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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第4章 砂に埋めてきたのに
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第29話 会いたい

 シルリネアが見た光は、思った通り陽光だった。崩れた階段があったので、慎重に上る。

 急に足元が崩れ、あわてて上の階段に取りすがった。その瞬間、ズキリと手のひらが傷んだ。尖った石で切れてしまったようだ。布を巻いて止血して、先に進む。

 階段をのぼると、そこは地上階のようだった。だが、瓦礫に阻まれて出口がない。仕方ないので、屋外に出られそうな場所がないか、探すことにした。


 石壁と瓦礫の隙間から差し込んでくる日差しが強い。砂漠の日中を彷彿とさせる。空気は乾燥していて、日陰が涼しい。砂漠の気候に近いと思えた。もしかしたら、あまり遠くには飛ばされなかったのかもしれない。

 それはシルリネアにとって、望外の光明だった。メイランとはもう会えないかもしれないと、半ば覚悟していたから。


 どうもこの場所は、完全な廃墟のようだった。建物は瓦礫と入り混じり、人の気配もまったくない。

 よくよく見れば瓦礫に混じって、立派な石像らしきものの欠片や、綺麗な彩色の施された陶片などがあった。シルリネアは、程よい大きさの陶片をひとつ拝借する。武器というには心許ないが、ナイフ代わりにはなりそうだ。


 瓦礫に埋もれかけた通路を苦心して進んでいると、足元にコツンと軽い感触があった。

 それを拾って陽光にかざしてみると、小さな木像のようだった。人の形を模して彫られている様子だが、非常に稚拙だ。子供が作ったのだろうか。シルリネアは、そのたどたどしさを無性に可愛らしく感じてしまい、木像を長衣のポケットに入れた。

 メイランに見せたい。見せて笑いあいたい。

 そのためにも、何としてもここを抜け出すんだ。


 ******


 足を進めるたびに、ルハサーン寺院が近付いてくる。

 メイランは、自分の足がすくむのを自覚した。しかし、逃げるわけにはいかない。


 寺院の瞑想室。静謐な名前とは裏腹に、そこはただただ恐怖の象徴だった。

 メイランは今でも、瞑想という単語を折檻や虐待の意味と取り違えることがある。それぐらい、恐ろしかった。

 何かあると、すぐ瞑想室に放り込まれ、閉じ込められた。悪いことをしなくても、ただ誰かの機嫌が悪いというだけで。ただそこにいたというだけで。

 光が差し込まない小さな地下室は、あまりにも恐ろしかった。時折どこからともなく、鼠やムカデなどの『お客さん』がやってくる。見えないのに、音だけが妙に響く。そして『お客さん』は、決まって幼いメイランをかじっていった。

 分厚い鉄の扉は、泣いても叫んでも、拳が血だらけになるまで叩いても、こちらの意思で開かれることはなかった。放り込んだ誰かの気が済むか、あるいは思い出すまで。もしくは——次の犠牲者が来るまで。いつまででも閉じ込められた。

 瞑想室の犠牲者は、メイランだけではなかった。他にもいた子供たちや、弟さえ逃れることはできなかった。皆、瞑想室と聞くと震え上がった。


 そこにシルリネアが入れられたという。聞くだけでゾッとする。

 せめて彼女には「お客さん」が来なければいい。メイランはそれだけを願った。


 カルブは、瞑想室という名前を知っていた。

 それがルハサーン寺院と結びつくと、どんな意味になるのかも知っていた。

 ということは、やはりザフィルは……弟なのだ。

 ザフィルはどうやって生きてきたのだろう。どうして魔法王国を滅ぼしたり、シルリネアの故郷を滅ぼしたりしたのだろう。

 わからないことだらけだ。


 やはり、弟と話がしてみたかった。

 しかしまだ、シルリネアにどう話せばいいのかわからない。

 彼女の仇が自分の弟だったなんて、どうやって伝えればいいのだろう。


 ******


 ザフィルはメイランの戸惑いを、カルブの記憶から理解した。

「忘れていれば良かったのに」

 兄が自分を覚えていた。それはきっと、兄にとってつらいことなのだろう。

 だから忘れてくれた方が、良かったのに。


 兄の執着を、断ち切る。

 そうすれば、彼も少しは楽になれるだろう。

「次は、あなたの前でやることにするよ……」

 圧倒的な破壊を見せる。完膚なき破壊を。

 だからどうか、諦めてほしい。

 あなたの知っている弟は、もういない。

 歪んで壊れた存在など、気にかけないでほしい。

 あなたは正しくて、まっすぐな人だから。


 ******


 シルリネアは、やっと外に出られそうな瓦礫の隙間を見つけた。

 彼女の腰ぐらいの高さにある、奇跡的なバランスで支えられた穴だった。

 下手に触れると、崩れてきて押し潰されるかもしれない。シルリネアは慎重に触れ、穴の強度を確かめた。多少強く叩いても崩れそうにないことを確認してから、思い切って穴に潜りこむ。

 腹ばいになって進むと、衣服のあちこちが引っかかり、切れる感触が伝わってきた。幸いなことに、動けなくなるほど引っかかることはなかったので、仕方のないことと割り切って進んでいく。

 穴の出口が近付くにつれ、気温が上がっていく。シルリネアのまわりを囲む瓦礫も温められているのか、巨大なオーブンで焼かれている気分になってくる。焼き殺されるのは嫌だったので、できるだけ急ぐことにした。

 程なく、穴の出口に手がかかった。彼女の動かなくなっていた左腕は、いつの間にかほとんど元通りになっている。色々なことが起きすぎたせいで、今まで気付かなかった。

 自由な両手に力をこめて、穴から自分を引っ張り出した。


 穴から転がり落ちるように抜け出したシルリネアは、どうにか立ち上がって周辺を見回した。

 一面が瓦礫の山だ。人の住んでいそうな様子もない。やはり完全な廃墟なのだろう。

「疲れたぁ……」

 そんな言葉が、思わずシルリネアの口をついて出た。

 空を見上げれば、太陽が高い位置にあった。一番暑い時間帯だ。

 手持ちの水は、あまり残っていない。

 ひとまず日陰に避難しよう。ついでに休もう。そう思い、シルリネアは休めそうな場所を探した。見渡す限り瓦礫だらけなので、すぐに良さそうな場所を見つけられた。

 上衣を脱ぎ、居場所にした瓦礫の山の日向側に吊るした。こうすれば、誰かが見つけてくれるかもしれない。

 上半身が下着だけになってしまったが、それも仕方のないことと諦める。羞恥心よりも、生きることが最優先だ。

 そこまで準備を整えてから、シルリネアは崩れ落ちるように眠った。


 もう、何も考えたくなかった。


 ******


 ルハサーンは見る影もなくなっていた。

 ほとんど面影がない。瓦礫以外、何もない。

 ここまで酷かったのかとメイランは驚きつつ、過去の自分の記憶を必死に引っ張り出した。

 確かオアシスの街だったはずだ。寺院を中心に栄える信仰の街だった記憶がある。

 だが今は、水の気配がまったくない。緑地がないし、木も生えていない。水脈が変わってしまったのだろうか。

 記憶の中で、オアシスのあったはずの場所に行ってみた。何もない。ただの砂地が広がっている。

 まずい。現実的な危機が、メイランの背中を冷たく撫でていった。

 水の補給ができないところに、長居することはできない。シルリネアの持っていた水は、どれぐらい残っていただろう。多くて二日、切り詰めて最大で三日。現実的には二日保つかどうかだろう。そろそろ危険域だ。


 急げ。メイランの心が彼を急き立てる。

 寺院を探す。あそこは広かった。広い敷地跡を見つければ、そこが寺院だ。瞑想室は寺院の地下にある。とにかく探すしかない。

 瓦礫を避けながら歩いていると、当時の街の区画割りをおぼろげに思い出してきた。体が道を覚えている。そう理解して感覚に身を委ねて歩くと、程なく崩れ落ちた門が見えてきた。門柱が大きい。かつては相当な規模だったことだろう。


 見つけた。


 寺院の正門だ。メイランは迷うことなく門の先に足を進めた。

 門の中も、無惨に崩れ落ちていた。かつては壮麗さを誇っていたのに。

 だがメイランにとって、寺院の壮麗さや豪華絢爛な様子など、どうでもよかった。今はシルリネアを見つけることしか考えていないし、かつてであっても、寺院の美しさに救われたことなどなかった。


 裏手に回ろうと早足で歩いていると、視界にヒラヒラと動くものが引っかかる。

 思わずその方向に目をやると、そこには青灰色の、女性用の上衣が瓦礫に引っかかって揺れていた。

「シルリネア!」

 思わず叫んだ。

 走って上衣に取り付き、布地の様子を見る。上衣はあちこちが裂けている。しかし、血はついていない。

 血の痕がないことに安堵する。改めて周囲を探すと……すぐに見つかった。


 シルリネアは、瓦礫の影で眠っていた。

 胸が上下している。生きている。砂埃で汚れているが、怪我もほとんどなさそうだ。

 メイランは慎重に膝を地面について、そっとシルリネアの様子を観察し。

 自分の腕の中に、掻き抱いた。

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