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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第3章 光輝のひずみ
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第19話 光に託す

 船は順調に海路を進み、リュミエール神聖王国に到着した。

 久しぶりの揺れない地面に安堵しつつ、シルリネアは船でのささやかなやり取りを思い出した。


 船の中、メイランはバラバラに分解していた鎧を組み立てる。

 細かな革の板を組み合わせ、つなぎ合わせて作られた鎧だった。シルリネアは、メイランの作業を興味深く見守っている。

「初めて見る形の鎧かも」

 メイランの鎧を示して、シルリネアが言う。メイランは、組み立てる手を休めずに答えた。

「ずっと東の方の……青嵐(せいらん)……ええっと、ファラン姐やショウランとかの拠点のあるあたりの鎧。確かにこっちでは、あんま見ねぇよな」

 部品が細かいので、体の動きを阻害しにくい。分解して持ち運ぶことができるところも、気に入っている。

「便利そうな鎧なのに、嫌そうな顔してる」

 シルリネアが苦笑する。メイランも同じように苦笑した。

「比較的動きやすいだけで、やっぱり動きにくいからなぁ。でも、シルリネアにだけ窮屈な鎧を着せるのも悪いだろ」

「そんなことないのに」

 シルリネアは思わず笑ってしまった。メイランは、妙なところで義理堅い。


 結局メイランは、シルリネアと揃えるように、胸甲だけ組み立てて身にまとっていた。部品はまだ残っていたので、本当に最低限なのだろう。

 それでも、見慣れないものを身に着けたメイランは、なんだか新鮮に見えた。

 メイランと並んで歩きつつ、シルリネアはこっそり彼の姿を盗み見る。そのたびに、なぜか笑いが込み上げてきた。

 毎回笑いを隠すのに苦労するのだが、不思議と何度も見たくなってしまう。

 メイランはシルリネアの様子に気付いていたが、彼女がとても楽しそうなので、そのままにしておくことにした。

 肩を小刻みに揺らしながら笑いを噛み殺す様子を、ずっと見ていたいとさえ思っていた。


 ******


 ヴェンツェルの書簡を持って大神殿に行き、大司祭に面会を申し込むと、いとも簡単に面会が許可された。

 どうやら面会を申請する時に、光の神の魔法で真偽の判定が行われたらしい。

 シルリネアに任せてよかったと、メイランは密かに胸を撫で下ろす。魔法が効かない体質のメイランでは、要らぬ疑惑を生んだかもしれない。

 大司祭のもとまで案内される途中、メイランはシルリネアにそっと囁いた。

「大司祭との会話を任せていい? さっきみたいに、魔法で真偽判定とかされるとさ」

「……わかった」

 シルリネアもすぐに事情を察し、頷いた。


 神意の代行者である大司祭は、疲れた顔の老人だった。

 重圧に潰された顔をしていると、シルリネアは思った。休んでください。そう何度か言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 潰されてもなお、その立場にあらねばならないというのは、とても残酷なことのように思える。

 メイランは、覇気のない老人だと思った。長年培ってきたものなのか、威厳はある。声もまだ通る。好々爺の路線でいけばよさそうなのに、かなり無理をして超然たる態度を取ろうとして……失敗している。

 こりゃあ代替わりも近いな、とメイランは不敬なことを考えた。


「ザフィル……」

 書簡を読みながら、大司祭が呟いた。

「神意をいただく準備をせよ。この者について、神にお伺いを立てねばならぬ」

 大司祭のしゃがれた声が、この場をざわめかせた。周囲にいた司祭たちが、慌ただしく去っていく。

「ご使者の方々も、証人としてご列席願いたい」

 大司祭が告げた。依頼という形を取った、強制だった。


 ******


 場を清める儀式の後、神託の儀の準備が整えられた。

 定められた供物を聖別し、祭壇にうやうやしく並べる。光の神の力を最大限に得るためか、窓という窓がいっぱいに開け放たれた。

 シルリネアとメイランは、祈りを捧げる大司祭の背中を見ている。


 妙なことになったな、とメイランは思った。神託というのは、どんなことが伝えられるのだろうか。

 ザフィルについて神意を得ると言っていた。神と会話をするならば、魔法的な手順が必要になるはずだ。魔法を受け付けない自分の存在が、何らかの問題にならなければいいと、密かに願う。

 正確には、シルリネアが巻き込まれないよう、願っていた。


 シルリネアもまた、困惑を隠せないでいた。まさかこんな儀式を見ることになるなんて。神の声を聞く儀式なんて、見たことがない。興味はあるが、自分が見ていいものなのかという不安もある。

 しかし大司祭の意志もあるので、今は大人しくすべきだと判断していた。


 低く響く大司祭の祈りが、突如途絶えた。

 続いて、大きな柔らかい光が大司祭を包みこむ。

 大司祭は光に包まれたまま、恍惚とした表情を浮かべている。今まさに、神託を受けているのだろうか。

 しばらくして、光がゆっくりと消えていった。それと同時に、大司祭には疲労が色濃く現れる。

「神託は得られた……」

 疲労にあえぎながらも、確信を持った老人の言葉に、周囲の者たちが居住まいを正す。

「すべてを無に帰す虚無の力を滅すべし」

 神託は厳かに告げられた。

「悲しくも倒れた魔法王国に祝福を。我々は、彼らの味方である」

 場が、声なき興奮に支配された。


 リュミエールがザフィル打倒に動く。

 その判断をくだした場に、シルリネアとメイランは居合わせた。

 シルリネアは歓喜に震えた。仲間が増えた。ザフィルを敵とみなす仲間が。

 早くヴェンツェルさんに知らせたい。興奮で、いてもたってもいられない。


 一方のメイランは、胸の内に不安が渦巻いていた。密かに拳を握りしめる。指の力で皮膚が破れ、手のひらにうっすらと血がにじんだ。

 ザフィル打倒に、国家が動く。滅んだ王国の遺臣数名などではなく、現存する大きな国が、膨大な信徒を抱える神殿が、その意志を示した。

 わかっていた。ヴェンツェルがそれを望んでいたことも、シルリネアがそれを喜ぶことも。

 それでも——。


 ザフィルはきっと、俺の弟なのに——。

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