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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第5章 自分の意思で
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第34話 願い

「え……?」

 シルリネアは、どう答えればいいのかわからなかった。

 せっかく彼が、こんなに思い詰めた顔で、言ってくれているのに。

 何か言え、そうでなくても反応を返せ。シルリネアは自分を叱咤する。

「ザフィルが……弟……?」

 それなのに。嵐に翻弄されているような気持ちさえするのに。あまりにもつまらない言葉しか出なかった。

「そう」

 メイランは落ち着いていた。ただ、悲しそうに微笑んでいる。シルリネアは必死で反論の言葉を探す。

「……でも、まだザフィルを見たことないでしょ」

「カルブの、あいつの子供の姿がさ……俺の記憶の中にいる弟とそっくりなんだよ……傷の場所も、痩せ方も、全部」

「でも、あなたの記憶の中にあった弟は、髪の色が違う」

「成長すると髪の色が変わるなんて、よくあることだろ。ショウランだって昔は金髪だったのに、今は栗色の方が近い」

「でも、ザフィルって名前じゃないでしょ?」

「俺のメイランって名前だって、青嵐(せいらん)で貰った名前だ。昔の名前は、忘れちまった。あっちも似たようなモンじゃねぇかな。あの時は子供だったから、生き延びるには誰かに拾って貰わなきゃだろ」

「でも…………」

 言葉が続かない。もっと他に、否定する材料はないだろうか。

 シルリネアが懸命に悩んでいる姿を見て、メイランは笑った……寂しそうに。

「ごめんな、シルリネア。でもミルザードまでは、一緒に行かせてほしい。その先は……任せるよ」


 ******


 その後の移動は、あまりにもつまらなかった。

 メイランはあまり変わっていないように見えるが、それがほんのうわべだけのことだと、シルリネアには理解できてしまう。

 口数が減り、冗談が減った。笑顔は空虚で、無理やり張り付けたかのようだ。

 それでも彼は、やるべきことをすべてこなしていた。心の強い人だ。シルリネアは、改めてそう思う。

 体が頑丈なだけでなく、人付き合いが上手いだけでもなく、魔法が効かないだけでさえなく。彼は本当の意味で強いのだ。

 その強さは、生来のものというだけでは説明がつかない。きっとメイランは、努力を怠らない人だ。


 ミルザードに着く直前の、最後の休憩時間。

「ねえ」

 シルリネアが、メイランに声をかけた。

「どうした?」

 メイランが、平静を装って応じる。声が微かに震えていた。

「メイランは、ザフィルを探しているのよね?」

「うん」

「まだ会えてないのよね?」

「うん」

「じゃあ私たち、目的は一緒ね?」

「…………うん?」

 メイランの声がうわずった。

「だから、ザフィルを探すっていう目的は一致してるよね? って聞いてるんだけど」

「……え、いや、ちょっと待って……そりゃあ探すってのは一致してるけど……え?」

 混乱するメイランに、シルリネアは笑った。

「探した後は一致しないかもしれないけど、探すまでは一緒でもいいんじゃない? って言ってるの。私、メイランと一緒にいたほうが助かるし、それに、剣も弓もまだちゃんと習ってないし、何なら槍だって教えてほしい」

 シルリネアが微笑む。メイランの呆然とした顔が、なんだか面白い。

「もちろんメイランが嫌じゃないのなら、だけど」

「嫌だなんて、そんなことない……」

 メイランは緩慢に首を横に振った。

「じゃあ決まり。これからもよろしくね、メイラン」

 握手を求めて差し出されたシルリネアの手を、メイランはほぼ無意識で握り返した。

 シルリネアはニッコリと笑いながらメイランに近寄り、彼の胴にそっと腕を回す。

「生きてくれてありがとう、メイラン。私と出会ってくれて、ありがとう。私、メイランと出会えたことだけは、ザフィルに感謝してやってもいいわ」

 ずっと頑張ってきたメイランを労うつもりで、シルリネアは彼をぎゅっと抱きしめた。


 メイランは呆気に取られ、なすがままに抱きしめられている。

 本当に、どうしたらいいのかわからなかった。


 ******


 ミルザード近くの荒れ地に、ザフィルはいた。

 彼は北を見ている。メイランたちのいる方向とは、まったく別の方角だ。

「……魔族」

 だいぶ殺したつもりだった。それでも、まだ残っている。

 まったく鬱陶しい。あいつらは、虚無の力を嗅ぎつけて寄ってくる。


 魔族は人間よりも数段上の存在とされ、地域によっては人間に崇拝されたり、貢ぎ物を捧げられたりする。

 だがザフィルの魔力は、その差を容易に覆して、なお余りあるものだった。

 万物に遍在する魔素(マナ)の歪みを嗅ぎつける魔物と、虚無を嗅ぎつける魔族。魔族は魔物を浅ましいと蔑むが、ザフィルに言わせれば同列の存在だった。

 邪魔だという一点において、何も変わりはしない。


 ザフィルは空間に身を溶け込ませ、移動した。魔族を感知した場所へ。

 空間の繋がりをねじ切り、魔族の眼前に姿を現す。

 魔族はひとり。人間の女性に近い姿をしているが、人間とは何かが決定的に違う。まとう空気が、本能的に警戒と恐怖を煽るようにできている。

 魔族は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐ笑顔になった。

 まるで、獲物を見た肉食獣のような笑みだ。

 それでもザフィルは、平然としている。

「さようなら」

 何の感情も乗らない口調で、彼は魔族にそう言った。次の瞬間、魔族はバラバラに切り裂かれ、猛炎に包まれる。

 悲鳴を上げる暇さえ与えられず、その魔族は灰となって消滅した。

 残されたのは、わずかな焦げ跡のみ。


 この魔族は、炎で消した。

「メイランは、どうすれば諦めるだろう」

 炎か、水か、それとも暴風か……。

 暴風。過去のルハサーンを思い出し、ザフィルの眉がかすかに寄った。

 初めて魔力を使い、暴走させ、寺院一帯を滅ぼした、ゴミ捨て場の出来事。

 あの時の兄の、必死で手をこちらに差し伸べる様子は、まだ目に焼き付いている。

 北大陸のあの村の、森から出てきたあの娘は、兄のように、それでいて憎しみと決意で燃えたぎる瞳をもって、こちらに手を伸ばした。

 あのふたりは、似ている。


 だからどうかその強さを、僕を殺す方向に向けてほしい。シルリネアのように。

 親愛の情なんて、向けないでほしい。

 そんなものは、とっくに忘れてしまっているから。

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