第46話 話し合う
「そこの門から入ってさ」
メイランが尖った小石で、地面に図を描く。それをシルリネアが覗き込む。
「大通りをこう進んで、十字路が……この辺。安洛通運って店があるから。そこで俺の名前を出して、風鏢局に用があるって言ってほしい。人とか貸してくれるから」
シルリネアは、地面に描かれた地図を頭の中で補正しつつ、記憶した。メイランの描いた地図は、かろうじて読み取れるかもしれない程度の、とても残念な仕上がりだ。彼の書く文字によく似ていて、笑みがこぼれてしまう。
「……なんだよ」
「なんでもない」
彼はたくさんの人並み外れた才能を持っているけれど、文字と絵図の才能には恵まれなかったようだ。それがとても、微笑ましく思えた。
捕らえたリュミエールからの追っ手3人。気絶していた騎士のアーロンと助祭のレナーテは、既に目覚めていた。ギデオンも含め、全員不満そうな顔を隠していないが、手足を拘束されていては、どうしようもない。
仮に拘束を外せたとしても、目の前の男に再制圧される未来しか見えなかった。
メイランとしても、捕らえた3人をこのままにしておく訳にはいかない。だから、青嵐の力を借りることにした。シルリネアに地図を描いて説明した安洛通運は、青嵐の一部だ。
青嵐を抜けた身なので、できれば彼らの手を煩わせたくない。だが、その理想はだいぶ前に諦めていた。
青嵐を頼って天嶺までやってきた。今更遠慮しても、何の意味もない。
シルリネアを使いに出し、メイランは捕らえた3人を見た。
「さて」
ニコリと笑い、彼らと目線を合わせるためにしゃがみこむ。
「彼女は『聖女に間違えられる』ぐらい優しいけど、俺はそうでもない。でも、無駄な暴力は嫌いだし、殺しもしない方がいいと思ってる。話し合いが一番平和でいいよな」
彼の人懐っこい笑顔が、かえって凄みを感じさせた。
「なあ、どうすればお前ら、彼女を諦めてくれんの?」
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シルリネアは安洛城に入った。
直線で区切られた整然とした街並みに、人々の雑然とした熱気が満ちている。
広くて立派な大通りを進み、十字路に差し掛かり……あった。安洛通運だ。適度な人の出入りが、なんとなく心地良い。
「こんにちは」
店の奥に声をかけると、元気のいい男性の声で返事があった。
「はいはーい、いらっしゃ……あ!」
顔を見せたのは、栗色の髪の若い青年——。
「ショウランさん!」
「シルリネアさんだ!」
青年と声が重なり、お互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
「どうしたのシルリネアさん、梅哥は?」
「ええと、風鏢局で人を借りてこいって言われて」
シルリネアの短い説明で、ショウランは察するものがあったらしい。灰色の瞳が悪戯っぽく輝く。
「なるほどなるほど。ひとまず奥へどうぞ、お茶ぐらい出すよ」
ショウランに案内されて通された部屋は、店の雇人たちの控室だった。ショウランがシルリネアを連れてきたのを見て、一斉にざわめく。
「はい注目ー。こちらはシルリネアさん、梅哥のご友人。梅哥が風鏢局をお求めだって話なんだけど、暇な奴いるー?」
ショウランの言葉に、すぐ数名の手があがった。挙手した人たちは全員、嬉しそうな顔をしている。きっと彼らは、メイランが好きなのだろう。シルリネアはそう感じた。
「じゃあこの中から決めよう。シルリネアさん、話を聞かせてもらえます?」
促されるまま空いている椅子に座ると、すぐにお茶とお茶菓子が出てきた。ここにいる誰もがシルリネアに注目し、彼女の言葉を待っている。
「え、ええっとですね……」
好奇と歓迎の目に囲まれて、シルリネアは話しはじめた。
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十王国、クレイヴェル王国。
ひとりの騎士が、魔法王国の遺臣であるヴェンツェルと、ゲルハルトの目の前にいる。
彼は聖堂騎士団長のルイスと名乗り、光の神の大神殿の使者であると告げた。
疲れた顔をしている。ゲルハルトは、ルイスを見てそう思った。まだ若そうなのに、随分やつれている。それなのに、目だけがギラギラと強烈に輝いている。
使命に駆られた者の目だ。ヴェンツェルとあの時の娘——シルリネアも、似たような光を宿しているが、この男の目がもっとも危うい。
心身を削り、使命だけにすがって生きているように見えた。
「大司祭猊下は、お二方を当地にお招きしたいとのご意向です。ぜひいらしていただきたい」
ルイスの言葉に、ヴェンツェルは静かに口を開いた。
「使者を遣わせたはずですが」
大神殿の使者であるなら、ヴェンツェルが出した使者——シルリネアとメイランが同行している、あるいは彼らが託した手紙などを持参するのが筋ではないのか。言外にそう言っている。
ルイスは頷く。
「ええ、確かに猊下は、あなたの使者と会われました。貴殿の志に感銘を受け、神託の儀を行い、ザフィルの打倒は神意に適うことを宣下されておられます。ですが、貴殿の遣わせた使者は……」
一呼吸の間。
「あろうことか聖女と偽称し、我々の信徒を欺きました。一度は拘束しましたが、現在逃亡中です」
ヴェンツェルとゲルハルトは、思わず視線を交わしてしまった。シルリネアが、聖女を偽称……? そのようなことをする娘には見えなかったし、仮に彼女が聖女と名乗ろうとしても、傍らにいたメイランという男が、無茶なことは止めそうだったが……。
だが、ここで考えても答えの出ない問題だ。ヴェンツェルは思考を切り替える。
光の神の神殿に招かれるのは、決して悪いことではない。リュミエール王家および大神殿と近い距離で話を進められるし、彼らの威光を借りることもできるだろう。
「わかりました。大司祭猊下のお招きです、リュミエール王国に参りましょう。護衛をお願いできますか」
ヴェンツェルが冷静に告げると、ルイスは喜色を隠さず一礼した。
「無論です。そのために我々が参りましたので、ご安心ください」
「よろしくお願いします」
ルイスに返礼しながら、ヴェンツェルは考える。
シルリネアの聖女偽称の話には、何か裏があるのではないかと。
たとえば——神意を得るための神託の儀。神意は真実を告げたとしても、それを解釈する人間は、どうだろうか——。
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「簡単だ。彼女が改心すればいい」
臆面もなく放たれたギデオンの言葉に、メイランは呆れ果ててしまった。
「改心もなにも、悪いことしてねぇし。あんたんとこの教義を基準にしても、問題ねぇと思うんだがなぁ」
「聖女を騙るのは罪だ」
「だから騙ってねぇっての。おたくの信者様が勝手にそう思い込んだだけ。どうせ、そこから噂話がでかくなったんだろ」
光の神の信徒の頭の固さは有名だが、まさかこんなに固いなんて。
メイランが胸の内で毒づいていると、ギデオンが再び口を開いた。
「神の力に依らない癒しの魔法を使うのは、異端だ。罪になる」
「それはさすがに了見狭くねぇ?」
「罪は罪だ」
淡々と答えるギデオンに、メイランは苦笑する。
「いやぁ、交わるところがなさすぎて、いっそ面白いわ」
レナーテがむっとした表情で口を開いた。
「あなたこそ、あの偽聖女に毒されているのではないですか」
その言葉に、メイランは笑ってしまった。
「そうかもしれねぇな。ちょっとだけ、あんたらが光の神様を信じる気持ちがわかったかも」
「貴様の不純な気持ちと信仰心を一緒にするな」
アーロンが吐き捨てるように言った。
「なんだよ冷てぇな、少し近寄れそうなところを見つけたってのに」
肩をすくめ、冗談めかしてメイランが笑う。
「まあいいさ、あんたらと相容れないのはよくわかった。彼女がお前らと共闘したそうだったから、妥協できるところがないか探してたんだけど……さすがに無理だな」
メイランは立ち上がり、安洛城を眺める。
「そろそろ迎えが来そうだし、無駄話も終わりかな。あんたら多分、リュミエールに送ってやれると思うよ」
メイランの目には、荷馬車を仕立ててやってくる懐かしい面々の姿が見えていた。
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シルリネアは、ショウランたちを案内してメイランのもとに戻ってきた。
ショウランの他に、ふたり連れていた。ひとりは小柄で槍を持ち、鎧をしっかり着込んで武装している。もうひとりは平均的な背丈で軽装、剣を腰に差していた。
いずれも20歳に満たない程度の年頃で、黒髪に黒い瞳をしている。顔立ちがまったく似ていないので、血縁関係はなさそうだ。
ショウランはメイランを見るなり、せっかく仕立ててきた2頭立ての荷馬車から飛び降り、走った。
「梅哥!」
「久しぶりだな、照嵐」
握手で再会を喜びあった後、荷馬車に乗っているシルリネアと、安洛通運の仲間たちに手を振った。
「紅嵐と黒嵐じゃん、気が利くな」
「そりゃあもう。梅哥が戦ったって聞いたから、戦える人を選んだ」
誇らしげなショウランの肩を叩いて労ってから、メイランは笑顔で荷馬車を出迎えた。
シルリネアは再会の輪の外だ。仕方がないとはいえ、少し寂しさを感じる。それでも、メイランの嬉しそうに笑う姿が見られたのは、彼女にとっても嬉しいことだった。
「シルリネア」
メイランが、距離を置いて見守っているシルリネアに声をかける。
「こっちきて」
シルリネアは荷馬車から飛び降り、ごく自然にメイランの横まで歩いた。メイランも、それを当然のように受け入れている。
メイランの優しく乞うような声とふたりの様子に、ショウランたち3人は驚いて顔を見合わせた。




