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many merry bad ENDs 聖女がたどる結末たち  作者: 源泉


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86話 商人の通り道 前編

村を離れてしばらくすると、街道は山裾に沿って細くなっていった。


ルカは先を歩きながら、ときおり足元を確かめていた。


最近まで続いた雨のせいで、乾いているように見える場所でも靴底が沈む。

道の端には山から流れてきた土が溜まり、ところどころに折れた枝が散らばっていた。


昼を少し過ぎた頃、三人は街道の先で足を止めた。


山側の斜面が崩れ、道の半分ほどを土砂が覆っている。



「……これは、ちょっと厄介だね」



ルカは荷物を下ろし、崩れた場所へ近づいた。


土砂を避けて通れそうな幅はある。

足場を選べば向こう側へ抜けることもできるだろうが、片側は雨水に削られた斜面になっていた。


シリウスも道を確かめる。



「通れないことはないな」


「そうだね。荷物を持ったまま歩くには、少し狭いけど」



ルカが振り返ると、フィアは道の手前で待っていた。



「向こうに行けそう?」


「行けるとは思うよ。ただ、足元がよくない」


「私なら大丈夫だよ」



そう答えたフィアへ、シリウスが首を横に振った。



「フィア様、昨日までの疲れも残っています。ここで足を滑らせれば危険です」


「でも、シリウスの腕だって……」



フィアはシリウスの右腕を見た。

歩くことに支障はないと言っていたが、荷物を持ち直す時も、シリウスは左手を使っている。



「私が転びそうになったら、シリウス、助けようとするでしょ」


「それは当然です」


「だから心配なの」



シリウスは返事に詰まった。


ルカは崩れた道をもう一度確かめた。


この先を抜ければ、隠れ家のある街へ向かう道に出られる。

引き返すなら、今朝までいた村へ戻ることになる。



「一度、村へ戻る手もあるけどね」



ルカが言うと、シリウスが眉を寄せた。



「……あの村には、白い髪の女を探しているという噂が届いている」


「うん。そこが気になるんだよね」


「でも、この道を通ってシリウスが腕を痛めたら……」



フィアが言いかけると、シリウスも口を開いた。



「私の腕より、フィア様が足を滑らせることの方が心配です」


「だから、シリウスの腕も心配なんだってば」



ルカは二人を見比べ、小さく笑った。



「二人とも、相手の心配ばっかりだね」


「ルカはどう思う?」



フィアに尋ねられ、ルカは街道の先へ目を向けた。



「もう少し道の様子を見たいかな。村へ戻るなら暗くなる前に着きたいし、進むにしても、今すぐ決めなくていいと思う」



シリウスが頷く。



「そうだな。休息を兼ねて考えよう」



三人は崩れた場所から少し離れ、道端の乾いたところへ荷物を下ろした。


フィアは水を飲み、シリウスも左手で革袋を受け取る。

ルカは地図を広げて周辺の道を確かめたが、雨のあとの通行状況までは分からなかった。



「この辺り、ほかにも道があるんだよね?」



フィアが地図を覗き込む。



「あるよ。ただ、ここから入れるかどうかが分からないんだ。少し戻れば分かれ道もあるけど」


「そこまで行って、また通れなかったら?」


「その時は、いよいよ村に戻るしかないかな」



ルカが地図を畳んだ時、背後から車輪の音が聞こえてきた。


振り返ると、幌を掛けた荷馬車が三台、ゆっくりと近づいてくるところだった。

先頭の御者が崩れた道を見つけ、馬を止める。



「おいおい、ここも崩れたのか」



後ろの荷馬車からも男たちが降りてきた。


護衛らしい者が数人、先に歩いて道を確かめる。

続いて、年嵩の商人が一人、荷台から降りた。


男は崩れた斜面を見てから、道端の三人に気づいた。



「お前さんたち、ここを通るつもりだったのかい?」



ルカが立ち上がる。


「そうなんだけど、ちょうど相談してたところでね」


「荷車は無理そうだな」



護衛の一人が崩れた道から戻ってきた。



「人が通るだけなら行けるでしょうが、荷を積んだ馬車は危ないですよ」


「だろうな。仕方ない、下の道へ回るか」



商人は頭を掻いた。

ルカが顔を上げる。



「下の道?」


「ああ。少し戻ったところから、山裾を大きく回る交易路がある。遠回りだが、あっちなら馬車も通れるだろう」


「どの街を通るの?」


商人が幾つかの地名を挙げた。

その中に、ルカが目指している街の名があった。



「へえ。そこを通るんだ」


「あんた、知ってるのか?」


「うん。僕もそこへ行きたかったんだよ」



ルカはフィアとシリウスを振り返った。



「ちょうどいいかもしれない」



フィアが立ち上がる。



「同じ街に行くの?」


「そうみたい。ちょっと話してみるね」



ルカは商人へ向き直った。



「ねえ、よかったら僕たちも同行させてもらえないかな」



商人は三人を見た。



「三人ともかい?」


「うん。あの街まででいいんだ」


「荷を積んでるからなあ。人を乗せる場所があるかどうか」


「荷台の端でもいいよ。二人とも少し疲れてるし、歩く距離を減らせると助かるんだ」



護衛の男がシリウスの腰にある短刀を見た。



「そっちの男は護衛か?」


「三人で旅をしてるんだよ。僕も商売であちこち回ってる」



商人が少し興味を示した。



「商人なのか。何を扱ってる?」


「薬や小物が多いかな。土地によっては、ほかの品も」


「なるほどねえ」



商人は腕を組み、荷馬車の方を見た。



「しかし、金をもらっても荷台が狭くなるのは変わらんからな」


「お金の代わりに、仕事を手伝うのはどう?」



ルカが言うと、男が顔を戻した。



「仕事?」


「荷の確認とか、書類の整理とか。その辺りならできるよ。御者も通訳も必要なら引き受けるし、簡単な診察もできる」


「診察まで?」


「薬を扱ってるからね。多少は心得があるんだ」



そこで、先ほど道を見に行っていた護衛が声をかけた。



「旦那、ちょうどいいんじゃないですか。二台目の御者、朝から頭が痛いって言ってたでしょう」


「ああ、そうだったな」



商人がルカを見る。



「診られるかい?」


「症状によるけど、話を聞くくらいなら今でもできるよ」



商人は一団へ声をかけ、二台目の御者を呼んだ。

やって来た男は顔色が悪く、目の上を指で押さえていた。



「頭が痛いんだって?」



ルカが尋ねると、御者は頷いた。



「ああ。昨日からずっと重くてな。雨の中を走ってたせいかもしれねえ」


「熱は?」


「熱っぽさはねえな」


「吐き気とか、目がちらつく感じは?」


「いや。ただ、頭が重くて、肩も張ってる」



ルカは男にいくつか質問し、水をどれくらい飲んだか、いつから休んでいないかを確かめた。


「昨日は、ちゃんと眠れた?」


「荷の番があったから、少しだけだ」


「それなら、まず休んだ方がいいね。水ももう少し飲んで。手持ちの薬で楽になるかもしれないけど、無理して御者台に座り続けるのはやめた方がいいよ」


「そんなにか?」


「悪化してからじゃ、馬車ごと止まることになるでしょ」



ルカは荷物から薬を取り出し、飲み方を説明した。


商人も隣で聞いていたが、話が終わると自分の首筋へ手を当てた。



「……実は俺も、ここのところ寝不足でな。頭が重いんだよ」


「旦那まで?」



御者が笑う。



「笑い事じゃないぞ。帳簿とにらめっこしてると、首まで固まってくるんだ」



ルカは商人にも症状を尋ね、休憩の取り方を話した。



「二人とも、今は休んだ方がいいと思う。僕が代わりにできる仕事もあるだろうし」



商人はしばらくルカを見ていた。



「……あんた、若いのに色々できるんだな」


「旅をしてると、覚えることが多いからね」


「そうか。なら、ちょっと頼ませてもらおうか」



男は護衛たちへ声をかけた。



「二台目の荷を少し詰め直せ。三人乗せられるようにするぞ」



フィアがほっと息を吐いた。



「よかった……」



ルカは振り返って笑う。



「交渉成立だね」



シリウスはルカと商人を交互に見ていたが、やがてフィアの荷物へ手を伸ばした。



「では、乗りましょう。フィア様」



*


一団は、商人二人、御者二人、護衛六人の十人で構成されていた。


三台の荷馬車には日持ちする食料や布、薬材などが積まれている。

二人の商人も御者を兼ねており、頭痛を訴えていた御者に代わって、ルカが二台目の手綱を握ることになった。

責任者の商人も、その隣に座る。


ルカは預かっていた大剣を、荷台の邪魔にならない場所へ置いた。


フィアとシリウスは、その後ろの幌付きの荷台へ乗せてもらった。

積荷の間には座れるだけの場所が作られ、厚手の布も敷かれている。



「ここで大丈夫?」



ルカが荷台を覗き込む。

フィアは座って足を伸ばした。



「うん。すごく楽」


「シリウスは?」


「問題ない。右腕をぶつけずに済みそうだ」


「じゃあ、僕は少し手伝ってくるよ。何かあったら呼んでね」



フィアが頷く。



「行ってらっしゃい」



ルカは幌を下ろし、責任者の待つ御者台へ向かった。


荷馬車が動き始めると、積荷が小さく揺れた。

フィアは縁へ手を添え、隣に座るシリウスを見た。



「乗せてもらえてよかったね」


「ええ。無理にあの道を通らずに済みました」


「ルカ、すごいね。あんなにすぐ話をまとめちゃった」


「……そうですね」



シリウスは幌の隙間から、同じ荷馬車の御者台へ上がるルカを見た。


責任者の男が何かを尋ね、ルカが頷きながら答えている。

ほどなく荷馬車は分かれ道へ入り、山裾を大きく回る交易路へ向かった。



*



道中、ルカは御者を務めながら、休憩のたびに荷の確認や書類の整理を手伝った。


責任者が取り出した帳簿に目を通し、商品の数を確かめる。

荷を下ろして休憩する時には、箱の積み方についても意見を求められた。



「この辺り、最近は検問が増えててな」



責任者が言ったのは、午後の休憩中だった。



「荷を積み直したばかりなのに、次のところでまた全部見せろなんて言われたらたまらんよ」



ルカは手元の書類を見た。



「前は、ここまで調べられなかったの?」


「ああ。通行の書類を見せりゃ済むことが多かったんだがね。最近は荷も確かめたがる」


「それなら、今のうちに少し整理しておこうか」


「整理?」


「書類と荷の順番を揃えておくといいよ。数を聞かれた時に探さなくて済むし、確認する箱がすぐ出せれば、向こうも手早く終わらせやすいから」



ルカは帳簿を広げ、積荷の内訳を確かめた。



「最初に通行の書類、その次に荷の一覧を出せるようにしておこう。こっちの箱は、奥に入れるより手前がいいね」



責任者が目を細めた。



「……あんた、ここの検問を通ったことがあるのか?」


「何度かね。こういう道は、土地ごとに少しずつやり方が違うから」


「そうなんだよ。こっちは前と同じつもりで出してるのに、向こうは違う順番で見たがることがあってな」


「書類を探してる時間が一番もったいないでしょ」


「まったくだ」



男は笑い、隣の商人を呼んだ。



「おい、この人の言う通り、荷の一覧を先にまとめといてくれ」



もう一人の商人はルカから帳簿を受け取ると、商品の記載を確かめ始めた。



「この荷は二台目か?」


「うん。ただ、三台目にも同じ品があるから、そこは分けて書いた方がいいよ」


「なるほど。じゃあ、こっちはどうだ?」


「それは一緒で大丈夫。数量だけ合わせておいて」



二人は相談しながら書類を整理し、護衛たちも荷の積み替えを手伝った。

ルカは頼まれたところへ顔を出し、いつもの調子で答えていた。



「ルカさん、こっちの箱は動かした方がいいか?」


「うん、手前に置こうか。ありがとう」


「こっちの書類、見てもらっても?」


「いいよ。ちょっと貸して」



最初に声をかけられた時より、商人たちの口調が少し丁寧になっていた。


ルカはそれに気づいても、特に気にした様子はなかった。



*



再び馬車が走り始めてから、護衛の一人が荷台の脇を歩きながら声をかけた。



「お嬢さん、酔ってないか?」



フィアは幌の端から顔を出した。



「大丈夫です。ありがとうございます」


「ならよかった。この道はしばらく揺れるからな」


「よく通るんですか?」


「ああ。国境寄りの街へ行く時は、たまに使うよ。山の道より遠いが、荷車にはこっちの方がいい」



御者台から責任者も振り返り、会話に加わった。



「この辺りは、昔から時々魔物も出るしな。護衛をつけずに通る商隊は少ないんだ」



フィアの手が、膝の上でぎゅっと握られた。

護衛は気づかずに続ける。



「まあ、俺もこの道で直接見たことはねえよ。昔から、山の奥には近づくなって言われてるだけでな」


「雨で道が崩れてる時は、そっちの方がよほど厄介だ」



責任者が笑った。



「魔物も崖崩れも、出くわさずに済むのが一番だ」



男たちはそのまま、別の街道の話へ移っていった。

フィアは膝の上で手を握りしめたまま、俯いていた。


昔から時々、魔物が現れる。

商人は、そう言った。


けれど、自分が祈りをやめてからはどうなのだろう。

教会を離れてしばらく経っている。


自分が祈らなくなったことで、どこかの村や街に魔物が現れていたら。

知らない場所で、誰かが傷ついていたら。


フィアは隣に座るシリウスの右腕へ目を向けた。

彼は今、剣も満足に使えない。


もしここで魔物が現れたら、きっとまた、自分を守ろうとする。


フィアが顔を上げると、シリウスはすでにこちらを見ていた。

左手が伸びてきて、握りしめていたフィアの手をそっと包む。


フィアは驚いてシリウスを見た。


シリウスは何も言わず、手を握ったまま前へ視線を戻した。


フィアも口を開かなかった。


荷馬車が揺れるたび、触れ合った手がわずかに動いた。


御者台から振り返ったルカが二人の様子に気づいたが、声はかけなかった。



「ルカさん、さっきの荷の一覧なんだが」



責任者に呼ばれ、ルカはそちらへ顔を戻した。



「うん、どこ?」



荷馬車は、検査所のある道へ進んでいった。



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