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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第2章 邂逅が導く
15/18

第15話 繋ぎ、結ぶ

 港には、これから乗る船が係留されていた。

 シルリネアから、石鹸の良い香りがした。それがメイランを困惑させる。

 石鹸を選んだのは自分だ。どうせならと思い、香りの良いものを選んだのも自分だ。だが、それがここまで自分に効くなんて。思ってもみなかった。

 こんなに香りに敏感だっただろうか。メイランは密かに首を傾げる。そんなことはないはずだが……。

 一方のシルリネアは、上機嫌だった。石鹸の香りを楽しむように、時折自分の腕や髪に鼻を寄せ、満足そうに微笑んでいる。

 シルリネアは弾むように歩き、メイランはその後ろで困り果てていた。


 ******


 船に乗る時、ふたりは船員たちに紹介された。

 シルリネアは、船員たちが妙にざわめいているのを不思議そうに眺めているが、メイランはその理由を痛いほど理解できた。

 ——男社会に、こんな美人が飛び込んできたら、そりゃあなぁ……。

 護衛の仕事を探した時に、あえて伏せていた部分だ。同行者が若くて綺麗な女性だということは。

「若い女は困るんだよなぁ。薬草師だって言うから、てっきり婆さんだと思ってたんだが」

 船長が、こっそりメイランにぼやいた。

 概ね想定通りの反応だ。メイランは、ニッコリと人好きのする顔で笑う。

「今日中に何とかしますよ。仕事には影響ないようにしますんで」

「頼むぞ」

 船長はそう言って、メイランの側を離れた。この船長は、仕事に支障がなければ、船員たちの問題には介入しない主義のようだ。その方が、船員たちと話をつけやすくて助かる。


 今日中に仲間意識を作ろう。メイランはそう考えつつ、船員たちを観察した。

 仮に喧嘩を売るのであれば、最上位を狙わないといけない。そうでないと、何度もやることになって面倒だ。喧嘩以外の方法をとる場合でも、影響力の強そうな人物に食い込みたい。

 そんなことを考えつつ様子を見ていると、船員たちが、こちらをチラチラ見ていることに気付いた。

 案外、こっちから仕掛けなくてもいけるかもしれない。

 向こうから何かしてくれるなら、その相手をすればいいだけだ。楽でいい。

 航海が3日しかないことを考えると、すぐにでも仕掛けてくるだろう。


「シルリネア」

 メイランが、乗船しようとしているシルリネアを呼び止めた。

「なに?」

 振り返り立ち止まったシルリネアに、足取り軽く近寄った。シルリネアに追いついて耳に何事かを囁くと、彼女の眉がひそめられる。

「……いいけど、無茶しないでね」

「わかってるよ。さて、行くか」

 シルリネアの背中を軽く押しながら、船と港を繋ぐ板に足をかけた。


 背負い袋の奥底に押し込んだままの贈り物が、小さく揺れた。


 ******


 シルリネアは船倉で、荷物の整理をしていた。

 船での彼女の居場所は、ここだった。暗くてジメジメしているが、文句は言えない。

 幸いなことに、甲板の床板と兼用の明かり取りの窓がある。日中であれば、暗い中で過ごす必要はなさそうだ。

 本当にやるのだろうか。先刻メイランから言われたことを思い出す。

 そのとき、甲板からどっと歓声がわいた。


 ——本当にやってる。


 ここまで有言実行だと、尊敬や感動を飛び越えて呆れてしまう。

 そうなると、シルリネアの出番も来てしまいそうだ。彼女は仕方なく、メイランから言われた通りの準備をすることにした。

「あまり怪我されても困るんだけど」

 シルリネアが小さくぼやく。癒しの魔法を使ってはいけないのなら、なおさらだ。

「止血と湿布ぐらいでいいかな……痛み止めも少しいるかも……」

 いくらなんでも、骨折まではいかないだろう。そのあたりはメイランを信じるしかない。


 甲板の歓声は、長い間途切れなかった。

 そして、騒ぎの中心にはメイランがいるはずだった。


 しばらくすると、メイランがひょっこり顔をだした。

「出番」

 彼はニッと笑い、親指で甲板を示した。シルリネアは、揃えておいた薬草と道具を手にして立ち上がる。

「骨折みたいな酷い怪我の人は、いない?」

 念のためと思って尋ねると、メイランは笑いながら否定した。

「いないいない。打撲と軽い擦り傷だけ」

 どうやら、軽い怪我人しかいないようだ。シルリネアは安堵のため息をつく。

「……そう。メイラン、あなたは大丈夫?」

「そりゃあもちろん。アザのひとつもできてねぇって」

 シルリネアは、ふわりと柔らかく微笑んだ。

「よかった」

 船員たちのことも心配ではあるが、メイランの無事の方が大切だった。

 これで安心して、船員たちの傷の具合を見ることができる。

「じゃあ行きましょ」

 メイランを促して、シルリネアは甲板に出る階段をのぼった。


 ******


 メイランの言った通り、怪我人は全員軽症で、人数もさほど多くない。

 シルリネアは怪我人の処置を手早く済ませていく。

「いやぁ兄ちゃん強ぇなぁ」

 手当を終えた船員が、満面の笑顔でメイランに話かけた。

 メイランも笑って応じる。

「俺、運がいいんだ」

 シルリネアはメイランの軽い声を耳で追いながら、船員の手のひらにできた擦過傷に薬を塗り、包帯を巻いていく。

 どうやらメイランは、船員たちの挑戦をことごとく受けたようだった。

 その結果、彼は船員たちの自分に対する評価を「陸のひ弱な男」から「海でも頼りになりそうな男」に、塗り替えさせることに成功していた。

 彼らの傷の具合から察するに、喧嘩ではなさそうだ。綱登りや綱引きあたりだろうか。船乗りたちの得意分野だろうに、それで彼らを認めさせるなんて。

 体を使うことはメイランに任せればいいと言っていた、ファランの言葉が思い出される。

「はい、終わりましたよ」

 シルリネアは、包帯を巻き終えた船員に声をかけた。

「悪ぃな、お嬢ちゃん」

「……いえ、お役に立てたなら良かったです」

 お嬢ちゃんという言葉に見下す風を感じたが、シルリネアは気にしないことにした。ここで争いごとを起こすのは、よろしくない。

 せっかくメイランが、ここまで仲良くなったのに。自分がその流れを壊すことは避けたかった。


「あ、そうだ。シルリネア」

 不意にメイランが話しかけてきた。

「俺、今日は夜番だから。先に寝てて」

「……わかった」

 シルリネアはそっとため息をついた。

 色々と話したいことがあったのに。でも仕方がない。メイランは仕事だし、船の中は壁も床も薄すぎて、メイラン「だけ」に話せる環境ではない。

 もうちょっと剣術に力をいれれば、メイランと一緒に仕事ができて、会話をする機会も増やせるだろうか。


 ******


 夜。

 シルリネアは明かり取りの窓を少し開けて、細長い星空を眺めていた。

 ひとりで眠るのは、かなり久しぶりだった。故郷にいた時が最後だったと思う。

 その後はずっと、近くにメイランがいたから。

 今も近くにいるはずなのだが、何となく遠い気がした。


 早く眠らないと。

 明日も色々とあるだろうし、体調を整えないと船酔いしやすいと聞く。

 無理にでも眠ろうと横になり、毛布を頭からかぶろうとした時。

 窓のあたりをコツコツと小さく叩く音がした。

 驚いて音のした方を見ると、悪戯っぽく笑うメイランの顔が見えた。

「よ。揺れてるけど眠れそう?」

 ささやき声でメイランが問う。シルリネアは思わず、クスクスと声を抑えつつ笑いだしてしまった。

「びっ……くりした……! 私ね、あなたのこと考えてた。そしたら来るから……!」

 一瞬の沈黙。

「……そりゃあ奇遇だ。悪いことを考えられてなけりゃいいんだけど」

 返ってきたのはいつもの声だった。

「メイランと別れて眠るのは久しぶりだなって、思っただけ」

「久しぶりによく眠れそうだったり?」

 少し意地悪な口調だったが、シルリネアは首を横に振って微笑む。

「逆。眠りにくくて」

「…………へぇ」

 妙な間をあけて、妙に感慨深い声で、メイランが言った。

「じゃあ俺、しばらくここにいるから、その間に眠っちまえよ。あとさ…………あったあった」

 何かをゴソゴソと探す音の後に、窓から細長いものがするりと伸びてきた。

 シルリネアが手に取ると、それはリボンのようだった。

「やるよ。髪が長くて大変そうだったから」

 夜なので、色はよくわからない。だが、艷やかで手触りの良い素材であることはわかった。決して安物ではない。

「こんなのどこで……」

 シルリネアはそう言いかけて、言い直した。

「ありがとうメイラン、すごく嬉しい」

 メイランの返事を待たず、シルリネアは横になって毛布にくるまった。

 リボンの手触りを楽しんでいると、ほどなく睡魔がやってきた。


 なんだか今日は、良い夢を見られそうな気がする。

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