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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第3章 光輝のひずみ
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第22話 反抗心の向こう側

 メイランだけであれば、聖堂騎士団の囲みを突破できたかもしれない。

 少なくとも、試してみる価値はあると思えた。

 だが今は、シルリネアがいる。彼女を見捨てるなど、考えることすらできない。

 だからメイランはシルリネアの前に立ち、下馬した人物と向き合った。

「あんた隊長だな。その馬貸せよ。彼女は疲れてる、乗せろ」

 わざと居丈高に、荒い言葉を使った。連中の怒りや恨みを、すべて引き受けるために。


 嫌な状況だ。

 権力にものを言わせ、従わせようとする。

 大嫌いだ。

 不快すぎて、吐き気さえ催す。

 過去が重なる。あの頃は無力だった。でも今は違う。

 お前らの言いなりには、ならない。


 メイランの命令じみた言い分に、隊長が一瞬ひるんだ。そこを捉えて、さらに煽る。

「本当に聖女かもしれないお方を、お前は歩かせるのか? 神殿に忠誠を誓う聖堂騎士団が?」

「ちょっと……!」

 さすがに言い過ぎだと思ったか、シルリネアがメイランの服を引っ張った。

 メイランは、言い過ぎでちょうどいいと思っている。悪感情は、すべて自分に向ける。祈るような気持ちで、メイランはさらに悪口(あっこう)を連ねる。

 人生で初めて、生まれの悪さに感謝した。染み付いてしまった汚い言葉が、こんなに有効に使える機会もあまりない。

「ぼさっとすんな。ついて行ってやるって言ってんだよ。気が変わらないうちに、さっさと馬をよこせ。そうじゃねぇと暴れんぞ。お前らのうち、何人かは殺せる」

 嘘ではない。運が多少味方をすれば、全員殺せるかもしれないと、メイランは本気で思っている。

 説得力はあるはずだ。

 さすがに聖堂騎士団たちが色めき立つ。騎士団がメイランよりも弱いと言われたのだから、当然だ。

 感情の向き方に、メイランは満足した。

 だが、隊長はまだ冷静さを残していた。怒りにとらわれかけた騎士たちを、腕を掲げるだけで制する。

「……失礼しました。私の馬をお使いください」

 おそらく様々な感情を抑えているのだろう。低く絞り出すような声で、隊長は自分の馬をシルリネアに差し出した。

「遅ぇよ」

 メイランは隊長から手綱をひったくるように奪うと、シルリネアを抱きかかえて馬上に運んだ。左手が動かないのでは、まともに乗馬できないだろう。

 乗馬姿勢を伝える形を装って、動かない左手に手綱を握らせた。

「手綱のこのへんを握って……そう、背筋を伸ばして」

 乗馬した騎士たちが、周囲を取り囲んでいる。急に馬を暴れさせて逃亡を試みたとしても、阻止できるようにしているのだろう。

 逃げられるなんて思ってねぇよ。メイランは内心で唾棄しつつ、この隊長のことだけは、一目置いていた。


 あれだけ煽ったのに、まだ冷静さを残していた。口汚く罵られる機会なんて、滅多にないはずなのに。

 こいつはかなり手強い。


 ******


 王都全体を魔力の糸で覆い尽くしたザフィルは、カルブの目を使ってメイランたちの様子を追っていた。

「審問会……」

 その様子が、ザフィル自身の記憶と重なった。

 アステリア魔法王国の、あまりにも自己中心的な態度とよく似ている。


 状況と態度が似ているなら、結果も似通うだろう。

 つまり連中は、勝手な都合を勝手に押し付けようとする。

 アステリアは、恫喝と懐柔を繰り返し、地位と財産を持ち出した。

 どれも無価値でくだらないものだった。

 リュミエールは、どうだろう。恫喝だけだろうか。それとも……。


「馬鹿馬鹿しい」

 吐き捨てるように、呟いた。

 どちらも、何も見えていない愚者に過ぎない。


 ******


 シルリネアとメイランは、大神殿の一室にいた。

 丁重に案内されたといえば聞こえはいいが、実質は軟禁だ。

 荷物はすべて取り上げられた。もちろん武器も。

 室内の調度を見る限り、待遇はそこまで悪くない。ベッドとテーブル、椅子が1つずつあるきりだが、清掃が行き届いている。高位者の従者などにあてがう宿泊施設だろうか。


 当初はバラバラの部屋に案内されかけた。だが、シルリネアが強硬に抵抗した。

 メイランと騎士団の会話から自分の立場に察しをつけたシルリネアは、静謐を是とする神殿の中で、大声を出して抗議した。

 やり口は、メイランのものを真似た。

「ああそう、あなたたちは私を聖女だなんて言うのに、ちっとも尊重してくれないのね! いいわ、あなたたちのことは覚えておく!」

 シルリネアの言い分に、メイランは内心で大笑いして快哉を挙げた。そして彼もまた、シルリネアの勢いに便乗して、まくしたてた。

「お前らさぁ、まだ彼女は聖女じゃないって否定されてねぇよな? でも信者は、彼女のことを聖女って言ってるんだよな? ちゃんとした審判ナシで、同じ神を信仰する人たちの言葉を信じねぇのって、あんたらどうなってんの? まだ彼女が本当に聖女って可能性が残ってんの、わかってる? その人が別室は嫌だって言ってんだろ? じゃあやるこたぁ決まってるよな?」

 結果として、ふたりは同じ部屋に滞在する権利をもぎ取ったのだった。


「……いやぁ、最高だった。気持ちよかったぁ」

 部屋でふたりきりになった瞬間、メイランはしみじみと言った。

 思わずシルリネアが吹き出す。

「やりはじめたのはメイランでしょ」

「そうなんだけど、シルリネアがあそこまでうまいとはなぁ」

 言いながら、メイランはシルリネアの左手を見た。

「それ、どれぐらいで治りそう?」

「うーん……2、3日だと思うけど……腕の再生は初めてだから、よくわからなくて」

「そっか。どうせだし、治るまで休めるといいんだけど」

 だが、そうもいかないだろう。

 今日中か、遅くとも明日には、何らかの聴取が行われるはずだ。

 今できることは少ない。最善の選択は——。

「眠って、体力を温存しねぇとな。シルリネアも寝ちまえよ」

 ベッドをシルリネアに譲り、メイランは扉近くの床で横になった。


 ******


 日が暮れ始めた頃、ふたりが「滞在」している部屋の扉が開いた。

 数名の司祭たちが、何の遠慮もなく入ってくる。

 彼らの目的はシルリネアだけのようだ。メイランには目もくれない。


 傲慢な奴らだ。

 メイランの感覚が警戒を呼びかける。

 いきなり何かが起きる可能性がある。それはきっと、シルリネアを不利にするものだ。

 いつでも動けるよう、シルリネアの隣に移動した。


 シルリネアもまた、メイランを完全に無視してやってくる連中に、警戒心と不快感を抱いていた。

 メイランを無視していいはずがない、彼に謝れ。そう言いかけたが、口を開こうとした時に、メイランが横に立ってくれた。

 その安心感で、ひとまず言葉を飲み込んだ。それでも、不快な気持ちは拭えない。


「聖女を名乗っているのは、あなたですか?」

 挨拶も何もなく、いきなり司祭のひとりがシルリネアに問いかけた。

「違います」

 シルリネアが即座に否定する。

「あなたたちが、勝手にそう言っているだけです」

「先程神殿内で、聖女だと大騒ぎしたと聞きましたが」

「『あなたたちが聖女だと言う』とは言ったと思います。でも、私が聖女だとは言っていません」


 沈黙が落ちる。

 メイランは心の中で拍手喝采していた。

 毅然とした態度を取るシルリネアは、実に最高だった。ものすごくかっこいい。

 つまらないところで揚げ足を取ろうとする司祭たちは、あまりにも小者に見える。


 別の司祭が問いかける。

「あなたは光の神に仕えているのですか?」

「光の神は素晴らしいと思います。尊敬し、尊重していますが、仕えてはいません」

 完璧な回答だとメイランは思った。嘘をつかず、相手を貶めることもない。

 だが司祭たちは、それでは満足できなかったようだ。さらに質問を重ねる。

「あなたの癒しの力は、神に与えられたものですか?」

「違います。私の魔法は、私のものです」

「なぜあなたは強力な癒しの魔法を使えるのですか? 神に仕えてすらいないのに」

「……知りません。昔から使えました」


 了見が狭すぎる。彼らの常識から外れることを、一切許さない連中だ。

 メイランは警戒度を引き上げた。

 これだけ大規模な集団なら穏健派もいるはずなのに。

 つまらない尋問しかできないくせに、こいつらは全員、シルリネアに敵対的だ。

 結果ありきで動いている。

 つまり、シルリネアを陥れたい誰かがいる。


 司祭たちは目配せをしあった後、ひとりが進み出てきた。

「……では、あなたの使う『癒しの奇跡』について、詳しく調べる必要があります。しばしご滞在いただけますね?」

「いいえ。お断りします」


 司祭たちが凍りついた。

 シルリネアの反応を予期していなかったのだろう。メイランは司祭たちの傲慢さを心の中で罵倒しつつ、シルリネアを言葉の限り称えた。


「あなたたちがザフィル打倒に動いてくれることを、ヴェンツェルさんたちに伝えないといけないので」

 シルリネアはまっすぐな瞳で、問いかける司祭を見つめた。

「あなたを拘束します」

 司祭の言葉に、メイランが動いた。シルリネアを背中に庇い、司祭たちとの間に割り込む。

「勝手に盛り上がってるとこで悪ぃんだけど、俺の相手を先にしてくんねぇ?」

 神の力を源とする魔法は、対象を目視する必要があったはずだ。だから、シルリネアと司祭たちの間に自分がいれば、少なくともシルリネアを魔法から守れる。

「離れるな、絶対に」

 小声でシルリネアに指示を出した。了解の意味か、背中に手のひらがそっと押し付けられ、服ごとぎゅっと握られる感触がした。


 この感触があれば、何だってできる。

 メイランは、そんな気持ちになった。

 窮地だというのに、幸せさえ感じていた。

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