第47話 計算
「どう、いい感じにいける?」
「いやぁ、悪くないよ。梅哥さすがだなぁ」
メイラン照嵐が捕虜三人を荷車に押し込みつつ、値踏みしている。
「何してるの?」
シルリネアが怪訝そうに尋ねると、ふたりして似たような笑みを浮かべた。
「こいつらを人質にしてリュミエールから身代金を取るんスけど、いくらぐらいの金を取れるかなーっていう話をしてます」
照嵐の返答に、メイランも頷く。
「こいつら、このままにできねぇだろ。だからさ、リュミエールまでお帰りいただいて、手間賃を貰おうって話」
言い回しは違うが、二人とも同じことを言っている。基本路線は決まっているのだと、シルリネアは理解した。
「リュミエールがまた追っ手を出す可能性はあるけど、それはこいつらじゃねぇだろうし。そうしたら、だいぶ時間稼げるよな」
天嶺とリュミエールの間を移動する時間もあるし、人員の選定と再編成は、そこからさらに時間を要する。シルリネアとメイランの居場所を探すのは、相当困難になるはずだ。
シルリネアは、金と人の交換を、あまり良い気持ちで見ることができない。だが、こうするしかないのも理解できる。仕方なく嘆息した。
「リュミエールに送り届けるまでは、酷いことしないでね」
「もちろん! それまではお客様だから安心して、シルリネアさん」
照嵐の元気な声に、シルリネアは少し安心して微笑んだ。メイランが笑う。
「俺がいるのに、無駄に酷ぇことさせるかよ。わかるだろ?」
「……ごめんなさい」
シルリネアは素直に謝った。確かに、メイランに失礼なことを言ってしまった。彼は、無益な虐待を心底毛嫌いしているというのに。
「いいさ。それにこいつらにも掟があるから、そう酷いことはやらねぇよ。名誉を汚すなっていうのがあって、えーっと……」
メイランが言い淀むと、照嵐、紅嵐、黒嵐の3人が口を揃えた。
「九条! 集団の名誉を汚すことなかれ」
「そう、それ」
メイランが苦笑した。
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荷馬車には、捕虜3人とメイラン、シルリネアが乗った。
移動の直前、メイランは捕虜の拘束をすべて外した。
「こっちのふたりは、あんたらよりだいぶ強い。試しに逃げてみてもいいけど」
紅嵐と黒嵐を示しながら、メイランが笑う。視線を送られたふたりも、捕虜たちを見て笑みを浮かべる。
「あと、誰かを人質にとって逃げようなんて真似をしたら、あんたらの人質としての価値もなくなるから。そういうことで覚えといて」
メイランの口調はいつもと変わらず軽い。だが、冗談を言っている様子はなかった。
照嵐も、捕虜たちに向けて気さくな笑顔を見せた。
「逃げないでいてくれれば、快適な生活を約束するよ。帰りたくなくなるかもね」
紅嵐と黒嵐は、荷車を挟むように両脇について歩いている。
「ねえ梅兄」
紅嵐がメイランに声をかけた。その高い声にシルリネアは少し驚き、改めて紅嵐の姿を見ると……女性だ。彼女は中性的な顔立ちで、髪型と服装は男性のものに近い。鎧を着ていて体型がわかりにくいこともあり、小柄な男性かと思っていた。
「なに」
メイランは気にすることなく対応している。
「シルリネアさんとは、いつからお付き合いしてるの?」
「……半年ぐらい?」
平然と答えるメイランの横で、シルリネアの顔がみるみる赤くなっていく。
「ちょっ、メイラン、違っ……!」
半年は盛りすぎだ。訂正したいのになぜか声が出てこない。せめて2か月にしてほしい。そう主張したくて、シルリネアはメイランの袖を握り、ぐいぐい引っ張る。
「ん?」
メイランはまったく事態を理解していない。不思議そうにシルリネアを見た。
「ヴァルグリムから、それぐらい経ってるんじゃねぇの?」
「へ? 梅哥そんな頃から?」
今度は照嵐が間の抜けた声を出した。
「え?」
何か変なことを言ってしまっただろうか。メイランは首を傾げる。どうしてシルリネアは、こんなに必死そうな顔をしているんだろう。
一歩引いて様子を見ていた黒嵐が、ピンときて助け舟を出した。
「あ、あー、なるほど。梅兄、また言葉間違えてる。紅嵐が聞いてるのは、シルリネアさんと恋人になったのはいつ頃からか、ってこと。いつ出会ったのかじゃなくて」
「……え?」
今度はメイランが固まった。
「マジで?」
紅嵐が力強く頷いた。
「マジです」
メイランの顔がみるみる蒼白になっていく。
「……ごめん、ごめんってばシルリネア! それなら長くて1か月半だし、少ないならゼロ日かも!」
半年も酷いが、ゼロ日はさらに酷い。心が通じ合ったと思っているのは、自分だけだと言われたみたいだ。
だからシルリネアは顔を真っ赤にしたまま、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「あーあ」
照嵐が茶化し気味に笑う。
「さすがの俺でも、梅哥を擁護できないわ」
「シルリネアさん、梅兄を殴っていいと思うよ」
「これは酷い」
照嵐に続き、紅嵐と黒嵐も口々にシルリネアの味方をする。
彼らのやり取りがあまりにもおかしくて、温かかった。シルリネアはしばらく沈黙を貫くつもりだったのに、我慢しきれず大笑いしてしまう。
「……シルリネア?」
メイランがおそるおそる声をかけてきた。その様子に、シルリネアはまた笑う。
「あ、あはは、ははははは、なにそれメイラン、おかしっ……あはははははは! ね、ねぇ、せめて、1か月に、して、くれない……? あはははははは!」
息もたえだえなシルリネアの大笑いに、メイランは安堵のため息を漏らした。それを見た照嵐たちも、楽しそうに笑う。彼らの笑顔は揃って優しい。
「これはシルリネア姐さんだなぁ」
照嵐がそう言い切ると、紅嵐も頷いた。
「そうだね、姐さんって呼ばないと失礼そう」
黒嵐は苦笑した。
「梅兄をこれだけカッコ悪くできるのは、姐さんだけかもね」
捕虜の3人は、自分の立場がわからなくなってきていた。
なんで自分は、こんなところにいるのだろう。全員が、そんなことを考えていた。
******
シドゥは青嶺関に戻るべく、道を引き返していた。
リュミエールの大聖堂には、3人が偽聖女に捕らわれたと言えばいい。増援が欲しくて戻ってきたと言えば、十分通じるだろう。道中の神殿でも、そのような話をすればいい。
それよりも問題は、偽聖女を守っていたあの青年だ。
見た目がザフィルに似ている。体格がまったく違うので酷似という程ではないが、血縁者か、それに近しい存在だろう。
アザルファ様は確か、ザフィルをルハサーンで拾ったと言っていた。凄まじい破壊をもたらす才能を持っていると。だから育て、壊し、虚無の主にするのだと言っていた。
では、あの男の役割は何なのだろう。
アザルファ様の計画の一部にあの男はいるのだろうか。それとも、計画外の存在なのだろうか。
ルハサーンに行けば、何か手がかりが残っているだろうか。
あるいは、ザルミールの館であれば。
あるいは……。
「……寄り道する価値はある、か……」
シドゥは独り呟き、リュミエールに戻る途上、どこに立ち寄るべきかの検討をはじめた。




