第5話 過去を語る。未来のために
シルリネアが話したいことというのは、何だろう。
彼女はだいぶ思い詰めた顔をしている。だからメイランは、話しやすそうな話題から始めることにした。
「あいつをどうするかは、アテがあるんだ。何とかなる」
メイランは笑顔でそう答えた。
「昔馴染みが近くに来てるんだ。そこに頼むよ」
シルリネアは、さっぱりわからないという表情をしている。
「メイランは義賊団出身なんだよ」
店主が、奥から声だけで会話に参加してきた。
「だから義賊関係の誰かなんだろ?」
「そんなとこ」
メイランは店主に笑いかけてから、シルリネアに向き直った。
「とにかく、俺が信頼している連中がいるから。不安かもしれねぇけど、俺も保証するからさ」
「……わかった。あなたに任せる」
シルリネアは頷いた。彼女の薄荷色の瞳の奥に、信頼の色が見える。強い光を宿すまっすぐな瞳を、その意志の力を、メイランは美しいと感じた。
「で、あと何だっけ、話したいこと」
椅子に座り、メイランはじっくりと聞く姿勢を取る。
シルリネアは思案する様子を見せながら、口を開いた。
「あのね、私の癒しの魔法のことなんだけど」
「うん」
「癒す時、その傷に関係する記憶が視えてしまうの。だから、あなたの記憶も視てしまっていて……その、ごめんなさい。先に言うべきだった」
シルリネアは頭を下げた。
「それってどういう……あー、親父さん、あの子ちょっと頼む。シルリネア、後は部屋で話そう」
この話題を食堂でするのは、まずい気がした。メイランは、店主に少年を一時的に任せ、シルリネアを連れて自室に戻ることにした。
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部屋に戻って扉を閉め、メイランはふぅとため息をついた。
「いやあ、シルリネアって刺激的だよなぁ」
苦笑する。彼女は次から次へと予想外のことをしてくれる。飽きる暇がない。
それでも型にはまりきった連中よりは、ずっと好ましいと思う。
「ごめんなさい……」
シルリネアは少し落ち込んでいるようだ。そのしおらしい様子に、メイランは思わず笑ってしまった。
棍棒を持った屈強な男相手に一歩も引かなかった姿とは、似ても似つかない。別人なんじゃないだろうか。
「怒ってないし、責めてるんでもないから。あそこじゃ誰に聞かれるかわからねぇから、場所を変えただけ。な、聞かせてくれよ。記憶が視えるんだっけ? 俺の何を視たんだ?」
彼女にバレて後ろ暗い過去はない……はずだ。積極的に話したくない過去はあるにしても。
メイランは自分の記憶を振り返りながら、シルリネアの話を待つ。
「あなたが棍棒を受けた時が視えたの。棍棒を持ったの顔が変わった。すごく残忍な顔をした、男の人。あと、私と、私の後ろにいた男の子の姿も……小さな傷だらけの男の子に……」
「……っ、あぁーなるほどなぁー……」
思わずメイランは天を仰いだ。シルリネアが後ろめたそうに謝っていた意味が、だいたいわかった。
「あー……そうだなぁ……」
唸りながら考える。別に隠すようなことではない。しかし、どこまで話すべきか悩ましい。
結局、やはり隠すことでもないと思えた。どうせもう知られている。
「まあいいさ。シルリネア、話してくれてありがとうな。俺も話すよ、だから座って」
一脚しかない椅子をシルリネアに譲り、メイランはベッドに腰掛けた。
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「多分だけど、その男の子っていうのは、俺と弟だと思う。年上の方の男の子は、髪の色とか俺と同じだったろ? で、小さい方は、髪の色が俺よりちょっと薄い」
自分の髪を示しながら尋ねると、シルリネアが小さく頷いた。
やっぱりそうだ。メイランは確信する。
「弟とはさ、だいぶ昔に生き別れてるんだ。だから俺は、弟を探して旅をしている。まだ生きてるのか、わからないけど」
砂漠から特定の砂粒を探すようなものだと、青嵐の連中からも言われた。それでも、探さない理由にはならなかった。
メイランにとって弟は、そういう存在だ。
「そんで、棍棒野郎の顔の方は……まぁ、そういうことだな。弟と一緒にいた頃、ああいう奴らがいたんだよ」
今考えれば、理不尽な暴力ばかりだった。もう終わったことだと思っていたのだが……自覚している以上に、怨恨を抱えているのかもしれない。
気をつけよう。メイランは心に刻み込んだ。自分が恨みを手放しきれていないことは、認識しておいた方がよさそうだ。
シルリネアは、眉根を寄せてメイランの方を見ている。視てしまった光景を思い出し、心を痛めているのだろうか。彼女の手は、自分の服をぎゅっと握りしめていた。
「……ねえ、メイラン」
「ん?」
「あのね、私、あなたと一緒に旅をしてもいい?」
「え……別にいいけど」
何を言い出すのかと少し身構えていたが、思ったよりも穏当な話だ。メイランはホッとしたが、何だか拍子抜けした気分にもなった。
——拍子抜け? 一体俺は、何を期待していたんだろう。
メイランが内心戸惑っている間にも、シルリネアの話は続いていた。慌てて聞く姿勢に戻す。
「私もね、人を探しているの。でも、あなたみたいに優しい理由じゃなくて……村を滅ぼした仇……どこにいるのか、わからない……」
なるほど。メイランは得心した。
どこにいるのか手がかりのない相手を探す者同士、協力しようということだ。
「わかった。そっちの事情、聞かせてくれよ」
仇討ちという物騒さに目をつぶったとしても、村が滅びたというのは、さすがに異常事態だ。
いったい何があったのだろう。
覚悟を決めた表情で頷いたシルリネアが話はじめるのを、メイランは待つことにした。
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シルリネアは、村で起きたことを語った。
急に現れた、月白色の髪の魔法使いのことを。
彼が近くを通るだけで、人も建物も消えたことを。
喋る犬が、彼の傍にいたことも。
「それで、気を失って……気が付いたら、メイランがいた……」
「月白色……魔法使い……」
シルリネアの話に、メイランの心が違和感を訴えた。なんだろう、どこかで……。
「何か、知ってる?」
考えこんでいるメイランに、シルリネアが声をかける。
メイランは、ぱっと顔を跳ねあげて苦笑した。
「いや、なんか引っかかるものがあって。思い出したら言うよ」
——まさかね。
違和感の原因になっていそうなものを、メイランは心の中で握り締め、強引に忘却の箱に詰め込んで、蓋をした。
メイランに詰め込まれたモノは、外に出たそうな様子で蠢いていたが、徐々に動きを弱めていった。
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シルリネアが連れてきた少年は、10歳を少し過ぎたぐらいの年頃だと思えた。
親兄弟はおらず、天涯孤独の身だという。
親なしと侮られ、酷使されていたのかもしれない。メイランは、やるせなさに嘆息した。
これから少しでも幸せになってほしいと、心から願う。
風呂で汚れを落としてだいぶさっぱりした彼に、メイランは安い古着を与え、最低限の身なりを整えてやった。
彼の着ていた服は、あまりにも垢じみて汚れすぎていた。メイランは汚れた服をまとめ、無造作に暖炉の中へ投げ込んだ。
「よし、行くか。シルリネアはちょっと待ってて」
メイランは、少年を連れて外に出る。
シルリネアは、食堂の隅で待たせておくことにした。
「あの、どこに……」
連れ出された少年が、困惑した様子でメイランに尋ねた。
メイランは、少年より半歩後ろを歩いている。少年の背中を守るような位置取りだが、メイラン自身から緊張感は漂ってこない。むしろ気楽な雰囲気さえある。
少年の問いかけに、メイランは笑って答えた。
「んー、そうだな。お前を助けてくれるとこ」
「助けて……?」
「そ。少なくとも、理不尽な暴力がないってことだけは、約束するよ」
不安そうな少年と歩く。中心街を通り過ぎ、庶民的な家の並ぶ区画に入った。
「あったあった」
メイランは、とある家の前で立ち止まった。何の変哲もない家に見えるが、扉の取っ手に古びた青い布が巻かれている。メイランは迷わず、その扉を叩いた。
「姐。開けて」
程なく、扉が細く開かれた。
艷やかな長い黒髪が印象的な、長身の女性だ。年の頃は30歳前後だろうか。大輪の花のように鮮やかな雰囲気だが、同時に気の強さも漂う。
黒い瞳が知的に輝きながら、訪問者を見ていた。
女性は華やかに微笑み、扉を大きく開け放つ。
「よく来たね。入りなさい、梅弟」
凛と通る声が、ふたりを室内へ導いた。




