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many merry bad ENDs 聖女がたどる結末たち  作者: 源泉


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86話 商人の通り道 後編


検査所が近づいたのは、日が傾き始めた頃だった。


街道の脇に木造の建物があり、その前には荷馬車が数台並んでいる。

役人たちが書類を受け取り、通行する商人へ声をかけていた。


責任者が列を見て、溜息をつく。



「思ったより混んでるな」


「ここで少し待ちそうだね」



ルカは前方を確かめてから、声を落とした。



「ねえ、検査の前に一つ相談があるんだけど」


「何だい?」


「僕の同行者二人、荷台の奥に隠して通してもらえないかな」



責任者はルカの顔を見た。



「……どういうことだ?」


「ちょっと訳ありでね。二人の身元が知られると、僕も危なくて」



ルカは冗談めかして笑ったが、商人はすぐには笑わなかった。



「そりゃ、聞き捨てならん話だな」


「荷や書類には問題ないよ。そこは僕も確認した。ただ、二人を役人の前に出したくないんだ」


「見つかったら、こっちも厄介なことになる」


「うん。だから、何かあれば僕が前に出る。僕のせいで損をしたら、その分も引き受けるよ」



責任者は腕を組み、しばらく考えた。



「……あんたに世話になったのは確かだが、簡単には頷けんぞ」


「分かってる。無理なら、僕たちはここで降りるよ」



ルカは相手の返事を待った。


責任者は幌の奥へ目を向けた。

フィアはシリウスの隣に座り、二人の話を聞いている。



「その二人、そんなに追われてるのか?」


「ここで身元を尋ねられるのは、避けたいかな」


「……まったく、商人は訳ありの客まで運ぶもんじゃないんだがね」



男は息を吐いた。



「荷は俺たちのものだ。何かあった時は、あんたの言葉どおり、きっちり責任を取ってもらうぞ」


「うん。ありがとう」


「礼を言うのは通ってからにしな」



ルカは頷き、フィアとシリウスのいる荷台へ向かった。



「二人とも、ちょっと窮屈になるけど、いいかな」



フィアが顔を上げる。



「隠れるの?」


「うん。役人に顔を見られないようにしたいんだ。すぐ終わると思うけど」



シリウスは責任者の方を見た。



「商人たちは承知しているのか」


「話はついたよ。何かあったら僕が対応する」


「……そうか」



シリウスは短刀の位置を確かめた。


ルカは荷台の奥にある積荷を見て、手伝っていた護衛へ声をかける。



「ここの箱、少し動かしてもらっていい?」


「この辺か?」


「うん。二人が入れるだけ空けたいんだ。右肩を痛めてるから、そっちには余裕を残してあげて」



護衛はシリウスを見た。



「ああ、腕を怪我してたのか。そりゃ狭いとつらいな」



積荷が動かされ、荷台の奥に小さな空間ができた。

フィアが先に入り、シリウスも身を屈めて隣へ座る。



「……近いね」



フィアが小声で言うと、シリウスは申し訳なさそうに答えた。



「少しの間、ご辛抱ください」


「ううん。腕、大丈夫?」


「こちらへ寄っていただければ、右肩には触れずに済みます」



シリウスは右腕を荷の脇に置き、左手でフィアを引き寄せた。


互いの身体が密着するほどの広さしかなかったが、右肩を押されずに済む位置には落ち着けた。


ルカが二人を覗き込む。



「苦しくない?」


「大丈夫」



フィアが答えると、シリウスも頷いた。



「問題ない。ルカ、任せる」


「うん。終わったらすぐ声をかけるからね」



ルカは護衛と一緒に、二人の前へ背の高い箱を残し、その上から厚手の布を掛けた。

荷台の入口からは、奥まで積荷が続いているように見える。


ルカは幌を整え、護衛と一緒に荷の位置を確かめてから御者台へ戻った。


やがて、荷馬車の列が動き始めた。



*



「次。書類を出してくれ」



役人の声が聞こえた。


一台目の荷馬車が止まり、責任者が準備していた通行書類を差し出す。


ルカも二台目の馬を護衛に任せ、荷の一覧を持って責任者の隣へ立った。



「三台か」


「ええ。食料と布、それから薬材を運んでいます」



責任者が答える。

役人は書類を受け取ると、荷馬車を順に見た。



「最近、荷の確認を少し厳しくしている。時間をもらうぞ」


「承知しています」



ルカが答え、一覧を差し出した。



「こちらが荷の内訳です。馬車ごとに分けてありますので、必要なところから確認してください」



役人が書類へ目を落とす。



「……用意がいいな」


「待つ時間が短くなるなら、その方がお互い助かるでしょ」



ルカは笑った。

役人も小さく笑い、近くの同僚へ声をかけた。



「一台目から見るぞ」



荷の確認が始まった。


ルカは尋ねられた品の場所を答え、責任者も必要な説明を加える。

箱を開けるよう指示されれば、護衛がすぐに動いた。



「こっちは?」


「布です。種類と数量は一覧の上から二番目にあります」


「二台目にもあるのか」


「あります。そちらは色が違うので、別に書いてありますよ」



役人は書類を確かめ、次の馬車へ向かった。

フィアとシリウスのいる二台目だった。


荷台の奥で、フィアはシリウスに身体を寄せていた。


役人の足音が近づく。



「こっちは何だ?」


「食料と薬材が中心です」



ルカの声が聞こえた。



「手前の箱を開けてくれ」



積荷が動く音がした。


フィアの身体が強張る。

シリウスが左手を回し、彼女の背をそっと支えた。


狭い空間では、身動きするだけでも荷に触れてしまう。

フィアは息を潜め、シリウスの胸元へ顔を寄せた。


幌の向こうから役人の声が続く。



「奥にも荷があるな」


「ええ。同じ品の予備です」


「そっちも見せてもらおうか」



フィアの指が、シリウスの服を掴んだ。

荷台が小さく揺れる。


その時、ルカが普段と変わらない調子で口を開いた。



「もちろん。どの箱からにします?」


「奥の右側だ」


「分かりました。そちらですね」



荷の動く音が近づいた。


フィアは目を閉じた。

シリウスの左手が背に触れたまま、静かに支えている。


ルカは二人の前を塞ぐ箱には触れず、その脇から指定された薬材を取り出した。



「……これは?」


「薬材です。湿気を避けたいので、包みは開ける前にこちらへ移してもらえますか」


「分かった。そこの台を使え」


「ありがとうございます」



ルカが品物について説明する声が聞こえる。


役人が数量を確かめ、別の箱の中身について尋ねる。

そのたびにルカは答え、責任者も話を続けた。


しばらくして、役人が言った。



「ところで、あんたたち、白い髪の女を見なかったか?」



フィアは思わず、シリウスの服を強く握った。

シリウスもわずかに身体を固くする。



「白い髪?」



ルカが聞き返した。



「ああ。白に近い色らしい。若い女だと聞いてる」


「へえ。珍しいね」


「見つけりゃ褒美が出るらしいぞ。あんたらはあちこち通るだろう?」


「そうだね。何か分かったら覚えておくよ」


「頼むぜ。誰かが見つける前にな」



役人が笑った。

ルカも笑い、書類の方へ話を戻した。



「三台目は、こっちの一覧でいいかな?」


「ああ。次を見よう」



役人の足音が遠ざかっていく。


フィアはようやく息を吐きかけたが、シリウスが背へ添えた手をわずかに動かした。


まだだと伝えるような仕草だった。


三台目の検査が終わり、書類が返されるまで、二人はそのまま待った。


やがて馬車が動き出した。

検査所から十分に離れたところで、二台目の馬車がゆっくりと止まる。


幌の外で護衛が声をかけた。



「もういいぞ。通った」



積荷が動かされ、明るい光が差し込んだ。

ルカが荷台を覗き込む。



「お疲れさま。二人とも大丈夫?」



フィアはシリウスから少し離れ、ゆっくり頷いた。



「……うん」


「怖かった?」


「ちょっとだけ」


「そっか。もう顔を出して大丈夫だよ」



フィアが荷台の外を見ると、検査所はすでに後ろへ遠ざかり始めていた。


シリウスも身体を起こす。



「ルカ」


「何?」


「……助かった」



ルカは笑った。



「どういたしまして」



ルカは護衛から手綱を受け取り、再び御者台へ上がった。



*



検査所を越えると、商人たちの口数も増えた。

責任者は御者台で肩を回し、ルカへ声をかける。



「いやあ、あんなに手早く終わるとは思わなかったよ」


「荷の場所が分かってたからね。役人も確認しやすかったんだと思う」


「最後に奥を見たいって言われた時は、さすがに肝が冷えたぞ」


「そう?」


「そう?じゃないよ。あんたは平気な顔をしてたがね」



ルカは笑った。



「慌てても、見せるものは変わらないから」


「……大した度胸だ」



責任者は感心したように頷いた。



「書類の出し方まで助かったよ。いつもなら、あそこでしばらく足止めされるからな」


「次も使えると思うよ。荷が変わったら、一覧もちゃんと直してね」


「分かってる。次に通る時も、あんたがいてくれりゃ楽なんだが」


「残念。僕たちは途中の街までなんだ」



責任者が笑い、ルカの肩を軽く叩いた。



「そうだったな。そこまでは頼りにさせてもらうよ」


「僕も乗せてもらってるから、お互いさまだね」



会話を聞きながら、シリウスは荷台の端に座っていた。


責任者も、ほかの商人も、最初に道端で会った時よりルカへ話しかけることが増えている。

今は荷の扱いについて何か迷うたび、誰かがルカの意見を聞いていた。


フィアが隣から顔を覗き込む。



「シリウス、腕は大丈夫?」


「ええ、少し狭かったですが平気です」


「よかった」



フィアが安心したように微笑む。

シリウスはその顔を見てから、御者台の方へ視線を戻した。


責任者は帳簿を開いてルカに見せ、何かを尋ねている。


商人として旅をしていれば、道や荷物に詳しくなることもあるだろう。

シリウスはそう思っていた。


けれど、先ほどの検査所でのルカには、役人を前にした戸惑いが少しもなかった。

自分たちが隠れている荷を調べると言われても声を変えず、求められたものを出し、相手の問いに答えていた。


しかも、初対面の商人たちまで、今では当然のように彼の判断を頼っている。


ルカは何度かこの道を通ったと言っていた。

それだけで、あの振る舞いが身につくものなのだろうか。


シリウスは、そう考えてから視線を外した。



*



夕方、一団は街道から少し外れた休憩地へ入った。


荷馬車を寄せられる広場と水場があり、道沿いには簡素な建物が建っている。

商人たちはここで一晩を過ごし、翌朝また出発するつもりらしかった。



「街までは明日だな」



責任者が言うと、ルカも頷いた。



「うん。ここまで来られたなら、予定どおりだよ」


「今夜はゆっくり休んでくれ。今日の分は十分働いてもらったからな」


「ありがとう。でも、御者さんの様子だけは見ておくね」



ルカは昼に薬を渡した御者のところへ向かった。


男は馬の世話をしていたが、ルカに声をかけられると顔を上げた。



「おお、先生」


「先生はやめてよ。頭はどう?」


「朝よりずっとましだ。昼に少し休ませてもらったのもよかったな」


「それならよかった。今夜はちゃんと寝てね」


「分かった分かった。旦那にも言っといてくれ」


「もちろん。二人ともだからね」



近くで聞いていた責任者が、苦笑した。



「……耳が痛いな」



商人たちの笑い声が、夕方の広場に広がった。

夕食は、交易商たちが持っていた食料を分けてもらった。


フィアは温かいスープを受け取り、ルカとシリウスのそばへ座る。



「おいしいね」


「歩き通しだったら、今頃もっと疲れてただろうね」



ルカが答える。



「荷馬車に乗せてもらえて、本当によかった」


「そうですね」



シリウスが頷くと、ルカは二人を見た。



「二人とも、今日は早めに休んでね。明日はもう少し進むから」



フィアがスープを飲みながら頷く。



「ルカも休んでね」


「僕?」


「ずっとお仕事してたでしょ」


「まあ、商人だからね」


「診察もしてたよ」


「それも仕事のうちかな」



フィアは少し笑った。



「初めて会った時に見てもらったよね。ルカは、何でもできるんだね」


「何でもはできないよ。僕にできることを頼まれてるだけ」



ルカは少し笑いをこらえたように続ける。



「ああ、そうだ。白い髪の女って聞いた時、シリウスが疑われるかと思ったよ」


「……なぜ私が」


「白に近い銀髪だし、顔も綺麗だからね」


「私は男だ」


「知ってるよ」



ルカがそう答えると、フィアが少し笑った。

そこへ、責任者が遠くから声をかけた。



「ルカさん!明日の荷の順番なんだが、ちょっと聞いていいか!」



ルカは振り返り、フィアへ笑ってみせた。



「ほら、また仕事だ」


「行ってらっしゃい」


「すぐ戻るよ」



ルカは立ち上がり、商人たちの方へ歩いていった。


フィアはその背中を見送り、残りのスープを飲んだ。



「ルカ、忙しいね」


「……そうですね」



シリウスは短く答えた。


やがて夜になり、交易商たちは交代で荷の番をすることになった。


フィアは休憩用の建物で寝台を借り、昼間の荷馬車の揺れを思い出しながら横になった。

シリウスも近くに腰を下ろし、右腕を休ませている。


ルカは最後まで商人たちと翌日の道を確かめていたが、やがて部屋へ戻ってきた。



「明日は朝から出るって。昼を過ぎた頃には、街が見えてくると思うよ」



フィアが寝台から顔を上げる。



「もうすぐだね」


「うん。着いたら、僕の荷物を取りに行こう」


「そこでは、少し休める?」


「もちろん。シリウスの腕が落ち着くまでは、無理に先へ進まないつもりだよ」


「よかった」



フィアはそう言って、また横になった。

ルカも外套を脱ぎ、荷物を壁際へ寄せる。



「じゃあ、おやすみ。二人とも」


「おやすみ、ルカ」


「おやすみ」



灯りが落とされ、部屋が静かになった。

シリウスは横になってからも、しばらく眠れなかった。


今日一日、ルカは商人たちの間を自然に行き来していた。


荷の扱いを相談され、体調の悪い者を診て、検査所では役人と話した。

どの場面でも、次に何をすればいいのかを迷わず判断していた。


商人たちも、それを当然のように受け入れ始めていた。


シリウスは暗がりの中で、少し離れた寝台へ目を向けた。

ルカはもう横になっている。


普段は冗談を言いながら歩く、気のいい商人だった。


けれど、今日の彼を見て、シリウスはようやく気づいた。


商人であれば、誰でもあのように振る舞えるわけではない。


ルカが交易路に詳しいことは、以前から知っていた。


今日見たのは、その知識を使う時の迷いのなさだった。


書類を渡す時も、役人へ答える時も、初対面の商人たちへ指示を出す時も、彼はずっと同じ調子だった。


シリウスは目を閉じた。

あの男は、こういう場に慣れている。


そして、自分たちに話していないことが、きっとまだある。

すぐに問いただすつもりはなかった。


明日、ルカが荷物を置いているという街へ着く。


シリウスは眠っているフィアの方へ一度目を向け、それから静かに息を吐いた。


隣の寝台からは、ルカの穏やかな寝息が聞こえていた。

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