第35話 温もりの終わる音がする
明け方頃、ミルザードに辿り着いた。
砂漠に入ってから、もっとも大きな街だ。モンテリオぐらいの賑やかさがある。
ジャバリ家は、メイランが道行く人に尋ねて回ると、すぐに判明した。
どうやら相当有力な商家らしい。
「確かに隊商の規模は大きい方だったが、そこまで裕福には見えなかったけどなぁ」
メイランは少し不思議そうに首を傾げる。
「倹約家だとしても、もうちょっと金持ちの匂いがするモンなんだよ。質素に見える服でも、仕立てや布が上等とかさ。あのヤスミンって娘だって、あんだけ溺愛されてたら、もうちょっと飾られてても良さそうだけど」
そういえば、ハリドもヤスミンも、とりたてて華やかな服を着ていなかった。彼らの姿を思い出しながら、シルリネアも考える。
「変装してる、とか……? お金持ちだってわかると、危ないでしょ」
「そうかも。普通の隊商の護衛にしては、かなり豪華な編成だったのは事実だし。魔法使いと司祭を揃えたのは、だいぶ金かけてるよな」
魔法は誰でも使えるものではない。才能を前提に、努力と研鑽が必要な世界だという。
だから魔法の使い手を雇うのは、必然的に金がかかる。それをふたり、しかも別系統の魔法の使い手を揃えたのだから、かなり奮発しているはずだ。
「残念ながら俺みたいに魔法の才能がない奴は、あまり高く売れないな」
メイランが笑う。どうやら彼は、だいぶ元の調子に戻りつつあるようだ。シルリネアは彼の様子を見て、密かに安堵していた。
「ま、実際行けばわかるよな。行こう」
ジャバリ家の正門は、豪商の名に恥じない華やかなものだった。
門衛にハリドから渡された手紙を渡し、用向きを伝えると、あっという間に応接室へ通された。
応接室は涼しくて居心地が良く、ほのかに香り付けされた水が出され、盆に山と盛られた菓子が供された。
「金持ちだなぁ……」
シルリネアとふたりきりなのをいいことに、メイランが呆れたように呟く。
リヴァンティアの執政府にも匹敵しそうな豪華さだ。それを個人が持っている。
「これは本当に変装だったのかもなぁ」
金目当ての誘拐が発生する規模の金持ちだ。普段から、外出時は質素な格好をしているのかもしれない。
「そうね……」
シルリネアも、あまりにも華やかな雰囲気にのまれていた。
「失礼します」
女性の声がして、頭をベールで覆った女性が入ってきた。
彼女はふたりの前で丁寧に一礼する。
「私はハリドの妻、ライラと申します。夫と姪がお世話になったと伺いました。何なりとお手伝いせよと申しつかりましたので、ご遠慮なさらず、何でもおっしゃってください」
この地域の伝統的で礼節ある女性とは、こういう姿なのだろうと思わせる佇まいだ。
シルリネアが面食らっていると、メイランが前に出て話を進めはじめた。
「俺はマリク、こっちはサラ。お会いできて光栄です。俺たちは西から旅をしてきていますが、この先どこに行くべきか、まだ決めていません。近くの情勢を知る人がいれば、話を聞きたいです。あともし差し支えなければ、一晩泊めてもらえませんか?」
ライラは微笑み、もう一度礼をする。
「すべてお望みのままに。お泊りの部屋は、同室がよろしいですか?」
「できれば同室で、難しければ隣室にしてもらえると」
「かしこまりました」
そう言って、ライラは退室した。
「たまには別の部屋もいいかもしれねぇけど、離れると何か起きるからなぁ」
メイランが苦笑した。シルリネアも思わず笑ってしまう。
「そうね。何かあっても、一緒の方が助かるかも」
「だよなぁ」
その後は、他愛のない雑談をした。このあたりの食事について、あるいは、メイランが今まで行ったことのある場所について。
「そういえば、シルリネアの出身地って、どんな感じだったんだ? もちろん、嫌なら言わなくていいけど」
そういえば話したことがなかった。シルリネアは今更のように気付く。もしかしたら、メイランは意識的にこの話題に触れていなかったのかもしれない。
「そうね。メイランも教えてくれたし、後で話そうかな。メイランみたいに波乱万丈じゃないから、つまらないと思うけど」
部屋の準備ができたと告げられたのは、その時だった。
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ふたりに与えられたのは、広い部屋だった。
綺麗に整えられたベッドが2台、横並びではなく、壁の両側に配置されている。ベッド同士の間に生まれた空間は、寝転がってもまだ余裕がある。
部屋の片隅には衝立が用意されているので、簡易的に居所を分離することもできそうだ。
ベッドのある部屋の奥にもう一部屋あり、そこは風呂になっていた。既に湯が張られている。水の少ない砂漠地帯で湯を張るというのは、想像を絶する贅沢さだ。
「すげぇ至れり尽くせり」
ハリドはこんなに豪華な場所に住んでいるのに、よくあんなに質素な服を着て、隊商を率いて危険な旅をしようと思うものだ。それが仕事とはいえ、他人に任せても良さそうなのに。メイランは妙な感動を覚えた。
シルリネアは荷物を置くと、さっそく風呂に入る用意をはじめた。
「せっかくだから、念入りに洗ってくる」
浮かれぎみに風呂に向かうシルリネアを見送ってから、メイランは書き物机で彼女への伝言を書き、ベッドに横たわった。
「疲れたなぁ」
ここ数日、色々ありすぎて、精神的に疲れている気がする。やはり砂漠とは相性が悪い。
それなのになぜか、現在は想像しうる限り最高の状態だ。
「どうなってんだこれ」
呟く。
どうして、シルリネアがまだ横にいるのだろう。
最大の疑問がそれだ。自分がザフィルの兄だと告白したのに。
別れると思っていた。そうでなくとも、憎しみの目を向けられると思っていた。最悪の場合、殺し合いになるかもしれないと、覚悟さえしていた。
なのに、なぜかまだ一緒にいる。しかも良い関係性のままで。
「すげぇよなぁ、シルリネア」
何もかも、彼女の決断によるものだ。
自分は何も決められなかったし、告白をためらった。
醜態だって晒したのに。
「なんとか、しねぇと……」
メイランは思考を口に出した。
何をどうすればいいのか、まだよくわからない。やることが多すぎる気もするし、ひとつの大仕事ですべてが片付く気もする。
いずれにしても、自分の立場を決めないといけないが……果たして決められるだろうか。
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「なにこれ」
風呂を存分に楽しんでさっぱりして、上機嫌で鼻歌まで歌いながら戻ってきたシルリネアの目に入ってきたのは、ベッドに大の字で眠るメイランの姿。
書き物机には、紙一枚を贅沢に使って「起こして」と大きく書いた紙が残されていた。まるで子供のような、稚拙な文字だ。
「起こしてって言われてもねぇ」
メイランは、あまりにも気持ちよさそうに眠っている。シルリネアは苦笑した。
「起こせるはずないでしょ」
色々あったものね、と呟く。
バラバラに脱ぎ捨てられたメイランのブーツを揃え、軽く砂を払った。
「たまには休んでも、いいんじゃない?」
シルリネアは微笑み、自分のベッドに用意されていた毛布をメイランにかける。彼のベッドの毛布は、彼自身が下敷きにしていた。
その後、椅子を窓辺まで持って行く。ルハサーン寺院で穴をあけてしまった、上衣の補修をするために。
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ザフィルはミルザードの街を歩いている。
月白色の髪が目立つので、道行く人の多くが、物珍しそうに彼を見る。
足元では子犬の姿をしたカルブが、嬉しそうにちょこちょことまとわりついている。
だがザフィルは、自分を見る人々には目もくれず、カルブのことさえ一顧だにしない。
ジャバリ家の邸宅前を通り過ぎ、そぞろ歩きをする風情で市場に入った。
——やはり魔族がいる。
市場で人間に紛れている。ここに住む人々がどうして気付けないのか、ザフィルには不思議でならない。
魔族の数と、彼らを識別するための魔力を確認した後、市場を出た。
もうすぐ殺してあげるよ。
全員を、平等に。




