表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第1章 切望は絡み、もつれあう
3/20

第3話 困り事と厄介事は掟に従え

 目の前に苦痛があった。

 その既視感に、メイランは顔をしかめる。


 ******


 メイランは、シルリネアを連れてヴァルグリムの港に来ていた。

 ヴァルグリムの港は、そもそもあまり治安が良くない。

 そんなところに、素朴な村娘丸出しのシルリネアを連れて行く。躊躇がなかったとは言えない。

 だが、彼女がどうやって北大陸からやってきたのか。その手がかりになりそうな場所は、港しか思いつかない。

 治安の悪さは気がかりだが、日中であれば大丈夫だろう。自分が横にいれば、厄介事に巻き込まれる可能性は、さらに減るはずだ。


 ******


 ……と、思ってたんだけどなぁ。

 メイランは目の前の光景に、苦々しい気持ちでいる。


 荷役たちが、船荷の積み下ろしの仕事をしている。

 そこまでは、いい。

 問題は荷役にごく幼い少年が混ざっていて、しかも、痩せこけて怪我をしているということだ。

 子供が大人に混ざって仕事をするのは、よく見る光景だ。だがあの少年は、明らかに酷使されすぎていた。目の力が失われている。

 あれは良くない。

「ねえメイラン、あれ……」

 シルリネアも気付いた。形のいい眉をひそめ、薄荷色の瞳の奥には義憤が揺らいでいる。

「わかってる」

 助けてやりたい気持ちはある。酷使される子供を見るのは大嫌いだ。虫酸が走る。

 だが、荷役たちの監督者らしい男がいた。中年で背が高く、筋肉質。棍棒を手に威嚇しながら彼らの間を練り歩いている。

 あの棍棒の男を片付けるのは、簡単だ。だが問題はその後。あの少年をどうするのか、そして、どう立ち回るのか。

 特に今は、シルリネアがいる。彼女を巻き込みたくない。

 だからメイランはシルリネアの手首を軽く掴み、首を横に振った。


 その時だった。

 荷役の少年がつまずき、転倒した。運んでいた荷物が飛び散る。よりによって陶器だ。砕けた破片が散乱した。少年は転んだまま、青ざめる。

「このガキ!」

 監督の男が、足早に少年に向かってくる。棍棒を振りかざしながら。

「す、すみません!」

 必死の声が少年から発せられた。だが監督の男は、冷酷に棍棒をふりかぶる。少年の口から、か細い悲鳴が聞こえた。

 ヤバい。そう思った瞬間、横から黄金色の風が走った。シルリネアだ。メイランの手をほどき、髪を乱し、少年のもとに走る。

 半呼吸の後、メイランも後を追った。無謀だ。彼女ではどうにもできない。舌打ちをしたい気分に駆られたが——なぜか、口は笑みの形を取っていた。次いで心が軽くなる。

 彼女の行動が、必死さが、とても好ましく映った。

 無謀だが、勇敢だ。それも並外れて。


 シルリネアは、少年と監督の男の間に立ちふさがった。身体を大きく広げ、少年をかばう。

「どけ!」

 監督の男が、棍棒を振りかざして怒鳴る。腹の底からの威嚇だ。喧嘩慣れした者であっても、怯むぐらいの迫力がある。

「だめ!」

 だがシルリネアは、臆せず叫んだ。半歩さえ引かない。

 痛快だった。快哉をあげたくなる。男が怒りに任せて棍棒を振りかぶる。

 さあ、俺の仕事はここからだ。

 メイランは愉快な気分のまま、今まさに棍棒を振り下ろそうとしている男とシルリネアの間に、割って入った。


 鈍い音と衝撃が、メイランの左肩に走った。

「いってぇ……!」

 棍棒を肩で受けたせいで、左肩がしびれる。だが、骨が折れるまではいっていないだろう。

 視界の片隅で、シルリネアと少年の無事を確認した。このふたりが棍棒を受けることにならなくて、本当に良かった。

 メイランは男の棍棒を右手でいとも簡単にひったくり、海に向けて放り投げた。

「その坊主連れて、来た道を戻れ。できるな?」

 シルリネアに声だけを投げた。目の端で、シルリネアが頷く。

「よし、行け」

 メイランの声と共に、シルリネアが少年を引っ張って走りだした。

「待ちやがれ!」

 男が叫び、後を追おうとしたが、メイランが邪魔をする。

「その前に俺と遊んでよ」

 軽薄さを意識した声をかけると、男はカッとなって殴りかかってきた。メイランは拳を避け、突き出された腕を掴んで後ろに投げ飛ばした。体格差をものともしない。

 男は頭を打ち、気を失った。


「さて」

 メイランが周囲を見回す。

 この男の仲間たちは、この騒動を見ているだろう。加勢しに来るに違いない。

 現に、船上から様子を見ていた数名が、怒りの形相と共にこっちに向かってくる様子が見えた。

 シルリネアたちを追われないためにも、メイランは派手な喧嘩にするつもりだった。ここで全員足止めする。ついでに片付ける。


 問題ない。

 喧嘩は得意だ。

 メイランは加勢者を煽るため、気を失っている男の胸部に足をかけた。

 なるべく体重をかけないよう、注意を払いつつ。


 ******


青嵐(せいらん)の掟その1。困っている人を見捨てるな、ってな」

 殺気をみなぎらせて寄ってくる男どもを見ながら、メイランは楽しそうに呟いた。

 あの少年は困っていた。シルリネアも困っていた。だから助ける。

 かつては自分も救われた。

 足元の男をつま先で軽く小突いてから、向かってくる連中を出迎える。


 体格の良い、いかにも用心棒といった男が、殴りかかってきた。

 大振りの拳を避けて懐に入り込んだ。顎を下から掌打し、脳を揺らしてやった。そいつは膝から崩れ落ち、倒れた。

 次の男も殴ってきたので、そいつは足をひっかけて転ばせてやった。

 転んだ男は不幸にも、顔面から地面に突っ込んでしまった。ご愁傷さま、とたいして心のこもっていない言葉を呟く。

 あっという間に屈強な男たちを片付けたメイランを見て、後続は明らかに勢いが鈍っていた。

「まだやんの?」

 冷静に、笑顔で尋ねる。その方が相手が恐ろしく感じることを、彼は知っている。

 思った通り、連中は完全に動きを止めた。悔しいが勝てない、歯が立たない。表情がそう語っている。


 しばし睨み合った後、相手方の最後尾あたりから、魔法の詠唱らしき声が聞こえてきた。

 よく見れば、ローブを身にまといフードを目深にかぶった、いかにもな魔法使いが、用心棒たちを盾にしつつ立っている。

 魔法だ。

 メイランは魔法が使えない。素養も一切ない。

 詠唱の言葉は、意味のない音の羅列にしか聞こえない。


 魔法使いは魔力を矢の形にして、何本も何本も射ってきた。

 ああ手練だな、とメイランは思った。魔法の矢を複数本射ってくる魔法使いは優秀だと、過去に教わったことがある。

 狙いを外した矢が、地面に突き刺さる。港の石畳があちこちで弾け飛び、石礫になって飛散した。

 当然メイランにも、矢が複数飛んでくる。すべて当たるだろう。

 ——でも、関係ねぇんだよなぁ。

 メイランは避けない。当たった、蜂の巣だ。誰もがそう思った。

 しかし。

「なんで効かないんだ……!?」

 驚愕に満ちた声が、魔法使いから発せられた。メイランに当たる直前、魔力の矢は消滅していた。

「体質だから?」

 メイランがニッコリと笑う。

 何本ぶつけても同じだった。魔法使いは焦る。魔力の矢による攻撃を諦め、火球を作り出してぶつけた。それでもメイランには届かない。火球は彼の体に当たることなく、空中で分解されてしまう。

 直接的な攻撃だけでなく、睡眠や幻惑の魔法も使ってみた。しかしメイランにはまったく効かない。彼の体に届く前に、魔法が霧散してしまう。

 まるで魔法がメイランを嫌い、避けているかのようだ。

「ひっ……!」

 魔法使いが悲鳴をあげた。目に見えて混乱している。それこそ、混乱の魔法を使われたかのようだ。

「満足した?」

 メイランは、魔法使いに向けて笑いかける。

 連中は、完全に闘争意欲を失っていた。


 メイランは肩をすくめる。

「じゃあ、そういうことで」

 堂々と、背を向けて立ち去った。背後から襲撃されても、対応できる自信がある。

 とはいえ数日は、奇襲に注意した方がいいだろうか。面倒だが、仕方がない。

 きっとシルリネアは、宿に戻っただろう。彼女は、あの少年を守ってくれるに違いない。

 宿の店主も、短い間なら匿ってくれるだろう。

 宿を引き払って、あの子の逃げ場を作ってやって……なんとかなりそうだ。シルリネアの問題以外は。


 ああ、肩が痛ぇなぁ。


 ******


「おかえりなさい」

 宿の1階にある食堂で、シルリネアは待っていた。メイランを見てすぐ、彼のところに駆け寄る。

「あの坊主は?」


「店主さん……? の計らいで、お風呂で汚れを落としてる」

 カウンターの奥で、店主が親指を立てている。メイランも同じ動作を返した。

「あなたの怪我は? 大丈夫?」

 シルリネアが心配そうにメイランを見た。

「あー……肩だけ、大丈夫」

 本当はだいぶ痛い。

「見せて」

「いや大丈夫だって」

「いいから」

 シルリネアが執拗に食い下がるので、やむなく肩を見せた。予想通り、青黒く腫れている。

「酷い……」

「そうでもねぇよ」

 シルリネアが沈んだ様子だったので、メイランはあえて平静を装った。今は痛くても、いずれ治る。それでいい。

「よくあることだ、心配してくれてありがとうな」

 シルリネアはぎゅっと唇を噛み締めていたが、おもむろに顔をあげた。

「癒させて」

 決意をこめた顔で、メイランの腕にそっと触れる。

「え、何、魔法使えんの?」

 メイランが驚いて尋ねると、シルリネアは小さく、だが力強く頷いた。

「いや俺、魔法は……」

 断ろうとした瞬間、シルリネアの魔法が発動した。淡い黄金の光が、シルリネアの体からメイランの体に移動する。

 光は一瞬戸惑うように震えたが、メイランの体内に力強く入っていった。優しい温かさがメイランを包み——肩の打撲傷がすうっと消えていく。

「え、どうやって…………え?」

 メイランは困惑を隠せなかった。

 治った肩とシルリネアを、交互に見比べてみる。

 何から尋ねればいいのか、さっぱりわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ