表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第1章 切望は絡み、もつれあう
6/19

第6話 姐

 招き入れられた家の中には、居心地の良い雑然さがあった。

 程よく清潔で、程よく生活感がある。

 テーブルの上には帳簿らしきものが広がり、飲みさしのカップが置かれ、椅子は立ち上がった時に動かされたまま、中途半端な位置にある。

 2階からは、鳩の声が聞こえてきた。おそらく伝書鳩だろう。

 少し懐かしくなり、メイランは微笑んだ。

「姐、開けてくれてありがとう。頼みがあるんだ」

「その子だろ?」

 姐と呼ばれた女性は艶やかに微笑んで、メイランの連れてきた少年を見る。

「昔のお前みたいな顔をしてる。不安そうで、どうしていいのかわからない顔だ。放っておけなかったんだろ? いいよ、預かろう」

「…………さすが」

 メイランが肩をすくめ、苦笑した。気風(きっぷ)と察しの良い姐には、いつも頭が上がらない。

 彼女はメイランに悠然と笑い返してから、少年に優しく語りかける。

「私はファラン。少年、名前を教えてくれる?」

「リンジー……です」

 ファランと名乗った女性は満足げな様子で、優艶に微笑んだ。

「いい子だ。教えてくれてありがとう。……リンジーは、あんたより見どころがあるね」

「そりゃあね」

 メイランは苦笑するしかなかった。彼はファランと出会った頃、口がきけなかった。相手になるはずがない。

「姐、できればさらに1人、俺の連れ合いも今日だけ、置かせてほしいんだけど」

「あんたはどうするの、梅弟」

「俺はどうとでもなるから」

 何でもないような顔で、メイランはしれっと笑う。ファランは呆れ顔で彼に近寄った。間髪入れず、後頭部をピシリと叩く。

「あんたもおいで。何人でも変わらないんだから」

 少々乱暴だが、ファランの愛情を感じる。メイランは叩かれた場所を軽く押さえつつ、嬉しくて思わず笑ってしまった。

「わかった、ありがとう。じゃ、連れてくるから」

「照弟に連絡出しておくから。あいつにも会ってやりな」

「りょーかい」

 ファランの声を背中で受けつつ、メイランは家を出た。シルリネアを案内するために。


 ファランはメイランの背中を見送り、ため息をついた。

 ヴァルグリムにいるなら、もっと私たちを頼ればいいのに。

 そうでなくとも、青嵐(せいらん)の人員は各地を飛び回っている場合が多い。どの地域でも、探せば誰かしらいるだろう。全員メイランのことを知っていて、手助けしたいと思っているに違いない。

 なぜならメイランは昔から、体を使うことに関しては天才的で、目立つ存在だったから。

 それなのにあいつは、変な気を回して頼ろうとしない。

 もう抜けた身だから。そう言って、メイランは笑うのだろう。

 こっちはもっと世話を焼いてあげたいんだけどね。

 ファランは苦笑して、家の扉を閉めた。


 ******


 シルリネアをファランのもとに案内する頃には、すっかり夜になっていた。

 ファランに彼女を紹介すると、ファランは片眉を跳ね上げつつ、じっくりとシルリネアを観察していた。

「あの、なにか……」

 シルリネアが困惑した様子で、ファランに話しかける。

 ファランは肩をすくめてから、優しい姉の眼差しで微笑んだ。

「……いや。ごめんね不躾で。2階に部屋を用意したから、ゆっくりしていって。リンジーと同室で、申し訳ないけど」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

 シルリネアは一礼し、2階へと去っていった。程なく、シルリネアとリンジーの語らう声が聞こえてくる。

「連れ合い……ねぇ。梅弟、あんた使う言葉間違ってない?」

 シルリネアを見送ったファランは、苦笑しつつメイランに語りかけた。

「あれ、そう?」

 メイランは、テーブルの端から帳簿を引っ張り出して、眺めていた。

 彼は、文字と計算があまり得意ではない。単語の意味と数字の増減はわかる。しかし、この帳簿の必要性や、売買の記録を科目で分類することの意味が、さっぱり理解できない。

「連れ合いっていうのは、恋人や夫婦が相手に対して使う言葉。あの子、そういうんじゃないだろ?」

「あ、マジで? やべ」

「気をつけな」

 ファランは嘆息した。メイランは相変わらず、語彙に不安があるようだ。

 語彙だけではない。彼は、抽象的な概念を扱うことが昔から苦手だった。

 だが。

「いつもありがとう。姐がいれば安心だ」

 メイランには、素直さと愛嬌がある。これさえあれば、どこでも通用するだろう。

 別れた後にメイランがどう過ごしてきたのか、それとなく察することができた。

 ファランはひとつ深呼吸して、自分の腰に手をかけた。帳簿をめくるメイランに近寄る。

「……で、その帳簿の何がわからなかったの」

「ああ、ええっと……」

 ファランは、メイランに悟られない程度に微笑んだ。帳簿を肴に話をするというのは、だいぶおかしな話だ。

 しかしこのまま夜っぴいて色々な話をするのも、悪くはない。


 ******


「ヴァルグリムで何を仕入れたの」

 メイランが、ファランに尋ねる。

 蝋燭一本だけを灯し、ふたりは酒を酌み交わしていた。

 シルリネアとリンジーは、既に眠っている。

「色々だよ。強い酒、このあたりでしか捕れない魚の塩漬け、毛皮、木材、織物、亜麻。だいたいそんなところ」

「へぇ。そんなのが売れるんだ」

 ファランが微笑む。

「毛皮と酒の一部はうちへの土産。他は照弟と手分けして、売りながら帰るの。帰る頃には、ほとんど金か銀に化けるさ」

「なるほどなぁ」

 メイランが感心しながら、木の実をつまんだ。

 ファランは片肘をつき、メイランをしげしげと眺める。

「あんた、弟を探しに出てから何年になるんだっけ?」

「7年かな」

「手がかりは?」

「さっぱり」

 ファランは苦笑した。

「……見つかるといいね」

 メイランが微笑む。

「ありがとう。死ぬまでに会えるといいんだけど」

「そうだね」

 死ぬまでに。現実的だ。ファランは嘆息した。

 夢を見すぎていない。希望と願望はあるにしても。これが彼のすごいところであり、物寂しいところでもあると思う。

 盃に残っていた酒を飲み干し、木の実を一掴み口に放り込んでから、メイランは立ち上がった。

「ごちそうさま。俺、そろそろ寝るよ」

 メイランは自分の荷物から毛布を取り出し、身体に巻き付けてから入口の扉に寄りかかった。

 剣を横に立てかけ、床に座って目を閉じる。

 すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。ファランが呆れ顔で軽く笑う。

「……相変わらず」

 番犬みたいだ。メイランは昔からそうだった。

 一度眠ると、多少小突いても起きないくせに、敵意や害意を感じると即座に跳ね起きる。さらに、床で眠るのは落ち着くなどとうそぶく。


 ファランは卓上を簡単に片付けてから、自身も眠るために部屋へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ