↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
119/123

第119話 明日に向ける目

 翌日以降、影嵐(エイラン)は立て続けにやってきた。

 かき集めた大量の釘と大工道具を抱え、岩嵐(ガンラン)月嵐(ユエラン)を連れてきた。

 岩嵐はメイランと竜の鞍について相談をし、月嵐はシルリネアを診察する。

 その間、影嵐はアザルファの屋敷の地底湖に潜り、遺骨を集めた。

「思った以上に水深があるし、骨の数も多い。畜生が」

 戻ってきた影嵐は、切り株に腰をおろし、ぼやいた。

「思念体の数は、あのクソ野郎が『飼った』人間のうち、1割もねぇぞ。ふざけんじゃねぇ」

「無駄に長生きだったみたいだからね、あいつは」

 ザフィルが、感情のない褪紅色の目を影嵐に向けた。

「どれだけ若く見積もっても、1000歳はくだらない。実際には2、3000歳でも若く見すぎかもしれない。だから『飼育』期間を通算で1000年として、10年ぐらい飼って捨ててを繰り返していたなら……100人にはなるよね」

 影嵐は苦々しげにザフィルを睨んだ。

「で、お前はどんぐらい『飼育』されてたんだ」

「7、8年」

 無機的に並べられた年数は、その声の平板さほど容易ではなかったはずだ。

 影嵐はため息をつき、立ち上がる。

「とにかくお前は生き残った。それだけは褒めてやる。よくやった」

 ザフィルの肩を叩き、影嵐はシルリネアの家に足を向けた。

 月嵐を迎えに行くために。


 ザフィルはしばらくの間、なぜか動くことができなかった。


 ******


「やっぱり、それぐらいですよね」

 月嵐の悲しそうな顔を見ながら、シルリネアは微笑んだ。

 余命10年前後。月嵐の見立てだ。シルリネア自身も、それぐらいだろうと踏んでいる。

 それでもだいぶマシな方だ。ザフィルの助けがなければ、既に寝たきりになっていても不思議ではなく、寝たきりになれば、遠からず——。


「子供が作れそうで、よかった」

 メイランに残せるものがある。それが嬉しくて、シルリネアは笑う。

 対する月嵐は、表情を曇らせた。

「そんなことしたら、シルリネアさんの……」

 命がなくなるかもしれない。その言葉を、月嵐は飲み込んだ。

 出産の危険性を、知らないはずがない。

 シルリネアの薄荷色の瞳は穏やかに凪ぎ、決断者の揺るぎなさを感じる。


 月嵐は深呼吸をして心を鎮め、シルリネアに微笑みかけた。

「わかりました。せめて精一杯、お手伝いさせてください」

 シルリネアがぱっと明るく笑う。

「ありがとうございます。月嵐さんがいれば、すごく心強いです」

「母と華姐にも頼んでおきます。みんな助けになってくれますよ」

 梅兄にも言っておこう。月嵐はそっと心の中に刻みつけた。

 早ければ早い方がいい——彼女の体力があるうちに。


 その後は、シルリネアの用意した薬草茶を飲みながら、穏やかに談笑するのみだった。

 お互いの近況を交換しあい、薬草について話し合い、噂話と昔話に花を咲かせる。

 ただの友達の、他愛のない時間として。


 やがて扉が叩かれ、影嵐の声がした。


 ******


 メイランは、シルリネアの家のすぐ近くで、丸太の加工に精を出していた。

 まずはザフィルの——シルリネアに言わせれば、メイランとザフィルの家を作る。

 次に、シルリネアの家を広げる。

 それが、彼女の求めた順番だった。

 だからメイランは、その通りにしている。

 シルリネアの家と同じように、丸太組みの家にしようと思う。きっとその作りが、この土地に合っているだろうから。

 屋根も同様に芝を葺こう。芝の合間に、シルリネアが薬草を植えるだろう。彼女が屋根に登りやすいよう、梯子ではなく外階段をつけたい。

 部屋割は、まずはごく簡単に。後から増やしていけばいい。1部屋のみだって構わない。

 ザフィルもきっと、文句は言わないだろう。

 風に乗って笑い声が聞こえてくる。シルリネアと、月嵐の。

 メイランも自然と笑顔になる。


 家を建てるとザフィルに言った時、彼は驚いていた。

 不思議に思って尋ねてみると、ザフィルはアザルファを殺して屋敷を出て以来、ほとんどの時間を屋外で、移動しながら過ごしていたようだ。

 だから、家を持つという感覚がよくわからないらしい。

 今度はメイランが驚く番だった。彼は、ザフィルが拠点をいくつか持っていると踏んでいたから。

「僕が1日ぐらい同じ場所にいると、魔素(マナ)が歪むからね」

 彼は淡々とそう言った。

「魔素が歪むと、魔物が来るんだ。弱いくせにうるさいし、数も多くて鬱陶しい」

「でも、ここに魔物なんて出てねぇだろ」

 メイランがそう尋ねると、ザフィルは頷いた。

「そう。ここは魔素が歪まない。神の聖域に近い場所だからだと思うけれど」

 本当の理由はわからないとばかりに、ザフィルは首を振った。

 メイランは微笑む。ザフィルにもわからないことがあるというのは、何だか奇妙で面白かった。

「とにかく、ここに家を建てるのに不都合はねぇよな」

「そうだね」

「じゃあ決まり。シルリネアの言う通りにするから」

 この短いやり取りの直後から、メイランは家を建てはじめ、今に至る。


 森のほとり、木を切り倒したあたりで、ザフィルと影嵐が何やら話をしているのが見える。

 木はザフィルが切り、丸太にしてここまで運んでくれた。すべて魔法で、あっという間に。

 ザフィルに斧を教えながら一緒に切るのも楽しいはずだが、今は時間が惜しかった。弟と一緒に何かを作る楽しみは、別の機会になるだろう。

 ザフィルは最近、影嵐に懐いている。影嵐も受け入れている。

 不思議な取り合わせだが、メイランにはザフィルの気持ちが、何となくわかった。

 メイランも昔は、影嵐の後をついて回っていたから。

「カッコいいもんなあ」

 大工仕事を続けながら笑った。誰に向けるでもなく。

 影嵐が、シルリネアの家に向かうのが見えた。夕刻には少し早いが、そろそろ帰るのだろうか。

「メイラン」

 ザフィルが、瞬間転移の魔法でふわりと現れた。

 転移の現れ方も、ずいぶん変わったように思う。以前は、空間から滲み出てくるような、不穏で重苦しい空気をまとっていたのに。

 今はずいぶん軽快になった。

「どうした?」

 作業の手を一旦休めて、メイランは弟を見る。

「終わりそう?」

「さすがに今日中は無理だけど、加工だけならもう終わるよ」

 メイランは笑い、大量の丸太を示した。地面には設計図らしきものが描かれているが、メイラン以外には読み取れないような、「極めて芸術的」な代物だった。

 ザフィルは設計図と丸太を見比べて、首を傾げる。

「じゃあ建てようか?」

 言うが早いか、ザフィルは丸太を数本宙に浮かせ、家を建てる予定の場所に移動させた。

「部品が揃ってるなら、仮組みくらいはできると思うよ。組み方を教えて」

 次々に丸太を送り出すザフィルを見て、メイランは思わず笑ってしまった。

「なんだよ、めちゃくちゃ便利だな! じゃあやっちまおう。今日、家で眠るところまでいけるかも」


 ******


 影嵐が月嵐に声をかけ、ふたりは帰ることになった。

「あ、影兄。帰る前に梅兄と話がしたいの。ちょっと待ってて」

 月嵐は、小走りでメイランのもとに向かう。

 外に出たシルリネアは、驚いて目を見開いた。

「家ができてる……」

 朝はただの平地だったはずなのに。影嵐は肩をすくめた。

「ザフィルだろ。あいつ、意外と気が回るからな」

「そうなんですよね。腹立たしいことに」

 シルリネアは苦笑した。ザフィルは気が回るし、意外と素直で献身的だ。

 いっそのこと、もっと嫌な奴であれば、メイランの弟だろうが何だろうが、憎悪することができたのに。

 影嵐はシルリネアの様子を見て、口を開く。

「まだ動けるんだろ」

「ええ、まだ」

「なら、たまにこっち来ねぇか。青嵐(ウチ)の連中も会いたがってるし——来たら俺が剣術教えてやる」

 意外な言葉に、シルリネアは思わず影嵐を凝視してしまった。

 鮮やかな碧眼が、傾きつつある陽光のもとで奇妙に明るい。

「え?」

 怪訝そうなシルリネアを見て、影嵐は軽く笑う。

「梅をけなす訳じゃあねぇが、あんたにゃ梅より俺の教え方の方が合っているはずだ。1、2年で、梅と同等にはなれなくても、紅や黒は軽くあしらえるようにしてやる」

「そんなこと、できるんですか……」

 シルリネアが呟く。それは影嵐への疑いではなく、自分に向けた不安だった。

 影嵐は躊躇せず頷いた。

「できる。あのクソ野郎とやりあってたのを見た限りじゃあ、今だって黒ぐらいは十分にある。紅にゃあ少し足りねぇが」

 シルリネアは身震いした。

 この後はただ穏やかに暮らし、徐々に体が動かなくなっていくだけだと思っていたのに。

「まだ、できるんだ……」

 シルリネアの小さな声に、影嵐は頷く。

「動けるなら十分。動けなくても、いなし方ってのがある。特別に教えてやる。梅を投げ飛ばせるやつをな」

 冗談とも本気ともつかない口調だ。

 シルリネアは、なんだかとても楽しくなって、大きく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。