↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
many merry bad ENDs 聖女がたどる結末たち  作者: 源泉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

132/138

92話 呼びかけた名 前編

翌朝、三人は昨夜のことには触れないまま宿を出た。


空はよく晴れていて、街道には朝から荷馬車が行き交っている。


国境へ近づいているせいか、これまでより商人や旅人の姿も多かった。



「今日は、この辺りまで行ければいいかな」



歩きながらルカが地図の一点を指し、フィアが隣から覗き込む。



「次に泊まれるところ?」


「うん。小さい町だけど、宿は何軒かあるよ。今のペースなら夕方には着けると思う」


「分かった」


「疲れたら言ってね」


「うん」



交わしている言葉だけを聞けば、いつもと変わらない朝だった。


ルカも普段通りで、道沿いに見えるものを話題にしては、通り過ぎる荷馬車の積み荷について頼まれてもいない説明を始める。



「あれ、見た目より結構いい値段するんだよ」


「そうなの?」


「向こうじゃあんまり採れないからね。運ぶだけでも手間がかかるし」


「ルカ、本当に何でも知ってるね」


「商人だからね」



いつもの答えだった。


けれどシリウスには、その言葉が昨日までとは少し違って聞こえた。


薬や治療に詳しい。

魔法が使える。

剣も扱える。

各地に知人がいて、いくつもの隠れ場所まで持っている。


そして、隣国でかなり前に起きた事件の順序を、迷いなく訂正した。


どれも一つだけなら、旅をする商人として説明できなくはない。


だが、揃いすぎている。


昨夜そう問い詰めても、ルカは結局何も明かさなかった。



――今は、言えない。



それが答えだった。


シリウスは前を歩く二人を見る。

フィアも、いつも通りルカと話している。


ただ、何度かその横顔へ目を向けては、何も言わずに前へ戻していた。


昨夜のことを忘れているわけではないのだろう。


それでも、シリウスは問いただそうとは思わなかった。


昨夜、ルカに言われた言葉が残っている。



――君が?フィアじゃなくて?



フィアに関わることだから知る必要がある。


そう考えたこと自体は、今も間違っているとは思っていない。


だが、それを知るかどうかまで自分が決めるものでもない。


少なくとも今は、ルカがどうするのかを見るべきだった。



「シリウス?」



フィアに呼ばれ、シリウスは顔を上げた。



「はい、何かありましたか?」


「少し遅れてるよ」



気づけば、二人との間が少し開いていた。



「失礼しました」



歩調を速めると、ルカが振り返る。



「考え事?」


「ああ」


「歩きながらあんまり難しいこと考えない方がいいよ。転ぶから」


「お前に言われたくはない」


「僕、そんなに転ばないけど」



先日の魔物との戦いを思い出したのか、フィアが小さく笑った。


ルカも何かに気づいたように口を閉じる。



「……あれは剣が重すぎたんだよ」


「何も言っていない」


「顔に書いてあったよ」



そのやり取りも、いつもと変わらない。


だからこそシリウスは、それ以上何も言わなかった。



*



昼を少し過ぎた頃、街道沿いの休憩場所へ立ち寄った。


町や集落があるわけではない。


街道脇の開けた場所に屋根のついた休憩所があり、その近くに旅人向けの出店と水場が並んでいる。

少し離れた場所には、馬や荷馬車を休ませるための空き地もあった。


国境へ続く街道だけあって人通りは多く、休憩所にも何組もの旅人が腰を下ろしている。



「ここで少し休もうか。水も補充しておきたいし」


「ああ、そうだな」



三人は空いている長椅子へ荷物を置いた。

ルカが出店へ目を向ける。



「少し買い物もしてこようかな」


「私も行きたい」



そう言ってから、フィアがシリウスを振り返った。



「人が多いですから、私もついていきます」


「うん」



ルカが先に歩き出し、フィアが続く。

シリウスも周囲へ目を配りながら二人の後を追った。


出店には固めのパンや干した果物、焼き菓子などが所狭しと並べられていた。


フィアが焼き菓子を眺めている間に、ルカは店主と保存の利く食料について話し始める。



「このパンなら明日までは大丈夫?」


「ああ。もっと持たせたいなら、そっちの硬いやつだな」


「じゃあ、両方もらおうかな」



店主がパンを包み始める。


その時、少し離れたところにいた一人の老人が足を止めた。


白髪の混じった髪を整え、旅装もきちんとしている。

年齢はかなり上に見えるが、背筋はまだしっかりと伸びていた。


老人はルカを見ていた。


一度はそのまま通り過ぎようとしたものの、数歩進んだところでまた振り返る。

見間違いを疑うように目を細め、今度は立ち止まったままルカの顔を見つめている。


その視線に気づいたのか、ルカも老人へ顔を向けた。


一瞬、考えるように見つめる。



「……え、マルクス?」



老人の目が見開かれた。

ルカも確信したらしく、すぐに表情を明るくする。



「ああ、やっぱり!久しぶりだね、マルじい!」



声にも表情にも警戒はなかった。

本当に偶然の再会を喜んでいるようだった。


老人も嬉しそうに口を開く。



「で、殿下……?」



その声は小さかった。


周囲では旅人たちの話し声や馬のいななきが重なっている。

少し離れたところで焼き菓子を見ているフィアには、おそらく届いていない。


だが、シリウスにははっきりと聞こえた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。