88話 白い花の帰る場所
朝食のあと、フィアは鞄の中身を整理していた。
隠れ家に着いて、今日で二日目。
昨日は荷物を置くことと夕食の支度で一日が終わってしまったため、鞄の奥には旅の途中でしまったものが、そのまま残っていた。
替えの布を取り出し、小さな包みを脇へ寄せると、その下から、紙に包まれたものが出てきた。
フィアは手を止めた。
村で、女性からもらった白い花だった。
せっかくもらったからと紙に包み、潰さないように鞄へ入れていたはずだった。
けれど、包みの端が少し折れ、中で形が崩れている。
「……あ」
慌てて紙を開こうとしたところで、背後からルカの声がした。
「フィア、どうしたの?」
「ルカ。あの時のお花が……」
「花?」
フィアの手元を見たルカは、少し身を屈めた。
「ああ、前にもらった花ね。待って、壊れちゃうよ」
「えっ」
「ゆっくり開こう。僕も持つから」
ルカは紙の端を押さえ、フィアが中身を取り出しやすいように広げてくれた。
白い花は、もらった時よりもずっと小さく見えた。
茎はしなび、花弁も柔らかさを失っているが、花の形はまだ残っていた。
フィアはそっと手に取った。
「……しおれちゃった」
村の女性の顔を思い出す。
ただ通りかかった自分に、花をくれた人だった。
聖女だからでも、何かをしてほしいからでもなく、きれいだからと渡してくれた。
「せっかく、もらったのに」
フィアが呟くと、ルカは花を覗き込んだ。
「押し花にしてみる?」
「押し花?」
「本に挟んで、乾かしておくんだよ。こういう薄い花なら、残せると思う」
フィアは花とルカを交互に見た。
「……できるかな」
「うん。ちょっと待ってて」
ルカは近くの棚から一冊の分厚い本を持ってきた。
特別な本ではないらしく、表紙を軽く払ってから卓へ置く。
ルカは本を開き、花を挟むための紙を用意した。
「花が崩れないように、ゆっくりね」
「うん」
フィアは教わったとおり、茎の位置を整える。
しおれた花弁は、指先で触れるだけでも傷ついてしまいそうだった。
ルカは隣で本を押さえ、フィアが花を置き終えるのを待ってくれた。
「……これでいい?」
「うん。きれいに置けたね」
「じゃあ、閉じるよ?」
「ゆっくりね」
フィアは本を閉じた。
花の姿が見えなくなると、少しだけ心配になった。
「……出発するまでに、できるかな」
「どうだろう。きちんと乾くには、もう少しかかるかもしれないね」
「そっか……」
フィアは本の表紙を撫でた。
数日後には、また旅を始めるかもしれない。
せっかく残せると思ったのに、置いていくしかないのだろうか。
そう考えていると、ルカが何でもないことのように言った。
「ここに置いていけばいいよ」
「……え?」
「出発するまでに間に合わなくても、ここなら置いておけるでしょ。また来ればいいからね」
ルカは本を持ち上げ、棚の方を見た。
「どこに置こうか。忘れないところがいいね」
フィアは少しの間、ルカの顔を見つめた。
また、来ればいい。
この家に。
それから、嬉しそうに頷いた。
ルカはそのまま棚の前へ歩いていく。
「ここなら、ほかの荷物を出す時にも邪魔にならない。紙も何枚か用意しておこうか。乾くまでに取り替えた方がいいからね」
「うん。そこがいい」
フィアはルカと一緒に本を置いた。
白い花は、本の中で静かに眠っている。
*
診療所へ向かう支度を始めると、シリウスは自分の上着を取ろうとした。
フィアはすぐに近づいた。
「シリウス、私が取るよ」
「フィア様。上着くらいは自分で取れます」
「でも、右腕はあんまり動かさない方がいいんでしょ?」
「……はい」
シリウスは上着を受け取りながら、少し困った顔をした。
ルカが戸口から声をかける。
「準備できた?」
「うん」
フィアが答えると、ルカは彼女のフードを見た。
「フィア、ちょっとこっち向いて」
「なに?」
「髪、ここから出そう」
ルカは布の端を直し、白金の髪が見えないように整えた。
「……うん。これなら大丈夫」
「ありがとう」
「風が強かったら、フードを押さえてね」
「分かった」
ルカは頷き、シリウスを振り返った。
「痛いところは痛いって言ってよ」
「分かっている」
フィアも頷いた。
「無理してないって言っちゃだめだよ」
「フィア様まで……」
シリウスは小さく息を吐いた。
三人で家を出ると、昨日通った道を街の中心へ向かった。
診療所は、商店の並ぶ通りから少し入ったところにあった。
ルカは看板を見上げた。
「ここだよ」
「ルカ、来たことあるの?」
フィアが尋ねる。
「うん。前に薬を卸したことがあるんだ」
「お医者さんとも知り合い?」
「顔は覚えてもらってると思う。腕は確かだから安心して」
ルカはそう言って、戸を開けた。
診療所の受付でシリウスの症状を伝えると、診察まで少し待つことになった。
フィアはシリウスの隣へ腰を下ろした。
ルカは受付で何かを確かめてから戻ってくる。
「診察には、少しかかりそうだね」
「そうか」
シリウスが頷く。
ルカはフィアへ向き直った。
「フィア、待ってる間に買い物へ行こうか」
「え?」
フィアはシリウスを見た。
「でも、シリウスは?」
「私は大丈夫です、怪我の具合を説明するだけですから」
ルカも笑った。
「ここの先生は厳しいけど、ちゃんと診てくれるよ。シリウスが何か隠そうとしても、きっと見逃さない」
「……ルカ」
「君もフィアも大丈夫、って言いがちだからね」
シリウスは不満そうに一瞬顔をしかめるが、不安そうにそばに立つフィアに微笑む。
「これ以上腕の怪我を長引かせるわけにはいきません。ちゃんと伝えます」
「……うん」
「ですから、もう行ってください。買い物を終えたら、迎えに来ていただければ」
フィアはようやく安心したように頷いた。
*
市場には、昨日通った商店街よりも多くの人が行き交っていた。
果物や野菜の並ぶ店から声が上がり、荷を積んだ小さな馬車が通りを抜けていく。
ルカは人の流れを見ながら、フィアを歩きやすい側へ誘導した。
「今日は、旅で使うものを買い足そうか」
「何が足りないの?」
「布とか、手当てに使うものとか。食料は昨日買ったから、急がなくていいかな」
フィアは頷いた。
「私も選んでいい?」
「もちろん。使いやすそうなのを探そう」
二人は店をいくつか回り、旅で使う消耗品を買い足した。
フィアが手に取った布をルカが確かめる。
「これ、丈夫そうだけど、少し厚いかな?」
「でも、何度か洗って使えると思うよ」
「じゃあ、こっちにする」
「うん。いいと思う」
フィアが選んだものを、ルカが袋へ入れる。
途中、店先の男がルカに声をかけた。
「おや、久しぶりじゃないか」
「こんにちは。覚えててくれたんだ」
「また商売かい?」
「そんなところだよ」
「今度、うちにも顔を出してくれよ」
「うん。時間があったらね」
ルカは軽く手を振り、フィアと歩き出した。
「知り合い?」
「前に取引した人だよ」
「ルカ、街の人とも仲がいいんだね」
「顔を覚えてもらえるのは、商人には大事だからね」
フィアは感心しながら頷いた。
その時、通りを抜けた風がフードの端を揺らした。
ルカが足を止める。
「フィア、ちょっと待って」
「え?」
「髪」
フィアは慌ててフードを押さえた。
ルカは人通りの少ない側へ寄り、布の端を確かめる。
「……うん。出てないね」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」
フィアは笑った。
けれど、ルカは一瞬だけ真剣な顔になった。
「だめだよ。昨日の検査所のこと、忘れてないでしょ」
「……うん」
「今は、ちょっと見えただけでも困るからね」
ルカはフードを整え終えると、いつもの表情に戻った。
「よし。これで大丈夫」
「ありがとう」
フィアは自分でも布の端を確かめた。
気をつけなければならないことは、まだたくさんある。
それでも、今日はルカと一緒に店を見て歩ける。
フィアは買い物袋を持ち直した。
そのまま少し進んだところで、甘い匂いがした。
焼き菓子を並べた店の前で、フィアは足を緩めた。
丸いものや細長いもの、小さく切り分けられたものが、籠の中に並んでいる。
「……」
「フィア?」
ルカは振り返ると、フィアが見ている先に気づき、笑う。
「食べたい?」
「……少し」
「いいよ。どれにする?」
フィアは店先を覗き込んだ。
「三人分、買ってもいい?」
「もちろん」
「シリウスも食べられるかな」
「甘いものが嫌いってわけじゃないと思うよ。聞いたことはないけど」
「じゃあ、これならどうかな」
フィアは、三つに分けやすそうな焼き菓子を指さした。
ルカが頷く。
「いいね。じゃあ、それにしようか」
店の人が菓子を紙に包んでくれる。
フィアが礼を言うと、相手はにこりと笑った。
「またおいで」
フィアはぺこりと頭を下げる。
店を離れてから、ルカが袋を見た。
「シリウスにご褒美ができたね」
「お菓子が?」
「うん。子どもが多い街の診療所では診察後にいい子にしてたらお菓子をくれるところがあるんだ」
フィアは笑った。
「ちゃんと先生の言うこと、聞いてると思うよ」
「じゃあやっぱりご褒美だ」
「シリウス、嫌な顔しそう」
「でもフィアが選んだお菓子なら喜ぶんじゃない?」
二人は顔を見合わせ、診療所へ戻った。
診療所へ着くと、シリウスはすでに診察を終えていた。
待合の椅子に座る姿を見つけ、フィアは近づく。
「シリウス、どうだった?」
「フィア様。お帰りなさい」
シリウスが顔を上げる。
その右腕には、昨日とは違う新しい包帯が巻かれていた。
フィアは足を止めた。
「……包帯、増えてる」
「ええ」
「悪くなってたの?」
「いえ。ひどく悪化したわけではありません」
シリウスは包帯へ目を落とした。
「もう数日は安静が必要だそうです。……それと、動かさないようにと念を押されまして」
「うん」
「信用がないのか、動かないように巻かれました」
ルカが横で笑った。
「ね、あの先生、分かってるでしょ」
「ルカ……」
「だって、シリウスはすぐ荷物を持とうとするよね」
フィアも包帯を見つめた。
昨日は、日常の動作ならほとんど問題ないと言っていた。
だから少し心配だったけれど、医者がきちんと診てくれたのなら安心できる。
「……ひどくなってなくて、よかった」
シリウスの表情が柔らいだ。
「ご心配をおかけしました」
「でも、まだ治ってないんだよね」
「……はい」
ルカが指を立てた。
「重いものは?」
「持たない」
「剣は?」
「振らない」
「無理に腕を動かすのは?」
「控える」
フィアも頷く。
「ちゃんと聞いてきたね」
シリウスは二人を見比べた。
「シリウス、えらい」
フィアが言うと、シリウスはそれ以上反論しなかった。
*
隠れ家へ戻る途中、フィアは買ってきた菓子を取り出した。
「そうだ。シリウス、これ」
「何でしょうか」
「市場で買ったの。三人で食べようと思って」
シリウスが包みを覗き込む。
「焼き菓子ですか」
「うん。三人分あるよ」
「ちゃんと診察を受けたご褒美にね」
ルカが笑うと、シリウスは予想通り顔をしかめる。
「私が選んだの」
「それは、ありがとうございます」
シリウスが表情を変えて丁寧に礼を言うので、フィアは少し照れた。
「まだ食べてないから、おいしいか分からないけど」
「フィア様が選んでくださったのなら、楽しみです」
「ほらね、喜んだ」
「……何の話だ」
フィアはくすくすと笑う。
帰り道でルカとの話を説明すると、シリウスは困ったようにしながらも楽しそうなフィアの顔を穏やかに見つめていた。
隠れ家へ着いてから、三人は卓を囲んで菓子を分けた。
焼き目のついた表面はさくりとして、中は少し柔らかかった。
「……おいしい」
フィアが言うと、ルカも頷いた。
「うん。いいの選んだね」
シリウスも一口食べる。
「ええ。美味しいです」
「よかった」
「フィア様、よかったら私の分をもう少し……」
シリウスは自分の分を渡そうとするが、フィアはご褒美だから、と首を振る。
シリウスは諦めたように残りの菓子を口に入れる。
フィアは何度も美味しいね、と笑った。
*
菓子を食べ終えると、ルカは家に置いてあった旅道具と、買ってきたものを確かめ始めた。
フィアも席を立つ。
「私、こっちを片づけるね」
「ありがとう。棚にある布も一緒に見てもらえる?」
「うん」
昨日どこに何があるかを教わったばかりだったが、フィアは棚から必要なものを取り出し、卓へ並べていく。
「ルカ、これも持っていく?」
「どれ?」
「この包帯」
「うん。それも入れておこうか」
「分かった」
ルカが薬を確かめている間に、フィアは布を畳み直した。
シリウスも立ち上がる。
「フィア様、私も何か――」
「シリウスは座ってて」
「ですが」
「腕が治ったら、いっぱいお願いするから」
フィアがそう言うと、シリウスは少し口を閉ざした。
ルカも棚の前から笑う。
「今は休むのが仕事だよ」
「……昨日も聞いたな、それは」
「今日はお医者さんのお墨付きだからね」
「お墨付きの使い方が違うだろう」
「じゃあ、先生の指示かな」
フィアは椅子を引いた。
「シリウス、ここ」
「……わかりました」
シリウスが諦めたように座る。
フィアは満足して、荷物の整理へ戻った。
しばらくして、ルカが卓の上の品を数え始める。
フィアも手元にあるものを確かめた。
その時、棚に置いてあった木の鳥が目に入った。
昨日、ルカが動かして見せてくれたおもちゃだ。
フィアは鳥を手に取る。
横の棒を少し回すと、翼がぱた、と動いた。
シリウスは、椅子に座って別の方を見ている。
フィアは鳥を両手で持ち、そっとシリウスの鞄へ近づいた。
鞄の口を開け、中へ入れようとする。
「……フィア様」
後ろから声がした。
フィアは動きを止めた。
振り返ると、シリウスがこちらを見ていた。
「何をなさっているのですか」
「……」
フィアは木の鳥を見た。
それから、シリウスの鞄を見る。
「鳥を……」
「それは分かります」
「シリウスの鞄に」
「それも見れば分かります」
フィアは少し考えた。
「昨日、気に入ってたみたいだから」
「……気に入っていたわけではありません」
「でも、動かしてたよ」
「フィア様に勧められたからです」
「旅の途中でもできるよ」
「持っていきません」
シリウスはきっぱり答えた。
ルカが卓の向こうから顔を出す。
「何の話?」
フィアは木の鳥を見せた。
「シリウスの鞄に入れようと思ったんだけど」
「ああ、いいんじゃない? 軽いし」
「ルカ」
シリウスが低い声で呼ぶと、ルカは笑いをこらえた。
「でも、移動中にぱたぱた鳴ったら、退屈しないと思うよ」
「移動中に退屈することはない」
「残念だったね、フィア」
「うん」
フィアは鳥を持ったまま、鞄から離れた。
けれど、シリウスが少しだけ困った顔をしているのが面白くて、つい笑ってしまった。
「……フィア様まで」
「ごめんね」
フィアは木の鳥を棚へ戻そうとして、朝の本に気づいた。
「そうだ」
「どうしたの?」
ルカが尋ねると、フィアは白い花を挟んだ本の上へ、木の鳥をそっと置いた。
「ここにいてもらおうかな」
ルカが覗き込む。
「ああ、立派な見張りがついたね」
フィアは鳥を本の表紙の真ん中へ向けた。
「お花、お願いね」
横の棒を少し回す。
木の鳥がぱたぱたと翼を動かし、こくりと頭を下げた。
「ふふ」
「いいね、やる気十分だ」
「まったく……」
シリウスは座ったまま二人を眺め、呆れたようにしながらも口元は少し緩んでいた。
*
荷物の整理がひと段落すると、ルカは上着を手に取った。
「僕、ちょっと出てくるね」
「お買い物?」
フィアが尋ねる。
「ううん。少し用事があって」
「そっか」
「そんなに遅くならないと思うよ」
ルカはシリウスへ向き直った。
「留守をお願いね。腕は使わないでよ」
「分かっている」
「フィアも、シリウスが荷物を持とうとしたら止めてね」
「うん、任せて」
ルカが出ていくと、残されたフィアは卓の上を片づけ始めた。
シリウスも椅子から立ち上がろうとする。
「シリウス」
「……まだ何もしていません」
「うん。でも、座ってて」
シリウスは、また椅子へ戻った。
フィアは小さく笑い、買ってきたものを棚へしまい始めた。
*
ルカが戻ってきたのは、しばらくしてからだった。
「ただいま」
「おかえり、ルカ」
フィアが顔を上げる。
「用事、終わった?」
「うん。ちょっと知り合いに話を聞いてきたんだ」
ルカが上着を脱ぎ、卓へ腰を下ろすと、シリウスが尋ねる。
「どんな話だ」
「国境方面の道について、少し聞いてきたよ」
フィアは手元の布を畳みながら、ルカの方を向いた。
「国境?」
「うん。もし、あっちへ向かうならと思ってね。長雨の影響で何度も困ったから慎重に道を選ばないと」
ルカは、知り合いから聞いたという話を纏めて二人に伝える。
先日の雨で傷んだ道を避けるには、どこを通ればいいか。
途中で休める場所があるか、そこは安全なのか。
国境の関所では、今どのような確認が行われているのか。
フィアには知らない地名が多く、話を聞いても、まだ遠い場所のことのように感じられた。
「行くことになってから慌てるより、先に知っておいた方がいいから」
ルカはそう答えてから、二人を見た。
「でも、まだ国境へ向かうって決めたわけじゃないでしょ」
フィアは頷いた。
「うん」
「だから、ここにいる間に考えてほしいな。これから、どうしたいか」
「……どうしたいか」
「急いで答えなくていいよ。シリウスの腕も休ませないといけないしね」
シリウスが静かに頷くと、ルカは続けた。
「国境へ行くなら、そのための道を考える。別の場所へ行きたいなら、そっちも調べられるから」
フィアは畳んだ布を膝に置いた。
自分がどこへ行きたいのか。
今はまだ、うまく答えられなかった。
国境という言葉も、地図の上にある線のようにしか思い浮かばない。
「……うん。考えてみる」
フィアが言うと、ルカは微笑んだ。
「そうしてくれると嬉しいな」
フィアは再び布を畳み始めた。
その横で、シリウスがルカへ声をかける。
「……お前は、本当にあちこちに伝手があるんだな」
「商人だからね、行ったことのある場所も多いから」
ルカはいつもの調子で答えた。
シリウスは少し間を置いてから、頷いた。
「……そうか」
フィアは二人の会話を聞きながら、最後の布を棚へしまった。
*
片づけが終わると、フィアは棚の前に立った。
朝、白い花を挟んだ本が置いてある。
その上には、小さな木の鳥。
見張りを任された鳥は、さっきと同じ場所で静かにしていた。
フィアは指先で鳥の向きを少し直した。
「……よろしくね」
後ろからルカの声がした。
「見張り、頑張ってる?」
「うん。ちゃんと見ててくれてるよ」
「それは頼もしいね」
フィアは笑い、本へ目を落とした。
今はまだ、花を見ることはできない。
けれど、またこの家に来た時には、きっと本を開ける。
その時も、この鳥が上に乗っているのだろうか。
フィアは少しだけ想像して、口元を緩めた。
「フィア?」
ルカに呼ばれ、振り返る。
「なに?」
「そろそろ、お茶でも飲もうか」
「うん」
フィアは棚から離れ、二人の待つ卓へ戻った。
木の鳥は、本の上で静かに花を見守っていた。




