第18話 光の呼ぶ先に
「ちょっと軽めで、木剣と同じぐらいの長さが目安。間合いを木剣で覚えてるはずだから。刃の状態は無視、どうせ後で研ぐんだ。研げそうにないやつは、最初から弾いてる」
市場の武器屋。
シルリネアは、メイランに選り分けてもらった何本かの剣を前にして、選び方を教えてもらっていた。
軽め、木剣と同じぐらいの長さ、刃の状態は無視。
頭の中で何度も繰り返しながら剣を手に取っていくと、条件に合うものが3本残った。
「よし、気に入ったやつを俺の方に向けて軽く振ってみな。振りやすいと思ったやつが、シルリネアに合う剣」
当てる気がないにしても、実際の刃をメイランに向けるのは抵抗がある。しかし、そんなことを言っていて、剣を使えるようになるはずがない。だからシルリネアは、深呼吸して自分を落ち着かせてから、慎重に刃を向けた。
「そうそう」
メイランは笑顔だ。この人は、どれだけ剣を相手に向け、あるいは向けられてきたのだろう。刃が眼前に迫っても、彼はまったく動揺しない。
——このまま突いたら、メイランを殺してしまいそうなのに。
もちろんそんな心配はない。メイランの実力に、シルリネアでは到底及ばない。
頭では理解している。なのに不安は拭えない。それでも、万が一、何かあったら……。
「ぼーっとすんな」
メイランから叱咤され、はっとする。
「刃があるんだ、危ねぇぞ」
「……ごめんなさい」
メイランの言うことはもっともだ。余計な考えに没頭しないよう、思考の向きを意識的に変える。
何も考える必要はない。メイランは怪我なんてしない。
だって彼は、私よりもずっと強いから。
もし怪我をさせてしまっても、私が癒せばいい。
それなら大丈夫、私に返ってくるだけ、私が痛いだけ。
癒しという慣れた方法と感覚にすがりながら、シルリネアは剣に集中した。
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シルリネアは、最終的に1本の剣を選んだ。
細身で短めの剣だ。さすがに軽すぎるような気もする。メイランにそのことを言うと、彼は笑った。
「腕が上がらないぐらい疲れてても、振れそうなやつがいいんだよ。でかいのやら重いのやら持ったところで、土壇場で使えなかったら意味がない」
だから、この剣に決めた。
その後、弓も買うことができた。練習する必要があるので、矢も安いものを多めに買った。
「船代が浮いたからなぁ。大執政様々だ」
代金を支払い、残っている硬貨を数えながら、メイランが言う。
「鎧もいけるな。革の胸当てぐらいは、あった方がいいかも」
「リュミエールってそんなに物騒なの?」
急に武装を整えはじめたメイランを、シルリネアは怪訝そうに見る。今までは、鎧なんて話題にも出なかったのに。
「うーん……物騒ってより、あっちは宗教的な縛りが強くてなぁ……」
説明の言葉を探しながら、メイランが話を続ける。
「あっちでは、光の神の意志に沿っていると『みなされた』ものしか買えねぇんだよ。だから、使いそうなものを買うなら今のうち。少し買いすぎぐらいでもいい」
「『みなされた』って……?」
「神殿の力が強くてさ、神殿が許可しないと何もできねぇの。王様だって、神託で選ばれるお国柄」
「そうなんだ……」
話を聞くだけだと、なにやら窮屈な国に思える。しかし、そこで暮らす人々にとっては、その窮屈さが良いのかもしれない。
知らないことばかりだ。いつになったら、メイランみたいに軽々と世界を歩けるようになるのだろう。
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結局メイランは、シルリネアに革の胸当てを買った。
本当は手甲やすね当てなども買いたかったが、いきなり全部身につけて歩けというのも、酷なように思える。慣れない胸当てに戸惑うシルリネアを見ながら、メイランは我が身を振り返る。
——俺も鎧、出した方がいいよなぁ。
実はメイラン自身、鎧が苦手だった。
動きが阻害されることが、どうしても好きになれない。
それでも必要な時はあるので、やむなく持ち歩いているのが現状だ。メイランは、荷物袋の奥底で分解されて眠っている鎧と、それを作った職人に思いを馳せた。
旅立ちの別れ際、押し付けるように渡された鎧。
使わないと言ったのに……。
みんな、お人好しなんだよなぁ。
懐かしく温かい思い出が、メイランを優しく包みこんだ。
この温もりがあれば、どこにだって行ける。
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執政府が手配してくれた船は、リュミエールへの巡礼者を乗せる旅客船だった。
貨物船の積荷が、人間になっただけみたいだ。船内を見て、シルリネアはそう思った。一人に与えられる居住空間は、寝床を含めても非常に狭い。荷物を置いたら、寝る場所の確保で精一杯だ。
とはいえ、シルリネアとメイランは待遇が良かった。雑魚寝ではなく、狭いながらも二人部屋を割り当てられた。さすがは執政府の手配ということだろう。
「……なんだか、悪いみたい」
割り当てられた部屋に行くには、雑魚寝の大部屋を通るしかない。それも少し憂鬱で、気後れしてしまう原因だった。
通るたび、大部屋の人たちの視線を感じる。なんでお前たちだけが優遇されているのかと、たくさんの目が訴えてくる。
シルリネアがその気持ちをメイランに打ち明けると、メイランは微笑み、シルリネアの背中を軽く叩いた。縮こまった彼女の背筋を、伸ばすかのように。
「気にすんな、堂々とした方がいい」
メイランの言い分は理解できる。それでも、大部屋で苦労している老人や子供を見ると……。
いけない。シルリネアは思考を振り払った。同情のしすぎは悪い癖だ。こんなことでは、いざという時に判断が鈍ってしまう。
たとえば、ザフィルに同情するようなことがあったら……百害あって一利なしだ。
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リヴァンティアの港から、リュミエールへの巡礼船が出港した。
岸壁を離れつつある船の姿を、港の物陰から月白色の子犬が見ている。
月白色の髪を持つ少年もまた、子犬の目を使ってその光景を見ていた。
「リュミ、エール……」
少年——ザフィルが呟いた。
「光の神、結界、束縛、癒し、奇跡……異端……」
目を閉じて、わずかの間、思案する。
「カルブ、メイランを追え」
子犬に一方的な指示を出し、何の反応も待たずに接続を切った。
「あなたたちには、相性が悪い……」
ザフィルの呟きは、虚空に溶けて消えた。




