第23話 自由をこの手に
案の定、司祭たちは魔法を使ってきた。
おそらく拘束するための魔法だろう。しかし、メイランには通じない。
どんな魔法であろうとも、メイランの体は魔法を寄せ付けなかった。シルリネアの癒しを除いて。
おそらく司祭たちは、様々な魔法を試しているのだろう。実に多彩な詠唱の声が飛び交っている。それでも、メイランには一切通用しない。
「理の外にいる……!」
ひとりの司祭が驚愕の声を出した。なるほど、そういう考え方もできるのか。メイランは思わず感心してしまった。
確かに自分は、魔法が効かないというよりも、魔法の理の中に存在していないと表現した方が、正しいのかもしれない。
——とするとシルリネアの魔法は、魔法の理のさらに外にある魔法なのか?
ふとそんなことを思いついたが、メイランには考えてもよくわからない問題だったので、すぐ思考の外に追い出した。
それよりも、この場をどう切り抜けるかだ。
この建物から出るのは簡単だ。大神殿の敷地から出ることも可能だろう。
問題はその先。王都から外に出られるかどうか。
さらに言えば、リュミエールの外に出られるかどうか。
聖堂騎士団をはじめとした、機動力のある一団が追っ手になる可能性が高い。それをどうやって切り抜けるか。
まぁ、先のことはわからねぇか。
メイランはそう割り切ることにした。わからないことを考えても仕方がない。
背中のシルリネアを片手で支えつつ、手近にいた司祭を殴り飛ばした。
殴られた司祭は打ちどころが悪かったのか、倒れて動かなくなった。
「あんたたちは魔法を使った。きっと、俺に悪さをする魔法だ。だから俺は抵抗する。……これって、正当防衛だよな?」
ニッと笑ってみせた。純粋な暴力を見せつけられ、司祭たちがひるむ。
「ぼ、暴虐の徒……異端者め……!」
怒りに任せて司祭が叫んだ。
異端。ついに来たな。メイランはその言葉尻を捉える。
「異端って、あんたの一存で決められるんだっけ?」
異端の認定には手順がある。メイランはそれを知っていた。
数名の司祭ごときで決められる問題ではない。
光の神の敵であると「神託なし」で認定することが、そこまで軽々しいはずがない。
予想通り、感情に任せて異端と口走った司祭は、何も言い返せないようだった。
暴力に怯み、言い返すことさえできない。
どうしてこんな奴をよこしたのか。質が低すぎて笑いがこみあげてくる。
だが好機だ。この機会を逃がす手はない。
「じゃあそういうことで。もう用ないよな?」
メイランは意識して暴力的な表情を作り、室内にいる司祭たちをひとりずつ睨みつける。
全員を威圧してからシルリネアの腕を取り、一気に駆け出した。
******
「兄様、かっこいいなぁ」
うっとりした声で、カルブが言った。
メイランたちの立ち去った部屋の中、ベッドの下で。
のそりとベッドの下から這い出して、倒れている司祭のもとへ歩み寄る。
他の司祭たちはもういない。
恐怖に駆られて逃げたのか、怒りでメイランたちを追っているのか、それとも倒れた司祭を助けるために、応援を呼びに行ったのか……。
カルブには、どうでもよかった。
「ねえ、お前も主様の目になりなよ。楽しいよ」
カルブが司祭の胸に前足をかけた。すると、司祭が虚ろな目を開く。
「そうそう……すごくいい。次は起きて。主様の役に立ちなよ。ボクが繋いであげる」
司祭はよろけながら立ち上がる。まるで泥酔者のような有り様だ。
カルブは、司祭の意識をザフィルに繋いだ。
途端に、司祭から苦悶の声が漏れた。ザフィルから流れ込む莫大な力が、あっという間に司祭の意識を喰い潰していく。
やがて、苦悶の声が途絶える。司祭の意識は、一片も残らず消え去っていた。
そこにあるのは、ただの「モノ」と化した存在だった。
カルブがクスクスと笑う。
「主様、好きなだけ使って。こいつを……そして、ボクも……」
******
ザフィルは、カルブが独断で目を増やしたことを認識したが、さほど気に留めることもなかった。
念のため、脳に残された記憶を読み取ってみたが、実にくだらないことしか残っていない。
とはいえ、リュミエールの情報を定期的に送ってくる目と思えば、使える時もあるかもしれない。
このまま残して放っておくことにした。
こいつを目として維持するための魔力が必要になるが、その程度の魔力が差し引かれても、何の支障もなかった。
大海から水を1滴抜いたところで、気にすることがあるだろうか。
そもそも彼は、魔力が足りないという経験をしたことがなかった。
魔法を使えば魔力を消費し、いずれ魔力切れで魔法を使えなくなると言う。
魔力を回復するには、十分な休息が必要だと言う。
いずれも常識らしいが、ザフィルがそれを意識したことはない。
魔力は常にあり、なくなることはない。虚無の力のように、勝手にあふれ出すことがあったとしても。
そしてあふれ出した魔力が、世界中にあまねく存在する魔素を歪めるとしても。
「……そろそろ歪む……」
魔素の軋みを感じる。普段は歪みを避けるため、ひとつのところに留まらない。
だが、今はあえて留まっている。魔素を歪ませるために。
メイランを捕らえるなど、厚顔不遜極まりないじゃないか。
彼は常に、自由であるべきだ。
******
メイランは、大神殿の外に出た。
もちろんシルリネアも一緒だ。
ここまではできて当然の範疇。問題はこの先だ。
本当は、どこかに数日潜伏してから脱出したい。追っ手が出払った後に出た方が安全だし、シルリネアの左手の回復を待つこともできる。
だが今は、潜伏のあてがなかった。
港は当然押さえられているだろう。リヴァンティアや十王国に戻るなら、海路がもっとも手堅い。誰でも考えることだ。
陸路は山脈越えが厳しい。今のシルリネアでは無理だ。追っ手が徒歩であっても追いつかれる。
となると。
「……砂漠かぁ……」
思うところはあるが、仕方がない。今は追っ手を振り切ることが最優先だ。
「メイラン?」
シルリネアが怪訝そうに尋ねてきた。
「ああいや、なんでもない。ちょっと嫌なことを思い出しただけ。一旦南に抜けて、そのあと東の砂漠に行こう」
シルリネアが頷くのを確認して、先を急ぐ。
それにしても。
メイランは少し気になっていることを考えた。
日中の聖堂騎士団の手並みを考えると、そろそろ追ってきても良さそうなのに。
まったくその気配がない。
——ひょっとして、大神殿で何か起きたか?
月白色の影を見た気がしたが、そんなはずはない。
違う何か、たとえばシルリネアの尋問の不手際がバレて騒動になったとか、内部のいざこざがあったと考える方が自然だ。
いずれにせよ、今は考える必要のないことだった。




