85-1話(分岐バッドエンド)
※この先は分岐となります。
物語の本筋を追う場合は、86話へ。
村を離れてしばらくすると、街道は山裾に沿って細くなっていった。
ルカは先を歩きながら、ときおり足元を確かめていた。
最近まで続いた雨のせいで、乾いているように見える場所でも靴底が沈む。
道の端には山から流れてきた土が溜まり、ところどころに折れた枝が散らばっていた。
昼を少し過ぎた頃、三人は街道の先で足を止めた。
山側の斜面が崩れ、道の半分ほどを土砂が覆っている。
「……これは、ちょっと厄介だね」
ルカは荷物を下ろし、崩れた場所へ近づいた。
土砂を避けて通れそうな幅はある。
足場を選べば向こう側へ抜けることもできるだろうが、片側は雨水に削られた斜面になっていた。
シリウスも道を確かめる。
「通れないことはないな」
「そうだね。荷物を持ったまま歩くには、少し狭いけど」
ルカが振り返ると、フィアは道の手前で待っていた。
「向こうに行けそう?」
「行けるとは思うよ。ただ、足元がよくない」
「私なら大丈夫だよ」
そう答えたフィアへ、シリウスが首を横に振った。
「フィア様、昨日までの疲れも残っています。ここで足を滑らせれば危険です」
「でも、シリウスの腕だって……」
フィアはシリウスの右腕を見た。
先ほどから、シリウスは荷物を持つ時も左手を使っている。
歩くことに支障はないと言っていたが、右腕を動かすたび、わずかに表情が強張るのをフィアは見ていた。
「私が転びそうになったら、シリウス、助けようとするでしょ」
「それは当然です」
「だから心配なの」
シリウスは返事に詰まった。
ルカは二人を見てから、もう一度崩れた道へ視線を戻した。
この先を抜ければ、隠れ家のある街へ向かう道に出られる。
引き返せば、それだけ時間がかかる。
それでも、雨で緩んだ斜面を今の三人で通る必要があるかと考えると、答えは出ていた。
「一度、村へ戻ろうか」
ルカが言うと、フィアが顔を上げた。
「いいの?」
「うん。明日になれば、通った人から道の様子を聞けるかもしれないし。別の道を探してもいい」
シリウスが眉を寄せる。
「だが、あの村には噂が届いている」
「それは気になってる。だから、戻ったら宿に入って、明日までは外に出ないようにしよう」
ルカはフィアへ目を向けた。
「髪も隠せてるし、昨日は誰にも怪しまれなかった。宿で休んでいる分には、目立たずに済むと思う」
フィアは少し考え、シリウスを見た。
「私、戻りたい。シリウスの腕も、もう少し休ませてほしい」
「……フィア様がそうお考えなら」
「シリウスは?」
「私も、フィア様にこの道を歩いていただくのは避けたいと思っています」
ルカは荷物を肩へ掛け直した。
「じゃあ、三人とも同じ意見だね。暗くなる前に戻ろう」
フィアが頷き、シリウスも来た道へ身体を向けた。
村までは、まだ明るいうちに戻れる距離だった。
*
その頃、朝の村で三人を見かけた行商人は、別の町へ着いていた。
男は荷を下ろし、馴染みの店で食事を取っていた。近くの卓では数人の男たちが酒を飲み、隣町へ来た立派な馬車の話をしている。
「白に近い髪の女だとよ。見つけりゃ褒美が出るらしい」
「どれくらいだ?」
「詳しくは知らねえが、わざわざ馬車で探しに来るくらいだ。安くはないだろ」
行商人はパンを口へ運びかけ、朝に見た旅人を思い出した。
「ああ、そういや」
男たちの一人が振り向いた。
「何だ?」
「今朝通った村に、白っぽい髪の若い女がいたな。珍しい色だったから覚えてる」
卓の男たちが顔を見合わせた。
「本当か?」
「一瞬見えただけだけどな。フードを被ってたよ」
「一人か?」
「いや、男が二人一緒だった」
行商人は水を飲み、続きを話そうとしたところで、男の一人が卓を立った。
「おい。ちょっとこっちへ来い」
「何だよ」
「詳しく聞かせろ。金は払う」
男は銀貨を取り出し、行商人の卓へ置いた。
行商人が目を丸くする。
「そんな大した話じゃねえぞ」
「いいから。どんな女で、どんな男が一緒だった?」
行商人は銀貨を見てから、朝の光景を思い返した。
「小柄な女だったな。顔はよく見えなかった。男の片方は金髪で、もう片方は銀色っぽい髪だったと思う」
「銀髪?」
「ああ。背が高くて、騎士みたいな男だった。金髪の方も、同じくらい目立つ顔をしてたな」
「どっちへ行った?」
「村を出て、街道の方へ歩いてったよ。そこまでは見てねえ」
男たちはまた顔を見合わせた。
「その村、どこだ?」
行商人が道順を話すと、銀貨を置いた男は満足そうに頷いた。
「助かったぜ」
「……そんなに金になるのか、その女」
「さあな。見つけてからの話だ」
男は仲間を呼び、店を出ていった。
行商人は卓に残された銀貨を指先で寄せた。
白い髪の女を探しているという話は、朝の村でも誰かがしていた気がする。
あの旅人がそうなのかは分からない。
ただ、珍しい髪を見たというだけで、思いがけず昼飯代が浮いた。
夜に一杯飲んでもまだ余るほどに。
行商人は残りのパンを食べ、午後の商売へ戻った。
*
三人が村へ戻った頃には、空が夕方の色に変わり始めていた。
宿へ向かう道には、朝と変わらず荷車が並んでいた。ルカは街道を歩く人々の顔を確かめながら、二人を宿へ連れていく。
三人が宿に入ったあと、その向かいで荷車を見ていた男が、一度だけ建物を振り返った。
主人は三人を見るなり、声を上げた。
「おや、戻ってきたのかい」
「道が崩れててね。今日はもう一晩、泊めてもらえるかな」
「そりゃ大変だったねえ。昨日の部屋なら空いてるよ」
「助かるよ」
宿代を払って鍵を受け取ると、三人はそのまま客室へ上がった。
フィアは荷物を置き、寝台へ腰を下ろした。
「……戻ってこられたね」
「うん。今日はもう休もう」
ルカは窓の外を確かめてから、戸を閉めた。
「明日の朝、道のことを聞いてくるよ。フィアはそれまで、ここにいてくれる?」
「分かった」
「何か欲しいものがあれば、僕が持ってくるから」
「うん。ありがとう」
フィアは素直に頷いた。
シリウスも椅子へ座り、左手で短刀の位置を直している。
ルカがそちらを見ると、シリウスは先に口を開いた。
「腕は休ませる。分かっている」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に書いてある」
「じゃあ、ちゃんと休んでね」
フィアが小さく笑った。
ルカはその笑顔を見て、ようやく肩の力を緩めた。
翌朝になれば、別の道を探せる。
村を出るのは、それからでも遅くないはずだった。
*
翌日、ルカは朝食のあとで宿の主人から道の話を聞いた。
村へ戻ってきた旅人はほかにもいて、使える道について少しずつ情報が集まっていた。
山裾を大きく回る道なら、荷車も通れたという。
部屋へ戻ると、フィアが顔を上げた。
「どうだった?」
「遠回りにはなるけど、別の道が使えるみたい。昼には出られると思うよ」
「よかった」
シリウスも立ち上がる。
「道幅は?」
「荷車が通れたらしいから、昨日の崩れたところよりは歩きやすいはずだよ」
「そうか。ならば、そちらへ行こう」
フィアは頷き、荷物をまとめ始めた。
白い花を包んだ紙を確かめ、鞄の奥へしまう。
昨日より少し萎れていたが、花びらはまだ形を残していた。
ルカは地図を畳みながら、窓の外を見た。
街道に人は多い。
昨日の噂がどこまで広まったのかは分からないが、村を離れてしまえば、ひとまず距離を取れるだろう。
三人は昼前に支度を終え、宿の主人へ礼を言ってから部屋を出た。
「今度こそ、無事に行けるといいねえ」
主人が笑う。
「本当にね。二度も世話になったよ」
ルカが答え、フィアも頭を下げた。
「ありがとうございました」
「気をつけて行きなよ」
宿の戸を開けると、昼の日差しが街道に落ちていた。
ルカが先に外へ出て、シリウスがフィアのそばにつく。
フィアが敷居を越えたところで、向かいの建物の陰から男が一人、歩み寄ってきた。
「おい」
ルカが顔を上げる。
男の視線は、フィアではなくシリウスに向いていた。
「銀髪の、背の高い男。お前だな」
シリウスがフィアを背へ庇う。
「何の用だ」
「もう一人は金髪か。聞いた通りだな」
ルカが周囲を見ると、街道の両側からも男たちが出てきていた。
宿の向かい、荷車の陰、路地の奥。
数を数える間にも人影が増え、十人を超えたところで、男たちは三人を取り囲んだ。
「……フィア、僕とシリウスから離れないで」
ルカが言い終えるより早く、背後へ回っていた男がフィアの腕を掴んだ。
「きゃっ……!」
フィアの身体が引かれる。
「フィア様!」
シリウスが踏み出すと、男はフィアを引き寄せ、喉元へ短い刃を向けた。
「動くなよ。こいつを探してんだ」
ルカは肩の大剣へ手を伸ばし、そのまま抜いた。
刃が鞘を離れる音に、男たちがざわつく。
「おっと。物騒だな、金髪のお兄さんよ」
「先に手を出したのはそっちでしょ」
ルカは剣を構えたまま、フィアを掴んでいる男を見た。
「その子を放してくれないかな。話なら聞くよ」
「話は簡単だ。この女を渡せ」
「何のために?」
「金になるからだよ」
男が笑った。
「白い髪の女が金になるって話、聞いてねえのか?」
フィアの顔から血の気が引いた。
ルカは剣を下ろさず、男の手元を見ていた。
フィアの喉に近い位置で刃が動く。
今、踏み込めば届くかもしれない。
だが、男はフィアを抱え込むようにしており、その周囲にも仲間がいる。
シリウスは短刀を抜いた。
「フィア様を放せ」
「お前らも、妙なことするなよ。こっちは大勢いるんだ」
男の一人が笑いながら近づいてきた。
「白い髪が見えりゃ、それで十分なんだ。顔を見せろよ」
フィアは身を捩ったが、腕を掴む手が強くなる。
フードが引き下ろされ、まとめていた髪の一部が肩へこぼれた。
白金の髪が日差しを受ける。
男たちの間から、低い歓声が上がった。
「おお、本当だ」
「珍しいな」
「これなら間違いねえだろ」
「ずいぶん小さい女だな。もっと大層なのを想像してたぜ」
男たちはフィアを見ながら、勝手なことを話し始めた。
フィアは唇を結び、ルカとシリウスを見た。
二人とも武器を持っている。
しかし、シリウスの右腕は、まだ治っていない。
その時、宿の前で騒ぎを見ていた女性が、男たちの間へ踏み込んだ。
「あんたたち、何してるんだい!」
フィアが顔を上げた。
一昨日、白い花をくれた女性だった。
女性は男たちを睨み、フィアの腕を掴んでいる男へ近づいた。
「その子、昨日この村にいた旅人だよ。何をしたっていうんだい。放してやんな!」
「邪魔すんな、婆さん」
「こんな昼間から、刃物なんか向けて!」
女性がフィアの腕を引こうとした瞬間、男が乱暴に手を払った。
女性はよろめき、街道の石に膝をついた。
「……っ!」
「やめて!」
フィアが声を上げる。
女性は手をついて身体を起こそうとしたが、膝を打ったらしく、すぐには立てなかった。
「何をするんだ!」
宿の主人も外へ出てきた。
近くの店から人々が顔を出し、男たちを取り囲むように声を上げる。
「女一人に、何人がかりだ!」
「村で騒ぎを起こすな!」
「その子を放せ!」
男たちの一人が舌打ちした。
「うるせえな」
腰から刃物を抜くと、近くにいた村人へ向ける。
「お前ら、引っ込んでろ。これ以上邪魔するなら、こっちだって容赦しねえぞ」
村人たちの声が一瞬止まった。
別の男が、店の軒先を顎で示した。
「こんだけ家が寄ってりゃ、火の回りも早そうだな」
「……何だと?」
「女一人渡しゃ終わる話だ。村ごと燃やされたいか?」
宿の主人が息を呑む。
ルカは大剣を構えたまま、男たちの位置を確かめた。
フィアを掴んでいる男。
村人へ刃を向ける男。
その背後で、今にも店の中へ踏み込もうとしている者たち。
「シリウス、待って」
ルカが低く声をかける。
「分かっている」
そう答えたシリウスの顔は、険しかった。
フィアは膝をついた女性を見ていた。
花を手渡してくれた時には、穏やかに笑っていた人だ。
名前も知らない。
自分のことも、何も知らない。
それでも今、その人は自分を庇って傷ついた。
「……やめて」
フィアが言った。
男たちは聞いていなかった。
一人が宿の主人へ詰め寄り、主人が後ずさる。
「やめて!」
今度は大きな声だった。
フィアを掴んでいた男が顔を向けた。
「何だよ。暴れんなって」
「この人たちには、何もしないで」
「だったら大人しくしろよ」
フィアは息を整えようとした。
心臓が速く打ち、掴まれた腕が痛む。
少し離れた場所で、シリウスが短刀を握り直した。
その右肩が、わずかに動いた。
フィアは首を振った。
「シリウス、だめ」
「フィア様、必ずお助けします」
「腕が……」
「構いません」
シリウスが一歩踏み出そうとする。
フィアを掴んでいた男が刃を動かすと、ルカが鋭く声を上げた。
「待って。シリウス」
シリウスが足を止めた。
フィアは二人を見た。
自分を助けようとしている。
きっと、二人とも諦めない。
だからこそ、ここで戦えば傷つく。
シリウスの右腕は、まだ剣を振ってはいけない状態だ。
ルカも、自分のために大勢の男たちと戦うことになる。
フィアは男へ顔を向けた。
「……私が行けば、この人たちには何もしない?」
男が目を細める。
「何だって?」
「私が一緒に行くから。村の人たちにも、ルカとシリウスにも、何もしないで」
「フィア!」
ルカが呼んだ。
フィアはそちらを見た。
「ルカ、お願い」
「その人たちの言うことを聞く必要はないよ。僕たちが――」
「もう、誰にも怪我してほしくない」
ルカの言葉が止まった。
フィアは男へ向き直る。
「約束して」
男は仲間たちを見回し、にやりと笑った。
「いいぜ。こいつらが大人しくしてりゃ、手は出さねえ」
「……本当に?」
「ああ。俺たちが欲しいのは、お前だけだからな」
フィアは頷いた。
「分かった。行く」
「フィア様!」
シリウスが踏み出した。
短刀を左手に握ったまま、フィアを掴む男へ向かおうとする。
男たちがすぐに間へ入り、三人がかりで行く手を塞いだ。
「シリウス、やめて!」
フィアの声にも、シリウスは止まらなかった。
「フィア様!」
左手の短刀が男の刃を受ける。
金属音が響いた。
シリウスは身体を捻って一人を退けたが、その動きに合わせて別の男が右腕へ掴みかかった。
「……っ!」
痛みでシリウスの姿勢が崩れる。
男はそこを見逃さず、負傷した右肩へ拳を打ちつけた。
「シリウス!」
フィアが叫んだ。
シリウスは膝を折りかけ、歯を食いしばって立ち直ろうとした。
右腕を使って目の前の男を押し退けようとするが、肩から先に力が入らない。
そこへさらに二人が回り込む。
「いい加減にしろよ、あの女は行くって言ってるんだ」
一人が右腕を掴んだ。
シリウスが短く息を詰める。
ルカは大剣を握り直した。
「その腕を放して」
「お前も剣を捨てろ」
男がシリウスの右腕を捻り上げようとする。
「……ぐっ」
「やめて!もうやめて!」
フィアは男の腕を振りほどこうとした。
「私、行くって言ったでしょ!だから、もう……!」
ルカが大剣を下ろした。
「分かった。剣は置くから、シリウスを放して」
「最初からそうしとけよ」
男の一人が笑った。
ルカは剣を地面へ置き、シリウスのそばへ近づいた。
右腕を掴んでいた男が手を離すと、シリウスの身体が傾いた。
「シリウス!」
ルカが肩を貸す。
シリウスは左手でルカの腕を押し返そうとしたが、顔を上げた瞬間、右肩の痛みに息を詰めた。
「……フィア様」
「動かないで、シリウス」
フィアの声が震える。
「お願い。もう、腕を動かさないで」
「ですが……」
「お願いだから」
シリウスはフィアを見た。
その間にも、男たちはフィアを宿から離すように引いていく。
ルカはシリウスを支えながら、フィアへ声をかけた。
「フィア、聞いて。まだ――」
「ルカ」
フィアは無理に笑おうとした。
「シリウスを、お願い」
ルカが息を呑む。
「……フィア」
「私、大丈夫だから」
その言葉を最後まで信じてもらえないことは、フィアにも分かっていた。
男が腕を引く。
フィアは振り返り、もう一度二人を見た。
シリウスが何かを叫んだ。
ルカも名前を呼んでいた。
けれど、男たちの声と街道の騒ぎに紛れ、言葉は聞き取れなかった。
女性が膝をついたまま、こちらを見ている。
フィアと目が合うと、女性は泣きそうな顔で首を振った。
花をくれたときは笑っていた人だった。
フィアは小さく頭を下げた。
男に背を押され、馬車へ乗せられる。
扉が閉まる直前、ルカに支えられたシリウスの姿が見えた。
それが、二人を見た最後になった。
*
馬車が去ったあと、男たちは村人にそれ以上手を出さなかった。
ルカはシリウスを宿へ運び、主人に医者を呼んでもらった。
右腕はひどく腫れていた。
医者が患部を確かめようとすると、シリウスは顔を歪めながら身を起こそうとした。
「……フィア様を」
「今は動かないで」
ルカが肩を押さえる。
「追わなければ」
「分かってる。僕も追うよ」
「ならば、なぜ――」
「その腕で馬車を追っても、途中で倒れるだけだ」
シリウスは言葉を失った。
ルカは医者へ目を向けた。
「お願いします。僕は外で馬車の行き先を聞いてきます」
村人たちは、見たことを話してくれた。
男たちがどの道から来たのか。
馬車がどちらへ走ったのか。
どこかの町から集まってきたらしいこと。
宿の主人も、花をくれた女性も、知っていることをすべて伝えた。
女性は膝に布を当てたまま、ルカへ何度も謝った。
「止められなくて、ごめんよ。あの子が……」
「謝らないでください」
ルカは首を横に振った。
「庇ってくれて、ありがとうございました」
夕方、シリウスが少し動けるようになると、二人は村を出た。
村人から聞いた道を辿り、分かれ道の先まで馬車の跡を探した。
だが、長雨で荒れた街道には幾つもの車輪の跡が重なっていた。
行商人の荷車も、旅人を乗せた馬車も、同じ道を通っている。
次の町で聞き込みを続けても、男たちの馬車を見たという者はいなかった。
ルカは町外れの道標の前で立ち止まった。
街道は、そこから三つに分かれている。
シリウスが隣に立った。
「……どちらだ」
ルカは道を見たまま答えた。
「分からない」
「もう一度、聞いて回ろう」
「うん」
シリウスは右腕を庇い、歩き出した。
ルカも後を追う。
その夜になっても、二人はフィアの足取りを見つけられなかった。
*
一方、フィアが連れていかれたのは、街道から離れた場所にある古い建物だった。
狭い部屋には寝台と椅子が一つずつ置かれ、窓には外から板が打ちつけられている。
男たちはフィアを部屋へ押し込み、鞄を足元へ放った。
「大人しくしてろよ。余計なことしなきゃ、こっちも手間が省ける」
フィアは鞄を抱き寄せ、頷いた。
男が戸を閉める。
鍵のかかる音がして、廊下を歩く足音が遠ざかった。
フィアはしばらく動けなかった。
シリウスの右腕を掴まれた時の、苦しそうな顔が浮かぶ。
ルカは、最後までシリウスを支えていた。
二人は無事だろうか。
医者に診てもらえただろうか。
村の人たちは、もう怖い思いをしていないだろうか。
フィアは鞄を胸元へ寄せた。
何度も考えているうちに、廊下の向こうから男たちの声が聞こえてきた。
「で、どこへ持ってく?」
「隣町の連中に渡しゃ褒美は出るだろ」
「待てよ。あれだけ探してる女だぞ。最初に話を持ってきた奴らへ、そのまま渡すのは勿体ねえ」
「教会も探してるって話だったな」
「国の方からも金が出るらしいぜ」
「教会と国、どっちが高く買う?」
男たちが笑った。
「物好きな貴族も探してるらしいな。立派な屋敷で、珍しいものばっかり集めてるとか」
「何だそりゃ。あの女を飾るのか?」
「知らねえよ。金さえ払えば、何に使おうが向こうの勝手だろ」
「そもそも、あの女、ただの家出娘じゃねえんだろ?」
「さあな。白い髪が珍しいのは確かだ。あれを見て、間違いだって言う奴はいねえよ」
「だったら、急いで売ることもねえな。何か所か話を通してみようぜ」
「一番高く払うところに渡せばいい」
フィアは鞄を抱く手に力を込めた。
男たちは楽しそうに、まだ話を続けている。
金がいくらになるか。
誰に話を持ちかけるか。
馬車を何台用意するか。
フィアは鞄の留め具を外し、奥へ手を入れた。
指先に、薄い紙の感触が触れる。
取り出すと、中には白い花があった。
花びらは乾き始め、包んだ時より薄くなっている。
茎にも張りがなく、紙の折り目に沿って少し曲がっていた。
フィアはそっと紙を開いた。
昨日、村へ戻った時には、宿から一度も出なかった。
花をくれた女性に会えたのは、男たちが来た時だけだった。
あの人は、膝を痛めていた。
最後に目が合った時、泣きそうな顔をしていた。
フィアは花を見つめた。
初めて会った時、女性は自分が花を見ていたことに気づき、笑って声をかけてくれた。
別に珍しいものじゃないけどね、と言いながら、花を一本、手渡してくれた。
名前は分からなかった。
それでも綺麗だと思ったし、もらえて嬉しかった。
ルカとシリウスに見せた時も、嬉しかった。
廊下の向こうでは、まだ男たちが値段の話をしていた。
フィアは乾き始めた白い花を紙で包み直し、鞄の奥へそっと戻した。
その白い花をもらった時の、嬉しかった気持ちだけを思い出していた。
bad end.
白い髪の値段




