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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第6章 生命と決断
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第44話 接近

「いやー、着いた着いた」

 天嶺最西端の関所、青嶺関を無事通過して、メイランはそう言った。

 ミルザードを出てから、もう2か月近くが経過している。

 概ね平穏な旅だったと言っていい。リュミエールの追っ手は結局姿を現さなかったし、カルブも出てこなかった。それだけで平和に感じる。

「ここからどれぐらいかかるの?」

 シルリネアがメイランに尋ねる。青嶺関から先の話は、まだ聞いていなかった。

「ひとまず10日かな。一番遠いところまで行くなら、2、3か月ぐらい」

 平然と答えるメイランとは真逆に、シルリネアは圧倒されて立ち尽くしてしまった。

「天嶺ってそんなに広いの……」

 信じられない。一体どれだけ広いのだろう。2か月以上の旅がまるまる収まってしまう国だなんて。

 シルリネアを見て、メイランが笑った。

「だから広いって言っただろ。東の端はもっと遠いんだ。あと少しだから、行こう」


 旅の途中、ふたりはリュミエールの大神殿がザフィルに破壊されたという噂を聞いた。いくつかの噂話を整理して考えてみると、どうもリュミエールを出た直後に起きた事件のようだ。

 つまりザフィルは、ミルザードを水で蹂躙する数日前に、リュミエールでも壊乱を起こしていたということだ。

「もしかして俺ら、リュミエールではザフィルの仲間だと思われてたりしねぇか、これ」

「……ありえる……」

 明らかに濡れ衣なのだが、時期が合いすぎている。共謀を疑われても仕方がない程度には。

 二人は顔を見合わせて、嘆息した。

「あいつ何考えてんだ、わけわかんねぇ」

 メイランは盛大にしかめっ面をして、頭を乱暴にかいた。


 ******


 アーロンたちは結局、天嶺への街道を南回りで進んでいた。

 道中で偽聖女たちのことを尋ねてみるものの、それらしき情報は得られない。だが、バフリヤにいなかったのであれば、天嶺に向かう他ないように思える。

「北回りだったのかもしれませんね。天嶺の青嶺関で捕捉できることを祈りましょう」

 宿で地図を見ながら、シドゥが言った。アーロンも頷いて同意する。

「それでも、あちらは歩きでしょうから、我々が追いつける可能性はあるはずです」

「も、もちろんです。そのためにこうして努めているのですから、光の神がお導きになるに違いありません」

 レナーテがあたふたと何度も首肯した。レナーテは小柄な女性なので、小動物感がある。男3人に囲まれて旅をするのは心細かろうと思い、アーロンは彼女に対してやや贔屓目で見るようにしていた。

「早く異端の偽聖女を捕らえ、リュミエールに戻りたいものです」

 ギデオンの言葉に、一行は心から同意する。

「まさかここまで長引くなんて」

 少し疲れた表情で、レナーテはぽつりとこぼした。


 シドゥだけが、声に出すことなく長期化を喜んでいる。

 これぐらい時間を稼げば、十分だろうか。


 ******


 シルリネアとメイランが青嶺関を出てから七日後、ようやく商業都市、安洛城が見えてきた。

 城の名の示す通り、頑丈な壁に囲まれた都市だ。

「この辺から、人里にきたってなるなぁ」

 メイランが微笑む。まだ小さな点にしか見えない安洛城が、心を弾ませた。

 青嶺関を出た直後は険しい山道と峡谷の連続だったが、だんだんと谷が開けてきて、今や森林や草原の、青々とした風景が見える。

「久しぶりに鮮やかな草の色を見た気がする」

 シルリネアの呟きに、メイランは思わず笑ってしまった。その反応に、シルリネアが怪訝そうな表情をする。

「あ、いやごめん。そうだよな、緑色、久しぶりだよな」

 メイランは、シルリネアの薄荷色の瞳を見た。見慣れた美しい緑色だ。

 彼女の薄荷色の瞳を覗けば、メイランはいつでも鮮やかな緑を見ることができる。それなのに、シルリネア本人が緑色を喜ぶというのは、何だか不思議で面白かった。

 鮮やかな薄荷色といえば、シルリネアが大切に使っているリボンだ。長旅でさすがに使い古され、汚れと摩耗が隠しきれなくなっている。もはや鮮やかな薄荷色とは程遠い、くすんだ灰緑色になってしまっていた。

「リボンも汚れちまったもんなぁ。安洛城で新しいの、探そうな。これよりいいやつをさ」

「そんなのあるかな」

 シルリネアが苦笑する。このリボンは思い入れが強くて、特別なものになっている。これ以上の思い入れを作れるものが、果たしてあるのだろうか。

 メイランは自信満々の笑顔を見せた。

「当然あるさ。俺が知らなくても、青嵐(せいらん)の姐御方が知ってるだろ」

 本当に、何の疑いもなく信頼している。彼にそこまで頼られる女性たちが、少し羨ましいと思った。


 ******


 結局アーロンたちは、青嶺関で偽聖女を捕らえることができなかった。

 しかし収獲もあった。偽聖女らと思しき旅人が、およそ2日前に青嶺関を通り、安洛城の方角に向かったという。

 護衛の男はともかくとして、偽聖女の外見は目立つ。黄金色の髪は隠せても、鮮やかな薄荷色の瞳は隠しきれるものではない。そう考えて、真面目に情報収集を続けた甲斐があったというものだ。

「ついに尻尾を掴みましたね」

 アーロンは興奮に身も震えんばかりだった。

 早く捕らえ、司祭と異端審問官の臨席のもとで簡易裁判を実施しなければいけない。

 そうしてやっと、偽聖女の問題が片付くのだ。

「途中まで険しい山道だそうですが、安洛城の手前は広い盆地になるようです。そこで追いつけるでしょう」

 ギデオンが謹厳に告げた。2日の差であれば、追いつけそうだ。だいぶ際どいが、安洛城に入る手前で捕まえたい。都市に入られると厄介だ。


 ******


「……ん?」

 何かが視界の端をかすめた気がした。メイランは振り返る。

 遠くに土煙が見える。騎馬、数名。嫌な予感がする。

 陽光を反射してキラリと光る。鎧だ。白い。馬も白い。

「ここでかよ……」

 あと少しなのに。平地すぎて身を隠す場所さえない。おそらく安洛城に入る前に追いつかれる。

「どうしたの? ……煙?」

 シルリネアはメイランの視線の先を見て、土煙に気付いたようだ。

「来た。リュミエールだ」

 メイランの言葉に、シルリネアの表情が強張った。

 シルリネアだけでも、安洛城に逃がせるだろうか。メイランは考えてみたが、すぐに否定した。

 だめだ。止められるのは、せいぜい2騎。それ以上いれば、シルリネアは追いつかれる。土煙の立ち方を見るに、もう少しいそうだ。おそらく3騎以上5騎以内。

「弓」

 メイランは短く指示して、荷物をすべて手放した。戦うなら、身軽になる必要がある。シルリネアも急いで準備をはじめた。

「馬を狙えよ、落馬させるんだ。接近されたらできるだけ引き受けるけど、漏らしたら頼む。倒そうとしなくていいから。身を守るのが優先」

 シルリネアに声をかけながら、メイランも弓を手にした。腰の剣を確認し、矢筒に入っている矢の数を頭の中に刻む。

 無理に攻撃に転じなければ、シルリネアはかなりできる方だ。格上相手であっても、粘ることができるだろう。彼女の稼いでくれる時間で、メイランが残りを倒せばいい。

 騎影が明確に見えてきた。4騎、全員が鎧を着ている。少し厄介かもしれない。リュミエール近辺の地域の鎧は、とにかく頑丈だ。

 隣で、シルリネアが弓をギリギリと引き絞る音が聞こえてきた。

「じゃあやるかぁ」

 まともな話し合いが通じる相手とも思えない。シルリネアの弓より二回りほど大きな弓を、メイランも引き絞った。

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