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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第3章 光輝のひずみ
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第21話 錯綜

 シルリネアはメイランに体を委ね、ほっとため息をついた。

 彼は力強く、それでいて優しい。安心できる。

 やっと、視たものについて、思いを馳せる余裕が出てきた。


 ******


 その子は、巡礼者の一団の中にいた。

 大人たちと共に、街道を歩く様子が見える。

 しばらく歩くと、大人の誰かが休憩だと言った。

 皆が思い思いに腰をおろし、休憩する中で、その子はまだまだ元気いっぱいだった。

 つまらない、もっと遊びたい、もっと動きたい。そんな感情がシルリネアに流れ込む。

 座って休憩している大人たちの様子に飽きて、その子はこっそり一団から離れた。


 ちょっとした冒険のつもりだった。

 草むらに飛び込み、灌木の茂みを抜け、木々の間をすり抜けて走る。

 地面に寝転がってゴロゴロと左右に動き回り、その感触の面白さに夢中になった。

 木の洞に潜り込み、内側の手触りと香りを楽しむ。湿った土が気持ちよかった。

 木と土を十分に堪能した後、次は何をして遊ぼうかと考えていた。

 その時だった。

 褪紅色の瞳と、目があったのは。


 きれいな髪と目のおにいちゃん。

 その子は最初、そう思った。

 だが次の瞬間、尋常ならざる雰囲気を感じ取った。

 恐怖が小さな体を支配する。


 逃げなきゃ。

 本能的にそう考え、木の洞から飛び出した。

 飛び出したとたん、今まで潜っていた木が消滅した。音も立てず、何の予兆もなく。

 驚いて足がすくむ。その一瞬が、その子の左腕の運命を決めてしまった。

 木を消滅させた力が、左腕にも侵食してきた。

 感じたことのない異様な感覚に、どうしていいのかわからない。

 この状況でその子は、もっとも子供らしい行動をした。


 つまり、大声で泣いた。


 記憶はそこで途切れた。


 ******


「ザフィルだった……」

 シルリネアが、メイランに抱えられながら呟いた。

「後にして」

 メイランは、シルリネアの言葉を遮るように口を挟んだ。

「そうね……落ち着いたら」

 シルリネアも、それ以上言おうとはしなかった。


 メイランは群衆の波を強引に抜けて、大神殿を出た。

 それでも追いすがる人々を、路地を駆使して撒いた。

 こんなにしつこいのか。メイランはゾッとした。聖女と呼ばれることの重みが知れる。

 路地裏に干されていた布地を一枚拝借して、シルリネアの髪を覆った。彼女の鮮やかな黄金色の髪は、目立ちすぎる。


 宿の荷物を取りに行かず、このまま去るべきだろうか。地面を蹴りながらメイランは思案する。

 いや、宿に戻ろう。あそこでもう一度撒けるし、宿から近い街門を目指せばいい。

 仮に神殿が動くとしても、まだ時間がある。今なら手を回されていない。

 方針が決まれば、あとは動くだけだ。行動力には自信がある。

「荷物だけ回収してリュミエールを出る」

 シルリネアにそう告げると、彼女も頷いた。

「よし。歩けそう?」

「……多分」

 シルリネアの言い淀みが、メイランの直感に触れた。

 これから無理をさせるかもしれない。だから、今は無理をさせられない。

 メイランはシルリネアを一旦降ろし、有無を言わせず即座に背負った。

「ちょっと、メイラン……!」

 シルリネアが抗議の声を上げる。

「悪ぃ、髪だけ隠しといて」

 手短に謝って、メイランは走った。この方が早い。


 ******


 しくじったな。

 ザフィルはそう思った。

 あの子供が、メイランたちと関わるなんて。

「殺しておけばよかった」

 あまりにうるさい泣き声のせいで、虚無の力が止まってしまった。

 だから、あの子供は生き残ってしまった。

 生き残ってしまったから、メイランたちと絡まってしまった。

 そのせいで、くだらない国のくだらない騒動の中心になりつつある。


 大神殿の中で、彼女は聖女と呼ばれた。

 しかし彼女は、光の神から力を与えられた者ではない。

 神授の魔法を使わない者が、癒しを行える。しかも、神殿の司祭が無理だと断じた腕の再生を、実現してしまった。

 光の神の神殿が、この状況を見逃すはずがない。

 信仰の問題ではなく、政治的判断として。


 神のみが人を癒せるなどとうそぶき、癒しの魔法は信仰のみが成せる奇跡と虚言を弄し、信仰と癒しを管理しているつもりの愚か者ども。

 彼らがシルリネアの魔法の存在を、受容できるとは思えない。


 リュミエールの王都に向けて、魔力の糸を伸ばした。

 王都全体に、光の神に由来する防御結界が張られている。だがザフィルは、結界を容易に溶かして進む。

 王都に侵入した後は、糸を無数に枝分かれさせた。

 誰に気付かれることもなく、ザフィルの探査魔法が王都を覆い尽くしていく。

 王都にいるすべての存在の感触が、糸を通して伝わってくる。人間だけでなく、家畜や犬猫、鼠、鳥、虫に至るまで、あらゆるものが糸を揺らした。

 それでも唯一、探査の途切れる場所がある。

「メイラン……」

 メイランの周囲だけが、ザフィルの魔力干渉を完全に拒んでいる。

 ここまで完全に魔力を遮断されたのは、初めてだった。うっすらと、口の端に笑みが広がる。

 メイランなら、僕を殺してくれるだろうか。


 ******


 メイランは宿に戻り、手早く準備をした。

 まず、宿に2泊の料金を支払った。宿泊するのではなく、撹乱のために。

 ふたり分の荷物をまとめ、部屋のある2階の窓から下に落とす。

 メイランは窓から飛び降り、シルリネアはごく普通に宿の外へ出した。

 宿の裏手でシルリネアと合流し、メイランはふたり分の荷物を担ぐ。彼女の負担を減らすために。

「よし、ちょっと急ぐぞ」

 足早に道を歩く。まずは最寄りの街道に出るつもりだった。

 シルリネアの顔色が悪い。彼女の体力は、どこまで保つだろう。馬を買って……いや、東の砂漠地帯に逃げ込めば……。


 砂漠という単語につられて、不快極まる記憶が浮かんできた。メイランは慌てて記憶を忘却の彼方に追い払い、封じ込めた。

 今はそんなことを考えている場合ではない。


 王都から出る直前。

 背後から物々しい馬蹄の音が聞こえてきた。光の神の神殿に属する、聖堂騎士団だ。

「あんなのまで出てくるのかよ」

 メイランが悪態をついた。思った以上の重大事になっているらしい。それとも、こいつらは暇人と野次馬の集まりなのだろうか。

 それに……今の状態では、馬を使う一団から逃げられないだろう。

「ごめん」

 メイランはシルリネアに謝った。彼女を安全な場所まで連れて行けなかったから。

「私たち、何も悪いことなんてしてないのに。どうして追われないといけないの?」

 シルリネアは疲労を隠せない。だが、憤然とした表情も隠さない。

 そのまっすぐさに、メイランは思わず笑ってしまった。わずかだが、救われた気分になる。

「……だよなぁ。言う通りだ。後は、使節って肩書がどこまで効くか」

 とはいえ亡国の使節なので、「自称使節」と大差はない。あまり期待しない方がよさそうだ。


 聖堂騎士団の一隊が、シルリネアたちの前で止まった。

 隊長らしき人物が下馬し、丁寧な所作で一礼する。

「お伺いしたいことがあります。ご同道ください」

 言葉しか丁寧じゃねぇぞ。メイランは心の中で毒づいた。

「ご同道」願う奴らが、なんで重装備で俺らを取り囲んでるんだよ。

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