第52話 あの日からの約束
「えーっと」
メイランが、こちらに向かって歩いてくる3人の女性を示す。
「真ん中が母御の雪嵐、礼節を大切にする人、親父の奥さん。左が月嵐、母御と親父の一人娘で治癒師、優しい人だよ。右の華嵐姐は会ったことあるよな。ひとり目の養子で、数字に強いし頼りになる。華の字を花に変えて、3人の名前を取って雪月花、青嵐女性陣の上位3人」
メイランは早口ぎみでシルリネアに伝えてから、3人に駆け寄った。
「お久しぶりです、母御」
雪嵐に向け、メイランが丁寧に礼をした。黄嵐への態度とまるで違う。シルリネアも、メイランを真似て礼をした。
「久しぶりね梅郎、そちらのお嬢さんは?」
凛とよく通る声だ。女性にしては低音で、威厳を感じさせる。
メイランは顔をあげ、微笑んで姿勢を直した。シルリネアにも直るよう促してから、口を開く。
「シルリネアといいます。彼女と旅をしていて、思うところあって伺いました」
「よ、よろしくお願いします」
緊張で声がうわずってしまった。失礼ではなかっただろうか。シルリネアはおそるおそる雪嵐を見た。
豊かな白髪を隙なく結い上げた、長身の女性だった。黄嵐よりやや年下ぐらいだろうか。ピンと伸びた姿勢といい、声の印象とあわせて厳しい女性なのだろうと思ったが、予想に反して雰囲気は優しい。
「照嵐が騒いでいたのが、あなたね。どうぞよろしく。ゆっくりしていらして」
雪嵐はシルリネアに微笑みかけた後、何事もなかったかのように足を進めた。
他の面々は雪嵐の後ろ姿に一礼してから、シルリネアに向き直る。
「久しぶり、シルリネア。少し逞しくなった?」
華嵐が優しく微笑み、月嵐も嬉しそうに笑う。
「あなたが華姐と照弟の言っていたシルリネアさんね。私は月嵐、どうぞよろしく」
月嵐の笑顔は、見る人をほっとさせるような安心感があった。シルリネアも肩の力が抜けて、柔らかく微笑む。
3人の様子を見て、メイランも微笑んだ。彼女たちはうまくやっていけそうだ。
「ふたりにシルリネアを任せてもいいかな。俺、親父と話をしたくて。シルリネアもそれでいい? 親父と昨夜の話をしたいんだ」
「いいけど……」
シルリネアは、華嵐と月嵐、メイランを交互に見ながら答えた。それを見た華嵐が笑う。
「シルリネアがいいなら、こっちは構わないよ。行っといで」
「ありがと。これで彼女にいい髪紐を見繕ってやってよ。前から買うって約束しててさ」
メイランが華嵐に、財布を丸ごと投げてよこした。受け取ると、じゃらりと重い音がする。
「残りはお礼」
そう言ってから、メイランは忙しなく走っていってしまった。
華嵐と月嵐は財布の中身を覗き込み——ふたりで顔を見合わせて笑う。
「あいつ、だいぶシルリネアに熱あげてる」
「予算は気にしなくて良さそうね。行きましょう、シルリネアさん。いいお茶屋さんもあるから、案内するわ」
******
メイランは黄嵐を訪ね、昨晩の出来事を話した。
「だからさ、俺、岩叔に武具を仕立ててもらったら行くから」
黄嵐は沈痛な表情でメイランを見た。彼の拾ってきた息子は、穏やかに微笑んでいる。それでいて、意志は固そうだ。
「……そうか」
大きくひとつ嘆息した。
黄嵐は、養子たちとの出会いをすべて覚えている。中でもメイランは、印象が強い。出会いの記憶が去来する。
その子は、オアシスのほとりに立ちすくんでいた。
ずぶ濡れに加えて全身傷だらけ。痩せ細り、衰え、かろうじて服と言えそうなボロを着た子だった。手招きすると怯え、抱きしめると震えていた。
食事を与えると、半分を残してどこかに隠そうとした。後で食べるのかと思って見守ったが、その子は残した食事に一切手を付けず、数日後には食べられなくなった。
毎食毎食、半分残して隠す。仕方なく黄嵐は、与える食事の量を倍にした。そうしないと、食事量が少なすぎた。その子は倍量の食事であってもきっちり半分残し、残した半分が食べられることはなかった。
当時は意味がわからなかった。その子は話す意志はあるようなのに、声を出せなかったから。後に尋ねて、弟のために残していたのだと知った。
その子を梅嵐と名付けた。名付けた頃から、食事を残さなくなった。彼なりに、弟の不在を認めたのだろうと思う。
梅嵐は、華嵐に預けた。彼女はだいぶ成長していたので、よく世話をしてくれた。華嵐に懐いていた月嵐も、華嵐の真似をして梅嵐と付き合った。妻の雪嵐も、根気強く彼を医者に診せた。
医者は精神性の失語だと言い、あまりにも不味い煎じ薬を置いていった。梅嵐はうまく飲めず吐き出してしまい、華嵐と月嵐も一口飲み、不味いと大騒ぎして笑った。
梅嵐はその他愛のないやり取りさえ珍しかったらしく、驚いた様子で見つめていた。後に彼は、殴られないことに驚いたのだと、苦笑しながら弁明した。
やがて梅嵐は話せるようになり、青嵐になじみ、天賦の才である高い身体能力を開花させた。梅嵐の身体能力は随一で、年下の養子たちは皆、憧れに目を輝かせて彼を見た。
梅嵐も年下の面倒をよく見た。まるで、失われたものを埋めるかのように。
そして7年前。梅嵐は青嵐を抜けたいと乞い願った。どうしても弟を探しに行きたいと言い、自ら「嵐」の名を「郎」にした。
青嵐は抜けたという、彼なりのけじめの付け方だった。
この息子に、何をしてやれるだろう。黄嵐にはひとつしか思いつかない。
「いつでも戻ってこい。今回のように、いつだって歓迎する」
それしか、言えなかった。
メイランが笑う。
「ありがとう、親父。俺、親父に拾ってもらえて本当に幸せだよ」
それはメイランの本心だった。黄嵐に出会ったから、人生が好転した。
だからその幸運に、もう少しだけ甘える。
「俺が戻ってこなくて、シルリネアだけ戻ってきても……彼女を頼むよ。娘、なんだろ」
「無論だ」
黄嵐の力強い頷きに、メイランは心から安堵した。
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華嵐と月嵐は、シルリネアを連れて市場に来ていた。女性向けの服飾品を扱う店に入る。
「ここが私たちおすすめの店。シルリネアさんにはどういう髪紐が似合うかな」
「何本も買って、気分で付け替えるのもいいね。金を使い込んでやった方が、あいつも喜ぶよ」
品定めをしながら、ふたりは笑う。
「やっぱり赤が基本かしら。黄金色の綺麗な髪だから、負けないぐらい鮮やかな色がよさそう」
鮮やかな赤を基調とした髪紐を手に取りながら月嵐が言うと、華嵐も静かに笑った。
「そうだね。でも黒や紺みたいな、一見地味な色も映えるんじゃない? 髪の色を引き立ててさ」
「あ、あの……」
ふたりの勢いに押されながら、シルリネアが口を挟んだ。
「私、このリボンが気に入っているので……あまりたくさん買っても……」
色褪せて灰緑色になってしまったリボンを示すと、ふたりはじっくりとリボンを見る。
「だいぶくたびれちゃってるけど、確かにいいリボンだね」
華嵐が微笑み、月嵐が頷く。
「シルリネアさんは、こういう色が好きなの? きっと、瞳の色に揃えた薄荷色だったのね」
「ええっと……」
どう答えればいいだろう。少し考え、気恥ずかしいが、そのまま答えることにした。
「好きに、なりました……メイランが買ってくれたので……モンテリオ王国で……」
恥ずかしさが拭えず、語尾がどんどん小さくなる。
ファランが大きく笑う。
「なにあいつ、そんなことしてたんだ。じゃあさ、こうしよう。薄荷色の髪紐を『特注で』作ってもらおう。めいっぱい上質のものをね。あと、普段使いできるのを2本。私たちがおすすめのやつと、シルリネアが気に入ったやつ」
月嵐も笑う。
「あ、それいい。今使っているリボンとあわせれば、色々な髪型もできそう。ね、シルリネアさん、そうしましょう?」
「あ、はい……それで……いいです……」
シルリネアは、すっかり気圧されている。
女性的なやりとりがあまりにも久しぶりすぎて、まったく勝手が掴めなかった。




