とある手記
シルリネアは子を産んだ。
最終的に3人。
双子の男女と、男。
双子の時点で止めるべきだと言ったのに、彼女は3人目を産んだ。
その後急激に体調を崩し、程なく亡くなった。
彼女は最後まで幸せだと言い、愛を囁き、未来を寿いだ。
享年26歳。
予想した最低年よりも、さらに1年早かった。
子供たちは順調に成長している。
のびのびと笑い、泣き、怒っている。怯えて傷だらけの子はいない。
青嵐の子供たちと一緒に育ち、仲が良かったり嫌いあったりしているらしい。
彼らは僕が尋ねずとも、勝手に喋りに来る。
きっとこれが「健全な成長」と言うものなのだろう。
名前さえなかった村は、いつしかシルリネアと呼ばれるようになった。
メイランがここを「シルリネアの村」と呼んでいるのが原因だろう。
青嵐の人員も何人か住み着いて、ここで孤児を育てるようになった。村全体が、まるで孤児院だ。
メイランが作った火炕は、子供たちのたまり場になっている。
遊び場になり、寝床にもなる。
青嵐の子供たちも、我が物のように使っている。
半分は僕のものだと言うと、あいつらは笑う。
あの笑顔は悪くない。子供は笑顔でいるべきだと、教えてくれるから。
シルリネアの子供たちは、全員魔法の才能があり、強い魔力を持っている。
当然だ。
彼女にも、父親のメイランにも、魔法の才能があったのだから。
メイランの才能は、僕が奪ってしまったけれど。
基本的な知識は、青嵐が他の子供たちと一緒に教えてくれる。
武術はメイランが教えられる。
魔力と魔法については、僕が教えられる。
シルリネアの癒しの魔法は、途絶えた。
でもそれでいい。彼女の魔法は強すぎたし、危険すぎたから。
神の子、神の娘という制度も必要ない。
この村はもう創生神の聖地ではなく、シルリネアの村なのだから。
ヴェンツェルは魔法王国を再興した。
最初は共和国だった。
しかし結局、王国になった。
初代国王はヴェンツェルだ。
彼の正式名はヴェンツェル・アルセリウム。
アステリア王国を継いで、アルセリウム王国が誕生した。
ヴェンツェルは、国王のくせに結婚する気がない。
その代わり、養子を取って後継者にすると言う。
実子でなくとも王になれるという、前例を作りたいらしい。血筋による継承を否定することによって、共和国に戻る道筋を残したいのだろうか。
王制とは相性の悪い思想だ。あまり上手くいくとは思えないとヴェンツェルにも言ったけれど、彼は楽観的だ。
理解してなお、試したいのだろう。
さらに養子として、シルリネアとメイランの次男を要請してきた。
確かにあの子には、強い魔法の才能がある。才能だけで判断するなら、魔法王国の王にふさわしいと言える。
メイランは、本人の意思に任せるつもりだ。
あの子は、どうするだろう。
王家にシルリネアとメイランの血脈が残ることになるのだろうか。
いずれにせよ、なるように任せるしかない。
とはいえ。
もしあの子が、ヴェンツェル宛に、あるいは魔法王国宛に書いている僕の本を、いずれ読む日があるのなら。
そんなことを、ふと考えてしまう。
今からでも、注釈を増やすべきだろうか。
シルリネアの名前は、光の神の大神殿の記録から消えたという。
だが彼女の名は、いつか復活するだろう。
公的記録から消えたとしても、全記録から消えているとは思えない。
いずれその名が発見される。
彼女の癒しの魔法に感銘を受けた誰かが、彼女をふたたび聖女に祭り上げる。
その時「聖女シルリネア」は、慈悲深い癒しの聖女になってしまうだろう。
彼女は、そんなくだらないものではないのに。
予想してみようか。
150年後。
「聖女シルリネア」が誕生する。
場所は光の神の大神殿。
彼女を直接知る者が全員いなくなる。
断片的に彼女の「伝説」が伝わる。
神の威光を強めたい熱心な宗教者、あるいは野心的な政治家がいる。
そいつは、過去の記録を掘り返す。
漂白された、綺麗な、宗教的に正しい女性が、そこにいる。
彼らの目にはそう見える。
その先は明らかだ。
翻って、メイランの名前は歴史のどこにも残らないだろう。
でもそれでいい。
メイランも、そんなことは望んでいない。
歴史などというつまらないものに、彼を委ねるのも腹立たしい。
彼を知らない連中が、訳知り顔で彼を論じるなど、あまりにも不遜で厚顔無恥極まりない。
吟遊詩人の歌のどこかに、彼の欠片が残り、余韻が香る。
それぐらいがちょうどいい。
そして僕は。
ザフィルの名前は、最悪の大魔法使いとして残る。
世界を恐怖に陥れた大悪人。
時代が進むにつれ、誇張されていくだろう。
別に構わない。
そこまで間違ってもいないから。
ヴェンツェルが倒したことになっているのは、大嘘も甚だしいけれど。
でも、メイランはそれでいいようだから、特に言うことはない。
もしかすると、ヴェンツェルの英雄譚は「聖女シルリネア」の伝説と混ざり合い、彼らは一緒にザフィルを倒した者になるのかもしれないね。
200年後ぐらいに。
もしシルリネアがザフィルを倒すのであれば、悪くない結末だ。
巡り巡って、あるべき姿に収まったとも言える。
呼ばれているので、一度筆を置く。
シルリネアのいた証が、メイランの愛の塊が、僕に用があるらしい。
今日は一体、何をさせられるのやら。




