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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
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第118話 誓い

 突然の贈り物に、メイランは頭を抱えてしゃがみこんでいる。

「いつまでそうしてんだ、腹括れ。一番やりてぇことはなんだ」

 影嵐(エイラン)が、メイランの背中をつま先だけで蹴りながら問いかける。

「……シルリネアを幸せにすること」

 メイランは小さく、しかし即座に呟いた。

 彼女の笑顔をひとつでも増やしたい。

 残った時間は、決して多くないけれど。

 影嵐はため息をついた。

「そこまでわかってんなら、親父らの厚意を最大限に利用しろ。いいな。必要なら、雪月花まとめて連れてきてやる」

 女性陣の名前に、メイランはくすりと笑う。

紅嵐(ホンラン)の名前は出ねぇんだ」

「あいつは別枠だろうが」

「そりゃそうか」

 メイランはもう一度笑い、立ち上がる。

「わかった、そうする。でさ、相談なんだけど。岩叔を呼んでくんねぇ? あの竜に鞍作んねぇとでさ。あと、家建てるのに必要なモン一式。木はあるから、工具と、まずは釘かなぁ。とにかく、なんもないんだよ。イチから作る時間も惜しいし」

 ここにはシルリネアと、彼女の家しか残っていない。

「それだけか」

 影嵐に改めて問われ、メイランはもう一度考える。

「うーん……あ、そうだ」

 メイランが優しく笑う。

月嵐(ユエラン)も呼んでよ。ザフィルには見立ててもらったし、今も色々やってもらってるんだけど、月嵐にもシルリネアの体を診てもらいたい」

 影嵐が片眉をあげた。

「あいつはどう見立ててる? 月に前もって伝えた方がいい」

「詳しいことは、直接聞いた方がいいと思うけど……」

 メイランは、ザフィルに言われたことを思い出しながら、影嵐に説明した。


 ******


「それで、代金なんだけど」

 一通りの説明と荷の確認を終えた黒嵐(ヘイラン)が、シルリネアに切り出す。

「影兄からは、支払いに使えそうなものを見繕って、湖姐の許可をもらえって聞いてるんだけど。どこから探せばいい?」

「ええっと……」

 シルリネアは足元の小石を見た。この村に転がっている石の多くは、宝石だ。その話をしようとした時。

「僕が払う」

 ザフィルが戻ってきた。淡々と歩く彼の後ろから、紅嵐(ホンラン)もついてくる。

 黒嵐が、あからさまに嫌そうな顔をした。

クソ野郎(アザルファ)の屋敷と中身すべて。どう?」

「どうって……」

 黒嵐が困惑していると。

「ずいぶん豪気じゃねぇか」

 影嵐も戻ってきた。メイランと共に。

 ザフィルは感情を乗せずに答える。

「僕にとって、何の価値もない場所だ。でも、代金にはなるでしょう? あなたは、地底湖に用があるとも言っていたよね。あそこが手に入れば、都合がいいはずだ」

 ザフィルは影嵐に視線を合わせて、言葉を続ける。

「ザルミールの盗人どもにやるぐらいなら、あなたたちに買ってもらった方が、ずっといい。本はヴェンツェルにでも売って」

「お前は要らねぇのか」

 屋敷や金銀財宝はともかく、本は魔法使いに必要なのではないか。影嵐はそう問いかけている。

「全部読んで、頭に入ってる。暗唱しようか?」

 黒嵐の表情が歪んだ。

 暗記暗唱は黒嵐の得意技だ。十八番(おはこ)を取られるようで、気分が悪いのだろう。メイランが苦笑し、シルリネアは口を開く。

「あそこの本、開いた形跡なかったけど」

 ザフィルがどうやって読んだのか、知りたがっている様子だ。

 ザフィルは薄く笑った。

「魔法」

「だろうと思った」

 シルリネアが笑った。

 メイランも笑い、黒嵐の背を何度か叩いた。

「悪ぃな黒嵐。今度また、稽古つけてやるから」

「……今からがいい」

「わかった。お前の仕事が終わったら、付き合うよ」

 黒嵐をなだめてから、影嵐に笑いかける。

「どう? 支払いには十分だと思うけど」

 影嵐が頷いた。

「いいだろう。あそこを丸ごと貰い受ける。その価値の分は、全部青嵐(ウチ)の借りだ。借りが尽きるまで、何でも運んでやる」

 おそらく一生かけても、使いきれない額になるだろう。

 だが、その方がいい。

 親父たちも喜ぶはずだ。

 どうせ、数世代に渡る付き合いになるだろうから。


 ******


 届いた荷物を片付けてから、メイランは黒嵐と紅嵐に稽古をつけた。

 その後、影嵐と軽く手合わせをして、意見の交換をした。

 実力が拮抗するふたりだけに、口論に熱が入りすぎ、あわや掴み合いの喧嘩に発展しかける。

 止めたのはシルリネアだ。

「そこまで! おしまい!」

 声を張り上げ、手を数度打ち鳴らすと、ふたりはびくりとして動きを止めた。

 シルリネアが悠然と微笑む。

華嵐(ファラン)さんの真似したんだけど、思ったより効くのね」

「……おっかねぇ。マジで華姐かと思った」

 メイランが苦笑する。影嵐も大きなため息をつき、冷や汗を指で拭った。

「華姐が見えた」

 黒嵐が真顔で言い。

「湖姐って華姐に似てたんだね……」

 紅嵐もシルリネアをまじまじと眺める。

「華嵐さんに似てるなら、光栄かも」

 シルリネアは笑ったが、青嵐(せいらん)の弟妹たちは、揃って複雑な表情を見せている。

 華嵐の威光は、彼ら全員にしっかり染み付いているようだった。


 ******


 日没が迫り、誰もが引き揚げどきだと感じていた頃。

「こんばんは。おや、皆さん揃って賑やかだ」

 ヴェンツェルが、ずっしりと重そうな荷物を抱え、転移門でやってきた。

「今日は千客万来だなあ」

 メイランが笑う。

「いつもは静かなのにね」

 シルリネアも、メイランの横で微笑んだ。

「すぐ退散しますよ。お二方の邪魔はできないので」

 ヴェンツェルが冗談めかして笑いかけると、シルリネアが夕闇にまぎれて頬を赤くした。

 メイランはシルリネアを愛おしく見つめてから、ヴェンツェルに笑いかける。

「で、どうしたの」

「ご報告をと思いましてね。シルリネアの異端と偽聖女を、やっと解けたので」

「え……!」

 シルリネアは、思わず息を呑んだ。ヴェンツェルが微笑む。

「お待たせしてしまいましたが、あなたの名前は、記録から抹消という形になりましたよ」

 ヴェンツェルは、会議の経緯をかいつまんで話した。

「ありがとうございます、ヴェンツェルさん。そこまでしていただけるなんて……!」

 シルリネアは、深々と頭を下げた。

「よかったな」

 メイランもヴェンツェルに一礼してから、シルリネアを優しく抱きしめる。

 紅嵐と黒嵐はふたりを見て微笑み、顔を見合わせて互いの拳を合わせた。

「いい手際してやがる」

 影嵐は軽く笑い、ヴェンツェルは当然だと言わんばかりに胸を張った。

「ということでザフィル、あなたも約束を果たしてくださいね。紙と筆記具一式はこれ」

 持ってきた荷物を、ザフィルの前に置いた。

「足りなければいつでも言ってください。すぐ融通します」

「わかった」

 ザフィルは受け取った荷物を、どこかに転移させて消す。

「書いたら、魔法王国の書庫に直接送る。あなたが書庫を開くまでに、何冊か書けていると思うよ」

 ヴェンツェルは目を見開いた。

 こんなに挑発的な彼は、初めてだ。声を上げて笑う。

「いいでしょう。なるべく早く、祖国に戻ります。1冊も書けてなかったら、何かしてもらうことにします」

「わかった」

 ザフィルが口の端だけでかすかに笑う。

「あなたは勝てないと思うよ、ヴェンツェル」

 ザフィルは既に書き始めていた。荷をほどき、紙とペンを取り出し、彼の頭の中にあるものを直接読み取り、書き記す——筆記に特化させた魔法生物が。

 魔法生物であれば、休息なしで書くことができる。

 まず夜明けまでに1冊。その後は半日から1日ごとに1冊。

 それぐらい書けば、十分だろう。

 しかもザフィルの選んだ執筆場所は、魔法王国の書庫の中だった。


 ******


 全員が帰り、夕食も終わり。

 ザフィルは本を書くと言って、どこかに消えてしまった。

「あいつ、どこに隠れ家持ってんだろうなぁ」

 メイランが笑う。シルリネアもつられるように笑った。

「今度聞いてみる?」

「だな。そうしよう」

 小さなシルリネアの家で、小さな炉を囲む。それがふたりの、夜の習慣になっていた。

 ふたりきりで、何もない。それがひどく贅沢だ。

「あの、さ」

 メイランは、手の内にあるカップを弄びながら言った。

「なに?」

「今日の荷物、親父らからの贈り物が混ざっててさ」

「え、そうなの? もしかして、影嵐さんと話してたのって、それ?」

「うん、そう。でさ……」

 メイランは曖昧に笑った——言うべき言葉を探して。

 言い淀んでしまったメイランを見て、シルリネアが苦笑する。

「どうしたの? なんだか、困ってるみたい」

 そう。確かに困っている。言葉が出てこなくて。

 ああもう仕方がない。メイランは言葉を探すことをやめた。

 きっとシルリネアなら、かっこ悪くても笑って許してくれるだろう。

「親父が、家具と衣装、送ってきたんだ。衣装は、婚礼の、立派なやつで。母御からは、シルリネアの、嫁入り道具、みたいなの。でさ、その衣装で俺、親父、たち、に、挨拶、したくて。シルリネアと、いっしょに」

 メイランは途切れ途切れになりつつ、一度で言い切った。シルリネアに、口を挟む余地すら与えずに。

 シルリネアの顔を直視できないまま喋ったので、彼女がどんな表情をしているのか、わからない。もし嫌がられたらどうしよう。恐る恐る目を向けると——。

 シルリネアは頬を紅潮させ、驚きと歓喜の入り混じった顔でこちらを見ていた。

 何度も何度も頷いてから、口を開く。

「すごく、すごく嬉しい。メイラン……! ねえでも、私、あまり……」

 メイランはゆっくり首を横に振った。

「関係ない。俺は、シルリネアが好きなだけだから。シルリネアこそ、俺に大切な時間をくれるの?」

 シルリネアの大きな瞳が、涙で揺れる。

 唇が魅惑的な微笑みを形作る。

「全部あげる」

 シルリネアが抱きついた。

 メイランは抱きとめる。

「シルリネアのしたいこと、全部やろうな」

 囁くと、彼女は腕の中でクスクスと笑った。

「私、メイランがしたいことを、したい」

「それズルいなぁ」

 メイランは苦笑した。シルリネアを頭上まで抱え上げ、降ってくる黄金色の髪を楽しむ。

 薄荷色の瞳を心ゆくまで見上げてから、シルリネアの唇を存分に味わった。

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