第19話 光に託す
船は順調に海路を進み、リュミエール神聖王国に到着した。
久しぶりの揺れない地面に安堵しつつ、シルリネアは船でのささやかなやり取りを思い出した。
船の中、メイランはバラバラに分解していた鎧を組み立てる。
細かな革の板を組み合わせ、つなぎ合わせて作られた鎧だった。シルリネアは、メイランの作業を興味深く見守っている。
「初めて見る形の鎧かも」
メイランの鎧を示して、シルリネアが言う。メイランは、組み立てる手を休めずに答えた。
「ずっと東の方の……青嵐……ええっと、ファラン姐やショウランとかの拠点のあるあたりの鎧。確かにこっちでは、あんま見ねぇよな」
部品が細かいので、体の動きを阻害しにくい。分解して持ち運ぶことができるところも、気に入っている。
「便利そうな鎧なのに、嫌そうな顔してる」
シルリネアが苦笑する。メイランも同じように苦笑した。
「比較的動きやすいだけで、やっぱり動きにくいからなぁ。でも、シルリネアにだけ窮屈な鎧を着せるのも悪いだろ」
「そんなことないのに」
シルリネアは思わず笑ってしまった。メイランは、妙なところで義理堅い。
結局メイランは、シルリネアと揃えるように、胸甲だけ組み立てて身にまとっていた。部品はまだ残っていたので、本当に最低限なのだろう。
それでも、見慣れないものを身に着けたメイランは、なんだか新鮮に見えた。
メイランと並んで歩きつつ、シルリネアはこっそり彼の姿を盗み見る。そのたびに、なぜか笑いが込み上げてきた。
毎回笑いを隠すのに苦労するのだが、不思議と何度も見たくなってしまう。
メイランはシルリネアの様子に気付いていたが、彼女がとても楽しそうなので、そのままにしておくことにした。
肩を小刻みに揺らしながら笑いを噛み殺す様子を、ずっと見ていたいとさえ思っていた。
******
ヴェンツェルの書簡を持って大神殿に行き、大司祭に面会を申し込むと、いとも簡単に面会が許可された。
どうやら面会を申請する時に、光の神の魔法で真偽の判定が行われたらしい。
シルリネアに任せてよかったと、メイランは密かに胸を撫で下ろす。魔法が効かない体質のメイランでは、要らぬ疑惑を生んだかもしれない。
大司祭のもとまで案内される途中、メイランはシルリネアにそっと囁いた。
「大司祭との会話を任せていい? さっきみたいに、魔法で真偽判定とかされるとさ」
「……わかった」
シルリネアもすぐに事情を察し、頷いた。
神意の代行者である大司祭は、疲れた顔の老人だった。
重圧に潰された顔をしていると、シルリネアは思った。休んでください。そう何度か言いかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
潰されてもなお、その立場にあらねばならないというのは、とても残酷なことのように思える。
メイランは、覇気のない老人だと思った。長年培ってきたものなのか、威厳はある。声もまだ通る。好々爺の路線でいけばよさそうなのに、かなり無理をして超然たる態度を取ろうとして……失敗している。
こりゃあ代替わりも近いな、とメイランは不敬なことを考えた。
「ザフィル……」
書簡を読みながら、大司祭が呟いた。
「神意をいただく準備をせよ。この者について、神にお伺いを立てねばならぬ」
大司祭のしゃがれた声が、この場をざわめかせた。周囲にいた司祭たちが、慌ただしく去っていく。
「ご使者の方々も、証人としてご列席願いたい」
大司祭が告げた。依頼という形を取った、強制だった。
******
場を清める儀式の後、神託の儀の準備が整えられた。
定められた供物を聖別し、祭壇にうやうやしく並べる。光の神の力を最大限に得るためか、窓という窓がいっぱいに開け放たれた。
シルリネアとメイランは、祈りを捧げる大司祭の背中を見ている。
妙なことになったな、とメイランは思った。神託というのは、どんなことが伝えられるのだろうか。
ザフィルについて神意を得ると言っていた。神と会話をするならば、魔法的な手順が必要になるはずだ。魔法を受け付けない自分の存在が、何らかの問題にならなければいいと、密かに願う。
正確には、シルリネアが巻き込まれないよう、願っていた。
シルリネアもまた、困惑を隠せないでいた。まさかこんな儀式を見ることになるなんて。神の声を聞く儀式なんて、見たことがない。興味はあるが、自分が見ていいものなのかという不安もある。
しかし大司祭の意志もあるので、今は大人しくすべきだと判断していた。
低く響く大司祭の祈りが、突如途絶えた。
続いて、大きな柔らかい光が大司祭を包みこむ。
大司祭は光に包まれたまま、恍惚とした表情を浮かべている。今まさに、神託を受けているのだろうか。
しばらくして、光がゆっくりと消えていった。それと同時に、大司祭には疲労が色濃く現れる。
「神託は得られた……」
疲労にあえぎながらも、確信を持った老人の言葉に、周囲の者たちが居住まいを正す。
「すべてを無に帰す虚無の力を滅すべし」
神託は厳かに告げられた。
「悲しくも倒れた魔法王国に祝福を。我々は、彼らの味方である」
場が、声なき興奮に支配された。
リュミエールがザフィル打倒に動く。
その判断をくだした場に、シルリネアとメイランは居合わせた。
シルリネアは歓喜に震えた。仲間が増えた。ザフィルを敵とみなす仲間が。
早くヴェンツェルさんに知らせたい。興奮で、いてもたってもいられない。
一方のメイランは、胸の内に不安が渦巻いていた。密かに拳を握りしめる。指の力で皮膚が破れ、手のひらにうっすらと血がにじんだ。
ザフィル打倒に、国家が動く。滅んだ王国の遺臣数名などではなく、現存する大きな国が、膨大な信徒を抱える神殿が、その意志を示した。
わかっていた。ヴェンツェルがそれを望んでいたことも、シルリネアがそれを喜ぶことも。
それでも——。
ザフィルはきっと、俺の弟なのに——。




