第43話 賊
祈りの時間。
形式に沿った言葉を丁寧に並べ、光の神への感謝で閉じる。
異端の偽聖女を追う四人は、司祭シドゥの先導で祈りを終えた。
皆、神への感謝を終え、奉仕の誓いを新たにする——シドゥ以外は。
いや、彼も強い信仰心を持っている。奉仕の心も、他の三人に勝るとも劣らない。
信仰の対象が魔族というだけだ。
シドゥは祈りの最後に、心の中で本当の信仰対象への言葉を付け足す。
「すべてあなたの御心のままに。アザルファ様」
万物を無に還し、無限の安寧を得る。
無は無限であり、永遠であり、普遍でありながら、何もない。
すべてを包含するがゆえに美しく、完璧な存在だった。
植えられた種は芽吹き、育っている。無は間もなく訪れるだろう。
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ザフィルはいつからか、眠るということがわからなくなっていた。
食事もよくわからない。食べない日が続くと動けなくなるので、仕方なく食べているだけだ。
そのくせ、餓死はできなかった。食事が足りずに倒れると、あり余る魔力が勝手に食糧を探し、ザフィルの意思を無視して摂取させられる。
窒息も負傷も同様だ。魔力が死を阻む。
ほとんどの物事を魔力と魔法で解決できるのに、死だけは、なぜか解決できなかった。
「生きている意味なんてないのに……」
誰に言うでもなく、意識を声にする。
「なぜ、死ねないんだ」
何もない空間に置かれた言葉は、あっという間に薄れて消えた。
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シルリネアとメイランは、順調に旅を進めていた。
「追っ手、全っ然来ねぇな」
歩きながら、メイランが言った。拍子抜けするぐらい、何も起きない。
メイランは追いつかれた時の対処法をいくつか想定していたが、このままだと、使わずに済んでしまうかもしれない。
「ライラさんがうまくやってくれたんじゃない?」
シルリネアが声を返すと、メイランは少し考えるそぶりを見せる。
「それは疑ってないけど。でも馬持っててまだ追いつかねぇってことは、あいつら、俺らが北回りで天嶺に向かってるってことを掴めなかったんだろうなぁ」
「じゃあ、向こうが南回りで天嶺に向かってて、先回りされてたりして」
冗談めかして微笑むシルリネアの言葉に、メイランもつられて笑ってしまう。
「ありうる。いいなそれ」
追いかけていたはずなのに追い越してしまうのは、どんな気分だろう。そう考えるだけで、愉快だった。
「そういえば、天嶺ってどういうところなの?」
とある日、シルリネアがメイランに尋ねた。
「うーん、ばかでっかい国、かな。正式には天嶺皇朝、だったと思う。多分」
「なんか曖昧ね」
苦笑するシルリネアに、メイランも苦笑で返した。
「でかすぎてよくわからねぇんだよ。人も土地も多くて、どうなってるのかさっぱりだ」
メイランの認識が曖昧すぎて話が広がらないので、シルリネアは話題をずらすことにした。
「じゃあ、青嵐にはどんな人がいるの? 義賊、なんでしょ?」
「そうだなぁ。ヴァルグリムでは義賊ってことにしてたけど、実はちょっと違うんだよな」
「どう違うの?」
「義賊ってさ、賊……ええっと、盗みとかそういうのをやって、そのアガリを弱者とか貧しい人とかに配る奴らのことだよな?」
メイランが自信なさそうに尋ねるので、シルリネアは頷いた。
「そうじゃないかな」
「だよな、良かった。でさ、青嵐は手段として盗みなんかをやる時はあるけど、普段はみんな色々やってるんだよ。店をやってたり、医者や薬師やってたり、用心棒やってる奴もいるし、鍛冶屋もいるし。わりと普通の商売だろ?」
普通、なのだろうか。しかしメイランがさも当然そう語るので、否定することもできない。
「そう……かも?」
「だろ?」
シルリネアの返答を完全な肯定と受け取ったメイランは、嬉しそうに笑う。シルリネアは、否定ではない程度に肯定したつもりだったなんて、とても言えなくなってしまった。この笑顔を曇らせるなんて、できそうにない。
「つまりさ、青嵐は賊が主な仕事じゃねぇってこと。その辺の説明がめんどくさくて、義賊ってことにするんだけど」
「じゃあ、どういう時に賊みたいなことをするの?」
「それが誰かの助けになる時、かな」
「うーん、わかるような、わからないような……」
シルリネアは、だんだん混乱してきてしまった。そんな彼女を見て、メイランは笑う。
「まぁ難しいよな。俺の説明も下手だし。ファラン姐あたりなら、もっと上手く説明してくれるだろうから、向こうで色々聞いてみて」
メイランの話を頑張って咀嚼しているのだが、どうもピンとこなかった。シルリネアは何度も首を左右に傾げていたが、最終的には頷いた。
「そうする」
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広漠たる荒れ地、ザルミール。
褪せた赤土と小石ばかりが目立つ貧しい土地に、突如として広大な屋敷が建っている。
屋敷の近くに、ふわりとカルブが現れた。
「あったあった。ここだね」
子犬の姿でトコトコ歩き、無遠慮に屋敷の中へ入った。咎める者は、誰もいない。
ここは、主のいない屋敷だった。
カルブは迷うことなく書庫へ行き、子供の姿になった。
「本を探す時は、主様の姿を借りた方がいいね」
子供の小さな手で書棚から本を引っ張り出し、パラパラとめくる。
「んんー? これじゃないなぁ」
立派な革の装丁が施された本が、床へ無造作に落とされた。カルブは別の本を手に取り……ふたたび本を床に落とす。
「これでもない……こっちかなぁ」
同じことを何度も何度も繰り返して、カルブはやっと目当ての本を見つけたようだ。
「あった、これこれ。兄様へのお土産にするんだ」
見つけた本の表紙に頬ずりをする。滑らかな黒革に、金の金具が映える本だった。
沈黙の書
古い時代の文字だ。
「他にはないかな、もっとお土産、いっぱいあった方がいいよね」
カルブは踊るように、ふわふわと次の書棚に向かった。




