第11話 仇
ヴェンツェルは、目の前にいるシルリネアと名乗った女性を、じっくり観察した。
決意に満ちた薄荷色の瞳と、豊かに流れる黄金色の髪が印象的だ。意志の強さ、信念の強固さといった内面を表す言葉が、美しい、可愛らしいなどの外見的な評価よりも先に立つ。
形の良い眉は、強く寄せられている。緊張しているのだろうと、容易に察せられた。
シルリネアのやや後方にいる青年は、メイランと名乗っていた。
飄然とした、非常に軽快な雰囲気だ。話し方にも軽い印象を受けたが、世慣れている風もある。剣を腰に差しているので、武器を扱うのが得意なのだろう。
一見すると、ただそれだけの青年だ。しかし褐色の瞳の奥には、まったく油断ならない光が宿っているように見える。
昨晩、ゲルハルト卿が言っていたことを、思い出した。
「メイランと名乗った男は、相当な修羅場を経験しているはずだ。物腰にまったく隙がなかった。観察眼も鋭い。念のため、気をつけられよ」
ヴェンツェルは、気を引き締め直した。
外見に騙されてはいけない。そのせいで、我が祖国は滅びたようなものじゃないか——。
ゆっくり、ひとつひとつ確認するかのように、ヴェンツェルは話し始めた。
「祖国は7年前に、たったひとりの少年によって滅ぼされました。少年は、ザフィルと名乗りました。痩身で月白色の髪、褪紅色の瞳。そして、異様な暗さを抱えた目つきが、強く印象に残っています」
——あいつだ、間違いない。
シルリネアがぶるりと震えた。あの憎い男の影を掴んだ喜びが、体中を駆け巡る。
「ザフィル……!」
ようやく手に入れた名前を、シルリネアは呟いた。唸るように、呪詛するように、低く。
ヴェンツェルは頷き、言葉を続けた。
「彼は当時、13、4歳ぐらいに見えました。彼は魔法使いなので、魔法で見た目を偽っている可能性はあります。しかし話してみても、見た目と実年齢の間に差はないと感じました」
「話したんですか」
メイランが珍しく、驚いたような声を出した。ヴェンツェルは微笑む。少しだけ、苦しそうに。
「ええ、話しました。彼は莫大な魔力を持っていて、その魔力を自由自在に操る方法を知っていました。しかも声を発することなく、指の一本さえ動かさずに、魔法を使えた。どうしてそのようなことができるのか、知りたかったのです」
あの男が歩くだけで、周囲の人や建物が消えていったことを、シルリネアは知っている。だから、力強く頷いた。
「私の故郷でも、そうでした。あいつが歩くだけで、何もかもなくなってしまった……」
「でもあなたは生き残った。私も、生き残った。……なぜ生かされたのか、考えたことは?」
ヴェンツェルが穏やかに問いかける。シルリネアは悔しそうに眉を寄せ、顔を歪めた。
「……考えても、わかりませんでした……」
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泣きそうな声だ。
メイランは、シルリネアのこんなに悲痛な声を初めて聞いた。
この声を、これ以上聞きたくなかった。こんなに悲しい思いをさせるなら、連れてこない方が良かったのではないかとさえ、思えてしまう。
しかし、今の自分は部外者だ。待つしかない。
メイランは手を後ろに組んで、勝手に動かないよう戒める。それでいて、足幅をやや開いて膝に余裕を持たせ、いつでも動けるよう備えた。
矛盾する体の動きが、実に滑稽だと思った。
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ヴェンツェルが口を開く。
「ザフィルは何らかの基準で、あえて生き残りを作っているように思えます。あの時、私を殺すことは、非常に容易だったでしょう。むしろ、私だけを殺さない方が、技術的には難しかったかもしれない。それでも殺さなかったのは……たとえば……そう、彼と対等に話した、とか」
あの時、祖国にいた誰もが、ザフィルのことを特別な存在として扱っていた。
確かにザフィルは魔力に秀で、魔法に長けていた。しかし同時に、ただの少年だった。
ヴェンツェルは、その「ただの少年」に話しかけたことがあった。知る限りでは、自分以外に、ザフィルをそのように扱おうとした者はいない。
自分が他の皆と異なっていたのは、そこだけだったように思う。
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どれだけ強力な魔法を使えても、所詮ただの子供じゃないか。
飴と鞭で飼い慣らしてしまえばいい。
他国に与えることだけは、避けねばならない。
あの魔力と魔法が我が国に向くことだけは、何としても避けねば。
あの時、宮廷の誰かがそう言った。
多くの宮廷人が、同意した。
王陛下も、妃殿下も、同意した。
宮廷全体の同意のもと、ザフィルは自由を奪われつつあった。
彼は人ではなく道具であり、恐るべき威力をもつ兵器と見なされていたように思う。
そして——。
ザフィルは祖国の人々を、塵と骨に変えた。
ただひとりだけ、残された。
宮廷魔術師の末席に連なる者として、あの時あの場にいたというのに。
なぜかザフィルは、ヴェンツェルには目もくれずに立ち去った。
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「ヴェンツェルさん」
過去に馳せていた心が、現実に引き戻された。
声の主は、シルリネアだった。怒りと悲しみで、声がうわずっている。
「私はあいつに……ザフィルに、殺してやる、と言いました。それだけです。それ以上話したことはありません。それでも私は『対等に話した』のでしょうか」
ヴェンツェルは、驚きで目を見開いた。
あのザフィル相手に、あの絶対的な恐怖を前にして、面と向かって「殺してやる」と言えるとは……!
あの時の自分は、ただ恐怖で立ちすくむ以外、何もできなかったのに……!
改めて、ヴェンツェルはシルリネアを見た。
今にも泣きそうな顔をしているが、気丈に耐えている。怒りと憎しみ、悲しみで心が千切れそうだと言わんばかりなのに、声の震えを抑えて、静かに語りかけてきた。
もしかしたら、ザフィルの生かす基準は、そこにあるのかもしれない。
「曲がらない意志……?」
ヴェンツェルが呟く。
宮廷の人々は、彼を道具だと思った。
ヴェンツェルは、道具ではなく、ただの少年だと思った。
ヴェンツェルは、彼の魔法を目の前にして、恐怖するしかなかった。
シルリネアは、殺してやると、自分の意志をザフィルにぶつけた。
もしかしたら、そうなのだろうか。ヴェンツェルは思考する。反論の可能性を探る。
結果、今のところは、もっとも確からしい仮説と考えられた。
「ザフィルは、強い意志を見出した者を、残すのかも、しれません」
ヴェンツェルは途切れ途切れの声で、仮説を唱えた。
なぜなのかは、わからない。
だが、そこまで外れている気もしなかった。




