第33話 告白の重さ
シルリネアが少女を癒してから程なくして、隊商の人員がやってきた。
メイランが頼んだ通り、馬とラクダに水を満載させて。
シルリネアは流れ落ち続ける脂汗を拭い、ゼェゼェと鳴る喉をどうにか落ち着かせるため、何度か深呼吸をした。外気は暑いはずなのに、少し寒い気がする。
「彼女は、すぐ目覚めると、思いますので……」
呼吸を整えながら、シルリネアは隊商に少女を引き渡す。
骨の軋むような痛みがあるが、折れたりはしていないだろう。とはいえ、全身にアザができているのは確実だ。
「姪のヤスミンを助けてくださり、ありがとうございます」
隊商の長という人物が、シルリネアとメイランに礼を言う。聞けば今回が、彼女の初めての長旅とのことだった。
彼は姪を溺愛しているのか、彼女を抱きしめて接吻の雨を降らせている。シルリネアは気まずくなり、目を逸らした方がいいのだろうかと周囲を見回した。
だがメイランを含め、他の人たちは誰も気にしていない。むしろ微笑ましく見ている雰囲気だ。
どうやらこういう習慣らしいとシルリネアは理解したが、それでもやはり、居心地の悪さを拭うことはできなかった。
姪への愛情表現を終えた後、隊商の長は改めて二人に挨拶をした。
「私はハリド、ジャバリ家のハリドです。ミルザードの商人です。どうかいつでも、我が家にお寄りください。私はこの通り旅に出がちですが、私がいなくても家の者が歓迎いたしますので」
ミルザード。これから向かおうとしている街だ。メイランが知る限りでは、最大級のオアシス都市でもあり、砂漠地帯の部族連合であるカル=ナハル砂王国の中心地でもある。
「……さっそくで悪いんだけど、その言葉に甘えてもいいかな。俺ら、これからミルザードに行こうと思ってんだ」
運んできてもらった水を使い、全身にこびりついた砂伏蛇の血と体液を大まかに洗い流しながら、メイランがハリドに尋ねた。
「ミルザードから先の情勢とか、ハリドさんの家で聞いてもいいかな」
ハリドはその言葉に、ぱっと表情を明るくした。
「もちろんですとも! 家の者に手紙を書きますので、それをお持ちください」
なんとも運がいい。メイランは引きの強さに感謝した。ミルザードから先はどう進むべきか、悩んでいるところだった。情報があれば、行くべき道も必然的に決まるだろう。
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隊商と別れ、ふたりは夜の砂漠を歩く。
シルリネアの全身が痛むので、歩調はゆっくりだ。シルリネアとしては、移動速度を落としてしまうのは不本意だったが、仕方がない。人命と引き換えたのだと思えば、意味のあることだ。
それでも、メイランには申し訳なく思う。
「ごめんね、メイラン」
シルリネアが謝ると、メイランはひとつ大きく笑った。
「全部認めるって言っただろ。ゆっくり歩くのも悪かないし、癒したことは悪いことじゃねぇだろ? なら、胸を張んな」
「……ありがとう」
噛み締めるように、シルリネアは微笑んだ。他人から認めてもらえることが、ここまで嬉しいなんて、思いもしなかった。
「ミルザードは、何もなければあと2日ぐらいで着くから」
休憩時間。メイランは、戦闘の疲れをまったく見せずに笑う。どんな体力をしているのか、シルリネアは常々不思議に思っていた。
それに加えて、この砂漠に対する慣れ。ルハサーン寺院に対する怯え。
「ねえ、聞いてもいい? 答えたくなければ、いつでもそう言って」
シルリネアが意を決して声を出すと、メイランは少しつらそうな顔をして……それでも微笑んだ。
「いいよ。何でも答える」
いつか来る話だ。メイランは腹を括った。
「ありがとう……。メイランは、ルハサーン寺院で生まれたの?」
「わかんねぇ。けど、最初の記憶がルハサーン寺院なのは間違いない。俺と弟は多分捨て子で、あそこで途中まで育った。……楽しいことは、ほとんどなかったけど」
楽しいことがなかった。その重い事実を、シルリネアは心に刻んだ。ルハサーン寺院は、そしてこの砂漠は、きっと彼にとって辛い土地なのだと。
「じゃあ、ファランさんたちとはどこで出会ったの?」
「ルハサーンが壊滅した後、かな」
「壊滅って……」
そういえば、ルハサーンはどうして廃墟になったのだろう。あんなに破壊し尽くされていたのは、なぜだろう。
破壊といえば、シルリネアが思いつくのは一人しかいない。あの月白色の……ザフィル。
メイランは困ったように笑った。
「よくわからねぇんだ。あの日、俺と弟は……まぁいつものことなんだが……暴力を受けててさ。あそこ、メシが足りなくて、子供の間で奪い合いになるんだ。奪い合って勝ち取ったメシさえ、さらに年上の奴らが奪っていくんだけど。とにかく腹が減ってるから、みんな気が立ってピリピリしてたよ」
あまりのことに、シルリネアは声を失った。何を話せばいいのかわからない。
メイランはシルリネアの反応を、眩しいものを見るように目を細めて眺めた。彼女の示す「普通」が、あまりにも美しいと思える。
「……そんな普通の、よくある日にさ、寺院の裏のゴミ捨て場のあたりで暴力を受けて、その日は特に酷かった気もするけど……。それより弟の方が酷くて、何とかできないかと手を伸ばしたら……ものすごい暴風? があって……俺、空に飛ばされたんだ」
メイランが苦笑する。
子供とはいえ、人が空を飛ぶほどの風なんて。シルリネアには想像もできなかった。
「飛ばされながら、寺院が、あの街が、破壊されていくのを見たよ。何もかも、本当に……弟とはその時に生き別れて、それっきり」
シルリネアは、彼の声を聞くことしかできない。メイランの体験を、どう理解すればいいのだろう。
メイランは話を続ける。
「それで俺は、どこかの泉に落ちたんだよ。だから生きてた。……何とか泉から這い出して、でも、どうすればいいのかわからなくて、しばらく立ち尽くしてたと思う……。そこにさ、青嵐、ええっと、ファラン姐たちの所属する組織の、親父……長、が偶然通りがかって、拾ってくれたんだ。それがファラン姐たちとの出会い」
メイランの表情が明るくなった。追憶が、辛い過去を通り抜けたのだろう。
「青嵐の連中は、ファラン姐とか見ればわかると思うけど、いい奴らばかりでさ。本当に感謝してるんだ。寺院は酷かったけど、その先は幸せで……。だから、弟が余計に気になって、探してて……」
メイランの笑顔が、だんだん悲しげに歪んでいく。
「だからさ、ごめんなシルリネア。……ザフィルが、俺の、弟で」




