↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
116/123

第116話 青嵐の手並み

 シルリネアは、少しずつ回復していった。

 とはいえ、彼女の余命が延びたのではない。

 ザフィルは数日ごとに彼女の状態を確認し、必要な処置を施す。

 臓器を支え、途切れがちな神経や血管、筋肉を繋ぐ。

 その際、ついでに自分の手足を直していった。

 シルリネアの手足を正しい形とみなして直したせいか、ザフィルの手足は、心なしか彼女のものに似てきた。

「筋肉のつき方が似たんだろうな」

 メイランは、そう言って笑う。

 彼の手足は、ふたりに比べて筋肉質で太く、逞しかった。


 ザフィルは今までずっと、自分自身だけを直していた。

 支障なく動く程度に直れば、それでいいと思っていた。

 だがシルリネアには、それだけでは足りない。

「きちんと」直す必要がある。

 たとえば傷跡を残さないこと。たとえば痺れを残さないこと。たとえば——。

 多岐にわたる項目を、ザフィルはひとつひとつ丁寧に解決していった。

 今までやったことのないような精密さで。


 メイランが気にする。それが最大の理由だ。

 シルリネア自身は、ザフィルに近い考えを持っていた。動ければいいと笑い、多少の不都合は、やむを得ないと受け入れる。

 だがメイランは、シルリネアが少しでも不便そうな様子を見せるたびに、なんとかならないかとザフィルに訴えた。

 そしてザフィルは(メイラン)に対して、どうしても否と言えなかった。

 頼まれると、どうにかしようと考えてしまうし、実際どうにかなってしまう。


 日々は穏やかに繰り返され、ゆっくりと過ぎていく——多少の不安と焦燥を乗せて。


 メイランのこだわりのおかげと言うべきか。

 ザフィルは人体の構造を、驚異的な精度で理解できるようになった。

「きっと、世界中で僕が一番詳しいよ」

 とある日の夕食、ザフィルはそう言って肩をすくめた。

「素材を揃えれば、人体を作れるぐらいにはね」

 作る意味と価値はない。だが、作る自信はある。

 シルリネアが遠慮がちに問いかけた。

「じゃあ、そこに魂……みたいなものを組み合わせたら、人間……っぽいものができる……?」

「かもしれない」

 あっさり認めたザフィルを見て、メイランは呆れたように笑う。

「マジかよ」

「今のところ、やる気はないけれど」

 シルリネアとメイランは顔を見合わせ——苦笑した。

 アザルファは神に近い存在だったが、こいつ(ザフィル)はそれ以上ではないのか?

 声にせずとも、ふたりとも同じ気持ちだった。


 ******


 そんなある日。

 影嵐(エイラン)が転移門からやってきた。

 数台の荷馬車を連ね、紅嵐(ホンラン)黒嵐(ヘイラン)を従えて。

「こんなに頼んだっけ」

 予想をだいぶ上回る量だ。メイランは困惑気味に出迎えた。

「半分は青嵐(ウチ)からだ。主に親父と母御殿からな」

「えぇ……」

「説明してやる。こっちこい」

 メイランは影嵐に引っ張られていった。

 少し離れた場所で、ふたりは話し込んでいる。


 やがて、シルリネアもやってきた。

「紅嵐、黒嵐! 久しぶり!」

 花のような鮮やかさで笑い、小走りで駆け寄る。

 その少し後ろに、ザフィルがいた。

「湖姐! 元気だった?」

 紅嵐が嬉しそうに跳ね回り、シルリネアに軽く抱きつく。

 シルリネアは、紅嵐の小柄な体を抱きとめて笑う。

「見ての通り元気。紅嵐も変わりなさそうでよかった。黒嵐も会えて嬉しい」

「俺も湖姐に会えて嬉しいよ」

 黒嵐が、はにかむように笑った。シルリネアの後ろを、少し気にしながら。

 どうしたんだろう。シルリネアは背後を見て——思わず笑ってしまった。

 黒嵐は、ザフィルが苦手なんだ。

 当のザフィルは、まったく気にしていない様子だ。そもそも、黒嵐を覚えているのかさえ怪しい。

 特にあの頃のザフィルは、触媒のせいで死にたがっていたから。自分の死に関係のないことを、果たして覚えているかどうか。

「ねえザフィル、黒嵐と紅嵐、覚えてる?」

 シルリネアはザフィルに尋ねてみた。ザフィルは首を傾げてふたりを見て。

「何となく」

 と言った。

「は?」

 黒嵐が喧嘩腰になる。

「こっちはお前のせいで、寝込んだし醜態を晒すはめになったんだけど」

「そう。大変だったね」

 何の感情もこもらない平板な声で、ザフィルは応じた。


 ああ、これは会話にならない。

 シルリネアが仲裁するために声をかけようとすると、まだ抱きついていた紅嵐が、シルリネアにだけ笑いかけた。

 任せておけ、ということだろうか。

 紅嵐はシルリネアから離れ、トコトコ歩いていく。ザフィルのもとに。

 ニコリと笑顔を向けた。

「こんにちは。あなたが梅兄の弟のザフィルでしょ? 影兄から聞いてる。私は紅嵐、よろしくね」

「……よろしく、紅嵐」

 突然親しげに話しかけられ、ザフィルは困惑気味だ。

「ザフィルは何歳? 私は18」

「22ぐらい」

 ザフィルの年齢を聞いて、紅嵐は大げさに驚いてみせた。目を見開き、楽しそうに笑う。

「あ、照兄と同じだ! えー、嬉しいな。照兄はいい人だから、きっとザフィルもいい人だね。梅兄の弟だし」

 紅嵐の決めつけに、ザフィルは眉をひそめた。

「論理性に欠ける」

「えー、いいじゃん。そんなもんだよ会話なんて。ザフィルってすごい魔法使いなんでしょ、ちょっと教えてよ。私、勉強中でさ……」

 ザフィルを会話で引き回しながら、紅嵐は徐々に黒嵐と距離を取っていく。会話の合間に、紅嵐は黒嵐に視線を送った。

 黒嵐は大きなため息をつく。

「正直、助かった。照兄は21で22は月姐だけど……まぁ紅嵐だし……」

「そうね。黒嵐、お疲れ様」

 シルリネアは軽く笑い、黒嵐をねぎらった。黒嵐がザフィルを嫌うのは、仕方のないことだろう。

 黒嵐は懐から書類を出し、シルリネアに渡す。

「これ、納品書。ちゃんと揃ってるか確認して。わからないことは説明するから」

 納品書には、びっしりと品名と数量が書かれていた。これを、実際に運ばれてきた荷と照合しろということだろうか。

 シルリネアが苦笑する。

「やったことないから、教えてくれる?」

「もちろん。じゃあ一緒に確認するよ」

 黒嵐は少し自慢げに、荷車に乗せられた品々を説明しはじめた。


 ******


「あの荷車は、全部親父と母御殿からだ」

 山と積まれた荷車1台を示して、影嵐が言う。布類や家具のようなものが見える。

「あれどうすんの……」

 状況が掴めず、メイランは戸惑っている。布はともかく、家具は入れる場所がない。

「あれを入れる家を建てんだよ。梅、お前がな」

 影嵐は言いながら、紙をメイランに突きつけた。文字を読むと、どうやら荷車に積まれている品の一覧のようだ。

 品目を追っていくと、ひっかかるものがあった。まさか——。

「影兄、これ——」

 家財道具一式の中に、明らかにシルリネアに向けられたものが多く含まれている。鏡、裁縫箱、櫛、簪、髪飾り、化粧道具、冬物を仕立てられそうな布地、そして。

 影嵐がニヤリと笑い、頷いた。

「さっさと祝言挙げろってこった」

 婚礼衣装一式が、立派な箱に入っていた。

「つっても寸法……あー岩叔か、くっそー」

 衣装の寸法はどうするんだと反論しようとして——メイランは思い出してしまった。

 武具の作成を依頼した時に、岩嵐(ガンラン)がふたりの寸法を計っていたことを。

 八方塞がりだ。メイランは困り果てて頭を抱えつつ、なぜか口には笑みが浮かんでしまう。


 どうやら安洛城では、すっかり包囲網が完成しているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。