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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第7章 幸せを形にすると
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第53話 誓い、願い

 薄荷色の髪紐の仕立てを注文してから、華嵐(ファラン)月嵐(ユエラン)は鮮やかな朱色の髪紐を選んだ。

「朱色なら黄色みがあるから、シルリネアの髪色とも合うよ」

 華嵐はそう言って笑い、月嵐も頷き微笑んだ。

 シルリネアは、何色が良いのかさっぱりわからない。好みといえば緑と青だが、どちらの色も薄荷色に含まれている。色が被るのは、できれば避けたい。

 どうしようかと、店内に並べられた色とりどりの髪紐に手を彷徨わせていると。

「あ……」

 見つけた。これがいい。

 華嵐と月嵐に見せると、ふたりもニッコリ微笑んだ。

「そうだね、これが一番いいかも」

「きっと梅兄も喜びますね」

 それは胡桃色——メイランの髪の色をしていた。


 髪紐の見立てを終え、3人は茶屋に移動した。

 お茶とお茶菓子を注文し、ゆったりした雰囲気の中で、華嵐が微笑んだ。

「それにしても梅弟は、果報者だね。こんなに素敵な()が、横にいるんだから。シルリネアは気付いてた? あいつ、ヴァルグリムの時には既に、あんたに惚れてたんだよ」

「えっ?」

 シルリネアは、食べようとしていたお茶菓子を取り落としかけた。華嵐が笑う。

「やっぱり気付いてなかった? シルリネアと話す時、あいつあからさまに声が優しくなるんだよ。あと、ずっと嬉しそうな顔をしてる。まるで、ご主人様を迎える犬みたいにさ」

「あ、華姐はそう思ったんですね。私も梅兄、柔らかく変わったなと思って。シルリネアさんはどう思います?」

「気付いてなかった、です……」

 ひとめで見抜けるぐらい、メイランが変わっていたなんて。まったく気付いていなかった。

「……あれ?」

 ふとシルリネアは、昨日の騒ぎを思い出した。

 もしかしてメイランが「付き合って半年」と言っていたのは、彼の感覚としては、あながち間違いでもなかったのかもしれない。

 半年でなければゼロ日、というのも、もしかしたら……。

「どうしたの?」

 華嵐に問われて、シルリネアは昨日の騒動をかいつまんで話した。

 話を聞いて、ふたりは大笑いする。

「いやあ、それはシルリネアの考えすぎ! あいつ、ホントに細かな言い回しに弱いからさ。ごめんね、残念な弟で」

「昨日帰ってこれればよかったなぁ」

 華嵐が笑い飛ばし、月嵐も残念そうに微笑みながらお茶を口にして……目を見開いた。

「ん、このお茶美味しい。どこのかしら、うちにも欲しいわ」

 給仕を呼んで産地や茶の種類を尋ねた後、月嵐は懐から帳面を取り出してパラパラとめくり、あれこれ書きつけた。

 垣間見えた帳面の内容に見覚えがあり、今度はシルリネアが目を見開く。

「あの、それ、薬草……ですか?」

 驚いて問いかけるシルリネアに向けて、月嵐が微笑んで頷いた。

「ええ、そうよ。治癒師の仕事で使った書き付け」

 月嵐は、薬草について書かれた箇所を開いて見せてくれた。薬草の見分け方と効能について、かなり詳しく書かれている。きっと、誰かに解説した時のものに違いない。

 シルリネアは、思い切って月嵐に頼んでみることにした。

「あの、薬草のこと、教えてもらえませんか? 私、薬草師に教えてもらってたんですけど、途中で終わっちゃって……それに私の故郷とここは、生えている薬草も全然違うから、わからないことが多くて……」

 まさかここで、教えてくれそうな人に出会えるとは思っていなかった。武器と防具が出来上がるまで、1か月かかると言っていた。その間に、習えるだけ習いたい。

 必死な様子のシルリネアに、月嵐は微笑んだ。

「もちろん。私は診療所にいるから、いつでも来て」

「ありがとうございます!」

 シルリネアは嬉しくなって、勢いよく頭を下げた。


 ******


 シドゥは青嶺関を出た後、街道を逸れて山道に馬を進める。

 足元が不安定な岩場を進み、とある場所に到着した。

 大岩がくり抜かれて岩門になっており、岩門の先から水音がする。小さな滝でもありそうな音だ。

 シドゥは何事かを唱えながら、岩門をくぐる。

 すると——

 岩門の先の景色が変化した。

 乾いた赤土に覆われた、一面の荒野に。

 水音は、もうしない。


 ザルミール。


 目の前には、荒野には似つかわしくない立派な石造りの屋敷がある。

 アザルファ様が、住んでいた屋敷。

 この荒野で、信仰を集めていた場所。

 ザフィルという虚無の塊が「生まれた」場所。


 シドゥは屋敷に向けて、馬を進めた。


 間もなくのはずだ。

 間もなくザフィルは、自壊する。

 虚無を撒き散らしながら。

 アザルファ様の計算によれば、1年以内。

 それで、我々の願いは成就する。


 誰かに邪魔される訳にはいかない。

 そのためにもあの男——ザフィルに似た男の素性を、確かめるべきだと思った。


 ******


 安洛城の茶屋では、メイランを主な話題にして、和やかな会話が続いている。

「それにしても薬草、か……」

 華嵐がお茶を飲み、含み笑いを漏らす。

「月妹、覚えてる? 昔むかし、あいつに処方されたまっずぅーい薬」

 華嵐のしかめっ面に、月嵐が笑った。

「ああ、覚えてますよ。梅兄がどうしても飲めなかったやつ。吐き出しちゃって大変で、少し飲んでみたら、もう納得の不味さで……!」

 笑いながら、言葉を続ける。

「私、あの時に誓ったんです、将来薬を作る時には、絶対不味い薬は作らないんだって。だから今も、薬は必ず味見してるんです」

「そんなに不味い薬があったんですか……」

 にわかに信じがたい話だった。メイランは悪食かと思う程、何でも気にせず飲み食いするのに。その彼が飲めない薬があったなんて。

 シルリネアは唐突に、クレイヴェル王国で、メイランが薬湯の味を気にしていたことを思い出した。

「もしかして、クレイヴェルで薬湯を嫌がってたのって……」

「え、なにそれ」

 華嵐がすかさず反応する。

「あのですね……」

 シルリネアは、クレイヴェル王国でメイランが体調を崩したため、即席の胃薬を作った話をした。

「それで、薬湯にして渡したんですけど。ものすごく嫌そうに、決死の覚悟、みたいな顔をして飲んで……」

「あっはっはっは!」

 華嵐が腹を抱えて笑い、シルリネアは苦笑した。

「私も月嵐さんと同じで、まずい薬は作らないんですけどね」

「それ、どういう配合だったんです?」

 シルリネアは、その時に作った薬湯の配合を月嵐に伝える。

「……優しい配合ですね。スッキリして美味しそう」

 微笑む月嵐に、シルリネアも大きく頷いた。

「それしか持ち合わせがなかったので……そうじゃなくても、辛そうな人をこれ以上苦しめたくないじゃないですか」

「シルリネアさんは、優しくて素敵な薬草師ですね。故郷での先生も、きっと良い先生だったんでしょうね」

 月嵐の言葉に、薬草の師であるバーバ・ロゥの顔が浮かんだ。

 厳しくて優しくて愛おしくて、懐かしい人——。

 シルリネアは微笑み、頷いた。

「ええ、いい先生でした」

 じわりと目の奥が熱くなったので、頬を掻くフリをしてそっと涙を拭った。


 ******


 青嶺関の転移門が動く気配を、ザフィルは感じた。

 師が——アザルファが各地に作ったものは、あいつを殺した後、すべて掌握下に置いている。

 おそらく誰も気付いていない。

 あいつの側に張り付き崇拝していた連中の、程度が知れるというものだ。


 転移門の気配は、ここ数年顕著に感じる動きと関係あるのだろうか。

 魔族たちの魔力が安定せず、揺らいでいる。

 まるで何かを待望するかのように、うわついている。

 だがザフィルには、それを知りたいという欲求もなかった。


 なぜならもうすぐ、死ねるから——。

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