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月白の魔法使いを黎明で殺す  作者: 二羽鳥ごまの
第16章 終章・その後
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第114話 ザフィルの歪み

 影嵐(エイラン)との取引がすべてまとまり、全員が一旦外に出た。

 空はまだ明るいが、太陽はだいぶ傾きはじめている。

 影嵐が別れの挨拶をしようとした時。

「影嵐、時間ある? 日没ぐらいまで」

 ザフィルが先んじて口を開いた。

「どうした」

 影嵐の了承を見て、ザフィルは用件を告げる。

「メイランは転移門を使えないから、代わりの移動手段を用意したんだけど」

「移動手段?」

 影嵐が怪訝そうに眉をひそめ、ザフィルは頷く。

「そう。メイランとシルリネアにも紹介する」

「紹介?」

 メイランは見当がつかず首をひねり、同じような表情のシルリネアと顔を見合わせた瞬間、空間が大きく歪んだ。

 メイランが、反射的にシルリネアを背にかばう。影嵐も身構えた。

 ザフィルの横に現れたのは、馬数頭分の体躯を持つ竜だった。灰色混じりの白い鱗をしている。

「これ」

 ザフィルは事もなげだ。

「これって……」

 シルリネアが絶句した。メイランと影嵐も、二の句を継げない。

「北大陸には竜が多いから、手頃なのを捕まえてきた。中央大陸に移動するなら、空が楽だと思って」

 ザフィルはそう言って、影嵐を見た。

「どう?」

 影嵐はこれみよがしなため息をつき、ザフィルを軽く睨みつけた。

「どうもこうもあるかよ」

「だめ?」

 影嵐は理解した。

 メイランが移動する可能性が高いのは、青嵐(せいらん)関連の場所だ。だから、関係者である自分に意見を求めているのだろう。

 配慮はしているようだ。ザフィルの価値観なりに、ではあるが。

「調教できてんなら文句はねぇよ。こいつを、どこにどうやって繋ぐのか知らねぇが」

「調教はまだ。今は魔法で縛って言いなりにさせている。呼べば来るようにして、普段は放っておくつもりだけど」

「なら好きにしな」

 危険でないなら、言うべきことはない。

 それにしても、この竜が安洛城に来たら、騒ぎになるだろう。

 しかも竜の背に乗っているのが、メイランとシルリネアとなったら——。

 影嵐には、その光景がありありと見えた。

 騒ぎそうな奴らには、事前に言っておこう。影嵐は言うべき連中を頭の中で数え上げ、軽い頭痛を覚えた。

 ほとんどが、弟妹たちだ。

 あと、親父。


 ******


 影嵐が帰った後、メイランは改めてザフィルが捕まえてきた竜を見た。

「こいつ、俺が乗んの?」

 竜としては小さくても、馬やラクダに比べると、圧倒的に大きい。

 特に胴回りの太さだ。背に乗れたとしても、跨がり続けられるか怪しい。

「そのつもりだけど、嫌?」

 ザフィルの言葉に、メイランは笑う。

「そうじゃなくて、鞍とか要るんじゃねぇかなって」

 兄に言われたザフィルが、まじまじと竜を眺める。

「……そうかもしれない」

「考えてなかったのかよ」

 メイランは大きく笑い、弟の背を軽く叩いた。

「まぁいいさ。今度、影兄が来た時に相談しよう。岩叔借りれねぇかって」

 竜の鞍なんて、前例がないに違いない。鞍を乗せる場所からその大きさまで、すべて最初から決める必要があるだろう。

 そういう時は、気心の知れた岩嵐(ガンラン)を頼るに限る。

 ザフィルはしばらく兄の様子を観察し、どうやら竜については問題なさそうだと判断した。

「魔法で縛らないでいいぐらいにしたら、渡すよ」

 そう言って、ザフィルは竜を消した。メイランが苦笑する。

「いじめんなよ」

 ザフィルは、兄の意図がすぐに読めなかった。少し考え、いくつかの可能性を導き出す。

 メイランは、竜が苦痛で躾けられることを心配している。あるいは、それしか知らないと思われている。または、竜を「教育する」過程で、ザフィル自身が傷つくことを憂慮しているのかもしれない。

 彼の心配を取り除くために、ザフィルは答える。

「大丈夫。あいつは人の言葉がわかるから、教えるのは楽。いずれ喋るようになるかもね」

「そんな竜、いるんだ」

 シルリネアが、目を丸くして驚く。竜と言葉で意思疎通ができるというのは、彼女にとって初耳だった。

「数は少ないはずだけどね」

「稀少種かよ」

 今度はメイランが呆れ声を出した。

「問題ある?」

 ザフィルには、ふたりの反応の意味がわからない。首を傾げ、メイランとシルリネアを見る。

「問題はねぇんだけど……」

 どう話すべきかわからないまま、メイランはたどたどしく説明をはじめた。


 ******


 なかなか難しい。

 メイランの説明を聞いてから彼らと別れ、ザフィルはひとりで考える。

 北大陸の冷涼な風が頬をなで、淡い胡桃色の髪を踊らせた。

 転移門を作った時のヴェンツェルも、似たような反応だった。

 問題があるかと聞けば、ないと答える。

 それなのに、受容されない。むしろ、否定に近い反応が返ってくる。

 この矛盾が、ザフィルには理解しがたい。


 探査の糸に、魔族が触れた。

 ザフィルは即座に転移の魔法で魔族の前に移動し、無言でその存在を消去した。

 虚無の力を再現した魔法で、魂ごと。


 魔族を殺す。

 10年程前にアザルファの肉体を滅ぼし、あの屋敷から出て以来、ずっとやっていることだった。

 今までは肉体しか殺せていなかったが、これからは魂ごと殺す。

 魂だけでこの世に残っている魔族がいれば、それも始末する。

 クソ野郎(アザルファ)を二度と出さないためにも。

 魔族(あいつら)は、1匹残らず消えるべきだ。


 魔族を1匹でも多く滅ぼす。

 それはザフィルが、死ぬまで続けると決めた課題だった。

 いっそ、死後も続けられないかと考えてさえいる。


「こっちの方が、簡単だ……」

 メイランたちの思考を理解するよりも。

 これがきっと、歪んでいるということなのだろう。

 ザフィルは小さく嘆息し、北大陸のあの場所へ帰ることにした。

「簡単ではない方」に帰ろうとしている、自己矛盾に気付くことさえなく。


 ******


「手が歪んでる」

 シルリネアの家で夕食を囲んでいると、シルリネアがザフィルの手を見て、そう言った。

「癒したと思ったんだけど」

 ザフィルは食器を置き、自分の手を見た。

 シルリネアは詰問というより、疑問の口調だ。心配しているようにも感じる。

「そう?」

 手をかざす。

 よくわからない。歪んでいる時が長すぎて、どこが歪んでいるのか判別できなかった。

「そうやって見るとまっすぐに見えるんだけど……そのまま手を握ってみて」

 シルリネアはザフィルと同じように片手をかざし、ゆっくり握り込む。

 ザフィルはそれを真似た。なぜかメイランも真似をしている。

 3つの拳を見比べると——。

「あ」

 メイランが声をあげた。ザフィルも気付いた。

 指の付け根の位置が揃っていない。シルリネアが頷いた。

「そのまま指を見せて」

 シルリネアは自分の手首を反転させ、指が見えるようにする。ザフィルが真似をすると、メイランは目を見開いた。

「ヤバい向きになってんじゃん」

 確かにザフィルの小指は、奇妙にねじ曲がっていた。拳を握ると、薬指の下に小指が潜り込んでしまう。

 他の指も、小指ほどではないが、ねじれている。

「動かすのに支障はないんだけどね」

 ザフィルは手を握り、開く動作を数度繰り返した。そのたびに指がねじれ、指の付け根が歪む。

 シルリネアがため息をつく。

「食器も持ててるし、そうなんだろうけど……治した方がいいと思う」

「そう?」

 ザフィルは、動かせるなら問題がないと思っている。そもそも、手はほとんど使わない。

 食事にしても、手を使った方がふたりが納得するようなので、そうしているだけだ。

 ザフィルの態度に、シルリネアは少し苛立ちを見せる。

「あなたが自分でやらないなら、私が癒すけど。それでもいい?」

 メイランが困り果てた様子で顔を歪めた。

 シルリネアの今の状態で癒しの魔法を使うのは、確かに危険だ。生命に関わる。

 やむを得ない。ザフィルは、シルリネアの意向を呑むことにした。

「わかった。肩から指先までと、腿から足先まで。全部見直す」

 これなら文句ないだろうと言わんばかりの様子に、今度はシルリネアが驚いた。

「そんなに?」

「あいつにやられて、急ぎで直した部分。動かせればいい、ぐらいの精度でやったからね」

 ザフィルは食器を手に取り、食事を再開した。スープを一口飲んでから、シルリネアを見る。

「手足の小さな骨や腱、筋肉の位置がよくわからない時は、あなたの手足を確認したいんだけど。それでもいい?」

 メイランでは魔力を通せない。だから、シルリネアを参考にするしかない。

 シルリネアがぱっと花開くように笑った。

「もちろん。手足が歪んだままより、ずっといい」

「そう」

 ザフィルはもう一口、スープを飲んだ。話は終わりだと言わんばかりに。

 シルリネアの、手足の歪みを許さない価値観は、正直なところよくわからない。

 だが彼女が笑うなら——それを見るメイランが笑顔になれるなら、その方がいいに決まっている。

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