第十七話
ズッ,ズッ・・・
「・・・結構長いね。あとどれくらいでつくの?」
「もうそろそろだと思うぜ。もう通路を進んで20分近くたってるしな。」
バツの質問に,マルが前を見ながら答える。二人は,マルが先頭になって一列で,隠し通路を這い進んでいる。
「そっか。・・・本当によく頑張ったよねぇ。これだけの距離を鍾乳石や石筍を折って進み続けてたわけでしょ?ほんと凄いよ。」
「まぁな。あっ,そういや・・・」
ふいに,今朝隠し通路を這い進んでいたときに抱いた違和感をマルは思い出す。
「ん,何?」
「・・・いや,やっぱ何でもない。」
(石筍や鍾乳石がやけに簡単に折れたこと思い出したけど,別にバツに話したところでだもんな。もうどうでもいい話だし。)
「そっか。・・・。」
二人は黙々と隠し通路を這い進んでいく。
「・・・それにしても,フハハハハハッ」
「ん?急に笑ってどうしたんだよ。」
「いやぁ。トイレでマルに言われたこと,思い出してさ。」
バツは,くつくつと笑いながら,そんな風に答えた。
─20分近く前,トイレにて
「今回ばかりは譲歩するけど,一つ条件がある。」
「条件?」
バツはマルに,ゆっくりと聞き返す。
「ああ,・・・まず俺と二人で隠し通路の外に出ること。それが条件だ。」
マルはそんなバツに,真剣な表情で,そう答えた。
「・・・。」
「先に言っとくが,みんなを起こして脱出するのは,二人で一回外に出て,帰ってきた後だ。今起しちまうと,みんなに説明するのがめんどい。俺がバツに,条件としてこういうことを言ったっていうのをみんなに知られちまうこと自体,嫌だしな。」
「・・・。」
沈黙を貫き続けるバツ。マルは少し不安になる。
「・・・どうした?この条件すら,お前は呑めないのか?」
マルのその言葉に耐え切れず,バツは「ぷっ」と噴き出した。
「フハハ,フハハハハハハハハハハ・・・」
目に涙を浮かべ,腹を抱えて笑うバツ。
「お前なぁ・・・。」
「クッ,フフッ。ごめんごめん。あまりにも可笑しくって。マル,僕のこと好きすぎでしょ。」
笑い交じりにそんなことを言うバツに,マルは顔が赤くなる。
「・・・とにかく,それが条件だ。・・・俺は,他の誰かじゃなくて,まずお前に外の世界を見てほしいんだ。この気持ちは譲れない。お前がみんなと一緒に脱出することを譲れないようにな。」
気を取り直して,真剣な表情でバツを見つめるマル。そんなマルを見て,バツはまた,耐え切れずに「クハハッ」と噴き出すのだった。
「僕と二人で外に出ることを条件にするなんて,昨日はマルが恥ずかしくないのかよって僕に言ったけど,あの発言は僕以上の恥ずかしさだよ。」
「うるせぇなぁ。・・・いいじゃねぇかよ別に。」
「いや,いいんだけど。いいんだけどね。やっぱすごく可笑しかったから。」
「そうかよ。・・・はぁ,あんな条件言わなきゃよかったぜ。」
マルは恥ずかしくて不貞腐れながら,這い進み続ける。
「・・・マル。」
「ん?何だよ。」
「・・・ありがとね。」
「・・・。」
二人の間に,静寂が流れた。
ふいに,マルが視界の先に出口があることに気付く。
「・・・おっ,出口が見えてきたぜ。」
「えっ,ほんとに!?」
子供がはしゃぐような声を上げるバツ。その声に,マルはフッと笑う。
「ああ,ようやく外だ。」
マルにとって,二度目の外の世界。
優しい月の光と,キラキラ輝く星々にぼんやりと照らされた世界。空気は涼しさを纏っている。
通路から抜けたマル。立ち上がって,「すぅ―,はぁー。」と深く深呼吸をする。
「バツも早く出て来いよ。空気がすごく清々しいぜ。」
「・・・っ。」
マルが隠し通路の方に目を向けると,あと一歩で外に出られるというところでバツが止まっていた。バツは,顔を伏せており,微かにすすり泣くような声がバツの方から聞こてくる。
「バツ?」
「・・・ごめん。ちょっと,動けなくなっちゃって・・・。」
涙声で,そんなことを言うバツ。それは決して,通路に引っかかって動けなくなったという類の発言ではない。
(・・・まぁ,そうなるよな。)
バツが落ち着くまで,見守るマル。しばらくして,バツは,面を上げて右手を外に出し,ゆっくりと隠し通路の外に這い出てきた。
マルは,バツが外の世界に出て,立ち上がるまで黙って見届ける。
「・・・いやぁ,僕たち,ほんとに外に出たんだね。」
親指で目の涙を拭いながら立ち上がったバツ。前を向いて,そう呟いた。
「ああ。・・・。」
マルも前を向く。朝と違って,夜は暗くて景色が見えずらい。輪郭が見えているだけで,白い筈の地面の色も,麓に広がっているはずの森の色も見えない。
「・・・やっぱ夜だと,ぜんぜん色が分からねぇ。朝に出た時は麓に広がる青々とした森が見えたんだ。バツにも見せてやりたかったよ。」
そんなことを言いながら,マルはバツの方を見る。しかしバツは,そんなマルとは正反対に,目を潤ませながら釘付けになって上を見ていた。
「・・・僕は,この星空が見られただけで十分だよ。夜空がこんなにも美しいだなんて,思いもよらなかった・・・。」
「・・・。」
マルも,そんなバツに倣って空を見上げる。
夜空では,星々が爛々と白色や赤色,青色を放っていた。まるで二人を歓迎するかのように,二人の頭上に広がっている。
「ああ。・・・確かにそうだな。」
「・・・ありがとう,マル。みんなを起こしてからだったら,きっとこんな風に夢中になって空を見ることはできなかったと思う。本当に,ありがとう。」
「・・・おう。」
そのまましばらく,二人は星空を見つめ続ける。
夜風が何度か二人の間を吹き抜けた頃,ようやくバツが頭を降ろした。
「それじゃ,そろそろみんなを呼びにいくよ。あんまりゆっくりしてたら,あっという間に逃げる時間が無くなっちゃいそうだしね。」
「おう,そうだな。・・・どうする?二人でいくか?」
「いや,マルはここに残ってどういうルートで逃げるのが良さそうか考えててよ。」
「オーケー,任せとけ。」
マルのその言葉に,バツは軽く笑みを浮かべる。
「・・・マル。」
「ん?」
「絶対に,みんなで逃げ切ろうね。」
マルを見ながら放ったその言葉。マルはフッと笑った。
「ああ,もちろんだ・・・!!」
バツは,信じられない物を目の当たりにしているかのように目を丸くする。
不自然な反応をするバツに,どうしたんだ?と何気なくマルが声を掛けようとしたその時だった。
─パぁんッ
バツの顔が弾けた。
マルの目の前で。




