第十六話
「マル,何言ってんの?」
バツは,本当に何を言ってるのか分からないというような表情でマルに尋ねる。
その言葉を受け,歯切れが悪くなるマル。
「いや,だからよぉ,・・・みんなじゃなくて,俺たちだけで脱出しようって言ってるんだ。」
「・・・意味が分からない。」
「だから,俺たちだけで─」
「違う,そういう意味じゃない!そんな発言ができることに,意味が分からないと言っているんだ・・・!!」
バツは,マルを真っすぐと,怒りの形相でにらみつけながらそう言い放った。
マルは気圧される。
怒っている。バツは今,俺に向かって怒っている。
その事実がマルを動揺させる。
今まで,バツの怒っている姿なんて見たことがなかった。いつも笑顔で,人のことを考えて,大体何でも受け入れてくれる。そんなオレンジ色の寛容さがバツにはあった。だから動揺した。気圧された。想像ができなかった。バツがこんなにも,感情をむき出しにしてくるなんて・・・。
確かに,二人だけで逃げようと提案したら,みんなと仲が良いバツが何かしらの批判的な意見をしてくるだろうという想定はあった。だが,何だかんだバツなら,二人だけで一緒に逃げることを受け入れてくれるだろうという思いがあった。今までバツに注意されることはあっても,受け入れられないことはなかったから。こんなにも怒りをぶつけてこられるなんて思いもしなかった。マルには,どうせバツなら受け入れてくれるだろうという,そんな甘えがあったのだ。
しかし,マルもこのままでは引き下がれない。マルにも,マルなりの考えがある。
「・・・確かに,俺も一時期採掘場のみんなで脱出しようと考えてた。俺だって,みんなを連れていきたいって気持ちはあるよ。でもよぉ,現実的じゃないんだ。俺たちはここから脱出したあと,元の世界に行くために,時空の裂け目を探さなきゃいけない。どこに何があるのか分からない場所で,リザードマン達に見つからないように隠れながらだ。人数が多ければ,それだけリザードマン達に見つかりやすくなるし,食料の調達だって難しくなる。移動の速さだって遅くなるだろう。だから,俺はバツと二人で逃げたいんだ。二人で行動する方が安全だし,今まで一緒に採掘してきた俺たち二人なら,大抵のことは乗り越えられると思うから。」
マルはまっすぐと,バツを見つめる。
「・・・確かに,マルの言う通り,30人で移動するよりも二人で移動する方が安全だろうね。」
「じゃあ─」
「でもさぁ,もし僕たち二人だけで逃げたら,ここに残された他の人達はどうなるのさ?」
「・・・っ。」
バツのその言葉に,マルは胸が苦しくなる。
バツは言葉を続ける。
「採掘場から脱出するなんて,前代未聞のイレギュラーな行為だ。僕たちと親しかった何人かは間違いなく拷問されちゃうだろうし,全員殺されるなんてこともあるかもしれない。実際,今から5年くらい前,夜逃げしようとして洞窟の入口にいた警備員に捕まっちゃった先輩たちがいるよねぇ?その時,夜逃げしようとした先輩たちだけじゃなくって,一緒に夜逃げしないかって誘われて断った先輩たちも,夜逃げを止めなかった罰として見せしめに殺されてた・・・。僕たちだけで逃げるってことは,僕たち以外を犠牲にするってことだ。僕にはそんなことできない。僕たちはそんなことをすべきじゃない。」
バツの言葉に,だんだんと熱がこもっていく。
「みんなで一緒に逃げようよマル。確かに潜伏は難しくなるかもしれない。だけど,皆で知恵を振り絞っていけば,きっと何とかなるはずだ・・・!!」
真剣なまなざしでまっすぐと,バツはそう言い放った。
ああ,眩しいな。お前はやっぱり。・・・だけど
今度はマルが,ゆっくりと言葉を選びながら反論する。
「・・・バツ,冷静になってよく想像してみてくれ。30人だぞ?お前は,土地勘のない場所を,30人で隠れながら逃げようって言ってるんだぞ?そんなの無謀だ。あまりにも無謀すぎる。それに,30人の中には,ゴカクみたいな小さい子どももいる。体力的にも精神的にも,確実に俺たちの足手まといになる。そいつらのせいでリザードマン達に見つかって,全滅ってなったらそれこそどうするんだよ・・・!!」
「・・・30人での移動が無謀っていうのなら,5人ずつくらいでチームに分かれて移動すればいい。小さい子たちが付いてこれないのが心配なら,僕が小さい子たちと一緒に行動するよ。彼らは僕になついてくれてる。僕の言うことなら彼らは素直に聞いてくれるはずだ。」
バツの提案を受け,しばし考えるマル。
(確かにそれなら,いや─)
「だめだ。チームに分かれて移動したとしても,結局二人で逃げるよりも見つかりやすくなることには変わりがない。小さい子たちとバツが一緒に行動するってのも受け入れられない。それだと,お前が足を引っ張られて危険な目にあう可能性が高まる。」
ここでバツは,マルの言動に違和感を抱く。
「・・・マル。もしかしてだけど,僕の命を優先的に考えてる?」
カチンッ
マルは苛立った。
「当たり前だろッ・・・!俺にとっての一番は,お前なんだからッ・・・!!」
そんな言葉が反射的に身体から出てきて,マルはハッとする。
そうか。そうだよな。
マルは,自分の気持ちに納得しつつ,言葉を続ける。
「・・・俺は,少なくとも俺は,お前のことを親友だと思ってるんだ。たった一人の,心の置けない奴だって,そう思ってるんだ。俺は,お前が死ぬのが一番悲しい。お前が苦しむのが一番つらいんだよ。・・・頼むよバツ。俺と一緒に,二人だけで逃げてくれ。頼む・・・。」
目を潤ませながら,マルはバツの目に語り掛けるように訴える。
「・・・ありがとう,マル。そんなふうに想ってもらえて嬉しいよ。・・・でも,それはできない。僕は譲れない。僕には皆を見捨てて逃げることなんてできない。もし30人で逃げるのが嫌だっていうのなら─」
バツは,毅然とした態度で真っすぐとマルを見つめ,
「─僕を置いて,マル一人で逃げてよ。」
そう,言い放った。
「・・・っ」
バツ,お前は,俺にそんなこと言えるのかよ・・・。
それからしばらく,二人の間に静寂が流れ,
「・・・分かった,分かったよ。今回ばかりは譲歩する。30人で逃げるって提案に乗るよ。」
マルが,折れるのだった。




