第49話 好き
「ねえこれ、もうみんな集まってきた?」
外が騒がしくなってきていることを聞きつけて、シルリネアが笑顔になった。
「あー……うん、多分そう」
メイランは漠然と返事をする。
中庭の声は聞こえている。誰がいるのかも、だいたい判別できる。ただ、シルリネアの話が心を捉えて離さない。
シルリネアが苦笑した。
「私に親兄弟がいてもいなくても、関係ないでしょ。私、あなたがザフィルの兄でも、とりあえず今は関係ないと思ってるのに」
「……どういう意味?」
メイランは理解が及ばず、聞き返した。
「『とりあえず』だけど、メイランは私と一緒にいてくれるから、それで十分ってこと。あなたと離れたり、敵対する日があるなら……すごくつらいし悲しいけど……今じゃないでしょ。だから『とりあえず』それでいい」
そう言ってシルリネアはメイランと向かい合い、つま先立ちになって自分の頬をメイランの頬にこすりつけた。彼女が慣れ親しんだ、親愛をこめた挨拶として。
「暗い未来の話は終わり。メイラン、中庭に行きましょ」
シルリネアは、表情を隠すように踵を返し、外に向かって跳ねるように歩いた。
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中庭は賑やかで、笑顔にあふれていた。
笑顔の中心には「親父」こと黄嵐がいて、皆が持ち寄った食事と酒が積まれている。
「あ、きたきた。湖姐と梅哥」
ショウランが目ざとく見つけて、手を振る。シルリネアも手を振り返した。
シルリネアとメイランが席に座ると、黄嵐が満面の笑顔でシルリネアに話しかけてきた。
「聞いたよ、照嵐がさっそく湖姐と呼んだとか。失礼じゃなかったかね」
「いえ、嬉しいです」
「それは良かった。じゃあ湖娘と呼んでも?」
「はい、喜んで」
周囲から歓声があがる。メイランは慌てた様子で黄嵐に食ってかかった。
「待て待て親父待てって!」
「……どうしたの?」
シルリネアは隣席のメイランに尋ねようとしたが、彼は黄嵐に抗議するために席を立ってしまった。照嵐が寄ってきて、笑いを噛み殺しながら言う。
「親父は湖姐を娘同然だって言ってて、梅哥と他の奴らはそれ以上の意味を取ろうとしてるんすよ。親父にそんな考えなんて、あるはずねぇのに」
「それ以上の……?」
シルリネアは少し考え……思い至ってしまった。みるみる顔が赤くなる。照嵐が楽しそうに笑った。
「あっちは放っといて大丈夫。それより俺、湖姐に梅哥のあーんな話やこーんな話をしたいんスけど、聞いてくれません? あと、湖姐の話も聞きたいなぁ」
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照嵐に誘われるまま、シルリネアは彼らの席に移動した。紅嵐と黒嵐が近くにいた。
彼らは同年代で固まっているようで、黄嵐の周囲とはまた違う気軽さが漂っている。シルリネアとも年が近いように見え、気安く感じてホッとした。
「いらっしゃい、湖姐」
紅嵐が席を空け、黒嵐が食事と飲み物を並べてくれた。
「湖姐、梅兄のこと教えて。私たちも梅兄のこと教えるから」
紅嵐が興味津々でシルリネアに詰め寄った。
「梅哥は、派手に見えるところが上手いのが、ほんとズルいんだよなぁ」
食事をしながら照嵐が言うと、黒嵐もしみじみ頷いた。
「体使うことで梅兄に勝てる人なんて、そういないでしょ。力自慢とか足が速いとか、ひとつふたつなら勝てる人はいるけど……」
紅嵐が会話に加わる。
「梅兄は、総合力がガチ強すぎるんだよ。自分の得意なところで勝負するのが上手い」
空になった皿を指先で弄びながら、黒嵐がぼやいた。
「反応速度がやばい。あと咄嗟の判断力の精度がどうかしてる」
「他はちょっと残念だけどねぇ」
紅嵐があっけらかんと笑い、他の二人も笑う。
シルリネアは微笑みながら、彼らの話を聞いていた。メイランのことをこんなに知っていて、話してくれる人がいる。それが無性に嬉しい。
その様子を見たショウランが、笑顔でシルリネアに尋ねた。
「湖姐も、そういうところにグッときた方?」
シルリネアは少し考えた。確かに彼の身体能力は群を抜いていると思う。だけど……。
「強いのはすごいと思うし、何度も助けられてるけど……」
「あ、そうじゃないんだ?」
照嵐が意外そうな声をあげた。紅嵐と黒嵐もシルリネアを見つめ、彼女の言葉を待っている。
好奇心と好意のこもった3人の視線に押されるように、シルリネアは口を開いた。
「彼、ちゃんと見てくれて、認めてくれるでしょ。そこが一番好き……かも」
恥ずかしくて、声が小さくなってしまう。それでも3人はちゃんと聞いていたようで、照嵐と黒嵐は顔を見合わせてニヤリと笑い、紅嵐に至っては。
「キャー!」
と嬌声をあげて、自分のことのように身悶えしている。
黒嵐も、シルリネアに尋ねた。
「じゃあ嫌なところ……は言いにくいか。困るところは?」
困るところ……。すぐには思いつかないが……どうにかひとつだけ、見つかった。シルリネアは、髪を結っているリボンを示す。
「すぐ私に何か買おうとするところ、とか……。このリボンだって、まだ使えるのに買おうって」
苦笑するシルリネアに、紅嵐は顔を紅潮させ、照嵐と黒嵐は絶句した。
「キャー! なにそれ湖姐! 梅兄がそんなこと言うの!?」
「梅哥が湖姐に勝つ未来が、見えない……!」
「もうダメだ、ちょっと梅兄に挑んでくる!」
黒嵐は言うなり、近くに立てかけてあった棒を2本掴んだ。
「梅兄!」
呼ぶなり、棒を1本、メイランに投げつけた。メイランは振り返りざまに棒を掴む。
「湖姐がのろけてヤバいから勝負!」
「なんだそりゃ」
経緯がわからないながら、メイランは棒を構えた。その瞬間、閃く。
「あ、黒嵐! お前、術使ってくれよ!」
「やだよ。梅兄、効かないでしょ」
「有利やるから」
メイランは棒で地面に円を描いた。彼が両腕を広げられる程度の広さだ。
「ここから俺の足が出たら負け。どうだ?」
「空中も判定するからね」
「たまに術を使ってくれるなら、それでいいよ」
「お、梅嵐と黒嵐がやるのか!」
コウランが酒を飲みながら、楽しそうに笑った。
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黒嵐は最初に術を使った。
内懐から符を一枚取り出し、短く呪を唱える。符は細かく千切れ、それぞれが光る玉となってメイランを目指して飛んだ。
メイランは何もしない。襲い来る玉を慎重に見定めていると……メイランの体に届くより前に消えた。
やはりそうだ。体に届く少し前に、符術は無効化される。
符術――魔法の効果が消えた位置を地面に描いた円と見比べると、ほぼ一致していた。
腕を伸ばしても、効果範囲は変化しない。手足が伸びるあたりまで効く。そう理解して良さそうだ。
そう考えているうちに術が終わり、黒嵐が突っ込んできた。
鋭く踏み込み、棒を片手で突き出してくる。メイランは易々と避け、突きが伸び切った瞬間に棒を素手で掴んだ。そのまま自分の棒を絡め、黒嵐を投げ飛ばす。
わっと歓声があがった。
黒嵐は上手く受け身を取り、素早く起き上がって一旦距離を置く。
「もっかい術使ってよ」
メイランが笑顔で言うと、黒嵐は悔しそうに顔を歪めた。
「梅兄どうなってんだよそれ」
言いながら黒嵐はもう一度符を出し、呪を唱える。今度は符が燃え上がり、炎が馬の姿を模した。メイランに襲いかかる。
炎の馬に棒を突き出すと、棒に沿って馬が消えた。
「お」
腕の届く範囲を超えた場所も、効果範囲になった。
考える間もなく、炎の馬を盾に黒嵐が攻撃を仕掛けてきた。メイランも応戦し、木のぶつかり合う硬質な音が幾度となく響く。
武器が効果範囲に含まれるのは、なぜだろう。黒嵐の攻撃をいなしながら考えてみたが、よくわからない。
ともあれ、効果範囲はだいたい理解した。黒嵐の技量も理解した。そろそろ終わらせる頃合いだ。
メイランは先程と同様に、しかしより力を込めて、黒嵐の棒を絡め取って跳ね上げた。
たまらず棒を手放した黒嵐に、メイランは自分の棒を突きつける。
「勝負あり!」
黄嵐が大声で宣言すると、戦っていたふたりは姿勢を正し、向かい合って一礼した。
「くっそ、やっぱり梅兄は強いなぁ」
黒嵐が悔しそうに言うと、メイランは笑う。
「術が効く奴相手なら、あれだいぶ強いんじゃねぇの?」
「俺は梅兄に勝ちたかったの。ホントに円の外に出ないんだもんなぁ……」
地面に描かれた円の内外に、黒嵐の足跡が無数についている。だがメイランの足跡は、円の外にひとつもついていなかった。
「いつでも相手してやるから」
メイランはそう言ってから、シルリネアに満面の笑顔を向けた。




