第34話 願い
「え……?」
シルリネアは、どう答えればいいのかわからなかった。
せっかく彼が、こんなに思い詰めた顔で、言ってくれているのに。
何か言え、そうでなくても反応を返せ。シルリネアは自分を叱咤する。
「ザフィルが……弟……?」
それなのに。嵐に翻弄されているような気持ちさえするのに。あまりにもつまらない言葉しか出なかった。
「そう」
メイランは落ち着いていた。ただ、悲しそうに微笑んでいる。シルリネアは必死で反論の言葉を探す。
「……でも、まだザフィルを見たことないでしょ」
「カルブの、あいつの子供の姿がさ……俺の記憶の中にいる弟とそっくりなんだよ……傷の場所も、痩せ方も、全部」
「でも、あなたの記憶の中にあった弟は、髪の色が違う」
「成長すると髪の色が変わるなんて、よくあることだろ。ショウランだって昔は金髪だったのに、今は栗色の方が近い」
「でも、ザフィルって名前じゃないでしょ?」
「俺のメイランって名前だって、青嵐で貰った名前だ。昔の名前は、忘れちまった。あっちも似たようなモンじゃねぇかな。あの時は子供だったから、生き延びるには誰かに拾って貰わなきゃだろ」
「でも…………」
言葉が続かない。もっと他に、否定する材料はないだろうか。
シルリネアが懸命に悩んでいる姿を見て、メイランは笑った……寂しそうに。
「ごめんな、シルリネア。でもミルザードまでは、一緒に行かせてほしい。その先は……任せるよ」
******
その後の移動は、あまりにもつまらなかった。
メイランはあまり変わっていないように見えるが、それがほんのうわべだけのことだと、シルリネアには理解できてしまう。
口数が減り、冗談が減った。笑顔は空虚で、無理やり張り付けたかのようだ。
それでも彼は、やるべきことをすべてこなしていた。心の強い人だ。シルリネアは、改めてそう思う。
体が頑丈なだけでなく、人付き合いが上手いだけでもなく、魔法が効かないだけでさえなく。彼は本当の意味で強いのだ。
その強さは、生来のものというだけでは説明がつかない。きっとメイランは、努力を怠らない人だ。
ミルザードに着く直前の、最後の休憩時間。
「ねえ」
シルリネアが、メイランに声をかけた。
「どうした?」
メイランが、平静を装って応じる。声が微かに震えていた。
「メイランは、ザフィルを探しているのよね?」
「うん」
「まだ会えてないのよね?」
「うん」
「じゃあ私たち、目的は一緒ね?」
「…………うん?」
メイランの声がうわずった。
「だから、ザフィルを探すっていう目的は一致してるよね? って聞いてるんだけど」
「……え、いや、ちょっと待って……そりゃあ探すってのは一致してるけど……え?」
混乱するメイランに、シルリネアは笑った。
「探した後は一致しないかもしれないけど、探すまでは一緒でもいいんじゃない? って言ってるの。私、メイランと一緒にいたほうが助かるし、それに、剣も弓もまだちゃんと習ってないし、何なら槍だって教えてほしい」
シルリネアが微笑む。メイランの呆然とした顔が、なんだか面白い。
「もちろんメイランが嫌じゃないのなら、だけど」
「嫌だなんて、そんなことない……」
メイランは緩慢に首を横に振った。
「じゃあ決まり。これからもよろしくね、メイラン」
握手を求めて差し出されたシルリネアの手を、メイランはほぼ無意識で握り返した。
シルリネアはニッコリと笑いながらメイランに近寄り、彼の胴にそっと腕を回す。
「生きてくれてありがとう、メイラン。私と出会ってくれて、ありがとう。私、メイランと出会えたことだけは、ザフィルに感謝してやってもいいわ」
ずっと頑張ってきたメイランを労うつもりで、シルリネアは彼をぎゅっと抱きしめた。
メイランは呆気に取られ、なすがままに抱きしめられている。
本当に、どうしたらいいのかわからなかった。
******
ミルザード近くの荒れ地に、ザフィルはいた。
彼は北を見ている。メイランたちのいる方向とは、まったく別の方角だ。
「……魔族」
だいぶ殺したつもりだった。それでも、まだ残っている。
まったく鬱陶しい。あいつらは、虚無の力を嗅ぎつけて寄ってくる。
魔族は人間よりも数段上の存在とされ、地域によっては人間に崇拝されたり、貢ぎ物を捧げられたりする。
だがザフィルの魔力は、その差を容易に覆して、なお余りあるものだった。
万物に遍在する魔素の歪みを嗅ぎつける魔物と、虚無を嗅ぎつける魔族。魔族は魔物を浅ましいと蔑むが、ザフィルに言わせれば同列の存在だった。
邪魔だという一点において、何も変わりはしない。
ザフィルは空間に身を溶け込ませ、移動した。魔族を感知した場所へ。
空間の繋がりをねじ切り、魔族の眼前に姿を現す。
魔族はひとり。人間の女性に近い姿をしているが、人間とは何かが決定的に違う。まとう空気が、本能的に警戒と恐怖を煽るようにできている。
魔族は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐ笑顔になった。
まるで、獲物を見た肉食獣のような笑みだ。
それでもザフィルは、平然としている。
「さようなら」
何の感情も乗らない口調で、彼は魔族にそう言った。次の瞬間、魔族はバラバラに切り裂かれ、猛炎に包まれる。
悲鳴を上げる暇さえ与えられず、その魔族は灰となって消滅した。
残されたのは、わずかな焦げ跡のみ。
この魔族は、炎で消した。
「メイランは、どうすれば諦めるだろう」
炎か、水か、それとも暴風か……。
暴風。過去のルハサーンを思い出し、ザフィルの眉がかすかに寄った。
初めて魔力を使い、暴走させ、寺院一帯を滅ぼした、ゴミ捨て場の出来事。
あの時の兄の、必死で手をこちらに差し伸べる様子は、まだ目に焼き付いている。
北大陸のあの村の、森から出てきたあの娘は、兄のように、それでいて憎しみと決意で燃えたぎる瞳をもって、こちらに手を伸ばした。
あのふたりは、似ている。
だからどうかその強さを、僕を殺す方向に向けてほしい。シルリネアのように。
親愛の情なんて、向けないでほしい。
そんなものは、とっくに忘れてしまっているから。




