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many merry bad ENDs  作者: 源泉


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57話-2(分岐バッドエンド)

※この先は分岐となります。

物語の本筋を追う場合は、58話へ。


扉が、ほんの少しだけ内側へ動いた。


廊下の光が細い線になって、床の上へ伸びる。

その光が、ベッドの下まで届いた。


フィアは髪飾りの金具が床に触れないよう、身じろぎひとつせず息を殺していた。


扉が開く音は、思っていたよりも小さかった。

壊されたわけではない。

こじ開けられたわけでもない。

ただ、まるで最初から開いていた扉を押しただけのように、静かに開いた。


そのことが、かえって怖かった。



「……暗いな」



低い声がした。



「休んでいるなら、ちょうどいい」



細い声が答える。


二人分の足音が、部屋の中へ入ってくる。


重い足音。

それに続く、ほとんど音のしない足音。


フィアは両手で口を押さえた。

息が漏れないように。

髪飾りが床に触れないように。


男たちは、すぐにはベッドの下を覗き込まなかった。


布袋が持ち上げられる音がする。

革紐が解かれる音。

卓の上に何かを置く音。



「荷はある」



大柄な男の声がした。



「なら、戻る」



細い声が静かに答える。



「戻るか、あるいは――まだいるか」



フィアの喉が震えた。


まだいる。


その言葉が、自分の背中に直接触れたようだった。


このままでは見つかる。


そう思った瞬間、体が先に動いた。


男たちが荷物に気を取られている。

扉は開いている。

廊下までは、ほんの数歩。


今なら。


フィアは奥歯を噛み、ベッドの下から身を滑り出した。


床板に手をつく。

膝が擦れる。

髪飾りの金具がかすかに鳴りそうになって、息が止まりかける。


けれど、もう止まれなかった。



「っ……!」



フィアは立ち上がると、扉へ向かって走った。


大柄な男が振り返る。

痩せた男も顔を上げる。


だが、二人とも驚いたようには見えなかった。



「ああ」



低い声が、どこか楽しそうに言う。



「いたな」



フィアは廊下へ飛び出した。


廊下は思っていたより暗かった。

階下から聞こえるはずのざわめきも、朝のこの時間には薄い。

出立の早い客はすでに宿を出ていて、残っている者たちも食堂や裏手でそれぞれの支度をしているのだろう。


誰かがすぐ近くにいる気配はなかった。



「シリウス……!」



大きな声を出しかけて、フィアは唇を噛んだ。


叫べば、男たちに場所を知らせる。

けれど、叫ばなければ誰にも気づいてもらえない。


どちらが正しいのか分からない。


それでも、足は階段へ向かった。


階段まで行ければ。

下へ降りられれば。

食堂に誰かがいれば。

店主でも、客でも、誰でもいい。


人のいる場所へ出られれば。


そう思って階段へ向かった瞬間、追いついた影から手が伸びた。



「っ!」



手首を掴まれる。


細い指だった。

骨ばっていて、冷たい。

力は強くないはずなのに、絡みつくように逃げ場を塞いでくる。



「もう鬼ごっこは終わりかい?」



耳元に近い声がした。


痩せた男だった。


フィアは悲鳴を上げようとしたが、声は出なかった。

必死に身を捩る。

手首が痛む。

それでも、腕を振り払った。


男の指が一瞬外れる。


けれど、階段へ続く道には、もう男の身体があった。


そちらには行けない。


そう思った時には、フィアの足は廊下の奥へ向かっていた。


背後で低い笑い声がした。



「逃げたぞ」


「逃がしたんだろう」


「少しは走らせないと、つまらない」



足音が追ってくる。


急いでいる足音ではなかった。

追い詰めるための足音だった。

まるで、どこに逃げるのか最初から分かっているように。


フィアは廊下の角を曲がった。


そこには、昨日見た場所があった。


小さな洗い場。

その奥の物置らしい扉。

そして、廊下の突き当たりにある窓。


それ以外には、何もない。


逃げ場がない。


そう気づいた瞬間、胸の奥が冷えた。


フィアは物置の扉へ駆け寄り、取っ手を掴む。

引く。

開かない。


もう一度、強く引く。


がたん、と音がしただけだった。


鍵がかかっている。



「開いて……っ」



小さく声が漏れる。


けれど、扉は動かなかった。

中から何かが引っかかっているのか、鍵が必要なのか、それすら分からない。

ただ、今のフィアには開けられなかった。


背後から足音が近づく。


重い足音。

静かな足音。


二つの気配が、ゆっくり廊下を満たしていく。


フィアは窓を見た。


廊下の突き当たり。

細い路地に面した窓。

昨日、ルカが見ていた窓だ。


下は近いけど、飛び降りるには少し高いね。


ルカの声が、頭の中で蘇る。


飛び降りれば、逃げられるかもしれない。


窓枠に手をかける。

木の縁が冷たい。

外から朝の光が差し込み、下の石畳が見えた。


高い。


思っていたより、ずっと高い。


細い路地。

硬そうな石畳。

誰もいない地面。


足がすくんだ。


飛べない。


飛ばなければ捕まる。

けれど、飛べば足が折れるかもしれない。

動けなくなるかもしれない。

声も出せないまま、下で捕まるかもしれない。


フィアは窓枠を握ったまま、動けなくなった。



「おいおい」



大柄な男の声がした。



「そこから落ちるつもりか?」



フィアは振り返れなかった。



「落ちて足でも折ってくれた方が、こっちは楽だな」



低い笑い声。



「逃げられなくなる」



細い声が、静かに続けた。



「傷をつけるなとは言われているが、聖女様が自分で怪我をする分には、こちらのせいではない」


「それもそうか」



二人が笑った。


フィアの手が震える。

窓枠にかけた指先から、力が抜けそうになる。


飛べない。

戻れない。

扉も開かない。


廊下の奥に逃げ込んだつもりだった。

けれど、そこは逃げ道ではなかった。


行き止まりだった。



「さあ」



大柄な男が一歩近づく。



「どうする?」



痩せた男の声が、その後ろから落ちた。



「飛ぶか」



もう一歩。



「戻るか」



さらに一歩。



「それとも、迎えに来てもらうか」



フィアは窓枠に縋ったまま、息を吸った。

けれど、声にはならなかった。


シリウス。

ルカ。


名前を呼びたかった。

呼べば届く気がした。

でも、二人はここにいない。


いないのだ。



「決められないか」



細い声が笑う。



「なら、こちらで決めてやる」



背後から手が伸びた。


フィアは振り返ろうとした。

けれど間に合わなかった。


手首を掴まれる。

もう片方の腕も押さえられる。

窓枠から指が剥がされる。



「いや……っ」



ようやく漏れた声は、小さかった。


階下では、誰かが笑っていた。

皿を重ねる音がした。

遠くで店主が客に何かを答えている。


人はいる。

すぐ下にいる。


それなのに、誰もこの廊下の奥を見ない。



「もう少し隠れていれば良かったかもな」



大柄な男が言った。



「いや」



痩せた男が、フィアの耳元で囁く。



「隠れたままならもっと楽に捕まえられた」



その声は楽しそうだった。



「逃げ道を選べると思っていたのか?」



フィアの体から力が抜ける。


選んだつもりだった。

逃げたつもりだった。

自分で動いたつもりだった。


けれど、その先まで読まれていた。


窓の外には、朝の光が差している。

遠くない場所に、人の気配もある。


それでも、フィアの手はもう窓枠には届かなかった。


男たちの影が、廊下の奥で彼女を覆った。



bad end.

行き止まり

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