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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
120/123

第120話 そうしてふたりは

 影嵐たちが帰った夜、メイランとザフィルは、仮組みの終わった家で過ごすことにした。

 メイランはシルリネアも誘ったが、彼女は笑って断った。

「ふたりで話したいこともあるでしょ。私、今日はひとりで気ままにやるから」


 だからふたりは今、新しい家の中にいる。

 まだ家具もなく、床板さえ張られていない。壁と屋根が組み上がっただけの家。

 ザフィルが天井近くに魔法の明かりを浮かべているので、室内はぼんやりと明るい。

「部屋割りと床は後回しだな。シルリネアの家みたいな炉を作って、煙突作るのが最初かな。あとは寝るところだけど……ベッドでいい?」

 室内をぐるりと見渡してから、メイランが笑いかけた。

 ザフィルはゆっくり首を横に振る。

「何もなくていい。ベッドにはあまりいい記憶がないから」

 ベッドをザフィルに初めて与えたのは、アザルファだった。

 だから、床の方が望ましい。

 冷え切った地下倉庫の片隅。毛布の1枚さえ持ち得ず、荷物の隙間に入り込み、兄に張り付いて暖を取っていた頃の方が、何倍も良い記憶だった。

 影を帯びた瞳を見て、メイランは微笑む。

「じゃあ、火炕あたりからいくか。粘土かレンガで床を作って、下に炉の熱を送り込むんだ。床が温かくなるから、そこで寝る。どう?」

「悪くない、と思う」

 実際にそこで眠るのか、あるいは眠れるのか。ザフィル自身は懐疑的だ。しかしメイランが嬉しそうなので、それでいいと思う。

 メイランは笑った。

「じゃあそうしよう。炉がこの辺だから、火炕はこのあたりかなぁ」

 落ちていた小枝を使い、メイランは地面に線を引いた。ずいぶん広い。数人が横になって、なお余るような。

「広いね」

 ザフィルの言葉に、メイランは線を引く手を止め——まじまじと見返して苦笑した。

「マジだ。だいぶ広いな。青嵐(せいらん)の最初の寝床が火炕で、子供らで雑魚寝だったから、そのせいだな。これぐらいの大きさだったんだ」

 メイランは懐かしそうに笑い、その後、困り笑いになった。

「シルリネアがさ、子供ほしいんだって。あの体で。子供自体は嬉しいんだけど、複雑だよな」

「そうだね」

 ザフィルは考える。

 彼女が出産できるのは、2回が限界だろう。2回目は、命に関わるかもしれない。

「急いだほうがいいよ」

月嵐(ユエラン)にも言われた」

 メイランが苦笑し、ザフィルは嘆息する。

「彼女の望むようにしてあげれば、いいんじゃないかな。広い火炕もできるみたいだし。そこで子供を雑魚寝させてやれば。青嵐みたいに」

 メイランが驚きの表情で、ザフィルを見た。

「ここは『メイランと僕の家』なんでしょ」

 メイランは大きく笑い、ザフィルに抱きついた。


 メイランは思う。

 弟は小柄で細い。希望の灯となって優しく輝く。昔と同じだ。

 ザフィルは思う。

 兄は大きくて温かい。彼がいるだけで安らぎを覚える。昔と同じように。


 ******


 シルリネアは、足繁く安洛城に通うようになった。

 結果、今までは使う時にだけ出現させていた転移門が、常設されるようになった。

 影嵐(エイラン)には剣術のみならず武術全般を習い、青嵐の人々と交流し、日暮れ前にたくさんの手土産を持たされて帰ってくる。

 手土産の多くは料理だった。おかげで、安洛城に行く日は夕食の準備をしないで済む。

「影兄の武術かよ、ずっるいなぁ」

 安洛城で初めて影嵐の指導を受けた日、帰宅後にその話をすると、メイランは悔しがった。

「俺には、何度頼み込んでも教えてくれねぇのに」

 子供のようなすね方をするメイランを見て、シルリネアが笑う。

「メイランを投げ飛ばせる技を教えてくれるんだって。座ったままでもできるって言うから、ちょっと楽しみ」

「……あの技だ。えぇ、マジで羨ましいんだけど俺」

 それは、メイランが真似できない影嵐の技術のひとつだった。重心移動にコツがありそうだということはわかるが、それ以上のことがわからない。

 自分で解き明かそうと試行錯誤しても、上手くいかない。

 シルリネアが悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「できるようになったら、投げさせてね」

「いいけど……」

 メイランは、嬉しさと悔しさを混ぜたような、複雑な顔をして頷いた。


 ******


 しばらく経ったある日、岩嵐(ガンラン)が竜の鞍と鐙を持ってきた。

 竜に据え付けると、寸分の狂いもなくぴったりだ。

「さすが岩叔。完璧だ、ありがとう」

 メイランが岩嵐に礼を言った。

「なに。こっちもいい経験になった」

 岩嵐は肩を揺らし、腹の底から笑う。

 竜は訓練が進み、メイランの言うことを理解し、実行できるようになった。指笛で呼び寄せることもできる。

 ただし、理不尽な命令は無視をする。

 メイランは、頭がいいと笑って受け入れた。

「とりあえず乗ってみるか」

 竜を伏せさせ、前足の関節部からよじ登る。鞍にまたがり、立ち上がらせた。

 鞍と鐙は足腰を支え、その役割を完璧に果たしている。

「どうだ」

 岩嵐が、声を張ってメイランに問いかけると、彼は笑顔で声を返した。

「最高だよ、安定感が全然違う」

 これなら、シルリネアを乗せることもできるだろう。鞍には余裕があるので、鐙をもうひとつ付ければいい。鐙なら、馬のものを流用できる。

 合図をすると、竜は翼を大きく動かし、舞い上がった。

 あっという間に地面が遠ざかっていく。爽快感に、メイランは笑った。

 ふわりとザフィルが真横に現れた。

「最初だからね」

 そう言って、竜と並んで飛ぶ。竜は鬱陶しそうな目線を向けてくるが、ザフィルは意に介さない。

「これならシルリネアを乗せられるかな」

 メイランが問うと、ザフィルは頷いた。

「当面は僕も付き合う。万一落ちても助けられるよ」

「そりゃあ安心だ」

 やっと、安洛城に行く準備が整った。メイランは、安堵のため息をついた。

 これで、北大陸から中央大陸に渡れる。

 婚礼の挨拶ができる。

 育ててくれ、今も支え続けてくれる青嵐に、親父に、母御に、ささやかな恩返しができる。


 ******


「メイランと旅するの、久しぶり」

 シルリネアは旅装に身を包み、笑顔でメイランを見つめた。

「だな。ちょっと新鮮かも」

 メイランも笑う。

 だいぶ身軽な旅だ。荷物は既に、婚礼衣装を含む大半を安洛城に運んである。

 後は、メイランとシルリネアが到着するだけだ。

 安洛城に荷物を運び、整える合間に、シルリネアは安洛城での婚礼の儀式について、華嵐(ファラン)から聞いていた。かなり複雑だったが、丁寧に教えてもらったので不安はない。

 ある日、儀式について教えてもらった後、華嵐が興味津々の様子で尋ねてきた。

「シルリネアの住んでるあたりでは、どういう風だったの?」

「ええっと……」

 シルリネアは乏しい経験から記憶を引き出す。

「聖域で神に婚礼の誓約をして、村に戻って、広場で宴をして、夜になったら夫婦の家に送り出す……だったと思います」

 華嵐はニッコリと笑った。

「いいね、簡素でわかりやすい。こっちは面倒で困る」

 声に混ざった小さな苦みで、シルリネアは理解してしまった。

 華嵐は結婚したことがあり、何らかの事情で戻ってきたのだろうと。


 竜に乗り、シルリネアとメイランは空を飛ぶ。

 傍らにはザフィルもいて、竜の速度に合わせて飛んでいる。

「雲に乗ってるみたい」

 シルリネアが笑う。

「ああ、こいつの色か。確かに」

 メイランも笑った。

 灰色混じりの白い鱗が、まるでちぎれ雲のように見える。

「ねえ」

 シルリネアはメイランに尋ねる。

「華嵐さんって、結婚したことあるの?」

「あー……」

 メイランが苦笑する。

「俺が旅に出た後だから、詳しくはねぇんだけど。1回結婚したって聞いたな。どうしても合わなくて離縁したって」

「そうなんだ」

 華嵐に婚礼の儀式のことを聞いたのは、良くなかっただろうか。シルリネアが考えこんでしまうと、メイランが笑った。

「でもさ、華姐も悪ぃと思うんだよ。華姐、青嵐で任されてる仕事が楽しすぎるらしくて、仕事と俺とどっちが大事なんだって、夫に泣かれたって話。華姐は、悪いけど仕事の方が好きだって言って、帰ってきたとか」

「それは……」

 シルリネアは苦笑した。華嵐ならやりかねない。

「まぁそんな単純な話じゃねぇんだろうけど。俺も気をつけねぇとなぁ」

 冗談めかして笑うメイランに、シルリネアも微笑みかける。

「絶対離さないって、言ったでしょ」

 不安定な竜の背で、シルリネアはメイランに体を預けた。

 落ちてしまいそうなぐらい、深く。

「だからメイランも、そうしてね」

「おっかねぇ」

 メイランが笑う。

 言葉とは裏腹に、彼は揺るぎなくシルリネアを抱きとめていた。


 ******


 数日の旅を経て、安洛城に到着した。

 シルリネアは安洛通運に向かった。一室を借り、婚礼の衣装を整えるために。

 メイランは黄嵐(コウラン)の家に向かった。彼の衣装はそこにある。

 黄嵐と雪嵐(セツラン)に礼に沿った挨拶をし、衣装を着た。雪嵐は母として衣装を整え、黄嵐は父として婚礼用の飾りを施した剣を、メイランの腰に吊るした。

「それでは行って参ります」

 メイランは両親に一礼し、シルリネアを迎えに行く。


 安洛通運の一室で、シルリネアは待っていた。

 婚礼用の鮮やかな覆いをかぶっているので、足元ばかりを見てしまう。

 着付けと化粧は、安洛通運の女性陣が総出で施してくれた。手伝いをしたがる女性が多すぎて、華嵐が仕切らねばならない程、皆が祝福してくれた。

 星集めの剣は、持っていない。代わりにザフィルが魔法生物を通じて、直接魔法をかけ続けている。

「剣の代わりになるものを作るよ。何がいい?」

 星集めの剣をザフィルに預ける時、彼にそう問いかけられた。

 シルリネアは穏やかに微笑む。

「今日、何か贈り物を貰えると思う。それが使えるといいな」

 新郎の両親から、新婦に贈り物をする。そういう習わしだと聞いた。

 ザフィルはうっすらと微笑む。

「わかった——おめでとう」

 そう言って、彼は姿を消した。


 しばらく待っていると、ざわめきと共に扉が開いた。

 大勢の人々の姿が見えた。見知った顔も多い。彼らの中心には、囃し立てられるメイランがいる。

 覆いの内側で、シルリネアは微笑んだ。彼はこうやって、皆に愛されているのがよく似合う。

 メイランはシルリネアの正面に立った。婚礼の華やかな衣装が、彼の均整の取れた体を抑制的に包んでいる。

「ついてきてくれますか」

 形式ばって差し伸べられた手を、シルリネアは迷いなく取る。

「はい、喜んで。天地の果てでも」


 メイランに手を取られ、黄嵐の家まで歩く。

 道中では、見知らぬ人々からも祝いの声をかけられた。

 声をかけられるたび、メイランは小さな袋をその人に手渡す。

 幸福のお裾分けとして、中には縁起物が入っているのだという。

 黄嵐の家は、厳粛な趣で飾り付けられていた。

 シルリネアはメイランと並んで黄嵐に礼をし、黄嵐から返礼として贈り物を受け取った。

 それは、シルリネアの瞳と似た色をした、鮮やかな翡翠の玉佩だった。

 雪嵐が、シルリネアの腰帯に玉佩をつける。

「これで、貴女も私たちの家族です。いつでも遠慮なく頼って」

 雪嵐の言葉に、シルリネアは覆いの内側で涙ぐみ、心から深く一礼した。


 次は黄嵐の家を出て、新居に——かつて仮住まいし、正式に譲り受けた家に——向かう。

 新居に入り、メイランに頭の覆いを取ってもらう。それで、儀式は終わりだ。

 だがなぜか、黄嵐の家の外が騒がしい。

 シルリネアとメイランは顔を見合わせ、首を傾げながら黄嵐の家から出ると。

 華やかな楽器の音に出迎えられ、歓声があがった。青嵐の兄弟姉妹に加え、安洛通運で見知った人々もいる。

「おめでとう、湖姐!」

 紅嵐(ホンラン)がはしゃいで飛びついてきた。

「え、なに、これ……」

 シルリネアが困惑して尋ねると、紅嵐が笑う。

「湖姐のあたりでは、こういう結婚式をやるって聞いたから。みんなで準備してたんだ! 梅兄、早く湖姐の覆いを取ってあげてよ。みんなで歌ったり踊ったりするんだから」

 呆然としている間に、シルリネアとメイランは新居に押し込まれてしまった。

「早く戻ってこないと、ご馳走なくなっちゃうからね!」

 紅嵐が家の外から楽しそうに声をかけ、走り去っていく音が聞こえた。

「あいつら……」

 メイランは苦笑し、シルリネアも微笑んだ。

「ねえメイラン、覆いを取ってよ。早く外に行かなくちゃ」

「わかった」

 メイランは笑って、シルリネアの覆いを外した。

 途端に黄金色の髪があふれ、上気した頬がのぞき、輝かしい薄荷色の瞳があらわれた。

「覆われてるのも悪かないけど、やっぱシルリネアは、髪と目の色が最高だな。隠さなくていい分、そっちの婚礼の方がいいかも」

「なにそれ」

 シルリネアが笑う。

 笑いながら向かいあい——口付けをかわした。

 唇を離して、ふたりは微笑む。

「じゃあ行くか」

「うん」

 頷きあってから扉を開け、宴の場に飛び込んでいく。

 わっと歓声があがり、楽器がかき鳴らされ、酒が酌み交わされ、歌い、踊り。




 そうしてふたりは、いつまでも、いつまでも、幸せに、幸せに————

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