第21話 錯綜
シルリネアはメイランに体を委ね、ほっとため息をついた。
彼は力強く、それでいて優しい。安心できる。
やっと、視たものについて、思いを馳せる余裕が出てきた。
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その子は、巡礼者の一団の中にいた。
大人たちと共に、街道を歩く様子が見える。
しばらく歩くと、大人の誰かが休憩だと言った。
皆が思い思いに腰をおろし、休憩する中で、その子はまだまだ元気いっぱいだった。
つまらない、もっと遊びたい、もっと動きたい。そんな感情がシルリネアに流れ込む。
座って休憩している大人たちの様子に飽きて、その子はこっそり一団から離れた。
ちょっとした冒険のつもりだった。
草むらに飛び込み、灌木の茂みを抜け、木々の間をすり抜けて走る。
地面に寝転がってゴロゴロと左右に動き回り、その感触の面白さに夢中になった。
木の洞に潜り込み、内側の手触りと香りを楽しむ。湿った土が気持ちよかった。
木と土を十分に堪能した後、次は何をして遊ぼうかと考えていた。
その時だった。
褪紅色の瞳と、目があったのは。
きれいな髪と目のおにいちゃん。
その子は最初、そう思った。
だが次の瞬間、尋常ならざる雰囲気を感じ取った。
恐怖が小さな体を支配する。
逃げなきゃ。
本能的にそう考え、木の洞から飛び出した。
飛び出したとたん、今まで潜っていた木が消滅した。音も立てず、何の予兆もなく。
驚いて足がすくむ。その一瞬が、その子の左腕の運命を決めてしまった。
木を消滅させた力が、左腕にも侵食してきた。
感じたことのない異様な感覚に、どうしていいのかわからない。
この状況でその子は、もっとも子供らしい行動をした。
つまり、大声で泣いた。
記憶はそこで途切れた。
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「ザフィルだった……」
シルリネアが、メイランに抱えられながら呟いた。
「後にして」
メイランは、シルリネアの言葉を遮るように口を挟んだ。
「そうね……落ち着いたら」
シルリネアも、それ以上言おうとはしなかった。
メイランは群衆の波を強引に抜けて、大神殿を出た。
それでも追いすがる人々を、路地を駆使して撒いた。
こんなにしつこいのか。メイランはゾッとした。聖女と呼ばれることの重みが知れる。
路地裏に干されていた布地を一枚拝借して、シルリネアの髪を覆った。彼女の鮮やかな黄金色の髪は、目立ちすぎる。
宿の荷物を取りに行かず、このまま去るべきだろうか。地面を蹴りながらメイランは思案する。
いや、宿に戻ろう。あそこでもう一度撒けるし、宿から近い街門を目指せばいい。
仮に神殿が動くとしても、まだ時間がある。今なら手を回されていない。
方針が決まれば、あとは動くだけだ。行動力には自信がある。
「荷物だけ回収してリュミエールを出る」
シルリネアにそう告げると、彼女も頷いた。
「よし。歩けそう?」
「……多分」
シルリネアの言い淀みが、メイランの直感に触れた。
これから無理をさせるかもしれない。だから、今は無理をさせられない。
メイランはシルリネアを一旦降ろし、有無を言わせず即座に背負った。
「ちょっと、メイラン……!」
シルリネアが抗議の声を上げる。
「悪ぃ、髪だけ隠しといて」
手短に謝って、メイランは走った。この方が早い。
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しくじったな。
ザフィルはそう思った。
あの子供が、メイランたちと関わるなんて。
「殺しておけばよかった」
あまりにうるさい泣き声のせいで、虚無の力が止まってしまった。
だから、あの子供は生き残ってしまった。
生き残ってしまったから、メイランたちと絡まってしまった。
そのせいで、くだらない国のくだらない騒動の中心になりつつある。
大神殿の中で、彼女は聖女と呼ばれた。
しかし彼女は、光の神から力を与えられた者ではない。
神授の魔法を使わない者が、癒しを行える。しかも、神殿の司祭が無理だと断じた腕の再生を、実現してしまった。
光の神の神殿が、この状況を見逃すはずがない。
信仰の問題ではなく、政治的判断として。
神のみが人を癒せるなどとうそぶき、癒しの魔法は信仰のみが成せる奇跡と虚言を弄し、信仰と癒しを管理しているつもりの愚か者ども。
彼らがシルリネアの魔法の存在を、受容できるとは思えない。
リュミエールの王都に向けて、魔力の糸を伸ばした。
王都全体に、光の神に由来する防御結界が張られている。だがザフィルは、結界を容易に溶かして進む。
王都に侵入した後は、糸を無数に枝分かれさせた。
誰に気付かれることもなく、ザフィルの探査魔法が王都を覆い尽くしていく。
王都にいるすべての存在の感触が、糸を通して伝わってくる。人間だけでなく、家畜や犬猫、鼠、鳥、虫に至るまで、あらゆるものが糸を揺らした。
それでも唯一、探査の途切れる場所がある。
「メイラン……」
メイランの周囲だけが、ザフィルの魔力干渉を完全に拒んでいる。
ここまで完全に魔力を遮断されたのは、初めてだった。うっすらと、口の端に笑みが広がる。
メイランなら、僕を殺してくれるだろうか。
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メイランは宿に戻り、手早く準備をした。
まず、宿に2泊の料金を支払った。宿泊するのではなく、撹乱のために。
ふたり分の荷物をまとめ、部屋のある2階の窓から下に落とす。
メイランは窓から飛び降り、シルリネアはごく普通に宿の外へ出した。
宿の裏手でシルリネアと合流し、メイランはふたり分の荷物を担ぐ。彼女の負担を減らすために。
「よし、ちょっと急ぐぞ」
足早に道を歩く。まずは最寄りの街道に出るつもりだった。
シルリネアの顔色が悪い。彼女の体力は、どこまで保つだろう。馬を買って……いや、東の砂漠地帯に逃げ込めば……。
砂漠という単語につられて、不快極まる記憶が浮かんできた。メイランは慌てて記憶を忘却の彼方に追い払い、封じ込めた。
今はそんなことを考えている場合ではない。
王都から出る直前。
背後から物々しい馬蹄の音が聞こえてきた。光の神の神殿に属する、聖堂騎士団だ。
「あんなのまで出てくるのかよ」
メイランが悪態をついた。思った以上の重大事になっているらしい。それとも、こいつらは暇人と野次馬の集まりなのだろうか。
それに……今の状態では、馬を使う一団から逃げられないだろう。
「ごめん」
メイランはシルリネアに謝った。彼女を安全な場所まで連れて行けなかったから。
「私たち、何も悪いことなんてしてないのに。どうして追われないといけないの?」
シルリネアは疲労を隠せない。だが、憤然とした表情も隠さない。
そのまっすぐさに、メイランは思わず笑ってしまった。わずかだが、救われた気分になる。
「……だよなぁ。言う通りだ。後は、使節って肩書がどこまで効くか」
とはいえ亡国の使節なので、「自称使節」と大差はない。あまり期待しない方がよさそうだ。
聖堂騎士団の一隊が、シルリネアたちの前で止まった。
隊長らしき人物が下馬し、丁寧な所作で一礼する。
「お伺いしたいことがあります。ご同道ください」
言葉しか丁寧じゃねぇぞ。メイランは心の中で毒づいた。
「ご同道」願う奴らが、なんで重装備で俺らを取り囲んでるんだよ。




