の表情」

 纏う空気がかけ離れているから、気付けないのだろうか。あんなに似ているのに。

「……ザフィルって誰?」

 紅嵐が小声でヒソヒソと黒嵐に尋ねている。

「確か、青嶺関のあの魔法使い」

 影嵐はふたりを示し、シルリネアに視線を向けた。

「話すぞ。こいつらも当事者だ」

 シルリネアが頷いたのを確認してから、影嵐はおおまかに説明した。

 青嶺関の魔法使いの名前がザフィルであること、ザフィルがメイランの実弟であること、ザフィルはいくつもの村や街、果ては国まで滅ぼしていること。

「そんなやばい奴が、梅兄が探してた弟、なんだ……」

 紅嵐が呆然と言った。

「で、湖姐と梅兄は、そいつを探してどうするの」

 黒嵐の問いに、シルリネアは決然とした瞳を返す。

「殺す。あいつは私の故郷を壊した。だから、その報いを受けさせる。メイランも、私と動機は違うけど、殺すと言っている」

「……そっかぁ……」

 紅嵐が悲しげに嘆息した。

「下手な同情をするな」

 影嵐がたしなめる。

「お前は梅に同情してるんだろう。だがお前が梅と弟の和解を望むのは、シルリネアに仇を諦めろと言ってるのと同じだ。梅の決断もないがしろにしている。恥を知れ」

 紅嵐はビクリと小さく体を揺らして、俯いた。黒嵐も同意見なのか、仲裁に動かない。

「……ごめんなさい、湖姐」

「大丈夫よ、紅嵐。影嵐さん、ありがとうございます」

 シルリネアは紅嵐に微笑みかけてから、影嵐にも笑顔を向けた。

「メイランが影嵐さんを尊敬する気持ちが、少しわかったかもしれません」

 影嵐が不快そうに顔を歪める。

「あいつが好きなのは、俺の技術だけだろ」

 すごいと感動して、すぐに真似をする。しかも完璧に。時には上回って。影嵐はそれが気に食わない。


 シルリネアは、影嵐のことをいい人だと思った。

 彼は厳しい。でも優しい。

 彼は不快感を隠さない。それでいて、他人を害さない。

 クスリと笑う。

「そうでもないと思いますよ」

 きっとメイランは、影嵐に救われた。


 ******


「ああそうだ」

 影嵐が壁から身を離した。

「リュミエールで手紙を預かっている。持ってくるから待ってろ」

 影嵐はシルリネアにそう言って、立ち去っていった。

「手紙……ああ、ヴェンツェルさんからかな」

 現況を伝える手紙を紅嵐に託していたことを、シルリネアは思い出した。

「あ、私が湖姐から預かってたんだ……あれ、影兄が全部やってくれたんだっけ?」

 すっかり忘れていたらしい紅嵐が、黒嵐に聞く。

「知るはずないだろ」

 黒嵐の呆れ声に、シルリネアは笑ってしまった。確かにその通りだ。黒嵐の状態の悪さを考えると、リュミエールで彼が動けたとは思えない。

「ふたりとも元気になってよかった」

 改めてそう思う。

「湖姐のおかげだよ。ありがとう」

「……うん。ありがとう」

「どういたしまして」

 微笑んだ時、シルリネアの胸が内側から傷んだ。

 ——昨日の反動が、まだ残っている。

 顔をしかめないよう、気を張る。幸いなことに、痛みはすぐに引いた。

 ほっと胸をなでおろしていると。

「待たせた」

 封書を持って、影嵐が戻ってきた。

「あと伝言。『リュミエールの疑いを晴らせるよう尽力します』とさ」

 影嵐は封書を手渡しながら、シルリネアに告げた。

「ありがとうございます」

 封書の裏面には、ヴェンツェルの署名が入っている。彼がまだ、自分を気にかけてくれていることが嬉しかった。リュミエールで敵視されている自分を、信じてくれるなんて。

「それ持って、今日は帰れ」

 影嵐が唐突に言った。

「さっきよりもだいぶ顔色が悪い」

 ——よく見ている。

 シルリネアは感嘆した。影嵐の観察眼は、きっとメイラン以上だ。

 驚きで固まっていると、影嵐は嘆息した。

「紅、黒、送ってやれ。梅には伝わるようにしといてやる」

 影嵐はそう言って、来た時と同じように、ふらりと立ち去った。

「湖姐、大丈夫? ……ほんとだ、ちょっと顔色悪いかも」

「影兄は目ざといから。馬車出そうか?」

 紅嵐と黒嵐が、シルリネアを心配そうに見る。シルリネアは苦笑した。

「歩けるから大丈夫、ありがとう。でも確かに疲れてるかも。せっかくだから、送ってもらおうかな」


 ******


 シドゥはルハサーン寺院の廃墟にいた。

 寺院は影も形もなかった。

「ザフィルか……」

 独りごちる。かつて栄華と威容を誇った寺院が、跡形もなく消えている。こんなことができるのは、ザフィルしかいない。

 つまりザフィルは、ルハサーンを2度滅ぼしたということだ。

 1度目は、17年前に。

 2度目は、おそらく最近。


 寺院を囲むように広がっていた街の廃墟を歩く。

 ここはオアシスがあり、ルハサーン寺院があり、それらを中心に栄えた街があった。

 ザフィルが17年前にこの街を破壊した時、オアシスの水も途絶えた。以来、この街を顧みる者は誰もいない。

 寺院だけでなく、街に17年前の破壊が及んでいる。


 熱い風が吹いた。

 さざなみが、かすかに聞こえる。


 水? ここで?

 幻聴だろうかと疑いながら、シドゥは音の方向に歩き。

 そこで信じられないものを見た。


 オアシスが復活していた。

 以前と……17年前と同じように、水をたたえている。

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