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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第6章 生命と決断
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第45話 制圧

 メイランが矢を2本連続して放った。当てるというより、牽制の意味が強い。これで勢いが多少落ちればいいのだが……。

「まあそうだよな」

 馬の速度がまったく落ちない。次の矢を番えた。

 放った矢は馬の胴をかすめたが、負傷や落馬には至らない。射程ギリギリを狙ったので、こんなものだろう。やむを得ない。

 シルリネアがメイランにつられて矢を放った。しかし飛距離が足りない。

 当然だ。ふたりの弓は、大きさも弦を張る強度も違うし、使い手の膂力も技量も違う。

「もうちょい寄せてから」

 シルリネアに声をかけながら、放つ。

「1回深呼吸してから射ちな」

 次は当たった。馬の前足の付け根。馬は一瞬バランスを崩したが、立て直した。よく訓練された馬だ。騎手も上手い。

 もう1射。

 同じ馬に当たった。さすがに耐えきれなかったのか、馬が転ぶように倒れた。騎手も放り出される。

「よしよし」

 腕は健在だ。メイランは、さらに弓を引き絞った。

 接近されるまでに、まだ数回射てそうだ。


 シルリネアはメイランに言われた通り、深呼吸をした。その間にもメイランは矢を放ち、馬を倒していた。

 彼に負けじと射つが、うまく狙いがつけられない。騎手の横をかすめただけだ。もう一度。

「お」

 隣から声がした。シルリネアの矢が馬の胸部に突き立つ。だが浅いのか、馬は速度を落としただけで倒れない。

「上出来」

 メイランの矢が追い打ちをかけ、今度こそ馬が倒れた。騎手も落馬する。

 あと2騎。目前まで迫っている。これが最後だ。シルリネアは手早く矢を番え、ほとんど狙いをつけずに放った。横ではメイランが、立て続けに2射している。どの矢も、馬を倒すには至らなかった。

 もう射てない。シルリネアが諦めて弓を手放した瞬間。

 残っていた騎手のひとりが、馬上からシルリネアに手を伸ばしてきた。腕を掴もうとしている。

 引き摺られる。ゾワリと悪寒が走り、慌てて後退しようとすると。

 伸ばされた手に弓が投げつけられ、絡みついた。メイランだ。

「行儀悪ぃ手だな」

 彼は左手で弓を投げつけながら、右手で抜剣している。

 シルリネアを捕らえようとした騎馬は一旦通り過ぎ、反転しようとしていた。


 ******


 最初に倒されたのは、ギデオンの馬だった。

 上手い、それに手強い。アーロンは素直にそう思った。迫り来る馬を相手取り、遮蔽のない平野で冷静に射撃できる者など、そういるものではない。

 あの偽聖女もなかなかのものだ。弓矢の腕前には拙さが残るものの、馬に怯まない胆力がある。

 ギデオンに続き、もうひとり落馬した。レナーテだ。小さな悲鳴とともに、彼女は地面を転がった。

 ふたり脱落した。復帰するには時間がかかるだろう。前を向く。偽聖女を倒すことが目的ではない。捕らえたい。だからアーロンは、馬上から偽聖女を狙って腕を伸ばした。

 偽聖女は慌てて弓を手放し、後退しようとしている。だが遅い。女の腕を掴もうとした瞬間、横から弓が投げつけられた。弓はアーロンの腕に絡まり、思わず腕を引き上げた。

 やはり手強い。

 この男をどうにかしないと、偽聖女を捕らえることはできなさそうだ。

 アーロンは馬を反転させながら、次の手段を考えた。


 シドゥは途中で馬を止め、1歩引いた位置で趨勢を見ていた。

 元々荒事は苦手だし、偽聖女とやらの捕縛は、つまらぬ表の仕事に過ぎない。苦労する価値などなかった。

 それよりも、あの護衛の男。

 ——似ている。

 アザルファ様の「作って」いた、あの少年。

 ザフィルに。


 ******


 騎馬がやや遠方で、じっとこちらの様子を見ている。変に警戒心を煽られて、メイランは気持ちの悪さを感じていた。

 風体からして戦士ではない。だから、接近戦を避けるのは理解できる。であれば魔法使いか、神授の魔法を使う神僕であるはずだ。それなのに、何も仕掛けてこない。

 あまりにも不気味だったが、その思いを心の隅に追いやった。今考えることではない。むしろ、相手がひとり減って楽になっている。この好機を見逃す手はない。


 落馬したふたりが動き出すまでに、この騎士を片付ける。


 長期戦にはできない。馬を転回させようとしている騎士を目指し、メイランは一気に距離を詰めた。

 馬は驚いていななき、騎士は剣を抜き、メイランを頭上から抜き打ちにしようと振りかぶる。メイランは騎士を無視して、馬の足を切り裂いた。

 馬が騎士の制御下から離れ、暴れる。バランスを崩した騎士をメイランは馬から引きずり下ろし、組み伏せた。

 騎士は抜け出そうともがくが、まったく抵抗できていない。対するメイランは、余裕たっぷりに騎士を見下ろした。

「悪ぃんだけど眠ってて」

 そう言いながら、メイランは騎士の首を容易く絞め落とした。

「まずはひとり、っと」

 組み伏せた際に手放した剣を持って、メイランは立ち上がった。


 ******


 強い。

 ギデオンは、目の前にいる男の強さを認めざるを得なかった。

 馬を弓で射倒したから射撃が得意なのかと思ったが、近接戦闘でアーロンがいとも簡単に倒された。しかも広く戦況を捉えているようで、時折視線がこちらを向く。アーロンと戦っている最中であっても。

 身体能力に優れているだけではない。判断が早く、的確だ。つまり、場数を踏んでいる。

 そんな男が、次の相手として自分を選んだようだ。

 勝てるだろうか。断罪の剣を構えながら考える。

 アーロンと自分の間に、技量差はほぼない。道中で稽古をしていたので、よくわかっている。

 そのアーロンが容易く倒されたのだから、勝てるとは思えなかった。アーロンも自分も、大神殿では強者と知られているのに。

「……あなたと戦う気はない」

 ギデオンはそう言った。事実だ。彼と戦う意味はない。目標はその後ろにいる、異端の偽聖女なのだから。

 男は、気楽そうに距離を詰めてくる。それなのに隙がない。ニッと笑った。

「でも、彼女に用があるんだろ? たとえば異端とか、聖女を騙ったとか、そんなことを言ってさ」

「然り」

「じゃあ敵だなぁ。残念だけど」

 男は言うが早いか、剣で斬りかかってきた。ギデオンはタイミングを合わせていなそうとしたが……急に男が消えた。

 いや、消えたのではなく、深く身を沈めていた。

 強烈な足払いをかけられ、否応もなく転倒する。その隙に男は素早く立ち上がり、ギデオンが起きるよりも早く、首に剣の切っ先を突きつけた。

「武器を手放してうつ伏せになれ。両手を後頭部で組め」

 男が冷静な声でギデオンに命令する。従う他になかった。

「回収しといて」

 男が偽聖女に言った。偽聖女はその言葉に従い、ギデオンが手放した武器を取り上げる。

 その間に、男は何かの布でギデオンの手足を縛り上げた。


「あー、ひとり逃がしたか。ま、仕方ないな」

 男の声が聞こえた。逃げたのはおそらくシドゥ司祭だろう。戦闘で彼は何の役にも立たないので、正しい判断だ。どこか最寄りの光の神の神殿に、応援を頼んでくれるといいのだが。


 ******


 メイランはギデオンを捕縛した後、気を失っているアーロンのもとに向かい、彼の手足もギデオンと同様に縛り上げた。

 レナーテは、落馬の際に気を失っていた。彼女も拘束する。

「こいつらどうすっかなぁ」

 解放するわけにもいかず、さりとて連れ歩く訳にもいかない。殺すしかなさそうにも思えたが、それは後味が宜しくない。

「ねえ、私、話してみてもいい?」

 シルリネアがメイランに問う。メイランは苦笑した。

「ロクなこと話さねぇ気がするけど、それでいいなら」

「ありがとう」

 シルリネアはひとつ微笑んでから、ギデオンに向き直った。

「私は何で、追われているの? 私、何か悪いことした?」

 ギデオンは皮肉な笑みを浮かべる。

「逃亡した異端の偽聖女。それがお前のすべてであり、大聖堂の結論だ」

「……そう」

 シルリネアが悲しそうに微笑んだ。

「ザフィルを一緒に殺せればと……大司祭様の神託を見て、ずっとそう思ってたんだけど……駄目なのね」

 シルリネアは、ザフィルを敵とする人々を、皆仲間だと思っていた。それなのに——。


 ギデオンは、なぜか答えることができなかった。

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