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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
117/123

第117話 俗人の戦い

 リュミエール神聖王国。

 光の神の大神殿。

 もっとも権威ある大聖堂の中で、最高位の会議体である至光会議が開催されている。

 ヴェンツェルとゲルハルトは、シルリネアの偽聖女、異端認定を解くために、この場にいる。


 ザフィルは——虚無を操る月白の魔法使いは、死んだ。書類上、あるいは記録上において。

 シルリネアについては、別角度からの訴えをする。


「たびたび恐れ入ります」

 ヴェンツェルは、会議の冒頭で礼儀正しく一礼した。

「本日は、皆様方が偽聖女、異端と認定した我が国の使者、シルリネアについて再考いただきたく、僭越ながらご足労いただいております」

 一回で決める。そのための論点も整理した。

 ヴェンツェルは、ゆっくりと深呼吸をしてから、ふたたび口を開いた。

「シルリネアは確かに、この神聖なる大神殿の中で、神の力に依らない治癒魔法を使いました。そのことについては、本人も認めております。曰く、『あまりにも哀れで見るに耐えなかった』と。これは彼女の善性であり、決して悪意ではあり得ません」

 列席者を見渡し、様子を見た。

 懐疑的な目を向ける者が大半を占める。予想通りの反応だ。

 気にせず次に進む。


「とはいえ彼女は、神の力に依らない癒しを行使した。この事実が曲げられないことは確かです。ですがここで私は、大切な視点をひとつご提案したく存じます。それはつまり、シルリネアは、光の神の信徒ではない、ということです」

 ざわり、と場がさざめいた。

 信徒でない者が、大神殿に出入りした。その単純な事実さえ、彼らには信じがたいことのようだ。


 この視点は、ゲルハルトから得た。

 ゲルハルトは大神殿の中で、多くの人々と交流していた。

 その中で武人たちが、この大神殿にいる人々は全員、光の神の信徒だと信じて疑っていないことに気付いた。

 ゲルハルトは当初、その素朴かつ単純な思考を信じられなかった。ただの建前だと思った。

 だが、彼らが本気でそう思っていることを理解した時。

 世界の見え方が変わった。


「本来であれば、光の神の信徒を使者として遣わすべきでした。この問題に関しては、完全に私の手落ちです。大変失礼なことをしたと、悔いております」

 沈痛な表情を作り、ヴェンツェルは大きく頭をさげた。悔恨を示すために。

 本当は、大神殿の常識の方がおかしいと思う。だがこの場は、彼らの文脈に合わせる方が得策だ。

「ですが皆様方、お考えいただけないでしょうか」

 顔をあげて周囲を大げさに見回し、真摯な表情を主張する。

「シルリネアは、光の神の信徒ではない。であるなら、異端でもあり得ないのではないでしょうか。さらに、聖女でさえない。異端も聖女も、無論偽聖女も、光の神の信徒の中で認定されるもののはずだからです」

 制度の枠外にいる人物を、制度上の名称で切り分け、断罪すべきなのか。

 ヴェンツェルはそう問いかける。

「強いて申し上げるならば、異教徒です。そして彼女は、善き異教徒であると断言できます。異教徒は、偽聖女にも異端にもなり得ないのではないでしょうか」

 ざわめく議場を見回し、ヴェンツェルは少し時間を置いた。

 人々の目が十分に集まったと判断できたところで、重々しく言葉を発する。

「ゆえに私は、発議します。シルリネアは異教徒だ。ゆえに偽聖女でも異端でもありません。そして——」

 大きく息を吸い。

「この問題は、光輝あふれる大神殿の記録にはふさわしくない。彼女の記録については、すべて『抹消』すべきです」

 結論を言った。

 大神殿は、誤りを認めたくないだろう。ゆえに「抹消」。最初からなかったことにするのが、もっとも好都合なはずだった。


 ******


 ざわざわと議場全体が蠢動する。

 ヴェンツェルを全面的に支持する者、支持しきれない者、あるいは感情的な問題で一切の支持を拒む者。様々だ。

 予想通り、シルリネアの偽聖女、異端の認定を先導した過激派、急進派のあたりが強く反発している。

 だが彼らの中には、獅子身中の虫がいる。

 ロランド高司祭。

 ザフィルの傀儡に堕ち、今はヴェンツェルの意向に沿って動く者。

 ロランド高司祭は当初、彼の所属する急進派に迎合するような言葉を口にしていたが——徐々にヴェンツェルの意見に軌道修正していき、派閥の仲間を説得しはじめた。

「実際、これからあの偽聖女を追うのは大変でしょう。追討隊を出したのに捕らえられなかったとなれば、それこそ汚点ではないですか?」

「記録に汚点を残すぐらいなら、抹消した方が得策に思えますが……」

「これから再興するであろう魔法王国に、恩を売ったと思えばいいのです」

 ロランド高司祭の口からは、そのような言葉が漏れ聞こえる。

 聖職者の言葉とは、とても思えない。実に俗物だ。

 ザフィルがロランド高司祭を「あれ」としか呼ばず、見下げていたことを思い出し、ヴェンツェルはわずかに苦笑した。

 俗物には、俗物の使い道がある。

 ヴェンツェルは、俗物だろうが何だろうが使う。ザフィルは使わない。

 その違いが、ただの秀才と、完全なる天才の差に思えた。


 ******


「決議します」

 議長が厳かに告げた。

 決議は多数決を踏まえた上で、大司祭の裁断に委ねられる。

 大司祭は儀礼上、多数決を覆すことはない。

 おそらく今回も、覆すことはないだろう。

「シルリネアの記録を『抹消』すべきだと思われる方、挙手願います」

 シルリネアの異端と偽聖女の問題ではなく、記録の抹消に焦点が絞られた。

 ヴェンツェルは勝ちを確信する。彼女は異端でも偽聖女でもない。ゆえに、記録を残すか否かのみを問う。そう言っているようなものだ。

 挙手が次々にあがる。

 数えるまでもない。明らかに過半数を超えていた。

「ありがとうございます」

 議長は挙手をさげさせ、大司祭に向き直った。

「ご裁断を」

 大司祭は頷いた。震える老体を左右から支えられ、立ち上がる。

「皆の判断の通り、かの女性の記録をすべて抹消することとする」

 かすれた老人の声が、堂内に響いた。

「ありがとうございます。大司祭猊下と皆様の英明なご裁断に感謝いたします」

 ヴェンツェルは頭を下げた。ゲルハルトも謹厳に一礼する。

 これで、やっと次に進む準備が整った。

 シルリネアに結果を報告し、ザフィルに本を書かせ——魔法王国を再興する。

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