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many merry bad ENDs 聖女がたどる結末たち  作者: 源泉


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91話 知らないままでは 後編

夜。


宿の中が静かになってから、ルカは一人で外へ出た。


眠気はなかった。


部屋の都合で、今夜は三人で一つの部屋に泊まっている。

眠れないまま部屋にいて二人を起こすのも悪いと思い、少し歩くつもりだった。


昼間歩いた街道が、月明かりに薄く照らされている。


宿の軒先まで来たところで、後ろから声がした。



「ルカ」



振り返る。

シリウスが立っていた。



「……君も起きてたんだ」


「ああ」


「フィアは?」


「眠っている」



ルカは宿の二階を一度見上げた。



「そっか」


「話がある」



声の調子で、軽い話ではないと分かった。

ルカは小さく息を吐く。



「剣の話なら、昼間したと思うけど」


「剣だけではない」



シリウスが近づく。

右腕はもう、ほとんど普段と変わらない。

剣へ手をかけることもなく、ただ真っ直ぐルカを見る。



「お前は何者だ」



ルカは少し黙った。

それから、いつものように笑う。



「商人だよ」


「そういう意味で聞いているんじゃない」


「じゃあ、どういう意味?」


「分かっているだろう」



シリウスの声は低かった。

怒鳴ってはいない。

それでも、昼間のような冗談が入り込む余地はなかった。



「薬や治療の知識がある。魔法も使える。剣も扱える。各地に隠れ家があり、どこへ行っても伝手がある」


「商人なら、それくらい――」


「それだけではない」



シリウスが遮った。



「これまでの旅で必要になった金も、かなりの部分をお前が出している」



ルカが少し眉を上げる。



「……今さらそこ?」


「宿代、食料、薬、装備。それだけではない。必要だと思えば迷わず金を出す」


「必要なんだから仕方ないでしょ」


「もちろん感謝している」



シリウスは静かに言った。



「だが、感謝していることと、疑問を持たないことは別だ」



ルカの笑みが少しだけ薄くなる。



「僕は商人だよ。旅をしてるんだから、ある程度の金は持ってる」


「だからといって、他人の旅費まで負担する理由にはならない」


「他人って」



ルカが苦笑した。



「ずいぶん冷たい言い方するね」


「では、何だ」


「少なくとも、一緒に旅してる仲間でしょ」



シリウスは答えなかった。

ルカは肩をすくめる。



「僕の方が旅慣れてるし、何が必要かも分かる。買える場所だって知ってる。だったら僕が用意する方が早い」


「見返りも求めずにか」


「見返り?」



ルカは一瞬、本当に意味が分からないような顔をした。



「そんなもの、最初から考えてないよ」


「なら、なぜそこまでする」



今度は、ルカが黙った。

先ほどまでとは違う沈黙だった。


シリウスは待った。

やがてルカが、小さく息を吐く。



「……目的がないわけじゃない」


「目的?」


「僕は、二人を隣の国まで連れていきたい」



シリウスの目が細くなる。



「それは今朝も聞いた」


「うん」



ルカは頷いた。



「今朝はフィアに決めてもらいたかったから、それ以上は言わなかったけど……僕自身は、二人が向こうへ行った方がいいと思ってる」


「だから、旅費まで負担するのか」


「必要ならね」


「なぜ、そこまで隣国に拘る」



ルカはすぐには答えなかった。



「向こうは僕の故郷だ。土地勘もあるし、頼れる人もいる。この国にいるより、二人を守りやすい」


「それだけか」



一拍。


ルカはシリウスを見る。



「……今言えるのは、それだけ」



その答えに、シリウスの表情は変わらなかった。



「今日の話もそうだ」


「今日?」


「隣国の昔の事件だ」



ルカは目を瞬く。



「僕は向こうの出身なんだから、知っててもおかしくないでしょ」


「ああ。一つだけならな」



シリウスは淡々と言った。



「剣も、治療も、人脈も、金も、隣国についての知識も。一つずつなら説明はつく」



ルカは黙っている。



「だが、揃いすぎている」



風が通り過ぎた。

宿の軒先に吊られた小さな灯りが揺れる。



「どれも嘘だとは言い切れない」



シリウスはルカから目を逸らさない。



「だから余計に気になる」


「……何が?」


「お前が、何を隠しているのかだ」



ルカの笑みが消えた。



「……じゃあ、僕がただの商人じゃなかったらどうするの?」


「フィア様に危険を及ぼす者なら、遠ざける」


「危険じゃなかったら?」


「それを判断するために聞いている」



その答えに、ルカは少しだけ目を細めた。



「シリウスらしいね」


「答えろ」


「今まで僕がフィアに何かした?」


「していない」


「じゃあ、別にいいんじゃないかな」


「良くない」



即座に返された。


「フィア様に関わることなら、私は知っておく必要がある」



ルカの眉がわずかに動く。



「……君が?」


「ああ」


「フィアじゃなくて?」



シリウスが黙った。

ルカも何も言わない。


その時だった。


宿の扉の向こうで、小さな物音がした。

二人が同時に振り返る。

扉がゆっくり開いた。


そこに、フィアが立っていた。


薄い上着を羽織っただけの姿で、フードはかぶっていない。

白金色の髪が夜の風に揺れる。



「……フィア」



ルカの声が止まる。

シリウスの表情も変わった。



「フィア様。起きておられたのですか」



フィアは答えず、二人の顔を交互に見た。



「……ごめん。起きたら、二人ともいなくて」


「フィア様、これは――」



シリウスが言いかける。

けれど、フィアはその先を待たなかった。


ルカを見る。



「聞こえたの」



ルカの目がわずかに揺れた。



「どこから?」


「全部じゃないよ」



フィアは首を振った。



「でも……ルカが何か隠してるって話してるところから」



沈黙が落ちる。



フィアは二人へ近づいた。



「昼の話も、関係あるの?」



ルカは答えない。



「剣のことも?」


「フィア」


「昔の聖女のことも?」


「……」


「ルカ」



フィアはそこで足を止めた。



「ルカは、何か隠してるの?」



ルカの唇がわずかに動く。



「……フィア」


「私に関係ないことなら、無理に聞かない」



フィアはゆっくりと言葉を選んだ。



「でも、私に関係するなら……知りたい」



ルカは何も言わない。



「知らないまま、自分のことを誰かに決められるのは嫌なの」



その言葉に、ルカの表情が止まった。



「国境の向こうに行くかどうかだって、自分で決めたい」


「……うん」



ようやくルカが答えた。


声が少し低かった。



「分かってる」


「だったら」



フィアは一歩だけ近づく。



「教えて」



ルカは視線を落とした。



――自分で決めたい。



あの屋敷で聞いたフィアの言葉が、頭に蘇る。

だから今朝も、隣国へ行くよう押しつけはしなかった。


国境まで行って、その先はフィア自身に決めてほしいと思っていた。


なのに今日、聖女が殺された話を聞いた時、自分はフィアをその場から遠ざけようとした。



怖がらせたくない。

傷つけたくない。



そのためだと思っていた。


けれどそれは、フィアが何を知るのかまで、自分が決めようとしたことと何が違うのだろう。



「ルカ?」



フィアの声で、ルカは顔を上げた。

淡い青碧の瞳がこちらを見ている。


怒ってはいなかった。

責めるような目でもない。


だから余計に、答えにくかった。



「……フィアを騙したいわけじゃない」



フィアは何も言わなかった。

ルカは続ける。



「それは本当だよ」



シリウスが横から口を開く。



「では、話せ」


「シリウス」


「フィア様本人も、知りたいと言っている」


「分かってる」



ルカの声が少し強くなる。



「分かってるよ」



再び静かになる。


フィアはただ待っていた。

急かさず、目も逸らさない。


ルカは一度、夜の街道へ視線を向けた。

国境の向こうには、自分が二人を連れていこうとしている国がある。


そこへ近づけば、いつまでも隠したままではいられない。


そんなことは分かっていた。


それでも、まだ。



「……今は」



ルカはゆっくり口を開き、フィアを見る。



「今は、言えない」



フィアは頷かなかった。

「分かった」とも言わなかった。

ただ、ルカを見ていた。


その視線に責める色はない。

けれど、納得した色もなかった。


ルカは笑って誤魔化すこともできず、その目を見返すしかなかった。


夜風が三人の間を通り過ぎる。

誰も口を開かなかった。

ルカが何かを隠している。


その事実だけが、夜の冷気よりもはっきりと、三人の間に残っていた。


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