第53話 誓い、願い
薄荷色の髪紐の仕立てを注文してから、華嵐と月嵐は鮮やかな朱色の髪紐を選んだ。
「朱色なら黄色みがあるから、シルリネアの髪色とも合うよ」
華嵐はそう言って笑い、月嵐も頷き微笑んだ。
シルリネアは、何色が良いのかさっぱりわからない。好みといえば緑と青だが、どちらの色も薄荷色に含まれている。色が被るのは、できれば避けたい。
どうしようかと、店内に並べられた色とりどりの髪紐に手を彷徨わせていると。
「あ……」
見つけた。これがいい。
華嵐と月嵐に見せると、ふたりもニッコリ微笑んだ。
「そうだね、これが一番いいかも」
「きっと梅兄も喜びますね」
それは胡桃色——メイランの髪の色をしていた。
髪紐の見立てを終え、3人は茶屋に移動した。
お茶とお茶菓子を注文し、ゆったりした雰囲気の中で、華嵐が微笑んだ。
「それにしても梅弟は、果報者だね。こんなに素敵な娘が、横にいるんだから。シルリネアは気付いてた? あいつ、ヴァルグリムの時には既に、あんたに惚れてたんだよ」
「えっ?」
シルリネアは、食べようとしていたお茶菓子を取り落としかけた。華嵐が笑う。
「やっぱり気付いてなかった? シルリネアと話す時、あいつあからさまに声が優しくなるんだよ。あと、ずっと嬉しそうな顔をしてる。まるで、ご主人様を迎える犬みたいにさ」
「あ、華姐はそう思ったんですね。私も梅兄、柔らかく変わったなと思って。シルリネアさんはどう思います?」
「気付いてなかった、です……」
ひとめで見抜けるぐらい、メイランが変わっていたなんて。まったく気付いていなかった。
「……あれ?」
ふとシルリネアは、昨日の騒ぎを思い出した。
もしかしてメイランが「付き合って半年」と言っていたのは、彼の感覚としては、あながち間違いでもなかったのかもしれない。
半年でなければゼロ日、というのも、もしかしたら……。
「どうしたの?」
華嵐に問われて、シルリネアは昨日の騒動をかいつまんで話した。
話を聞いて、ふたりは大笑いする。
「いやあ、それはシルリネアの考えすぎ! あいつ、ホントに細かな言い回しに弱いからさ。ごめんね、残念な弟で」
「昨日帰ってこれればよかったなぁ」
華嵐が笑い飛ばし、月嵐も残念そうに微笑みながらお茶を口にして……目を見開いた。
「ん、このお茶美味しい。どこのかしら、うちにも欲しいわ」
給仕を呼んで産地や茶の種類を尋ねた後、月嵐は懐から帳面を取り出してパラパラとめくり、あれこれ書きつけた。
垣間見えた帳面の内容に見覚えがあり、今度はシルリネアが目を見開く。
「あの、それ、薬草……ですか?」
驚いて問いかけるシルリネアに向けて、月嵐が微笑んで頷いた。
「ええ、そうよ。治癒師の仕事で使った書き付け」
月嵐は、薬草について書かれた箇所を開いて見せてくれた。薬草の見分け方と効能について、かなり詳しく書かれている。きっと、誰かに解説した時のものに違いない。
シルリネアは、思い切って月嵐に頼んでみることにした。
「あの、薬草のこと、教えてもらえませんか? 私、薬草師に教えてもらってたんですけど、途中で終わっちゃって……それに私の故郷とここは、生えている薬草も全然違うから、わからないことが多くて……」
まさかここで、教えてくれそうな人に出会えるとは思っていなかった。武器と防具が出来上がるまで、1か月かかると言っていた。その間に、習えるだけ習いたい。
必死な様子のシルリネアに、月嵐は微笑んだ。
「もちろん。私は診療所にいるから、いつでも来て」
「ありがとうございます!」
シルリネアは嬉しくなって、勢いよく頭を下げた。
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シドゥは青嶺関を出た後、街道を逸れて山道に馬を進める。
足元が不安定な岩場を進み、とある場所に到着した。
大岩がくり抜かれて岩門になっており、岩門の先から水音がする。小さな滝でもありそうな音だ。
シドゥは何事かを唱えながら、岩門をくぐる。
すると——
岩門の先の景色が変化した。
乾いた赤土に覆われた、一面の荒野に。
水音は、もうしない。
ザルミール。
目の前には、荒野には似つかわしくない立派な石造りの屋敷がある。
アザルファ様が、住んでいた屋敷。
この荒野で、信仰を集めていた場所。
ザフィルという虚無の塊が「生まれた」場所。
シドゥは屋敷に向けて、馬を進めた。
間もなくのはずだ。
間もなくザフィルは、自壊する。
虚無を撒き散らしながら。
アザルファ様の計算によれば、1年以内。
それで、我々の願いは成就する。
誰かに邪魔される訳にはいかない。
そのためにもあの男——ザフィルに似た男の素性を、確かめるべきだと思った。
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安洛城の茶屋では、メイランを主な話題にして、和やかな会話が続いている。
「それにしても薬草、か……」
華嵐がお茶を飲み、含み笑いを漏らす。
「月妹、覚えてる? 昔むかし、あいつに処方されたまっずぅーい薬」
華嵐のしかめっ面に、月嵐が笑った。
「ああ、覚えてますよ。梅兄がどうしても飲めなかったやつ。吐き出しちゃって大変で、少し飲んでみたら、もう納得の不味さで……!」
笑いながら、言葉を続ける。
「私、あの時に誓ったんです、将来薬を作る時には、絶対不味い薬は作らないんだって。だから今も、薬は必ず味見してるんです」
「そんなに不味い薬があったんですか……」
にわかに信じがたい話だった。メイランは悪食かと思う程、何でも気にせず飲み食いするのに。その彼が飲めない薬があったなんて。
シルリネアは唐突に、クレイヴェル王国で、メイランが薬湯の味を気にしていたことを思い出した。
「もしかして、クレイヴェルで薬湯を嫌がってたのって……」
「え、なにそれ」
華嵐がすかさず反応する。
「あのですね……」
シルリネアは、クレイヴェル王国でメイランが体調を崩したため、即席の胃薬を作った話をした。
「それで、薬湯にして渡したんですけど。ものすごく嫌そうに、決死の覚悟、みたいな顔をして飲んで……」
「あっはっはっは!」
華嵐が腹を抱えて笑い、シルリネアは苦笑した。
「私も月嵐さんと同じで、まずい薬は作らないんですけどね」
「それ、どういう配合だったんです?」
シルリネアは、その時に作った薬湯の配合を月嵐に伝える。
「……優しい配合ですね。スッキリして美味しそう」
微笑む月嵐に、シルリネアも大きく頷いた。
「それしか持ち合わせがなかったので……そうじゃなくても、辛そうな人をこれ以上苦しめたくないじゃないですか」
「シルリネアさんは、優しくて素敵な薬草師ですね。故郷での先生も、きっと良い先生だったんでしょうね」
月嵐の言葉に、薬草の師であるバーバ・ロゥの顔が浮かんだ。
厳しくて優しくて愛おしくて、懐かしい人——。
シルリネアは微笑み、頷いた。
「ええ、いい先生でした」
じわりと目の奥が熱くなったので、頬を掻くフリをしてそっと涙を拭った。
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青嶺関の転移門が動く気配を、ザフィルは感じた。
師が——アザルファが各地に作ったものは、あいつを殺した後、すべて掌握下に置いている。
おそらく誰も気付いていない。
あいつの側に張り付き崇拝していた連中の、程度が知れるというものだ。
転移門の気配は、ここ数年顕著に感じる動きと関係あるのだろうか。
魔族たちの魔力が安定せず、揺らいでいる。
まるで何かを待望するかのように、うわついている。
だがザフィルには、それを知りたいという欲求もなかった。
なぜならもうすぐ、死ねるから——。




