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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第2章 邂逅が導く
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第17話 未知に手を伸ばす

 その後の航海は、何の問題もなく進んだ。

 船はリヴァンティア商業連合の中央港に接岸し、二人は陸地に降り立つ。

「地面が揺れてない!」

 シルリネアが楽しそうに笑い、ピョンピョン跳ねた。薄荷色のリボンがふわふわと踊る。

「今のうちに楽しんどけよー」

 メイランが冗談めかして声をかけた。

「次は、10日ぐらい船の中だ」

「言わないでよ、せっかく楽しんでるのに」

 不服そうなシルリネアを見て、今度はメイランが笑った。


 宿を確保して最低限の身なりを整えてから執政府に赴き、リヴァンティアの大執政に面会を申し込んだ。

 魔法王国の生き残りからの書簡であると告げると、面会待ちの順番の、かなり上位にねじ込まれた。

「みんな魔法王国の情報が欲しいんだなぁ」

 待機室に通された後、メイランはしみじみと言ってみる。

 途端に、面会待ちの人々の多くが目を見開き、こちらの様子を盗み見た。その反応で、メイランは確信する。

 魔法王国滅亡の報は伝わっているが、その詳細を知る者は少ない。そして、多くの人々が関心を持っている。


 ******


 程なく、面会のために呼び出された。

 案内された場所は、蒼海宮と呼ばれるところだった。青く澄んだ石材の壁面と、白亜の床が眩いコントラストを放っている。天窓から取り込まれた陽光が、その輝きをさらに引き立てていた。

 床を真っ白に保つのは、さぞ大変だろう。そんなつまらないことを、シルリネアはふと考えた。そのつまらないことを大真面目にできるのが、財力というものなのかもしれない。


 蒼海宮の主、大執政ダリオス・セラフィは、シルリネアから書簡を受け取り、読んでいる。

 40がらみの男性で、白いものが目立つ髪を自然に流し、程よく豪華な服を着ている。どこからどう見ても「程々」という言葉の似合いそうな人物だ。

「拝見しました」

 大執政は書簡から顔をあげ、穏やかな声で言った。

「返信はうちの者を向かわせますので、心配はご無用です」

 優しげな口調だ。しかし、目の奥には鷹のような鋭い輝きがある。さすが辣腕家と名高い大執政だと、メイランは不躾に値踏みし、感心していた。

 一方のシルリネアは、穏やかすぎる口調に不気味さを感じていた。言葉に乗る温度はとても低い。それなのに優しげに、温かさを装って話す。あまりにも、得体が知れなかった。

「次はどちらに向かわれるのですか?」

 大執政の問いかけに、メイランが応じる。

「リュミエール神聖王国に。あちらの大司祭宛の書簡を預かっていますので、これから船を探すところです」

「そうですか……」

 大執政は側仕えを指先で招き、何事かを指示した。

 指示を終えた大執政は、ふたたびメイランの方を見る。

「明日以降で一番早い客船を押さえるように言いました。魔法王国との繋がりを作ってくださったお二方への、せめてものお礼です。船を押さえたら、貴殿の滞在場所に報告させます」

「お心遣いに感謝します」

 メイランが礼をしたので、シルリネアもそれに倣った。

「旅の安全を祈ります。海神のご加護があらんことを」

 大執政の声が、面会終了の合図だった。


 ******


 蒼海宮を出て執政府を後にした途端、シルリネアが大きなため息をついた。

「……息が詰まらなかった? 私、すごく窮屈だったんだけど」

 素直な言葉に、メイランが笑う。

「偉い連中はあんなもんだよ。良かったな、使節を歓迎するために晩餐会を開きます、なんて言われなくて」

「晩餐会!? 苦しくて倒れちゃうかも」

 シルリネアは悲鳴をあげた。晩餐会というのは豪華で窮屈な服を着て、窮屈な笑顔を貼り付ける場所と聞く。晩餐といっても食事をする場ではないとも聞くし、さっぱり意味がわからない。

「俺も、晩餐会は助けられる余裕ないな」

 メイランの意地悪な言葉に、シルリネアは絶望の声を出す。

「じゃあほんとに無理!」

「お互い助かったなぁ」

 メイランはシルリネアの反応を楽しみつつ、シルリネアは晩餐会にならなかった幸運を感謝しつつ、宿への帰路を歩く。

 ふたりとも、相手の盛装だけは見てもよかったのではないかと、考えていた。


 ******


 宿に戻ってすぐ、執政府の使いがやってきた。

 3日後、リュミエールへの巡礼者を乗せる船の旅客として乗船できるよう、手配したとのことだった。不足があれば何でも申し付けてほしいと言い残し、執政府の使いは帰っていった。

「何でも、ねぇ……他に必要なものって、あった?」

 シルリネアは困惑しつつ、メイランに問いかける。

「そうだなぁ……シルリネア、剣買っとく? 執政府に頼るんじゃなく、市場で」

 木剣ではなく、本物の剣を使ってもいい頃合いだと思えた。ついでに市場でのやり取りや剣の選び方も、覚えておいて損はないはずだ。

「最初は俺が見立ててやるからさ。どう?」

 メイランがシルリネアの顔を覗き込むと、彼女は嬉しそうに目を輝かせていた。薄荷色の瞳が歓喜に染まっている。

「本当に? 剣を持っていいの?」

「そろそろだと思ってたんだ。使い方も形になってるし、もう切っ先を足に落とすような真似もしないだろ」

 冗談めかしてメイランが笑う。切っ先を足に落とすのは、シルリネアがごく初期に冒していた問題だ。彼女は斬り下ろす時に勢いを止めきれず、よく足にあてていた。構えていたのが木剣でなければ、足が切れていたとは言わないまでも、靴が数足犠牲になっていたはずだ。

「もうしてないでしょ」

 シルリネアも苦笑した。我ながら、あの頃は酷かったと思っている。

「じゃあ決まり。明日市場に行こう。ついでにさ、弓に挑戦なんてどう? 遠距離に対応できる武器もあった方がいいだろ」

「……教えてくれるの?」

「もちろん」

 メイランは笑顔で快諾した。弓を覚えてくれれば、戦闘があった時でも、シルリネアを最前線に出さないで済むかもしれない。剣だけだと、その願いは叶わない。

 シルリネアは癒しの魔法を使えるが、自分自身は癒せないらしい。であればなおのこと、彼女を前線には出したくなかった。

 メイランの気持ちを知るよしもないシルリネアは、新しく挑戦できることが増えて嬉しそうだ。

「ありがとうメイラン」

 嬉しそうに上気した顔で、シルリネアが礼を言う。メイランは若干の私情を理屈で塗りつぶして、シルリネアに笑顔で応じた。

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