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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第1章 切望は絡み、もつれあう
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第5話 過去を語る。未来のために

 シルリネアが話したいことというのは、何だろう。

 彼女はだいぶ思い詰めた顔をしている。だからメイランは、話しやすそうな話題から始めることにした。

「あいつをどうするかは、アテがあるんだ。何とかなる」

 メイランは笑顔でそう答えた。

「昔馴染みが近くに来てるんだ。そこに頼むよ」

 シルリネアは、さっぱりわからないという表情をしている。

「メイランは義賊団出身なんだよ」

 店主が、奥から声だけで会話に参加してきた。

「だから義賊関係の誰かなんだろ?」

「そんなとこ」

 メイランは店主に笑いかけてから、シルリネアに向き直った。

「とにかく、俺が信頼している連中がいるから。不安かもしれねぇけど、俺も保証するからさ」

「……わかった。あなたに任せる」

 シルリネアは頷いた。彼女の薄荷色の瞳の奥に、信頼の色が見える。強い光を宿すまっすぐな瞳を、その意志の力を、メイランは美しいと感じた。

「で、あと何だっけ、話したいこと」

 椅子に座り、メイランはじっくりと聞く姿勢を取る。

 シルリネアは思案する様子を見せながら、口を開いた。

「あのね、私の癒しの魔法のことなんだけど」

「うん」

「癒す時、その傷に関係する記憶が視えてしまうの。だから、あなたの記憶も視てしまっていて……その、ごめんなさい。先に言うべきだった」

 シルリネアは頭を下げた。

「それってどういう……あー、親父さん、あの子ちょっと頼む。シルリネア、後は部屋で話そう」

 この話題を食堂でするのは、まずい気がした。メイランは、店主に少年を一時的に任せ、シルリネアを連れて自室に戻ることにした。


 ******


 部屋に戻って扉を閉め、メイランはふぅとため息をついた。

「いやあ、シルリネアって刺激的だよなぁ」

 苦笑する。彼女は次から次へと予想外のことをしてくれる。飽きる暇がない。

 それでも型にはまりきった連中よりは、ずっと好ましいと思う。

「ごめんなさい……」

 シルリネアは少し落ち込んでいるようだ。そのしおらしい様子に、メイランは思わず笑ってしまった。

 棍棒を持った屈強な男相手に一歩も引かなかった姿とは、似ても似つかない。別人なんじゃないだろうか。

「怒ってないし、責めてるんでもないから。あそこじゃ誰に聞かれるかわからねぇから、場所を変えただけ。な、聞かせてくれよ。記憶が視えるんだっけ? 俺の何を視たんだ?」

 彼女にバレて後ろ暗い過去はない……はずだ。積極的に話したくない過去はあるにしても。

 メイランは自分の記憶を振り返りながら、シルリネアの話を待つ。

「あなたが棍棒を受けた時が視えたの。棍棒を持ったの顔が変わった。すごく残忍な顔をした、男の人。あと、私と、私の後ろにいた男の子の姿も……小さな傷だらけの男の子に……」

「……っ、あぁーなるほどなぁー……」

 思わずメイランは天を仰いだ。シルリネアが後ろめたそうに謝っていた意味が、だいたいわかった。

「あー……そうだなぁ……」

 唸りながら考える。別に隠すようなことではない。しかし、どこまで話すべきか悩ましい。

 結局、やはり隠すことでもないと思えた。どうせもう知られている。

「まあいいさ。シルリネア、話してくれてありがとうな。俺も話すよ、だから座って」

 一脚しかない椅子をシルリネアに譲り、メイランはベッドに腰掛けた。


 ******


「多分だけど、その男の子っていうのは、俺と弟だと思う。年上の方の男の子は、髪の色とか俺と同じだったろ? で、小さい方は、髪の色が俺よりちょっと薄い」

 自分の髪を示しながら尋ねると、シルリネアが小さく頷いた。

 やっぱりそうだ。メイランは確信する。

「弟とはさ、だいぶ昔に生き別れてるんだ。だから俺は、弟を探して旅をしている。まだ生きてるのか、わからないけど」

 砂漠から特定の砂粒を探すようなものだと、青嵐(せいらん)の連中からも言われた。それでも、探さない理由にはならなかった。

 メイランにとって弟は、そういう存在だ。

「そんで、棍棒野郎の顔の方は……まぁ、そういうことだな。弟と一緒にいた頃、ああいう奴らがいたんだよ」

 今考えれば、理不尽な暴力ばかりだった。もう終わったことだと思っていたのだが……自覚している以上に、怨恨を抱えているのかもしれない。

 気をつけよう。メイランは心に刻み込んだ。自分が恨みを手放しきれていないことは、認識しておいた方がよさそうだ。

 シルリネアは、眉根を寄せてメイランの方を見ている。視てしまった光景を思い出し、心を痛めているのだろうか。彼女の手は、自分の服をぎゅっと握りしめていた。

「……ねえ、メイラン」

「ん?」

「あのね、私、あなたと一緒に旅をしてもいい?」

「え……別にいいけど」

 何を言い出すのかと少し身構えていたが、思ったよりも穏当な話だ。メイランはホッとしたが、何だか拍子抜けした気分にもなった。

 ——拍子抜け? 一体俺は、何を期待していたんだろう。

 メイランが内心戸惑っている間にも、シルリネアの話は続いていた。慌てて聞く姿勢に戻す。

「私もね、人を探しているの。でも、あなたみたいに優しい理由じゃなくて……村を滅ぼした仇……どこにいるのか、わからない……」

 なるほど。メイランは得心した。

 どこにいるのか手がかりのない相手を探す者同士、協力しようということだ。

「わかった。そっちの事情、聞かせてくれよ」

 仇討ちという物騒さに目をつぶったとしても、村が滅びたというのは、さすがに異常事態だ。

 いったい何があったのだろう。

 覚悟を決めた表情で頷いたシルリネアが話はじめるのを、メイランは待つことにした。


 ******


 シルリネアは、村で起きたことを語った。

 急に現れた、月白色の髪の魔法使いのことを。

 彼が近くを通るだけで、人も建物も消えたことを。

 喋る犬が、彼の傍にいたことも。

「それで、気を失って……気が付いたら、メイランがいた……」

「月白色……魔法使い……」

 シルリネアの話に、メイランの心が違和感を訴えた。なんだろう、どこかで……。

「何か、知ってる?」

 考えこんでいるメイランに、シルリネアが声をかける。

 メイランは、ぱっと顔を跳ねあげて苦笑した。

「いや、なんか引っかかるものがあって。思い出したら言うよ」

 ——まさかね。

 違和感の原因になっていそうなものを、メイランは心の中で握り締め、強引に忘却の箱に詰め込んで、蓋をした。

 メイランに詰め込まれたモノは、外に出たそうな様子で蠢いていたが、徐々に動きを弱めていった。


 ******


 シルリネアが連れてきた少年は、10歳を少し過ぎたぐらいの年頃だと思えた。

 親兄弟はおらず、天涯孤独の身だという。

 親なしと侮られ、酷使されていたのかもしれない。メイランは、やるせなさに嘆息した。

 これから少しでも幸せになってほしいと、心から願う。


 風呂で汚れを落としてだいぶさっぱりした彼に、メイランは安い古着を与え、最低限の身なりを整えてやった。

 彼の着ていた服は、あまりにも垢じみて汚れすぎていた。メイランは汚れた服をまとめ、無造作に暖炉の中へ投げ込んだ。

「よし、行くか。シルリネアはちょっと待ってて」

 メイランは、少年を連れて外に出る。

 シルリネアは、食堂の隅で待たせておくことにした。


「あの、どこに……」

 連れ出された少年が、困惑した様子でメイランに尋ねた。

 メイランは、少年より半歩後ろを歩いている。少年の背中を守るような位置取りだが、メイラン自身から緊張感は漂ってこない。むしろ気楽な雰囲気さえある。

 少年の問いかけに、メイランは笑って答えた。

「んー、そうだな。お前を助けてくれるとこ」

「助けて……?」

「そ。少なくとも、理不尽な暴力がないってことだけは、約束するよ」

 不安そうな少年と歩く。中心街を通り過ぎ、庶民的な家の並ぶ区画に入った。

「あったあった」

 メイランは、とある家の前で立ち止まった。何の変哲もない家に見えるが、扉の取っ手に古びた青い布が巻かれている。メイランは迷わず、その扉を叩いた。

「姐。開けて」

 程なく、扉が細く開かれた。

 艷やかな長い黒髪が印象的な、長身の女性だ。年の頃は30歳前後だろうか。大輪の花のように鮮やかな雰囲気だが、同時に気の強さも漂う。

 黒い瞳が知的に輝きながら、訪問者を見ていた。

 女性は華やかに微笑み、扉を大きく開け放つ。

「よく来たね。入りなさい、梅弟」

 凛と通る声が、ふたりを室内へ導いた。

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