第119話 明日に向ける目
翌日以降、影嵐は立て続けにやってきた。
かき集めた大量の釘と大工道具を抱え、岩嵐と月嵐を連れてきた。
岩嵐はメイランと竜の鞍について相談をし、月嵐はシルリネアを診察する。
その間、影嵐はアザルファの屋敷の地底湖に潜り、遺骨を集めた。
「思った以上に水深があるし、骨の数も多い。畜生が」
戻ってきた影嵐は、切り株に腰をおろし、ぼやいた。
「思念体の数は、あのクソ野郎が『飼った』人間のうち、1割もねぇぞ。ふざけんじゃねぇ」
「無駄に長生きだったみたいだからね、あいつは」
ザフィルが、感情のない褪紅色の目を影嵐に向けた。
「どれだけ若く見積もっても、1000歳はくだらない。実際には2、3000歳でも若く見すぎかもしれない。だから『飼育』期間を通算で1000年として、10年ぐらい飼って捨ててを繰り返していたなら……100人にはなるよね」
影嵐は苦々しげにザフィルを睨んだ。
「で、お前はどんぐらい『飼育』されてたんだ」
「7、8年」
無機的に並べられた年数は、その声の平板さほど容易ではなかったはずだ。
影嵐はため息をつき、立ち上がる。
「とにかくお前は生き残った。それだけは褒めてやる。よくやった」
ザフィルの肩を叩き、影嵐はシルリネアの家に足を向けた。
月嵐を迎えに行くために。
ザフィルはしばらくの間、なぜか動くことができなかった。
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「やっぱり、それぐらいですよね」
月嵐の悲しそうな顔を見ながら、シルリネアは微笑んだ。
余命10年前後。月嵐の見立てだ。シルリネア自身も、それぐらいだろうと踏んでいる。
それでもだいぶマシな方だ。ザフィルの助けがなければ、既に寝たきりになっていても不思議ではなく、寝たきりになれば、遠からず——。
「子供が作れそうで、よかった」
メイランに残せるものがある。それが嬉しくて、シルリネアは笑う。
対する月嵐は、表情を曇らせた。
「そんなことしたら、シルリネアさんの……」
命がなくなるかもしれない。その言葉を、月嵐は飲み込んだ。
出産の危険性を、知らないはずがない。
シルリネアの薄荷色の瞳は穏やかに凪ぎ、決断者の揺るぎなさを感じる。
月嵐は深呼吸をして心を鎮め、シルリネアに微笑みかけた。
「わかりました。せめて精一杯、お手伝いさせてください」
シルリネアがぱっと明るく笑う。
「ありがとうございます。月嵐さんがいれば、すごく心強いです」
「母と華姐にも頼んでおきます。みんな助けになってくれますよ」
梅兄にも言っておこう。月嵐はそっと心の中に刻みつけた。
早ければ早い方がいい——彼女の体力があるうちに。
その後は、シルリネアの用意した薬草茶を飲みながら、穏やかに談笑するのみだった。
お互いの近況を交換しあい、薬草について話し合い、噂話と昔話に花を咲かせる。
ただの友達の、他愛のない時間として。
やがて扉が叩かれ、影嵐の声がした。
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メイランは、シルリネアの家のすぐ近くで、丸太の加工に精を出していた。
まずはザフィルの——シルリネアに言わせれば、メイランとザフィルの家を作る。
次に、シルリネアの家を広げる。
それが、彼女の求めた順番だった。
だからメイランは、その通りにしている。
シルリネアの家と同じように、丸太組みの家にしようと思う。きっとその作りが、この土地に合っているだろうから。
屋根も同様に芝を葺こう。芝の合間に、シルリネアが薬草を植えるだろう。彼女が屋根に登りやすいよう、梯子ではなく外階段をつけたい。
部屋割は、まずはごく簡単に。後から増やしていけばいい。1部屋のみだって構わない。
ザフィルもきっと、文句は言わないだろう。
風に乗って笑い声が聞こえてくる。シルリネアと、月嵐の。
メイランも自然と笑顔になる。
家を建てるとザフィルに言った時、彼は驚いていた。
不思議に思って尋ねてみると、ザフィルはアザルファを殺して屋敷を出て以来、ほとんどの時間を屋外で、移動しながら過ごしていたようだ。
だから、家を持つという感覚がよくわからないらしい。
今度はメイランが驚く番だった。彼は、ザフィルが拠点をいくつか持っていると踏んでいたから。
「僕が1日ぐらい同じ場所にいると、魔素が歪むからね」
彼は淡々とそう言った。
「魔素が歪むと、魔物が来るんだ。弱いくせにうるさいし、数も多くて鬱陶しい」
「でも、ここに魔物なんて出てねぇだろ」
メイランがそう尋ねると、ザフィルは頷いた。
「そう。ここは魔素が歪まない。神の聖域に近い場所だからだと思うけれど」
本当の理由はわからないとばかりに、ザフィルは首を振った。
メイランは微笑む。ザフィルにもわからないことがあるというのは、何だか奇妙で面白かった。
「とにかく、ここに家を建てるのに不都合はねぇよな」
「そうだね」
「じゃあ決まり。シルリネアの言う通りにするから」
この短いやり取りの直後から、メイランは家を建てはじめ、今に至る。
森のほとり、木を切り倒したあたりで、ザフィルと影嵐が何やら話をしているのが見える。
木はザフィルが切り、丸太にしてここまで運んでくれた。すべて魔法で、あっという間に。
ザフィルに斧を教えながら一緒に切るのも楽しいはずだが、今は時間が惜しかった。弟と一緒に何かを作る楽しみは、別の機会になるだろう。
ザフィルは最近、影嵐に懐いている。影嵐も受け入れている。
不思議な取り合わせだが、メイランにはザフィルの気持ちが、何となくわかった。
メイランも昔は、影嵐の後をついて回っていたから。
「カッコいいもんなあ」
大工仕事を続けながら笑った。誰に向けるでもなく。
影嵐が、シルリネアの家に向かうのが見えた。夕刻には少し早いが、そろそろ帰るのだろうか。
「メイラン」
ザフィルが、瞬間転移の魔法でふわりと現れた。
転移の現れ方も、ずいぶん変わったように思う。以前は、空間から滲み出てくるような、不穏で重苦しい空気をまとっていたのに。
今はずいぶん軽快になった。
「どうした?」
作業の手を一旦休めて、メイランは弟を見る。
「終わりそう?」
「さすがに今日中は無理だけど、加工だけならもう終わるよ」
メイランは笑い、大量の丸太を示した。地面には設計図らしきものが描かれているが、メイラン以外には読み取れないような、「極めて芸術的」な代物だった。
ザフィルは設計図と丸太を見比べて、首を傾げる。
「じゃあ建てようか?」
言うが早いか、ザフィルは丸太を数本宙に浮かせ、家を建てる予定の場所に移動させた。
「部品が揃ってるなら、仮組みくらいはできると思うよ。組み方を教えて」
次々に丸太を送り出すザフィルを見て、メイランは思わず笑ってしまった。
「なんだよ、めちゃくちゃ便利だな! じゃあやっちまおう。今日、家で眠るところまでいけるかも」
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影嵐が月嵐に声をかけ、ふたりは帰ることになった。
「あ、影兄。帰る前に梅兄と話がしたいの。ちょっと待ってて」
月嵐は、小走りでメイランのもとに向かう。
外に出たシルリネアは、驚いて目を見開いた。
「家ができてる……」
朝はただの平地だったはずなのに。影嵐は肩をすくめた。
「ザフィルだろ。あいつ、意外と気が回るからな」
「そうなんですよね。腹立たしいことに」
シルリネアは苦笑した。ザフィルは気が回るし、意外と素直で献身的だ。
いっそのこと、もっと嫌な奴であれば、メイランの弟だろうが何だろうが、憎悪することができたのに。
影嵐はシルリネアの様子を見て、口を開く。
「まだ動けるんだろ」
「ええ、まだ」
「なら、たまにこっち来ねぇか。青嵐の連中も会いたがってるし——来たら俺が剣術教えてやる」
意外な言葉に、シルリネアは思わず影嵐を凝視してしまった。
鮮やかな碧眼が、傾きつつある陽光のもとで奇妙に明るい。
「え?」
怪訝そうなシルリネアを見て、影嵐は軽く笑う。
「梅をけなす訳じゃあねぇが、あんたにゃ梅より俺の教え方の方が合っているはずだ。1、2年で、梅と同等にはなれなくても、紅や黒は軽くあしらえるようにしてやる」
「そんなこと、できるんですか……」
シルリネアが呟く。それは影嵐への疑いではなく、自分に向けた不安だった。
影嵐は躊躇せず頷いた。
「できる。あのクソ野郎とやりあってたのを見た限りじゃあ、今だって黒ぐらいは十分にある。紅にゃあ少し足りねぇが」
シルリネアは身震いした。
この後はただ穏やかに暮らし、徐々に体が動かなくなっていくだけだと思っていたのに。
「まだ、できるんだ……」
シルリネアの小さな声に、影嵐は頷く。
「動けるなら十分。動けなくても、いなし方ってのがある。特別に教えてやる。梅を投げ飛ばせるやつをな」
冗談とも本気ともつかない口調だ。
シルリネアは、なんだかとても楽しくなって、大きく笑った。




