第104話 一歩の力
メイランの体が急激に軽くなった。
シルリネアだ。
ザフィルのように彼女を知覚することはできないが、確信があった。
抱えていたザフィルを降ろし、手足を動かしてみる。
自由だ。
重さは感じるが、問題になる程ではない。
アザルファは未だに、ザフィルによって磔にされている。
ザフィルは、あの強制力の渦中にあってなお、魔法を手放さなかったということだ。
「お前ホントすげぇよな」
メイランは、いつの間にか取り落としていた槍を、拾い上げる。
「メイランの方がすごい」
ザフィルは、ゲルハルトから受け取っていた武器を、すべてメイランの前に展開した。
刀、鉤、棍、錘、戦斧、戦鎚、鉾槍、大剣。
「槍も飽きたでしょう」
地面に突き立てられた8種類の武器を見たメイランは、思わず笑ってしまった。
「とんでもねぇモン混じってんな」
「ゲルハルトの見立てだよ」
「へぇ」
棍を手に取り、鉤を腰に挟む。
「さすがに九節鞭はないか、残念」
冗談めかして笑いながら、メイランは棍を振ってみた。要所を金属で補強してあるが、木製なので軽くて使いやすい。
ザフィルが首を傾げた。
「聞いてみる?」
「いや、いい」
メイランは笑い、アザルファに向き直った。
「十分休憩できたよな。楽しい茶番も見ただろうし、動けねぇフリは終わりにしな」
アザルファは穏やかに微笑み、磔の姿勢をほどいて優雅に降り立った。
メイランは棍を構えて不敵な笑みを浮かべる。
ザフィルはメイランが選ばなかった武器を消し、一歩引いた。
複製から繋がる魔力を辿り、本体への侵入を試みるために。
その時、ゲルハルトから接触があった。
魔法王国の宝剣だ。これを転移させるべきは、ここではなく——シルリネア。
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「ということで——アザルファを——。——鏡——」
声が上手く聞き取れない。
シルリネアは、ぐらつく頭を持て余しながら、話を聞いている。
聞いているが、頭に入ってこない。
ザフィルとメイランに施した「処置」の影響なのは、疑いようもなかった。
「おい」
影嵐に声をかけられた。
「はい……」
きちんと声を出したつもりなのに、ぼんやりした声しか出ない。
影嵐がため息をついた。
「ここで待ってろ。今のお前に荒事は無理だ」
実際のところ、シルリネアも自覚していた。
でも行きたい。でも負担にはなりたくない。でも——。
思考が堂々巡りをする。
責任感とも自責の念ともつかないものが、シルリネアを捕えている。
シルリネアは、「ザフィルを追ってきた得体の知れない何者か」を故郷に入れたくなかった。
メイランとザフィルは、その気持ちを汲んでくれた。
だから、今の状況のうち半分ぐらいは、自分の責任だとシルリネアは思っている。
それなのに、前に立てないなんて。
あまりにも悔しく、情けなく、申し訳なかった。
ヴェンツェルも気遣わしげに視線を向ける。
「そうですね。作戦を組み直しましょう。シルリネア、あなたには、生きて帰るという最大の仕事があるのをお忘れなく」
ヴェンツェルが微笑む。
「メイランに会わないで、どうするんです」
その言葉に、シルリネアは淡く微笑んだ。
そうだ。メイランに我儘を聞いてもらわないと。何でもしてくれるって言っていた。
それに、ふたりとも心配してくれている。
これ以上負担になってはいけない。
だから——ここで待っているのが、正しい。
シルリネアが、ここで大人しく待っていると告げようとした時。
立派な装飾が施された細剣が虚空から現れ、カラリと地面に落ちた。
「星集めの剣!」
ヴェンツェルは、思わず大きな声を出してしまった。
影嵐が説明しろと言わんばかりの表情をする。
「アステリア王家の、魔法王国の宝剣です。どうやって——いや、どうでもいい」
ヴェンツェルは、シルリネアの前に宝剣を置いた。
「これがあれば、あなたを連れて行けます」
ヴェンツェルの言葉に、シルリネアは薄荷色の瞳を重そうに持ち上げる。
瞳に光が灯り、口元は薄く微笑んでいた。
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「星集めの剣は、魔法使いのための剣です」
ヴェンツェルが宝剣を抜き、かざす。
細身の刀身が、キラキラと輝いた。
「この剣は、魔力を蓄えることができるんです。蓄えた魔力が星のように輝くから、星集めの剣」
ヴェンツェルが柄を握りしめると、刀身の輝きが増した。光の粒が、流れ星のようにこぼれ落ちる。
「このように、あらかじめ魔力を移しておいて、いざという時に剣から魔力を使う。主な使い方はこうですが……」
ニコリと微笑み、剣を鞘に戻した。
「シルリネアには、もうひとつの使い方をしましょう——ザフィル、あなたもそのつもりだったのでしょう?」
指で招くと、魔法生物がシルリネアのポケットから飛び出してきた。ヴェンツェルはそれをつまみ上げ、柄に沿わせる。魔法生物は置かれた場所で柄に絡みつき、留まった。
「星集めの剣は、魔法そのものを蓄えることもできるんです。ザフィルは魔法生物を経由して、剣に魔法を送り続ける。体力を補う魔法をね。シルリネア、あなたはそれを使いなさい」
ヴェンツェルがシルリネアの手を柄に触れさせると、蒼白な彼女の頬に赤みが差した。唇が色づき、重そうな瞳が鮮やかさを取り戻す。
「これが魔法なんですか?」
シルリネアが驚きながら尋ねると、ヴェンツェルは優しく頷いた。
「体力を補う魔法そのものは、初心者でも使える簡単なものです。ですが、長時間維持するとなると、話が変わる。ザフィルの無尽蔵な魔力があるから、できる芸当ですね」
様子を見ていた影嵐が、口を開く。
「ザフィルに直接魔法を使わせるのと、どう違う?」
ヴェンツェルは、良い質問だと言わんばかりに微笑んだ。
「剣が魔法を溜められるというのは、非常に重要です。ザフィルがこちらに手を割けなくなっても、溜めておいた分は使える。ザフィルとしても、常にこちらに気を配る必要がなくなります」
「なるほどな——立て、シルリネア」
影嵐がシルリネアを促す。つい先程まで座り込んだきり動けなかったが、すんなり立つことができた。
「その剣を落とさねぇようにしてやる。腰に手を回す、大人しくしてろよ」
予備の帯を、シルリネアの腰に巻き付けた。帯の間に剣を挟み、固定する。
「これでいい。触ってみろ」
シルリネアは剣に触れてみた。鞘はしっかり固定されていて、到底外れそうにない。それでいて、鞘口の角度は自在に動く。抜きやすい角度にすることも容易だ。
しかも帯は痛くも苦しくもなく、窮屈ささえない。剣が落ちないぐらい、強く巻かれているはずなのに。
「え、これすごくないですか」
鞘と影嵐の顔を交互に見ながら、シルリネアは驚きの声をあげた。
影嵐はニヤリと笑う。
「青嵐の奴らは全員できる。後で梅に教えてもらいな」
その言葉に、シルリネアは微笑む。
「そうします」
剣の柄を握ると、穏やかな魔法が流れてきた。力が湧いてくる。
「そいつをアザルファに叩き込め。梅もお前の剣術を褒めてたからな、そこそこできるんだろ」
影嵐が笑みを浮かべ、ヴェンツェルも笑った。
「いいですね。剣として使ってあげれば、星集めの剣も喜ぶでしょう」
「わかりました」
シルリネアも微笑んで応じる。
3人は通路の奥、鏡の間に続く道を見据え——。
一歩を踏み出した。




