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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第5章 自分の意思で
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第39話 どこへ

「っあー……」

 ライラから渡された紙を読んで、メイランは思わず唸ってしまった。

「これは天嶺か……?」

 シルリネアは、十王国に戻ってヴェンツェルに状況を伝えたいと言う。

 だから十王国に行きたいのに、どんどん遠ざかる。

「北西に行きたいのに東かぁ」

 ミルザードを出てから最初の休憩地点。西方から来るリュミエールの追手と距離を取るために、ひとまず東に足を向けたものの、次の行き先はまだ決まっていない。

 西はリュミエールなので論外だ。いっそ北西にそびえる山脈越えをしてやろうかと考えたが、あの険しい道をシルリネアに強いるのは、あまりにも酷だと思い直す。


 身体能力に自信のあるメイランでさえ、一度で懲りた程の険しさだ。砂漠とは違う意味で、あまり行きたくない。

「見せて」

 シルリネアが覗き込んできたので、メイランは紙を渡した。

 紙が黒く見えるほどの密度で、文字が書かれている。数枚の紙面は、小さな文字で端から端まで隙間なく埋め尽くされ、最後に簡単な地図が添えられていた。ミルザードから先が描かれているようだ。

 

 まず書かれていたのは、南のエルデ王国の話だった。

 治安は安定しており、旅をするのに支障はないようだが、南の海には海賊が跋扈しており、船がほとんど動いていないとのことだった。

 天嶺方面は安定しているが官吏の腐敗が著しく、アズ=ハディールは騒乱の兆しがあり、鉄製品がよく売れると書かれていた。

「エルデから船が、一番良かったんだがなぁ」

 メイランが嘆息する。

「どうして?」

 シルリネアが問うと、メイランは渋面を緩めて返事をした。

「船に乗っちまえば、追っ手とか面倒なことを考えなくていいだろ。陸に上がるまでは、人の出入りがないから」

「……確かに。じゃあ、どうしてアズ=ハディールじゃなくて、天嶺が良さそうなの?」

 さらに問いかけるシルリネアに、メイランは少し感動していた。

 彼女はどんどん成長している。以前はただついてくるだけだったのに、今では自分で行き先を考えようとしている。

 次は行き先について相談しようとメイランは心に決めつつ、ひとまず今回は、シルリネアの疑問に答えることにした。

「アズ=ハディールは、土地が真っ平らだから。馬がよく走る。あっちは馬だったから、向こうの有利な場所には行きたくない。となると、天嶺方向だけ、と」

 紙に書かれた簡単な地図を、メイランは指で辿る。ミルザードから、天嶺の入口まで。

「まぁでも、北回りで天嶺は悪くないかもな。山沿いだから、馬でも多少は動きが鈍るだろうし。南回りは馬が有利な道だからダメ。天嶺から先は、また様子見だな」

 そう言いつつ、メイランは可能性をひとつ残していた。できれば頼りたくないが、仕方ないかもしれない。


 天嶺には、青嵐(せいらん)の本拠地がある。


 ******


「北回りで天嶺……」

 カルブは犬の姿で藪の中に潜み、クスクス笑う。

「ボクの、主様の昔話、聞いてくれるかな……?」

 片耳を地面に押し付ける。何かの音を聞いているかのように。

「ああでも、殺してくれなくなっちゃうのは困るな……」

 首に食い込む真紅の首輪が、血線を想起させる。禍々しい。

「同情されないようにしなくちゃ……」

 首をゆらゆらと左右に揺らす。考えているのか、遊んでいるのか。声の調子からは、まったくわからない。

「でも挨拶ぐらいは、いいよね。ルハサーンだけじゃ、不公平だから」

 ささやかな声でひとりごち、スルリと消えた。


 ******


 アーロンたちはジャバリ家を訪れ、崩れかけた屋敷と、そこに集まる家を失った人々を見た。

 多数の人々が、解放された庭と部屋を往来している。怪我人は大部屋に収容され、手当を受けていた。

 だが怪我人への対応は、あまり良いものとは言えない状態だ。多数の物資が水で流されてしまったとのことで、使える道具が少ないようだった。

「私は怪我人を看てきます。光の神の慈悲が、彼らを救ってくださいます」

 レナーテはそう言って、怪我人たちのもとに行ってしまったので、今この場にはいない。


 この場にいるのは、アーロンとギデオン、シドゥ、そして、この屋敷の主であるライラと家宰。

 崩れずに残った応接室の一室で、彼らは対面していた。

「このようになっていたとは知らず……お見舞い申し上げます」

 アーロンが口火を切った。おそらく彼女は、多忙を極めているだろう。この街全体が、ジャバリ家に託されてしまったようなものだ。

 有力者は他にもいただろうに、この有様では生きているかさえ定かではない。

「恐れ入ります」

 ライラは貞淑に、控えめに頭を下げた。その様子は、アーロンに好感を覚えさせる。

「ところで、なぜこのような状態になったのでしょうか。私でさえ、砂漠の華の名は知っておりましたのに……」

 アーロンの問いかけに応じて、ライラは語った。突如現れた魔法使いによって、水で崩壊させられた様子を。ライラはザフィルを見ていないが、目撃者の話と自らの体験談を組み合わせ、全体の状況をわかる範囲で伝えた。

「……これは……」

 ギデオンが唸り、シドゥが重々しく頷いた。

「ザフィル、でしょうな……」

 大神殿の虐殺と同じようなことを、今度はミルザードで起こした。そう考えざるを得ない。

 ザフィルの目的がわからない。それなのにあいつは、死を撒き散らしていく。アーロンの背筋がゾッと冷えた。


「カル=ナハルの王家は、動かないのですかな」

 ギデオンが重々しく問いかけると、ライラは頷いた。

「既に使いは出しております。遠からず動くでしょう」

 なるほど。ライラは、あるいはジャバリ家は、王家またはそれと近しい存在に使いを出せる程度には、有力者なのだ。

 その構造を、アーロンは頭に叩き込む。今後使える場面があるかもしれない。

「そう伺えて安心しました。ところで我々は、光の神の聖女を偽称した者を追っております。心当たりがありましたら、ぜひ教えていただきたいのですが……」

 アーロンはそう前置きをしてから、偽聖女のことを話した。

 神の力に依らない癒しを光の神の信徒に使い、聖女と誤認させ、その場にいた信徒たちを混乱させた大罪人と、その女を守護する男について語り、そのふたりを追討する意義を熱弁した。

 ライラは冷静に耳を傾けている。話を聞き終えた後、彼女は小さく頷いた。

「その者たちなら、街が壊滅させられる数日前に来ました、彼らはこの先の地域についての情報を求めていましたので、詳しい者を紹介しました」

「その者を、我々にも紹介していただけませんか?」

 アーロンの言葉に、ライラは少し表情を曇らせた。

「彼は行方不明なのです。行商人としても、隊商を率いてもらうにも、優秀な者だったのですが……」

「それは失礼しました」

 アーロンは謝罪した。この状況で行方不明となると、彼がどうなっているかは疑いようもないだろう。ライラは首を横に振り、気にしていないと告げた。

「仕方がありません。それよりも、皆様は光の神の忠実な信徒の方とお見受けいたします。できれば、ここに避難している者たちに、光の神について説いていただけませんか。皆、不安な日々を送っておりますので、神のご慈悲について語っていただければ、嬉しく思います」

「それはもう、喜んで」

 前のめり気味に勇んで応じるアーロンの後ろで、ギデオンが渋い顔をした。彼にとっては、布教よりも偽聖女追討の方が重大事であった。シドゥはギデオンに向けて、今回は諦めろとでも言うかのように、苦笑した。若者への配慮も、年配者の務めだと言わんばかりの様子だ。

 ライラは微笑み、一礼した。

「ありがとうございます。光の神の慈愛に感謝を。その間に、彼らに語った内容について書いたものを探しておきます。念のためと思い、何を語ったのか、聞き取らせておりましたので。見つけたらお譲りいたします」

「……本当ですか、感謝いたします」

 なんという好都合。アーロンは小躍りしたいぐらいの気分だったが、さすがにこの場で踊る訳にはいかない。その喜びの分を上乗せして、勢いよく頭をさげた。


 アーロンたちを見送った後、ライラは家宰のユスフを見て微笑んだ。

「2日後ぐらいでどうかしら。エルデ王国に行くように、文章を整えてちょうだい。あのおふたりはきっと、天嶺方面に行くのでしょうから」

 ユスフは一礼して、主の意向に沿うために立ち去った。ひとり残ったライラは、シルリネアとメイランの表情を思い出す。被害者に手を差し伸べる優しさと懸命さ、遺体を発見した時に見せる、悲しそうな顔を。

 きっと姪と夫も、あのようにして救われたのだろうと思う。


 だからライラは、あのふたりを信じることにした。

 元々光の神の信徒は、融通が利かなくて嫌いなのよね、と小さく呟いた。

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