第45話 制圧
メイランが矢を2本連続して放った。当てるというより、牽制の意味が強い。これで勢いが多少落ちればいいのだが……。
「まあそうだよな」
馬の速度がまったく落ちない。次の矢を番えた。
放った矢は馬の胴をかすめたが、負傷や落馬には至らない。射程ギリギリを狙ったので、こんなものだろう。やむを得ない。
シルリネアがメイランにつられて矢を放った。しかし飛距離が足りない。
当然だ。ふたりの弓は、大きさも弦を張る強度も違うし、使い手の膂力も技量も違う。
「もうちょい寄せてから」
シルリネアに声をかけながら、放つ。
「1回深呼吸してから射ちな」
次は当たった。馬の前足の付け根。馬は一瞬バランスを崩したが、立て直した。よく訓練された馬だ。騎手も上手い。
もう1射。
同じ馬に当たった。さすがに耐えきれなかったのか、馬が転ぶように倒れた。騎手も放り出される。
「よしよし」
腕は健在だ。メイランは、さらに弓を引き絞った。
接近されるまでに、まだ数回射てそうだ。
シルリネアはメイランに言われた通り、深呼吸をした。その間にもメイランは矢を放ち、馬を倒していた。
彼に負けじと射つが、うまく狙いがつけられない。騎手の横をかすめただけだ。もう一度。
「お」
隣から声がした。シルリネアの矢が馬の胸部に突き立つ。だが浅いのか、馬は速度を落としただけで倒れない。
「上出来」
メイランの矢が追い打ちをかけ、今度こそ馬が倒れた。騎手も落馬する。
あと2騎。目前まで迫っている。これが最後だ。シルリネアは手早く矢を番え、ほとんど狙いをつけずに放った。横ではメイランが、立て続けに2射している。どの矢も、馬を倒すには至らなかった。
もう射てない。シルリネアが諦めて弓を手放した瞬間。
残っていた騎手のひとりが、馬上からシルリネアに手を伸ばしてきた。腕を掴もうとしている。
引き摺られる。ゾワリと悪寒が走り、慌てて後退しようとすると。
伸ばされた手に弓が投げつけられ、絡みついた。メイランだ。
「行儀悪ぃ手だな」
彼は左手で弓を投げつけながら、右手で抜剣している。
シルリネアを捕らえようとした騎馬は一旦通り過ぎ、反転しようとしていた。
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最初に倒されたのは、ギデオンの馬だった。
上手い、それに手強い。アーロンは素直にそう思った。迫り来る馬を相手取り、遮蔽のない平野で冷静に射撃できる者など、そういるものではない。
あの偽聖女もなかなかのものだ。弓矢の腕前には拙さが残るものの、馬に怯まない胆力がある。
ギデオンに続き、もうひとり落馬した。レナーテだ。小さな悲鳴とともに、彼女は地面を転がった。
ふたり脱落した。復帰するには時間がかかるだろう。前を向く。偽聖女を倒すことが目的ではない。捕らえたい。だからアーロンは、馬上から偽聖女を狙って腕を伸ばした。
偽聖女は慌てて弓を手放し、後退しようとしている。だが遅い。女の腕を掴もうとした瞬間、横から弓が投げつけられた。弓はアーロンの腕に絡まり、思わず腕を引き上げた。
やはり手強い。
この男をどうにかしないと、偽聖女を捕らえることはできなさそうだ。
アーロンは馬を反転させながら、次の手段を考えた。
シドゥは途中で馬を止め、1歩引いた位置で趨勢を見ていた。
元々荒事は苦手だし、偽聖女とやらの捕縛は、つまらぬ表の仕事に過ぎない。苦労する価値などなかった。
それよりも、あの護衛の男。
——似ている。
アザルファ様の「作って」いた、あの少年。
ザフィルに。
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騎馬がやや遠方で、じっとこちらの様子を見ている。変に警戒心を煽られて、メイランは気持ちの悪さを感じていた。
風体からして戦士ではない。だから、接近戦を避けるのは理解できる。であれば魔法使いか、神授の魔法を使う神僕であるはずだ。それなのに、何も仕掛けてこない。
あまりにも不気味だったが、その思いを心の隅に追いやった。今考えることではない。むしろ、相手がひとり減って楽になっている。この好機を見逃す手はない。
落馬したふたりが動き出すまでに、この騎士を片付ける。
長期戦にはできない。馬を転回させようとしている騎士を目指し、メイランは一気に距離を詰めた。
馬は驚いていななき、騎士は剣を抜き、メイランを頭上から抜き打ちにしようと振りかぶる。メイランは騎士を無視して、馬の足を切り裂いた。
馬が騎士の制御下から離れ、暴れる。バランスを崩した騎士をメイランは馬から引きずり下ろし、組み伏せた。
騎士は抜け出そうともがくが、まったく抵抗できていない。対するメイランは、余裕たっぷりに騎士を見下ろした。
「悪ぃんだけど眠ってて」
そう言いながら、メイランは騎士の首を容易く絞め落とした。
「まずはひとり、っと」
組み伏せた際に手放した剣を持って、メイランは立ち上がった。
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強い。
ギデオンは、目の前にいる男の強さを認めざるを得なかった。
馬を弓で射倒したから射撃が得意なのかと思ったが、近接戦闘でアーロンがいとも簡単に倒された。しかも広く戦況を捉えているようで、時折視線がこちらを向く。アーロンと戦っている最中であっても。
身体能力に優れているだけではない。判断が早く、的確だ。つまり、場数を踏んでいる。
そんな男が、次の相手として自分を選んだようだ。
勝てるだろうか。断罪の剣を構えながら考える。
アーロンと自分の間に、技量差はほぼない。道中で稽古をしていたので、よくわかっている。
そのアーロンが容易く倒されたのだから、勝てるとは思えなかった。アーロンも自分も、大神殿では強者と知られているのに。
「……あなたと戦う気はない」
ギデオンはそう言った。事実だ。彼と戦う意味はない。目標はその後ろにいる、異端の偽聖女なのだから。
男は、気楽そうに距離を詰めてくる。それなのに隙がない。ニッと笑った。
「でも、彼女に用があるんだろ? たとえば異端とか、聖女を騙ったとか、そんなことを言ってさ」
「然り」
「じゃあ敵だなぁ。残念だけど」
男は言うが早いか、剣で斬りかかってきた。ギデオンはタイミングを合わせていなそうとしたが……急に男が消えた。
いや、消えたのではなく、深く身を沈めていた。
強烈な足払いをかけられ、否応もなく転倒する。その隙に男は素早く立ち上がり、ギデオンが起きるよりも早く、首に剣の切っ先を突きつけた。
「武器を手放してうつ伏せになれ。両手を後頭部で組め」
男が冷静な声でギデオンに命令する。従う他になかった。
「回収しといて」
男が偽聖女に言った。偽聖女はその言葉に従い、ギデオンが手放した武器を取り上げる。
その間に、男は何かの布でギデオンの手足を縛り上げた。
「あー、ひとり逃がしたか。ま、仕方ないな」
男の声が聞こえた。逃げたのはおそらくシドゥ司祭だろう。戦闘で彼は何の役にも立たないので、正しい判断だ。どこか最寄りの光の神の神殿に、応援を頼んでくれるといいのだが。
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メイランはギデオンを捕縛した後、気を失っているアーロンのもとに向かい、彼の手足もギデオンと同様に縛り上げた。
レナーテは、落馬の際に気を失っていた。彼女も拘束する。
「こいつらどうすっかなぁ」
解放するわけにもいかず、さりとて連れ歩く訳にもいかない。殺すしかなさそうにも思えたが、それは後味が宜しくない。
「ねえ、私、話してみてもいい?」
シルリネアがメイランに問う。メイランは苦笑した。
「ロクなこと話さねぇ気がするけど、それでいいなら」
「ありがとう」
シルリネアはひとつ微笑んでから、ギデオンに向き直った。
「私は何で、追われているの? 私、何か悪いことした?」
ギデオンは皮肉な笑みを浮かべる。
「逃亡した異端の偽聖女。それがお前のすべてであり、大聖堂の結論だ」
「……そう」
シルリネアが悲しそうに微笑んだ。
「ザフィルを一緒に殺せればと……大司祭様の神託を見て、ずっとそう思ってたんだけど……駄目なのね」
シルリネアは、ザフィルを敵とする人々を、皆仲間だと思っていた。それなのに——。
ギデオンは、なぜか答えることができなかった。




