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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第7章 幸せを形にすると
55/123

第55話 少しずつ進む

「……ってことがあってさ」

 翌日、安洛通運の中庭。

 荷捌きの邪魔にならない位置で、メイランは黒嵐(ヘイラン)紅嵐(ホンラン)に昨晩のことを語っていた。

 話を聞いた二人は、困惑して押し黙っている。

「じゃあ、今後はあまり湖姐に話しかけない方がいい?」

 黒嵐の寂しそうな声に、メイランは優しく笑う。

「いや、今まで通りでいい。お前らが悪ぃんじゃねえし、シルリネアもわかってるから。彼女もお前らのことが気に入ってるから、余計そうなるんだろ」

 彼女の愛する故郷と重なってしまったからこそ、つらかったのだと思う。それだけ青嵐(せいらん)に、故郷と近しい愛しさを感じたということだ。

「そっかぁ。湖姐、大変だったんだね」

 紅嵐がため息をついた。メイランが苦笑する。

「お前らも大変だったし、俺も大変だったんだよ。ただ俺らは『大変』の先で、悪くないものを手に入れられた。シルリネアは今が『大変』の真っ最中だから、そこがちょっと違うよな」

 黄嵐(コウラン)に拾われた養子たちは、全員訳ありだ。皆、それぞれの辛さを抱えていて、だからこそ結束が固いという面がある。

「とにかくさ、気にしねぇで話してやってくれよ。話したくない気分なら、シルリネアも出てこねぇだろうし。シルリネアは感情が顔に出るから、わかりやすくて助かるんだよな」

「そこが好きなんでしょ。認めたほうがいいよ」

「のろけはそこまで。湖姐はまだいいけど、梅兄はだめ」

 紅嵐はニヤニヤ笑い、黒嵐がうんざりした様子で言った。

「お前ら好き放題言うじゃねぇか」

 メイランは中庭を見渡しながら言った。荷捌きが終わりつつある。

 つまり。

「稽古再開するぞ。次の荷が来るまで休憩させねぇからな」

「えぇー……」

 紅嵐が訓練用の槍を手に取り、立ち上がる。

「早く積荷来い」

 黒嵐も仕方なく準備をはじめ、メイランは笑う。

「明日は捕虜のお届けに行くんだろ。お前ら二人とも、足腰立たなくしてやるから覚悟しな」

「爽やかに言われると余計怖いんだけど」

 刃引きした剣を構えて、黒嵐がぼやいた。


 ******


 シルリネアはメイランを見送り、家をざっと掃除してから外出した。

 メイランからは寝てていいと言われたが、体は健康そのものなのに、動かないというのも変な気がする。だから、月嵐(ユエラン)のもとに行くことにした。

 診療所の手伝いをしながら、この地域の薬草について聞こうと思っている。

 歩きながら、メイランの財布を手の内で弄ぶ。昨日メイランが、華嵐(ファラン)に投げてよこしたものだ。


 財布は昨日よりも重い。

 昨日の支払いは間違いなくこの財布から出したが、その後、華嵐と月嵐が中身を継ぎ足した。

「シルリネアに贈り物をするのがあいつだけじゃあ、不公平だからね」

 華嵐がそう言って笑った。

「梅兄はこれを受け取らないでしょうから、シルリネアさんに差し上げます」

 微笑みながら、月嵐は財布をかわいらしい巾着袋に入れてシルリネアの首にさげ、胸元に落としてくれた。


 その財布が、シルリネアの手元にあった。

 本当は返したいのだが、返したいと思う相手は全員、受け取らないことが目に見えている。だから仕方なく、シルリネアは財布を首にさげ直した。

 とりあえず預かっておこう。そしてメイランみたいに、半分ぐらい隠しておこう。いざという時のために。

 どこにどうやって隠そうか。考えているうちに楽しくなり、シルリネアはいつの間にか笑顔になっていた。


「おはようございます」

 診療所の扉を叩くと、月嵐が出迎えてくれた。

「あら、いらっしゃい。ようこそ」

 招き入れられた診療所は、必要なものが機能的に収められていた。掃除が行き届き、清潔で居心地がいい。

「薬草の棚がここ。効能別に置いてあるのよ。よく処方する薬は、ある程度まとめて作ってあって、それを置いているのがこっち」

 月嵐の説明を聞いていると、外からひょこっと栗色の髪が覗いた。

「あ、湖姐」

 照嵐(ショウラン)だ。

「どうしたの?」

 月嵐の問いかけに、照嵐は灰色の瞳を輝かせて答える。

「最新の伝書鳩通信。魔法王国のヴェンツェルって人が、リュミエールに来たみたいで。大神殿に呼ばれたとか。何か伝言とかあれば、今日中なら黒嵐と紅嵐が預かれますよ。どうせ大神殿とは、捕虜引き渡しの交渉しますし」

「ヴェンツェルさんが……!」

 シルリネアが息を呑み、それを見た照嵐は笑顔を見せた。

「あ、やっぱり知り合いでした? 梅哥が昨日安洛通運で、それっぽいこと言ってたから」

「メイランが?」

「伝書鳩で大陸の都市を繋いでるんスよ。で、情報を安洛通運に集めてます。梅哥が安洛通運に来て稽古つけてるの、あれ新鮮な情報目当てですね」

「そうなんだ……」

 やっぱりメイランはすごい。ひとつの動きで、複数の物事をまとめて片付けるだなんて。

 驚くシルリネアを見て、照嵐は胸を張った。

「すごいでしょ、うちの梅哥」

「なにその言い方」

 月嵐が笑い、照嵐はニコニコと笑顔を浮かべる。

「ああでも、今は湖姐のモンですね。できれば返品しないでくださいね」

「返品って」

 シルリネアは苦笑してしまった。ゆっくりと首を横に振り、悪戯っぽい微笑みを作る。

「返してあげない」

 照嵐と月嵐は目を見開いて顔を見合わせ、大きく笑った。

「そりゃあいいや、じゃあ、梅哥をよろしく頼みます。青嵐(せいらん)の中でも、だいぶ出来がいいスよあの人」

「梅兄、きっと喜ぶわ」

 シルリネアは、大きく出過ぎただろうかと、内心気が気でない。だがこれぐらい言えないと、メイランの横に立てないと思った。

 形から入ろう。

 中身は後から作ろう。

 そうやって、少しずつメイランに追いついていくしかない。

 それが、昨晩泣くだけ泣いて、どうにか手に入れた結論だった。


 ******


 ザルミールの屋敷の書庫が荒されていた。

 子供が散らかしたような荒され方だ。こんなことをする者なんて、いただろうか。

 シドゥは考える。

 微かにザフィルという名前が脳裏をよぎったが、すぐに除外した。

 知識を与えられ、思考能力を奪われた少年が、こんなに無駄なことをするはずがない。


 知識の塊。

 魔法の天才。

 虚無の化身。


 それがザフィルのはずだ。そう作られた。アザルファ様に。

 それでもなぜか、書庫にはザフィルによく似た魔力の痕跡が漂っている。

「こんにちは」

 突然背後から、男児の声が聞こえた。

 シドゥが驚いて振り返ると、そこには——幼いザフィルの姿をした何者かがいた。

「誰だ、お前は」

 誰何(すいか)すると、男児がうっすらと微笑む。

「ボクはカルブ。主様の魔力の一部」

 主様とはザフィルのことだろうか。カルブの外見からは、そうとしか思えない。

「ではカルブ、何の用だ」

「動かれると迷惑だから、大人しくしてほしくて」

 カルブがゆらりと首を傾げると、血線のような色をした、布製の首飾りが見えた。

「心配しなくても、主様はもうすぐ死ねるから……だから邪魔しないで」

 不気味な奴だ。シドゥは生唾を飲む。

「わかった。退散するとしよう。どれぐらい待てばいい」

「長くても3か月、かな」

「ではそうしよう」

 3か月。それぐらいなら、何もせずに待ってやってもいい。

 踵を返しかけ、ふと思い出して問いかける。

「ルハサーンに行くのは、許されるのか?」

 カルブは考えるそぶりを見せ。

「いいよ」

 と答えた。

「感謝する」

 シドゥは今度こそ踵を返し、立ち去った。


 カルブと——ザフィルと争う意味はない。

 警告してくれるなら、それに従えば良い。

 間もなく終わり、始まるのだから。

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