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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第7章 幸せを形にすると
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第56話 思惑はどこに

「湖姐って西の偉い人の知り合いなんだねぇ」

 紅嵐(ホンラン)が、シルリネアから託された手紙を大切にしまう。

「てことは、梅兄も知り合いってことだろ」

「やっぱあの人たち、すごいねぇ」

 黒嵐(ヘイラン)と紅嵐が感心しあう。

 ふたりは馬に乗り、捕虜3人を連れてリュミエールに向かっている。

 捕虜たちは拘束していないが、馬車に乗せて見張っている。御者役への強い信頼感が、ふたりの軽口を助長させる。

「ね、影兄」

「……会ってないんだから知るはずねぇだろ」

 紅嵐に同意を求められた御者——影嵐(エイラン)は仏頂面で応じた。

 細身の体に、一切の無駄を排したしなやかな筋肉がついている。黒髪に暗灰色の衣服が、影の名にふさわしい。その中にあって、碧眼だけが奇妙な明るさを添えていた。

「会えばよかったのに」

 黒嵐の言葉に、影嵐はますますむっつりと黙り込む。

 影嵐はメイランが苦手だった。嫌いではないが、全体的にソリが合わない。メイランもそれを知っているので、必要がなければ寄ってこない。

 それなのに、このお子様どもときたら。

「俺、影兄と梅兄の手合わせ見たかったなぁ」

 などと脳天気に言う。

「私も私も。帰ったらやってよ。ね、影兄?」

「あいつが、そんなに長いこといるはずねぇだろ」

「えぇー……」

 紅嵐の不満そうな声を無視して、影嵐は馬車の壁を叩いた。

「聞こえてんぞ、下手クソ」

 さっきから中で金属音がしていた。武器を取り出そうとする音だ。

 馬車には、彼らの持ち物もすべて積んでいる。リュミエールでまとめて返してやろうとしているのに、無駄な労力をかけさせないでほしい。

「逃げたら手足を折る。司祭様だか助祭様だかは、舌を切る。逃げた人数関係なく全員にやる。いいな」

 そう告げて、やっと馬車の中から聞こえていた金属音がやんだ。

「こわぁ」

 紅嵐が肩をすくめ、黒嵐は動じずに頷いた。

「効果的だよ。大人しくしてくれた方がいい」

 紅嵐は小さく嘆息してから、声を張る。

「ねえお客人、この人は怒らせない方がいいよ。お客人たちを捕まえた人と合わせて、ウチの二枚看板なんだから」

「双璧って言えよ」

 黒嵐がすかさず訂正させようとする。

「いいじゃん、どっちでも」

「看板じゃカッコ悪い」

 いつもの口論をはじめた紅嵐と黒嵐に、影嵐はクツクツと低く笑いをこぼす。組んだ足に片肘をついて顎を乗せ、馬車を見やった。

「そういうこった。あいつに捕まるなら、俺にも捕まる。……逃げるなんて考えるなよ」

 最後はあえて、威圧的に言った。


 ******


 青嶺関を順調に通過した。

 影嵐の脅しが効いたのか、捕虜たちが妙な動きをすることはなかった。

「ここからがなぁ……」

 黒嵐がうんざりした表情で嘆息した。

 荒野と砂漠の連続が、どれだけ急いでも1か月は続く。

 何やら気持ち悪くなってきた黒嵐は、水を飲もうと腰に下げた瓢箪に手を伸ばし……そのまま落馬した。

「え……」

 何が起きた。全員、理解が追いつかない。

「黒嵐!?」

 紅嵐の声が妙に遠くから聞こえた。黒嵐はグラグラとおぼつかない足で、どうにか立ち上がる。

「気を、つけ……! なんだ、これ……!」

 黒嵐が警告を絞り出す。術を使えるからこそ感じる圧倒的な力が、黒嵐を苛む。立っているだけで精一杯だ。

 影嵐が腰の武器を掴む。

 その刹那。

 空間が裂け、ザフィルが現れた。


 影嵐は即座に武器を振るった。腰に巻いていた九節鞭を一挙動で解き放つと同時に、御者台を蹴って跳ぶ。横薙ぎに払い、空いている手で小刀を投げた。

 いつも通りすべて命中する。はずなのに。

 九節鞭も小刀も、空中で弾かれた。

 どういうことだ。影嵐は九節鞭の軌道を変えた。だが、ふたたび弾かれる。目に見えない壁に阻まれている。

 ザフィルは虚ろな顔を影嵐たちに向けた。ぞわりと悪寒が走る。

「……送ってあげるよ、リュミエールまで……」

 ザフィルがそう言った瞬間に、空間が歪んだ。二日酔いと船酔いをかけ合わせたような酷い不快感を覚えた直後——周囲の風景が変わった。


 影嵐たちは、人々の喧騒に包まれていた。

「……どういうことだ」

 訳がわからない。1か月以上旅をして、やっとたどり着けるはずだったリュミエール王国の大神殿が、目の前にある。

 いきなり現れたあの不気味な少年が、転移の魔法で運んだとしか思えない。しかし、なぜ彼がそうしたのか、説明できる者は誰もいない。


 ザフィルの姿は、もうどこにもなかった。


 ******


「……忘れ物?」

 安洛通運の出入り口で、メイランが首を傾げた。横にいるシルリネアも、不思議そうに見ている。

 リュミエールの捕虜たちに紅嵐と黒嵐、さらに保険で影嵐までつけて、ここから見送って半月ほど。

 3か月ぐらい帰ってこないはずの3人が、目の前にいた。

 紅嵐は呆然とし、黒嵐は顔色が悪く、影嵐は苦虫を噛み潰したような表情でメイランを睨んでいる。

「梅弟、ツラ貸せ、黒、付き合え」

「なんだよ影兄……悪ぃシルリネア、ちょっと待ってて」

 有無を言わせず引っ張られていくメイランを、シルリネアは見送るしかなかった。

 残された紅嵐の様子もおかしい。いつもの快活な彼女とはかけ離れているのが心配だ。シルリネアは紅嵐に近寄り、声をかける。

「どうしたの、体の調子が悪い?」

「あ、湖姐……いや、大丈夫。絶好調。でもちょっと、驚くことばっかりあってさ……」

 慌てて笑顔を貼り付ける紅嵐を見て、不安がよぎった。紅嵐は無理をしている。心が傷を負っている。

 安洛通運には商談用の個室がある。そこならじっくり話を聞けるだろうか。心の傷を癒すには、話してもらうことが一番いいはずだ。

「個室借りてくる。だから、ゆっくり旅の話を聞かせて」

 不安が声に出そうになるのをおさえて、シルリネアは空いている個室を探しに行った。


 ******


 中庭の隅、人目に立たない物陰に、影嵐はメイランと黒嵐を引っ張り込む。

「どうしたんだよ影兄」

 話の流れがさっぱり掴めない。メイランが困惑して声をかけると、影嵐はやっと止まった。黒嵐は、その場でへたりこんでしまった。

 影嵐が振り返り、メイランを睨みつける。

 碧眼が鋭く輝いた。

「吐け。お前のツラによく似た魔法使いの、亡霊みてぇなナリのクソガキ様は、どこのどいつだ」

 メイランの表情が強張った。やはりこいつは、あの魔法使いを知っている。影嵐は確信した。

「……実の弟で、シルリネアの仇……」

 悲痛な声だった。影嵐は息を呑む。

「お前がウチを抜けたきっかけの奴か……」

「そう。あいつ、影兄のところに来たのか……無事でよかった」

 辛そうな顔のまま、メイランは微笑む。影嵐は、この弟の、こういうところが好きになれない。自分の感情よりも相手を優先する、この態度が。

 吐き捨てるように、影嵐は言葉を続ける。

「青嶺関から大神殿までの転移と、青嶺関行き転移符のお土産をいただいたぜ。俺と紅はまだいい、黒がこのザマだ。あいつの力にあてられた」

「ごめん、不甲斐なくて……」

 黒嵐が小さな声で謝罪した。体が少し震えている。

「あいつ、意味わからねぇ力持ってるもんな。気にすんな、よく戻ってきた」

 メイランは黒嵐の肩を叩いて労う。黒嵐は符術の優秀な使い手だ。それだけに、ザフィルの魔力を過敏に感じ取ってしまったのかもしれない。

 とすると、ザフィルと対峙してなお殺意を向けることのできるシルリネアは、魔法の使い手として突出していることになりそうだ。ヴェンツェルも同様だが、彼には元宮廷魔術師という肩書があるので、シルリネア程の驚きはない。

 改めて、メイランは影嵐に状況を確認した。

「つまりあいつ……ザフィルが、青嶺関で影兄たちを大神殿まで転移魔法で移動させて、帰り用に、青嶺関まで転移できる魔法の使える符を黒嵐に渡したってこと?」

 影嵐が頷く。

「ああ。転移符はいつの間にか持たされてたみてぇだがな。よくわからねぇ符が入ってて、解析したら青嶺関行きの符だったんだろ?」

「……そう。無制限に、何人でも送れる符だった……あんなの、どうやって作ったのか、さっぱりわからない……」

 黒嵐は途切れ途切れに答える。それを見た影嵐が舌打ちした。黒嵐をこんな状態にしてしまった、ザフィルとかいう奴に対する憤りとして。

「てめぇの実弟、何考えてやがる」

「わかんねぇよ。こっちが聞きたい」

 メイランが嘆息した。

「とりあえず、黒嵐は休んだ方がいい。仮眠室行こう。ザフィルについては、その後で話すよ」

 メイランは黒嵐を背負い、歩きはじめた。軽い調子で黒嵐に語りかける。

「だっこの方がいい?」

「……これがいい……」

 黒嵐の呟きに、メイランが笑った。

 影嵐の目には、強張り震えていた黒嵐の体の力が、少し抜けたように見えた。メイランは、こういう気配りが昔から上手い。

 メイランの後ろを歩きながら、影嵐はザフィルのことを考えていた。

 あいつは、メイランの実の弟だと言う。顔立ちが似ているので、おそらく正しい。だが、ここまで性質の異なる兄弟というのは、奇妙に思える。

 魔法の一切効かない兄と、魔法の塊のような弟。

 何かの意志のようなものを、感じざるを得なかった。

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