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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第1章 切望は絡み、もつれあう
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第4話 10割の反動

 シルリネアは、両腕に強い鈍痛を感じていた。

 おかしい。こんなに痛みを感じるなんて。

 しかし考える間もなく、メイランの記憶が流れ込んできた。


 棍棒を受ける瞬間、監督の男の顔が変化した。

 まったくの別人だ。悪意と嘲笑に満ちた、酷く醜い表情をしている。

 メイランは、この人物から棍棒を振るわれたことがあるのだろうか。または、それに近い暴力を……?

 次に見えたのは、シルリネアの顔だった。肩越しに、さっと目の端で捉えている。

 シルリネアの顔も変化した。痩せこけて怯えた、10歳にも満たないような男の子だ。

 ボロ布を身にまとい、露出している肌は傷だらけ。あまりにも痛ましい。

 シルリネアの背後にいる少年の顔も、変化した。さらに幼い、同じように哀れに痩せた、傷だらけの男の子へと——。


 ぶつりと記憶の奔流が途絶えた。

 メイランの記憶を「視た」のは、まばたき数回分程度の時間だろう。

 それなのに、ここまで強烈なものは初めてだ。

 村では、怪我を負った瞬間を追体験するだけだったのに……。

 記憶だけじゃない。痛みの強さも今までとは比較にならない。

 かわいいトンミが転んだ瞬間、ヘイノが鹿の角に突かれた瞬間。シルリネアは、そういったものを何度も「視て」きた。

 傷を負った瞬間を「視る」と、その痛みの欠片が伝わってくる。そこまでは、いつものことだ。

 しかし今回は、あまりにも痛烈すぎる。

 痛みの欠片どころではない。きっと「すべて」だ。


 シルリネアは、荒い息をついていた。汗が止まらない。

「メイラン、あなた、魔法が……」

 やや青ざめた表情で、呼吸を整えながら、途切れ途切れにシルリネアが問いかける。

 メイランは、戸惑い気味に頷いた。

「俺、魔法、効かねぇんだよ。それなのに、なんで……」

「そう、なの……!」

 合点がいった。

 どうしてこんなに、痛みを感じるのか。

 どうしてあんなに、魔法が入りにくかったのか。

 普段はするりと入り込む癒しの力を、今回は強く押し込む必要があった。

 メイランは、魔法を受け入れない体質なんだ。

 体質を無視して強引に癒しの魔法を伝えたから、あれだけの痛みが返ってきた。


 ごく稀に、そんな体質の者がいるという話は、故郷の薬草師、バーバ・ロゥから聞いていた。しかし、ここで出会うなんて。

 呼吸を整えてから、シルリネアは改めてメイランに向き直る。

「私の癒しは、ほとんどのものを完全に治せるの。傷以外を癒すこともできる。でも、反動があって……」

 シルリネアが袖をまくりあげると、そこには先程メイランが負っていたものよりも、やや軽い打撲傷があった。だがメイランと異なり、両腕が傷ついている。

 この打撲傷ふたつを足し合わせれば、メイランが負っていた傷と同程度になるかもしれない。


 ******


 メイランは自分の記憶を探った。宿を出る前まで、シルリネアにこんな傷はなかったはずだ。

 港に向かう道中、シルリネアの様子は慎重に見てきた。あんなに自然に動いていたのに、腕に傷を負っていたとは思えない。


 では、いつできた傷なのか。

 今しかあり得ない。


 シルリネアが困ったように笑う。

「普段、ここまで反動がくることはなくて……。たとえば、転んで膝をすりむいた子を癒したら、指先に小さなかすり傷ができるぐらい。だから今回も、ちょっと痣ができるくらいだと思ってたんだけど……」

 自己犠牲を伴う治癒魔法なんて、聞いたことがない。メイランはぞっとした。

「癒してくれたことには感謝する。でももう、使わないでいい……!」

 危険だ。直感的にメイランはそう思った。膝の傷を癒して、指先にかすり傷ができる程度ならいい。だが、どうやら自分に対しては、そんな生易しい反動にはならないらしい。

 もしも、もし仮に、自分の傷に対して、シルリネアが己の体力を超えて癒してしまった場合は……?

 背筋に恐怖が走った。身震いする。

 シルリネアは微笑んだ。柔らかい笑顔だが、瞳には強い意志が宿っている。

「ありがとう。でも、必要だと思ったら使うわ」

「だめだ……いや、他の奴らならいい。でも、俺には使わないでくれ、頼むから……!」


 メイランは、自分自身の特異な体質のことをよく知っている。

 魔法が届かない。どんな魔法であっても、例外なく。少なくとも今まではそうだった。

 それなのに、シルリネアは癒しの魔法を届けた。それがどれだけ高度なことなのか、あるいはどれだけ大変なことなのか。

 メイランは魔法のことなどさっぱりわからない。しかし、想像することはできる。

 ——きっと、負担が大きすぎる。

 死という単語が脳裏をかすめ、慌てて振り払った。

 生き別れも死に別れも、金輪際ごめんだ。しかも、自分が原因になる可能性が高いだなんて。

 あまりにも不快すぎて、吐き気さえ感じる。

「気をつけるから、大丈夫」

 シルリネアは頑固にも、まだ使うと主張している。

 どうすればいい。どうすれば、彼女に癒しの魔法を諦めさせられるだろう。

 メイランが考えこんでいる間に、シルリネアは再び微笑んだ。

「気遣ってくれるのは本当に嬉しい、ありがとう。でも私は、目の前に助けられる人がいるのを、見逃すなんてできない。手が届くなら、なおさらのこと」

 超然と微笑むシルリネアに焦りさえ覚えて、メイランは声を絞り出した。

「そういう問題じゃねぇだろ……!」

 どうしてそう、死にたがるようなことをするのだろう。

 もっと安全な方法はいくらでもあるし、今回だって、魔法を使うほど重症でも、緊急事態でもなかったはずだ。

 シルリネアの罪悪感? 自分が庇ったから?

 ではどうすれば良かったのだろう。あれ以外の方法なんて、なかったじゃないか。


「ねえメイラン」

 シルリネアが戸惑いながら、メイランに声をかけた。

 この人は、どうしてこんなに悩んでいるんだろう。彼女の顔には、そう書かれている。

 シルリネアの表情を見て、メイランは少し落ち着きを取り戻した。彼女を困らせたり、悩ませたりする気はなかった。感情を押し付けすぎていたことに気付く。

「……ごめん。なに?」

 シルリネアの表情が緩んだ。安堵の表情を浮かべて、彼女は言葉を続ける。

「あの子をどうすればいいか、考えたいんだけど。それとね、もうひとつ」

「うん」

 メイランが応じると、シルリネアは神妙な顔つきで彼をしっかりと見た。

「あなたに話しておかないといけないことが、あって……」

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