第38話 砂漠の華
※本話には災害被害の描写が含まれます。不安を感じる方は本話を飛ばしてください。
聖堂騎士団のアーロンは、初めての大任に興奮と緊張を抑えられないでいた。
与えられた任務は、偽聖女シルリネアの捕縛。捕縛後は司祭による改心の勧めが行われ、改心が確認できればそれで良し、そうでなければ討伐に移行する。
ルイス団長によると、偽聖女の傍らには、かなり手強そうな護衛がいると言う。だがこちらも相応に手勢を揃えている。負けるとは思えない。
異端審問官きっての武闘派、ギデオン。
大神殿で長く奉仕を続けている司祭、シドゥ。
神授の魔法を得意とする助祭、レナーテ。
そして、自分。
全員に馬が与えられているため、徒歩の人間が相手ならすぐに追いつける。数日程度の差など、問題にならない。
偽聖女は、タズレクからカル=ナハル砂王国に入ったようだ。タズレクでの目撃情報がある。
アーロンたち追討隊も、タズレクから砂漠地帯に侵入した。
「奴らは、まずミルザードを目指すでしょうな」
タズレクを発つ直前、ギデオンがそう言った。
「どこに行くにしても、あの街が結節点です。そこから北上してアズ=ハディールに行くか、東の天嶺に逃げ込むか、南下してエルデか……」
アーロンは地図を見て、それぞれの位置と規模を確認する。南のエルデは小国だが、北と東は途方もなく広い。広い場所に逃げ込まれると、追跡が難しくなるように思えた。
そのことを告げると、シドゥが笑った。
「そう思われるかもしれませんが、実はエルデが一番難しいかもしれません。かの地は星の神の信仰が強いのです。カル=ナハル南部もそうですが」
なるほど、とアーロンは得心する。星の神は、光の神との相性があまり良くない。教義に隔たりが多いためだ。そのためか、光の神の信徒を敵視する者たちも多いと聞く。
「かくも、異国での追跡は難しいのですね。ミルザードで捕まえたいところです」
地図を見ながら、アーロンは決意を新たにする。労苦を厭う気はないが、速やかに完遂できるなら、それに越したことはない。
「そろそろ行きましょう。いずれにせよ、奴らに追いつく必要がある」
ギデオンが騎乗した。断罪の剣と呼ばれる、異端審問官の象徴となる武器が、腰でカチャリと音を立てる。
まるで、出番を待ち切れないかのように。
******
ミルザードの被害の全容を確認するため、シルリネアとメイランは、ライラと家宰のユスフと共に、郊外にある岩山の上にいた。
街全体が低地にあるため、ここであれば街全体が一望できる。
「ひどい」
シルリネアは、思わず言葉を漏らしてしまった。水は引き始めているが、かつて立ち並んでいた家々は破壊され、面影を探すことさえ難しい。
水の痕跡は、街の外にまで及んでいた。遠くに小さく見える黒い点の数々は、きっと遺体なのだろう。胸が痛む。
予想していたことであっても、実際に目にした時の衝撃は想像以上だ。
ライラとユスフもまた、あまりの惨状に立ち尽くしていた。
「あれ?」
ふと、メイランが何かを見つけたようだ。遠くを見定めようとしている。
「どうしたの?」
シルリネアが問いかけると、メイランは一点を指した。
「……馬と人だ。4人……」
メイランの指の先で、確かに黒い点がモゾモゾと動いている。あれがよく見分けられるものだと、シルリネアは感心してしまう。
「どうしてわかるの?」
「動きとかでね。人と馬じゃ、動き方が違うだろ。それはいいんだが……あれ、マズいかも」
馬を連れた4人組は、極めて特徴的だ。死体らしきものに寄り、熱心に祈りを捧げているように見える。細かい動きはさすがに見えないので、どの神に祈りを捧げているかは判然としない。
彼らの服装は全体的に白っぽい。白は砂漠で好まれる色味なので不自然さはないが、馬まで白基調となると話は別だ。
光の神の象徴的な色は、白と金。ということは。
「リュミエールから追ってきた連中じゃねぇかな」
シルリネアの表情が強張った。
「どうなさいましたか?」
ライラが口を開いた。
「あ、いや、こっちの話なんですが……」
メイランは言い淀む。話してしまうと、ライラたちを巻き込んでしまいかねない。
「なにかお困りでしたら、何なりとお力になります。仰っていただけませんか? 夫からもそう言われておりますし、私個人としても、お役に立ちたいと思っております」
強い女性だ。メイランは声に出さず、しかし本気で彼女を称えた。街がほぼ壊滅していて、ライラ自身さえ明日をも知れぬ身だというのに、助けようとしてくれている。
「メイラン、ここまで言ってくれているのだから、話さないのは失礼だと思う」
ライラの気持ちを感じ取ったシルリネアも、そう言った。
シルリネアに言われてしまうと、メイランは従う以外ない。
「わかった」
苦笑しつつメイランは、リュミエールで起きたことを、かいつまんで説明した。
シルリネアが、光の神の司祭でも癒せなかった子を、彼女の魔法で癒したこと。それによって巡礼者から聖女と勘違いされ、大神殿からは聖女を詐称したとされたこと。大神殿に軟禁されかけて、逃げたこと。
「シルリネアの癒しの魔法は、確かに強力です。でも体に強い負担がかかるから、あまり使えない」
今のミルザードには、大勢の負傷者がいる。彼らを全員癒して回る羽目にならないよう、メイランは念のため言い添えた。
「でも、私の癒しじゃないと助けられない人がいたら、使うからね」
シルリネアがメイランに言い切った。断固とした意思が、彼女の薄荷色の瞳を輝かせる。
「わかってるよ。止めない」
メイランが笑った。止めたい気持ちは今もあるが、こういう時のシルリネアの顔が、たまらなく魅力的に見えてしまう。我ながらどうしようもない。
——魅力的?
メイランの脳裏に、閃きのようなものがよぎった。
どんな顔に魅力を感じる? ……断固とした意思……? ん……?
何かが繋がりそうな気がしたが、まだ繋がりきらない。
「どうしたの?」
シルリネアに怪訝そうな顔で問われて、我に返る。
「ああいや、ごめん、なんでもない」
メイランは、慌てて思考を引っ込めた。
ライラは二人の様子を見て、微笑む。
「わかりました。リュミエールからのお客様は、私ができるだけお引き止めします。その間に、出立されてください。ユスフ」
家宰のユスフが、主であるライラに数枚の紙を手渡した。
「実は、この先の情報を話してもらおうと呼んだ人が、昨日の一件で怪我をしておりまして。話してもらう予定だったことを、ユスフに書き取らせました。不備があるかもしれませんが、どうかお持ちください」
ライラからシルリネアに、紙が手渡される。
「ありがとう、ございます……」
シルリネアは言葉に詰まった。この優しさを、献身を、どう表現すればいいのかわからない。
素晴らしい女性。そんなつまらない言葉しか出てこない。
メイランも、ライラの手回しの良さに感嘆していた。
最初は貞淑で古風な女性とだけ思っていたが、なかなかどうして商人の妻だ。金儲けに目がないという意味ではなく、機転が利き、頑なに約束を守るという意味で。
「ありがとうございます。じゃあ、俺たちはこれで。行こう、シルリネア。ここまでしてもらうなら、俺らはできるだけ距離を稼がねぇとだろ」
「ええ。ライラさん、本当にありがとうございます。いつかまた、お会いしたいです」
岩山をくだり、去っていくふたりを、ライラは笑顔で見送った。
「ユスフ。帰ったら、そのように準備をして。さっきお渡しした紙、あれも複製しましょう。内容を少し変えて」
「承知しました」
ライラはユスフの返事に満足した。彼女もまた、帰るために歩を進める。
あのふたりの、旅の幸運を祈りながら。
******
ミルザードまで後少しというところで、アーロンは異様な光景を目にした。
数多の死体が、広範囲に広がっている。
服装からして、ミルザードの住人だろう。旅人には見えない。ここはミルザードまで多少の距離があるし、住人がわざわざ歩いてくるような場所でもない。
しかも死体の状態が異様だ。砂漠なのに、溺死している。
「溺れるなんて、どこで……それに、なんでこんなところに」
助祭のレナーテが死者の状態を確認して、首を横に振りながらそう言った。生存者はいないようだ。
司祭のシドゥが、彼らの死を安らかにするための祈祷を唱えた。
「ザフィルかもしれませんな」
ギデオンが断罪の剣に手をかけながら、そう言った。アーロンも頷く。
「そうかもしれません。こんなに異常なことができる奴なんて、そういないでしょう」
今頃十王国に向かっているはずの、聖堂騎士団の精鋭とルイス団長のことを思う。彼らは着実に任務を遂行しているはずだ。自分が遅れを取るわけにはいかない。
早くミルザードに行かなければと気は逸るが、この死体を放置するのも哀れに思えた。簡易的であっても、埋葬してやらねばならないだろう。
祈りと埋葬を終えたアーロンたちは、ミルザードでさらなる衝撃に襲われた。
ミルザードが壊滅している。噂に名高い砂漠の華、美しいオアシス都市が跡形もない。
一行の脳裏には、共通の影が見えている。
ザフィルという名の、死の影だ。
「ひとまず、あの屋敷を訪ねてみましょう。何があったのか、聞かなければ」
アーロンが指し示した先には、かろうじて原型を留めている建物の姿。
それは、ジャバリ家の屋敷だった。




