第12話 蓋が開く
シルリネアとヴェンツェルの話を聞きながら、メイランは何とはなしに考えていた。
ザフィルが7年前に13、4歳だとすると、今は20歳前後ぐらいか。広めに見て、18歳から22歳。シルリネアは19歳だと言っていたので、彼女とほぼ同年代だ。
メイラン自身は、自分の年齢がよくわからない。気付いたら労働させられていたし、そこに年齢を教えてくれる人はいなかった。
自認は25歳だ。拾って育ててくれた青嵐の親父の言葉を信じるのであれば、という条件はつくが。
親父、適当なところがあるからなぁ。メイランは密かに苦笑した。
「お前を拾った時に何歳だったかって? 10歳には足りねぇし、5、6歳って程でもなかったな。間を取って8歳でどうだ?」
親父の言葉を鵜呑みにして数えれば、25歳になる。
声も体格も器も大きいが、大きすぎて細かいところまで気が回らない人なんだよな、と懐かしく思い出した。
唐突に、不快な感覚がチクリと脳裏をかすめる。
——弟は、あいつは……何歳だ?
おそらく21歳から23歳ぐらいだ。自分の年齢と同様に、弟との年齢差もよくわからない。だが、5歳は離れていないという確信がある。
根拠が、さほど多くもない弟との思い出しかないという、頼りないものではあるが。
弟と共にいた年数は少ない。青嵐の親父に拾ってもらう直前までだ。そこで、生き別れた。
心の奥底で、何かの蓋が開きそうな気配がした。ぞわりと悪寒が走る。
メイランは無理やり、箱らしきものから目を逸らした。
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「私は今、十王国および周辺諸国に、ザフィル打倒の協力を呼びかけています」
ヴェンツェルが言った。
「あの魔法に対抗する方法は、まだわかりません。並行して探しています。対抗手段に目処がつき次第、討伐軍を出してもらえるよう、要請しているのです」
「討伐軍……!」
シルリネアが息を呑んだ。
規模の大きさに、どう考えていいのかわからない。
ヴェンツェルの目が、力を帯びる。
「ザフィルによって、私の祖国は滅びました。あなたの村も。あの力が、他の人々に及ばないという保証は、どこにもありません。今もどこかで、破壊を撒き散らしているかもしれない。だから……」
一息ついて、彼は続けた。
「もしよければ、あなた方も協力していただけませんか? 実際にザフィルを見て、生き残った者は希少です」
突然のことに、シルリネアは困惑した。どうしよう。メイランを振り返ると、彼は微笑んだ。
「好きにしていい」
メイランは、目的はあれど目的地を持っていない。シルリネアの目的が、自分をあちこちに連れ回してくれるので、実際のところ気楽でさえあった。
メイランに背中を押された気持ちで、シルリネアは頷く。
「わかりました……。でも、この場に留まるのではなくて、旅を続けさせてもらえませんか? その範囲で協力できることには、喜んで協力します」
「もちろん、それで十分です。ご協力に感謝します」
ヴェンツェルが微笑んだ。椅子から立ち上がると同時に、書簡を手に取る。
「もしよろしければ、これを届けていただけませんか? リュミエール神聖王国の大司祭宛です。もちろん路銀はお渡しします」
「移動は船が前提ですか? それとも徒歩?」
メイランが口を挟む。旅程の交渉は、まだシルリネアには荷が重いだろう。
「船で構いません。モンテリオから船に乗ると良いでしょう」
その言葉を待っていたとばかりに、メイランが笑みを深めた。
「リヴァンティアにご用は?」
リヴァンティア商業連合。西の海に浮かぶ商業連邦国家だ。十王国のうちの一国、海沿いの貿易国家、モンテリオ王国とも懇意にしているため、船便が盛んに出ている。
船でリュミエール神聖王国に行くためには、モンテリオ王国から船で直接目指すよりも、リヴァンティア商業連合を経由した方が、船の便がいい。ただし、必要な路銀は増える。
ヴェンツェルは、そこまで見越しての質問だと理解して、思わず笑ってしまった。
「なるほど、あなたは地理にお詳しいようだ。わかりました、リヴァンティアへの立ち寄りもお願いします。リヴァンティアへの書簡はまだ用意してませんので、明日またいらしてもらえますか?」
「了解です」
メイランは微笑み、シルリネアの背中をつついた。
「じゃあ、今日はこのあたりで。明日の今頃に、また伺いますよ。シルリネア、行こう」
「あ……うん。ヴェンツェル……様? 今日はありがとうございました。ゲルハルト……様、も、お体をお大事になさってください」
敬称の付け方に悩みつつ、シルリネアは二人に別れの挨拶をした。
******
帰り道、シルリネアがメイランに尋ねる。
「ああいう人たちって、様付けでいいの? よくわからなくて」
「様が無難なんじゃねぇの? あっちから協力を頼んできたんだから、さん付けでもいいと思うけど」
「わかった、ありがとう。……メイランは、あれで良かったの? 私の事情にばかり付き合わせちゃってる気がするんだけど」
不安そうなシルリネアを見て、メイランは笑う。
「いいんだよ。俺の弟はどこにいるのか、さっぱりわからねぇし。旅ができるなら、それで十分」
シルリネアはホッとした。やはりメイランは、旅を続けたかったんだ。ここに留まる選択をしなくて、本当によかった。
「……っと、近道するか」
メイランは、大通りから路地に入った。上手く活用できれば近道になるが、薄暗い道を通る分だけ、治安に不安はある。
だがメイランは、あまり心配していなかった。シルリネアの剣術も形になってきたし、彼女を助けられないような事態になるとは考えにくい。
それなのに。
「こんにちは」
子供の声が聞こえた。
ゾクリと全身が粟立った。
メイランは直感で。シルリネアは、聞き覚えのある声だったので。
あの子犬だ! シルリネアが周囲を見回すと、背後に男児がいた。
やせ細った体に汚れきったボロ布をまとった、月白色の髪の、4、5歳ぐらいの男児。
靴さえはいていないのに、首には真紅の布製の首飾りがきつく巻かれている。
薄い笑顔を張り付けた表情は、あまりにも不気味だった。
「お前……!」
シルリネアが、低く怒りの声を出す。
メイランは反射的に、シルリネアと男児の間に割って入った。
剣を構え、男児を観察する。見た目は幼いが、油断できそうにない。魔物の類だろうか? 人間に近い姿を取る魔物がいることを、メイランは知っている。
月白色の髪という特徴が、ザフィルを連想させる。だがシルリネアの反応から察するに、これがザフィルであるとは思えなかった。それでいて、ザフィルに近い何かなのだろうということは、理解できる。
男児と目が合う。褪紅色の瞳。その瞬間、メイランは驚愕した。
あまりにも、酷似している。
遠い記憶の中に住む、ずっと追い求めてきた姿に。
混乱する。
違う、違うはずだ。
髪の色も、瞳の色も、記憶の中の弟は、もっと濃い色だった。
こんなに不吉な色をしていない。
それなのに、どうして——!
男児が、ニンマリと笑った。
「嬉しいな、そんなに似てる? ねえボク、主様に似てるかな?」
寒気がぞわぞわと、メイランの足元から這い上がってくる。
幼い声に、聞き覚えがある気がした。遠い昔の、褪せてかすれた記憶の中に。
突如メイランは、心の奥底にある箱の蓋が開いた音を聞いた。忘れていたことが、次々にあふれ出してくる。
記憶の奔流に圧倒されながらも、メイランは剣を握り直し、男児にその切っ先を向けた。
翻弄されている自分が、あまりにも情けない。自分を取り戻すために、怒声をあげた。
「黙れ! 俺に話しかけんな!」
怒鳴られた男児は、目を見開いて笑った。手を叩き、足踏みをして、全身で喜びを表している。
「主様に似てるんだね、嬉しいな、すごく嬉しい。ねぇシルリネア、ボク、あなたたちに会いにきたんだよ」
シルリネアは、不気味な男児を睨みつける。
「私たちはお前に用事なんてない。ザフィルを連れてくるなら、別だけど」
「うーん、今はちょっと無理かな。でも、今度はそうできないか、考えてみるよ」
男児がそう言った瞬間、メイランが剣を振り下ろした。冷徹で鋭い一撃だったが、剣の軌跡は空を切る。
メイランの剣が触れる直前、男児の姿はぐにゃりと歪み、そのまま消えてしまった。
「あぶない、あぶない。……また来るね、待っててね。次はお土産、持ってくるから……アハ、アハハハハハハハ……」
どこからともなく、男児の声が聞こえてくる。
しかし姿はどこにも見えず、笑い声も遠ざかっていった。




