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many merry bad ENDs 聖女がたどる結末たち  作者: 源泉


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101/136

72話-1 (分岐バッドエンド)

※この先は分岐となります。

物語の本筋を追う場合は、73話へ。





雨は、すぐに強くなった。


最初は頬を濡らす程度だったはずなのに、三人が歩き出して間もなく、木々の葉を叩く音が途切れなくなる。



「思ったより早いな」



ルカが空を見上げた。

木々の隙間から見える空は、もう一面の灰色だった。



「休める場所までは?」



シリウスが尋ねる。



「この先。そんなに遠くないよ」



ルカは答えたものの、その声には少し焦りが混じっていた。

三人は歩みを速めた。


だが、山道は進むほど細くなっていく。

乾いていた土は雨を吸い、すでにところどころ泥へ変わっていた。


フィアはフードを押さえながら、足元を確かめて進む。

休んだおかげで、脚の重さはさっきよりましになっている。


まだ歩ける。

今度は、無理にそう思い込んでいるわけではなかった。


ただ、雨が強い。



「フィア様、足元を」


「うん」



シリウスは少し前を歩きながら、何度も振り返った。

そのたびにフィアがついてきていることを確認している。


ルカはさらに前で道を探していた。



「ここ、少し滑るから気をつけて」



斜面から細い水が流れ始めている。

土の表面を削りながら、道を横切って下へ落ちていく。


フィアは慎重にそこを越えた。


雨脚は、さらに強まった。

木々の下にいても、もうほとんど意味がない。


外套もフードも濡れ、冷たさが少しずつ身体へ染み込んでくる。


やがて遠くで、低い音がした。

雷とは違った。


何か重いものが、地面の奥で動いたような音。


シリウスが足を止める。

ルカも振り返った。



「今の……」



その言葉が終わる前に、斜面から小石が転がってきた。


一つ。


二つ。


次第に数が増える。



「急ぎましょう」



シリウスの声が低くなる。

三人は再び進んだ。


その直後だった。

背後で大きな音がした。


フィアが振り返る。

さっきまで歩いていた道へ、土と岩が崩れ落ちていた。



「……道が」



完全に塞がれたわけではない。

けれど、簡単に戻れる状態でもなかった。


ルカが一度だけそれを見て、前へ向き直る。



「先へ行こう。戻る方が危ない」



シリウスも頷いた。



「フィア様、私から離れないでください」


「うん」



三人は進む。


雨音が何もかもを覆っていた。


呼吸の音も。

足音も。

声さえも。


それでも前へ進むしかなかった。


もう少し。


ルカが言っていた休める場所まで行けばいい。


そう思ったとき。


また、地面の奥から音がした。

今度は近い。


フィアが顔を上げる。



「ルカ――」



ルカも気づいた。



「走って!」



同時に、斜面が動いた。


木の根が土ごと剥がれる。

岩が転がり落ちる。

茶色い水と泥が、一気に道へ押し寄せた。



「フィア様!」



シリウスが戻ってくる。

腕を掴まれた。


そのまま強く引かれ、フィアの身体がシリウスの胸へぶつかる。


次の瞬間、何かが激しくぶつかる音がした。


世界が揺れた。

足元がなくなる。


フィアは何が起きたのか分からなかった。

ただ、シリウスの腕だけが離れなかった。


身体が地面へ叩きつけられる。

息が止まる。


泥。

雨。

冷たい水。

耳鳴り。



しばらく、何も聞こえなかった。



「……フィア!」



遠くから声がした。

フィアは目を開けた。



「ル、カ……」



声が掠れる。

身体を動かそうとすると、背中に痛みが走った。


けれど、動く。


腕も。

脚も。

大きな怪我はしていない。



「シリウス……?」



返事がない。


すぐそばに銀色が見えた。

泥に汚れた髪。


フィアは息を呑んだ。



「シリウス!」



シリウスはフィアを庇うような姿勢のまま倒れていた。



「シリウス、ねえ……!」



身体を起こす。


シリウスの片脚と腰のあたりに、大きな岩と折れた木が重なっていた。

フィアの血の気が引いた。



「待って、今――」


「フィア、そこから動かないで!」



ルカが斜面の向こうから叫んだ。


彼も泥だらけだった。

額から血が流れている。


片腕を庇いながら、それでもこちらへ向かってくる。



「まだ崩れるかもしれない!」


「でも、シリウスが……!」



シリウスの瞼が動いた。

ゆっくりと目が開く。



「……フィア、様」


「シリウス」



声を聞いた瞬間、胸の奥が痛くなった。

生きている。



「今、治すから」



フィアはシリウスのそばへ膝をついた。

手を傷の近くへ伸ばす。



「お待ち……ください」



シリウスの手が、かろうじてフィアの手首へ触れた。

力はほとんどない。



「フィア様……昨日、力を使ったばかりです」


「でも」


「駄目です」


「このままじゃ駄目だよ」



フィアは首を振った。



「私、少しだけならできるから」



淡い光が、指先に灯る。

シリウスが何か言おうとした。


けれど、フィアは止めなかった。

光がシリウスの身体へ染み込んでいく。


昨日より、ずっと弱い。

深い傷までは届かない。


それでも流れ出す血が少し減った。

荒かった呼吸も、ほんのわずかに落ち着く。


その代わり、フィアの身体から急速に熱が失われていった。



「フィア」



ようやく辿り着いたルカが肩を掴む。



「もうやめて」


「まだ……」


「駄目だ」



珍しく強い声だった。



「君まで倒れたら、どうにもならない」



光が消える。


フィアの腕が落ちた。

息を整えるだけで精一杯だった。


ルカがシリウスの状態を確認する。


岩を動かそうとして、顔を歪めた。

怪我をした腕では力が入らない。



「くそ……」


「ルカも、怪我が……」


「僕はいい」



ルカは短く答えた。

もう一度岩へ手を掛ける。


フィアも手を伸ばした。



「私も」


「無理だよ」


「でも」


「二人でやっても、これは動かない」



ルカは周囲を見た。


雨はまだ激しい。

崩れた道の先も、土砂に塞がれていた。


背後も同じだった。

逃げ道がない。


三人は、山の中に取り残されていた。


それから、どれほど時間が過ぎたのか分からなかった。


雨は止まない。

シリウスを岩の下から完全に助け出すことはできなかった。


ルカが折れた枝や石を少しずつ取り除き、フィアもできることを手伝った。


けれど、シリウスの脚は動かなかった。

フィアの力も、もうほとんど残っていない。


ルカも治癒の魔法を使った。

傷口を少し塞ぐことはできた。


けれど、それ以上は続かなかった。



「……情けないな」



ルカが自分の手を見る。

何度試しても、もう光は灯らなかった。



「こんな時に限って」


「ルカのせいじゃないよ」



フィアは言った。

声が震えた。



「私も……できないから」



シリウスが薄く目を開けた。



「二人とも……もう、やめてください」


「でも」


「十分です」



弱い声だった。

それでも、いつものシリウスの言い方だった。


雨が少しずつ冷たくなる。

日も傾き始めていた。


ルカは比較的乾いていた場所を探し、崩れた木の下へ簡単な覆いを作った。


シリウスを動かせないため、結局三人ともその近くで夜を越すしかなかった。


フィアの肩に、シリウスの外套が掛けられる。



「シリウスが使って」


「私は平気です」


「平気じゃないよ」


「フィア様」



シリウスがフィアを見る。



「お願いします」



その目を見て、フィアはそれ以上返せなかった。

ルカも残っていた食べ物をフィアへ差し出す。



「これも」


「ルカが食べて」


「僕は昼に食べたから」


「私も食べたよ」


「じゃあ半分」


「……うん」



フィアはパンを半分に割った。


ルカに返す。

今度はルカも拒まなかった。


雨音の中で、三人は身を寄せた。

誰も眠れなかった。


シリウスの呼吸が乱れるたび、フィアは顔を上げた。

ルカも同じだった。



「シリウス」


「……はい」



返事がある。

それだけで、少し安心する。


しばらくして、また呼ぶ。



「シリウス」


「……おります」



その声は、少しずつ弱くなっていった。


夜が深くなる。

寒かった。


フィアはシリウスの手を握っていた。


冷たい。

自分の手も同じくらい冷たいのかもしれない。



「明日になったら」



フィアは小さく言った。



「雨、止むかな」


「止む」



ルカが答えた。

根拠があるようには聞こえなかった。


それでもフィアは頷いた。



「止んだら、助けを呼べるね」


「うん」


「三人で、ここから出られるよね」



一瞬だけ間があった。



「……うん」



ルカは答えた。

フィアはそれ以上何も言わなかった。


朝方。


雨音が変わった。

フィアはいつの間にか閉じていた目を開く。


まだ雨は降っていた。


けれど、昨夜ほどではない。


空も少し明るくなっている。



「ルカ」



隣を見る。

ルカもすぐに目を開けた。


眠ってはいなかったのかもしれない。

シリウスも意識はあった。



「雨……弱くなったよ」



フィアが言う。

そのときだった。


遠くで、声がした。

三人とも動きを止める。


もう一度。

人の声。



「誰か……いる?」



フィアは立ち上がった。

脚がふらつく。



「フィア、待って」



ルカが止めるより早く、フィアは声のする方へ向かった。



「ここです!」



喉が痛い。

それでも叫ぶ。



「ここにいます!」



返事があった。

複数の足音。


枝を掻き分ける音が近づいてくる。


助かった。

フィアはそう思った。


誰でもよかった。

シリウスを助けられる。

ルカも。


三人でここから出られる。

木々の向こうに、人影が現れた。


白い外套。

その胸元にある印を見た瞬間。


フィアの身体が止まった。


教会の紋章。



「――聖女様」



先頭の男の顔が変わる。


驚き。

そして、安堵。



「聖女様を発見しました!」



後ろへ声が飛ぶ。



「ご無事です!」



何人もの人間がこちらへ駆けてくる。

フィアは一歩下がった。



「待って」



男たちはフィアを囲んだ。



「お怪我は」


「私は大丈夫です、それより」



毛布が肩へ掛けられる。



「お身体が冷えています。こちらへ」


「違うの、二人が」



フィアは振り返る。



「シリウスとルカが怪我をしてるの。助けて」



教会の者たちも、ようやく二人へ目を向けた。

その瞬間、空気が変わった。



「……守護騎士シリウス」



誰かが呟いた。

別の男がルカを見る。



「もう一人、共犯者がいる」


「違う!」



フィアは声を上げた。



「二人は私を助けてくれたの」



その言葉だけが、誰にも聞こえていないようだった。



「情報通りだ。白い髪の女性と、男が二人」



誰かが小声で言った。


その言葉に、昨夜の男の視線が脳裏に浮かぶ。

風に煽られたフードの隙間から覗いた、白金の髪。

あのとき見られたのだ。


シリウスが身を起こそうとした。



「フィア様……」



思うように身体が動かない。

それでも、泥の上へ手をついて起き上がろうとする。



「フィア様から……離れろ」



教会の男たちが警戒する。

フィアは慌ててその間へ入ろうとした。



「待って、シリウスは怪我してるの。ルカも。お願い、二人も助けて」



先頭の男は、フィアへ穏やかに頭を下げた。



「もちろんです、聖女様」



その言葉に、フィアの肩から少しだけ力が抜けた。



「本当に?」


「はい。すぐに人を向かわせます」


「じゃあ、私もここに――」


「聖女様は先にお戻りください」



フィアの手を取ろうとする。

フィアは反射的に引いた。



「嫌」



男が止まる。



「二人と一緒に行く」


「聖女様」


「一緒じゃないなら、行かない」



声は震えていた。

それでもフィアは二人の前から動かなかった。


男は困ったように眉を下げる。

怒ってはいない。


むしろ、幼い子供を宥めるような声だった。



「ご安心ください」



その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。



「お二人については、後続の者が必ず救助いたします。ご安心ください」


「だったら今――」


「まずは聖女様のお身体が最優先です」



別の者が担架を持ってくる。

フィアは首を振った。



「歩ける。だから待って」


「無理をなさらないでください」


「無理じゃない」



腕を取られる。


強くはない。

けれど、離してくれない。



「シリウス!」



シリウスが身体を起こそうとする。



「フィア様!」



その声に、教会の者が二人の間へ立った。

ルカも立とうとして、膝をつく。



「フィアを連れていくな」


「下がれ」


「フィア!」



フィアは手を伸ばした。


届かない。

ほんの数歩しか離れていないのに。



「待って!」



誰も止まらなかった。


毛布を掛けられたまま、フィアは支えられて山道を下ろされていく。



「二人も連れてきて!」



何度も振り返る。



「お願い、置いていかないで!」



先頭の男が静かに答える。



「大丈夫です」



また、その言葉だった。



「今はご自身のお身体をお考えください」



木々の間に、二人の姿が小さくなる。

シリウスが何か叫んでいる。


ルカも。

けれど、雨音に混じって聞き取れない。



「シリウス!」



フィアは名前を呼んだ。



「ルカ!」



返事は聞こえない。

何度呼んでも。


やがて木々に遮られ、二人の姿も見えなくなった。


山を下りた場所には、教会の馬車が待っていた。


乾いた毛布。

温かい飲み物。

柔らかな座席。


フィアは馬車の中へ座らされる。



「もう安心してください」



扉の外から、優しい声がした。



「聖女様は、無事に保護されました」



扉が閉じる。


フィアは窓へ手を伸ばした。

雨に濡れた山が、少しずつ遠ざかっていく。



「……シリウス」



返事はない。



「ルカ……」



当然、返事はなかった。


二人も必ず助けると言っていた。

だから、きっと後から来る。


だから。

助かったはずだった。


そう思わなければならないはずだった。


フィアは、馬車が山から遠ざかってもずっと、二人の名前を呼び続けていた。


その後、フィアが二人と再会することはなかった。



bad end.

保護

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