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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
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第115話 ヴェンツェルの投資

 ヴェンツェルは帰還後、まずは体の汚れを落とし、十分な睡眠と食事を取った。

 まともな思考状態を回復させ、ゲルハルトと合流して起きたことを伝える。

「ということです。星集めの剣は、しばらくシルリネアの元ですね。これは仕方ないと思います」

「そうだな」

 ゲルハルトも頷いた。

 あの娘の生命を王国の宝剣が支えていることに、不思議な縁のようなものを感じる。

「ザフィルの髪も月白色ではなくなりましたから、これで正式に『月白の魔法使い』はいなくなりましたね。今の彼を見て、月白を想起する人はいないでしょう」

 愉快そうに、ヴェンツェルは笑う。

「本を書かせることもできそうですし、それらを、再興する祖国の書庫に収めることもできる——実に、楽しみです」

 ヴェンツェルは、魔法という技術の未来を信じている。

 そして魔法技術の先頭は、祖国であるべきだと確信している。それでこそ、魔法王国を標榜できるというものだ。

 ゆえに本来であれば、ザフィルをもっと利用したい。

 祖国再興の文脈において、彼は利用価値が極めて高い。

 とはいえ、あのザフィルが、大人しく利用されるに甘んじるはずもない。

 国の再建に興味を示すとは、さらに思えない。相応の地位を用意しても、彼は変わらないだろう。

 だから、部分的な協力要請で手を打った。この加減を間違えると、祖国の二の舞になる。

 楽しそうなヴェンツェルを見て、ゲルハルトも微かに微笑む。

「こちらでも、未来に期待できそうな収穫があった」

「おや、王家の宝物庫に何か良いものでもありましたか?」

 意外そうに身を乗り出すヴェンツェルに、ゲルハルトは首を横に振った。

「いや。品物ではなく『心』を見た」

 あの時の光景を思い出しながら、ゲルハルトは語る。

 彼の足元には、今もまだザフィルの子犬型の魔法生物がくっついていた。


 ******


「終わった」

 あの時、子犬型の魔法生物はそう言った。

 そうか、片付いたのか。

 無事に終わって良かった。将来有望な若者を失わずに済んで良かった。

 安堵すると同時に、偉業を成し遂げた若者たちを心から称賛した。声には出さなかったが。

「リュミエールに帰る?」

 魔法生物に問われ、ゲルハルトは首を横に振った。

「いや、せっかくだから祖国の現状を見ておきたい。その後、帰るという段取りで良いか?」

「わかった。帰る時に教えて」

 魔法生物は、あからさまな子犬の仕草で、ちょこちょことゲルハルトの足元にまとわりついた。


 城下に出ると意外なことに、ささやかな集落が形成されつつあった。

 何もかも破壊され、消え去ったというのに。この者たちはどこから来たのだろう。

 通りがかりの青年に尋ねてみると、彼は笑ってこう言った。

「我々は、祖国が滅んだ時にこの国を離れていた者たちです。他国で暮らしていこうと思っていたのですが、どうしても祖国を忘れられなくて……」

 照れくさそうに笑う青年が、ゲルハルトには眩しく映った。


 アステリア王国は小国で、決して豊かな国ではなかった。

 山がちな地形で、人が住むに適する平地は少ない。鉱石が数種採れるものの農耕は難しく、家畜を飼うのがせいぜいだ。

 傭兵や他国の小作人として、国民を近隣諸国に出すことが、主な産業だった時代さえある。

 その中で王家は魔法という技術に注力し、数代に渡る研鑽の結果、魔法王国の異名を持つに至った。

 ただそれだけの国だ。

 お世辞にも、住みやすい土地ではない。


 それなのに、彼らは戻ってきてくれた。

 ゲルハルトには、彼らの存在こそが、未来に繋がる希望の光だと思えた。


 城下にはいくつかの集団があった。

 概ね職能単位で固まっていて、どの集団も他国で難を逃れた人々の集まりだ。

 辿ってきた歴史的経緯により、アステリア王国の民は、今でも他国で働く者が少なくない。

 皮肉なことにそれが幸いし、かなりの数の人々が集まりつつあった。

 彼らは皆、異口同音に言う。

 祖国はなくとも、生まれた土地に帰りたかったのだと。

 素朴で美しい郷土愛をゲルハルトは胸に刻み、帰還した。

 このような人々が胸を張って誇れる国を、再興しなければならない。


 ******


 ゲルハルトは、城下の様子を語って聞かせた。

 ヴェンツェルは考え込む。

「なるほど……では共和制も視野に入りますね。王制だろうと決めつけていましたが」

「そうだな」

 ゲルハルトは頷いた。

 王制にすると言っても、王家は既にない。誰を王に据えるかで、一悶着あるに決まっている。それならばいっそのこと、共和国でもいいだろう。

 ともあれ、すべては故国の地に戻ってからだ。


 ヴェンツェルは思考を切り替えるように微笑み、首を振った。

「やや先の未来の話はひとまず置いて、我々は引き続き、シルリネアの偽聖女疑惑と異端を解くところからはじめましょう。彼女個人も好ましいですが、それ以上に、彼女には借りと価値がありますからね。帰るのはその後です」

 個の武力として最高峰のメイラン。

 ザフィルという孤高の天才。

 義に厚く結束力のある青嵐(せいらん)

 シルリネアを助ければ、これだけの——。


 自分の政治的な思考に気付き、ヴェンツェルは苦笑した。

 これからは、純粋な個であることが難しくなるのかもしれない。

 そうなる前に、影嵐(エイラン)とは酒を酌み交わしておきたかった。


 ******


「ということで、来ました」

 夕刻の安洛城、安洛通運。

 ヴェンツェルはにこやかに現れた。

 西国の酒とつまみをたっぷり抱えて。

 半分は影嵐と飲むために。

 もう半分は、手土産として。

 影嵐は呆れた様子で出迎えたが、すぐにニヤリと笑う。

「ちょっと待ってな——黒! 客だ、相手しろ!」

 呼ばれて現れた黒嵐(ヘイラン)は、ヴェンツェルを見て笑顔になった。

「ヴェンツェルさんだ! お久しぶりです!」

「俺の客だ、失礼なことすんじゃねぇぞ」

 影嵐は黒嵐に笑みを向けてから、姿を消した。

「あなたもお元気そうで、何よりです」

 ヴェンツェルは微笑み、手土産として持参した分を黒嵐に渡した。

「影嵐さんと酒を飲む約束をしていましてね、今日はそのために来ました。これは場所代です。皆さんでどうぞ」

「ありがとうございます——うわ、うまそう」

 黒嵐は手土産の中身をざっと確認し、羨ましそうにヴェンツェルを見た。

 きっとこの手土産の多くは、黒嵐にまで届かないのだろう。ヴェンツェルは、手土産の中から小さなものをいくつか抜き取り、黒嵐に手渡した。

「私の相手をしてくださるそうなので」

 内緒ですよ、と付け足すと、黒嵐は嬉しそうに笑った。

「ところでヴェンツェルさん、俺、いくつか聞きたいことがあるんです」

「いいですよ、伺いましょう」

 黒嵐の符術は、ヴェンツェルの使う魔法体系とは違う。だが、理論に支えられた体系であることと、魔力を使う技術であることは共通している。

 だから、答えられることもあるだろう。

 影嵐の仕事が終わるまで、ヴェンツェルと黒嵐は、ずっと魔法と符術の談義をしていた。


 ******


 仕事を片付け、いくつかの酒とつまみを提げて戻ってきた影嵐が見たのは、ヴェンツェルの講義を熱心に聞いている黒嵐の姿だった。

「符術から宗旨変えか?」

 揶揄の色を混ぜて声をかけると、黒嵐とヴェンツェルが同時に影嵐を見た。

「影兄おかえり。違うけど、参考になる部分がいっぱいあるんだ」

 黒嵐は影嵐の揶揄を気にせず、笑顔を見せた。その横でヴェンツェルも笑っている。

「黒嵐は飲み込みが早いので、私も楽しいんです。つい時間を過ごしてしまいましたね」

 実際黒嵐は優秀だ。

 ヴェンツェルは半ば本気で、黒嵐を魔法王国の再興に誘いたいと思っている。

「そうかい——黒、お前の仕事は終わりだ。帰ってメシでも食って寝ろ」

「えぇー……」

 影嵐に退室を促された黒嵐は、不満そうな顔を見せつつも、影嵐に従って席を立った。

 それでも立ち去りがたいらしく、動こうとしない。

「また来ますよ。今度はザフィルも連れて来ましょうか?」

 ヴェンツェルが笑いかけると、黒嵐は顔をしかめた。

「あいつはちょっと……」

 魔力を乱され、醜態を晒した記憶が黒嵐の脳裏に浮かんだ。

「だいぶ変わって、付き合いやすくなったと思いますよ」

 ヴェンツェルが苦笑し、影嵐もニヤリと笑う。

「梅んとこに荷を届ける時、お前と紅も連れて行ってやる。だから早く帰れ、粘ると俺なしでザフィル宛てに届けさせるぞ」

 影嵐はどうしても自分を追い出したいらしい。黒嵐は諦め、退散することにした。

「わかった、わかったよ影兄。ヴェンツェルさん、絶対また来てくださいよ」

「もちろん」

 ヴェンツェルの返事に安堵して、黒嵐は部屋から出ていった。

 黒嵐の足音が遠ざかるまで待ち、影嵐が軽く笑う。

「これから梅とザフィルの悪口合戦だ。あいつに聞かせる話じゃねぇ」

「そうですね」

 ヴェンツェルも同意した。黒嵐は混ざりたかったようだが、やむを得ない。

「梅は弟妹に人気があるからな。わざわざ『いい兄貴』像を壊すこともねぇだろ」

 言いながら、影嵐は持参した酒を開けた。盃に注ぎ、ヴェンツェルの前に押し出す。

「でしょうねぇ。あのザフィルも懐くぐらいですし」

 ヴェンツェルも、持ってきた酒の中から一番いいものを開けて注ぎ、影嵐に渡した。

 盃を掲げあい、飲み干す。


 夜はまだ長く、話したいことはたくさんある。

 悪口と愚痴が尽きても、言葉が尽きることはない。


 翌日のヴェンツェルと影嵐は、それぞれに体調が優れなかった。

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