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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第2章 邂逅が導く
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第13話 歯車は回る

「あれで良かったのか」

 来客が去った後、ゲルハルトがヴェンツェルに問いかけた。

 会談中、ゲルハルトは扉近くに位置を占め、会話の内容以上に全体の動きを見ていた。

 ゲルハルトの目で見ると、やはりメイランという男は油断ならない。

 後ろ手を組んで敵意のなさを示しつつ、足はいつでも動けるよう備えていた。

 剣は即座に抜けずとも、体はいつでも動かせる。どんなことがあろうとも、自分の身を守る、あるいはシルリネアの身を守るための姿勢だと思えた。


 シルリネアは、純朴な村娘の空気を残している。強い意志力はあるにせよ、ただそれだけの存在に見えた。メイランほどの手練が、なぜ彼女と旅を共にしているのか、理解に苦しむ。


 だが逆に考えれば、メイランを切り離せば、シルリネアを懐柔するのは容易なはずだ。村娘相手に、こちらに都合の良い話を教え込むのは、いかにも簡単そうに思える。

 ヴェンツェルは、シルリネアを欲しがっているように見えた。であれば、メイランとの離反工作をしても良かったのではないか。


 しかし、ヴェンツェルはゆっくりと首を横に振った。

「あれで良かったのです。まずは信頼を得ること。そこから始めねば、何も成せません」

 策に溺れ、ごく若いザフィルを容易に手懐けられると思った。それこそが、祖国の大きな過ちだった。ヴェンツェルはそう思っている。

 祖国はザフィルに対して傲慢だった。それは認める。しかし、罪なき民まで巻き添えにして、すべてを滅ぼされてなお、ザフィルを許せるものではない。

 自分が生き残った理由は未だ不明瞭だ。しかし生き残ったのであれば、成せることを成すしかない。

「小を数多(あまた)集め、大を滅ぼそうとしているのです。小の中で下手な工作をして、不和の種を蒔く必要はないでしょう」

 とはいえ、まだ道筋は立っていない。魔導書の蒐集を進め、あの恐るべき破壊の魔法の対抗策を見出さねばならない。

「……近く、祖国に行きます。魔導書が、残っているかもしれませんので」

 ヴェンツェルが告げた。ゲルハルトは片眉をあげ、目の前の宮廷魔術師を見る。

「栄光ある宮廷魔術師が墓場泥棒、か……」

 事情はわかるが、あまり褒められたものではない。ゲルハルトは言外にそう言っている。

 ヴェンツェルは、神妙に頷いた。

「そうですね。でも、必要であればやります」

 綺麗事にこだわって対抗できる相手ではない。それはわかりきっている。

 強い意志の力を帯びたヴェンツェルの目を見て、ゲルハルトは唸るように嘆息した。

「この腕では、護衛すらままならぬ」

 本来であれば、ヴェンツェルと共に行くべきだ。彼ほど優秀な若者の護衛を務められるなら、これに勝る栄誉はないとさえ思える。

 だが利き腕を失い、若さも失った今となっては、もう……。

 ヴェンツェルは穏やかに微笑んだ。

「ゲルハルト卿がいらっしゃるから、後ろを任せて出かけられるのです。あなたは、ただの騎士ではないでしょう。宮廷の権謀術数を生き抜いた猛者でもあられる。だからどうか、そのお力で、私の背中を守っていただけませんか」

 ゲルハルトの褪せた黄褐色の瞳が、見開かれた。

 この若者は、大いなる指導者の器かもしれない。


 ******


 不気味な月白色の男児が消えた、裏路地の一角。

 メイランは、民家の外階段に座り込んでいた。傍らでは、シルリネアが心配そうに様子を見ている。

 メイランの表情はあまり優れない。先ほど嘔吐した影響だ。

「大丈夫? あいつの邪気にあてられちゃった?」

「……かもなぁ」

 嘘だ。メイランは理解していた。邪気にあてられたのではない。


 何もかも話すべきだ。

 すべて話して、彼女の判断を尊重するのが正しい行動だ。

 今すぐにでも、そうすべきだ。わかっている。

 わかっているのに——話したくない。

 シルリネアは、都合の良い勘違いをしてくれている。自分は、その僥倖にしがみついている。

 ただの先延ばしだ。先延ばしにしていいことなど、ほとんどない。

 それでも——今は、まだ——。


「……ちょっと待ってて」

 メイランの目線に合わせてしゃがみ、周囲を見回していたシルリネアが腰を上げる。

 メイランが止める間もなく、軽快な足取りで近くの民家らしき家の扉を叩いた。

「こんにちは。お湯の入れられる器を貸していただけませんか? あと、お湯も。お代はこれぐらいでいかがですか?」

 出てきた年嵩の女性相手に、銅貨を出して交渉している。

 少しするとシルリネアは、お湯の入った木杯を手に戻ってきた。木杯は使い古され、あちこちが欠けており、捨てる寸前のものと見受けられる。

 シルリネアは木杯を地面に置き、腰に下げたポーチを開いた。乾燥させた薬草を数枚選んで木杯に差し入れ、しばらく待つ。

「スッキリすると思うから、ゆっくり飲んで」

 そう言いながら、シルリネアは薬草を木杯から取り出して、メイランに差し出した。

「えぇ……」

 メイランは躊躇した。薬は嫌いだ。このまま体調が良くなるまで、じっと待っていた方がマシだ。

 それなのに、シルリネアの真摯な顔を見ると、断るのが難しい。彼女からは、完全な善意しか読み取れなかった。

 覚悟を決めて受け取り、思い切って一口飲むと、爽やかな草の香りがした。わずかな苦みも感じるが、不快ではない。むしろ爽やかさを強調する働きをしている。

 喉を通って胃に流れ落ちた途端に、さらなる爽快感が胃を包みこんだ。

「うまっ……なに、これ」

 初めての不思議な感覚に戸惑いながら、メイランが尋ねる。

 メイランの顔色が少し良くなったのを見て、シルリネアは微笑んだ。

「効いてるみたいでよかった。これは簡単な胃薬。気休めだけど、少しは楽になった?」

「少しどころか。もう普通に歩けそうだ」

「じゃあ、少し歩いてみる? その木杯はくれるって言ってたから、飲みながら帰ってみるのはどう? 宿に戻ったら、ちゃんとした薬湯を作ってあげるから」

 メイランは立ち上がった。本当に不思議だ。さっきまで話をするのさえ億劫だったのに、今は立って歩けそうだし、会話も苦ではなくなった。

「……あのさ」

 気恥ずかしさを感じながら、メイランがシルリネアに声をかけた。なんだか顔が熱い気がする。

「なに?」

「ちゃんとした薬湯って、これよりうまいの?」

 薄荷色の瞳が大きく見開かれ、次の瞬間。

「あはははは!」

 シルリネアが大きく笑った。

「大丈夫よ。私、美味しくないものは作らない主義なの」

「……そりゃあ安心だ」

 メイランが苦笑し、シルリネアはもう一度笑った。

「ただでさえ辛い思いをしてる人を、これ以上苦しめるなんてできないから。安心して」

 木杯の残りを飲み干して、メイランは歩きはじめた。手の内で、ボロボロの木杯を大切そうに転がしながら。


 ******


 人里離れた山の中。

「メイ、ラン……」

 ザフィルが呟く。彼は子犬の送ってきた情報を読み取っていた。

 子犬はこの場にいない。しかしザフィルは、いつでも望む時に、子犬の持つ情報を読むことができた。

 そうか、今の名前は、メイランなのか。あの人の、名前は……。

 曖昧な意識の中に、メイランという名の光明が差す。

「カルブ」

 虚空に向けて子犬の名を呼ぶと、即座に反応が返ってきた。

「メイランの情報。すべて」

 カルブと呼ばれた子犬は、大喜びで受託の返事をする。

 ザフィルはもはや用済みとばかりに、もっと喋りたそうなカルブとの通信を、一方的に遮断した。


 静寂が戻る。

 何もない。何にも煩わされない。

 ずっとこの静寂が続けばいいのに。


 望みに反して、魔素(マナ)が歪んだ。

 魔物どもが、歪みに引き寄せられてくる。不快な感覚だ。何もかも破壊し尽くし、滅ぼし尽くしてしまいたい衝動に駆られる。

「……お前たちは、あとどれだけ殺せば滅びる?」

 ザフィルは言った。一片の感情さえ乗せない声で。


 ザフィルの魔法が解き放たれた後には、何も残らなかった。

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